「そうだよなぁ!お前達が戦おうと考えたら、それしか無いよなぁ!」
俺はトリガーを引きながらそう嗤う。それは勝利を確信した事で内に燻った暗い感情を押し止めることが出来なくなったからだ。我が事ながら少々強化のしすぎで感情が不安定になっているな、などと多少残った理性が分析するものの、外れてしまった箍が戻る気配はない。凶相を浮かべたまま、俺は目の前に立ち塞がるBETAへビームを撃ち続けた。
「歪で醜悪、お前達の存在そのものが生命への冒涜にすら思えるよ!」
まあ人の事は言えんがね。そう内心自嘲しつつ繰り出された触手を左手のビームサーベルで切り払いながら俺はそう口にした。目の前の戦術機を模したBETA、それは作業機械である彼等に出来うる精一杯の回答だ。未だに人類が知り得ない事実として、太陽系に存在しているBETAは不良品であるという点がある。銀河を旅して増殖するくせに超新星爆発の影響で一部機能にエラーが出ているらしいのだ。正直銀河規模で見れば頻繁に遭遇するであろう事態に対応出来ていないとか不良品もいい所だと思うのだが、今の人類にとって不利益になっていないため良しとしている。何が言いたいかといえば、こいつらは重頭脳級を中核として分裂すると既存のネットワークから独立してしまう為に惑星間での情報のやりとりが出来ない上に、本来なら持っていて然るべき戦闘用BETAを生み出せないのだ。事実今日に至るまで生産されているものは構造や構成を組み替えたり増やしてはいる一方で、ミノフスキー物理学を用いた推進器や動力、果てはビーム兵器といった新技術を獲得出来ていないのだ。つまり連中は自身が持ちうる既存の技術しか手札を持っていないと言う事だ。
ロングメガバスターからビームライフルに持ち替え、射撃を加えながらそんな事を考える。銃口から飛び出たメガ粒子の光は奴の左腕、突撃級の外殻を二枚合わせた巨大な盾状の前腕の前に展開されたラザフォード・フィールドに防がれる。やはりグレイシリーズを用いた技術に関して、こちらより遙かに柔軟に運用出来ている。今だってこちらは全周に展開せざるを得ないラザフォード・フィールドをピンポイントで左腕の前腕部だけに発生させていた。加えて重力制御もこちらより上のようで、レーザーと圧縮空気などというミノフスキードライブよりも遙かに劣った推進器にもかかわらず瞬間的な運動性ではこちらと互角の動きを見せている。
(ある意味白銀武が居なくて助かったな)
彼という存在と香月夕呼が出会った場合、グレイシリーズを用いた並行世界への跳躍が成功している。まかり間違ってその技術が流出した場合、全ての並行世界にBETAが出現してしまうと言う事だ。そうなれば俺の元いた世界などあっという間に蹂躙されてしまうだろう。
「洒落臭いんだよ!」
メインホールでの戦いは乱戦の様相を呈してきた。人型BETAの出現と同時に現れた多数の要塞級によって地面のそこかしこが崩落している上に、その穴や既存のドリフトから際限なくBETAが流入してきているのだ。火力でなぎ払おうにも、それぞれが2機ないし3機という最小規模で分断されてしまって居るために友軍を誤射してしまう可能性がある。射手以外はラザフォード・フィールドで防御すればとも考えたが、恐らくそれこそが連中の狙いだ。ビーム兵器を持たない奴らは、遠距離火力の面で俺達に致命的と言って良い差をつけられている。唯一有効な飛び道具が人型の持つ触手であるが、それも見る限り100mが精々だ。もしここでこちらがラザフォード・フィールドを用いればどうなるか。恐らくメインホールに流入したBETAの大半を処分出来る事は間違い無い。だがその攻撃であの人型BETAを倒すことは不可能だ、奴らもラザフォード・フィールドを使えるどころか恐らくこちらよりも範囲を限定している分持続時間も長いと見て間違い無いだろう。そして最大の問題点は、
「面倒な!」
足下の穴から飛び出してきた触手を強引に機体を捻って躱す。操作にリソースが割けていないためか、オリジナルのものに比べ複雑な誘導が出来ないらしいそれは、機体を擦ること無く通り過ぎた。しかし全員が無事とはいかなかった。
『!?』
ヴェルグリンデはシスターズの中でアリスに次いで戦闘能力が高い、その反面並列処理は一番低くなってしまっている。そのせいだろう、彼女のダミーの1機が触手を避けきれなかった。咄嗟にラザフォード・フィールドを展開するが、触手はそれを突破し機体の左肩に突き刺さる。彼女は躊躇無く左腕を丸ごと切り飛ばし侵蝕を防いだ。
(やはりそうだろうな!)
フィールドが形成出来るのだから、突破する手段を持っていてもおかしく無い。原作では御剣冥夜の駆る機体を盾にする事でラザフォード・フィールドを突破していたが、こちらではそんな事をしなくても中和可能な手段を獲得しているようだ。この状態でフィールドを使った場合、使用中ML機関の重力制御のみに機動を頼るこの機体ではあの触手を避けきることは難しいだろう。
「どう…する!?」
回避と射撃を続けながら、俺は自問する。恐らく持久戦に持ち込まれても俺は生き残れる。問題は既にBETA共が戦略的撤退を理解していることだ。物量で押し切れず、不利になればこいつらは躊躇無く逃亡するだろう。そしてこの人型BETAが少なくとも頭脳級と同等の権限、最悪重頭脳級と同様の性能を持っている可能性がある。複数体居る事からも複製可能なのだから、これらが逃亡した場合地球規模の迷路の中で、増え続ける逃亡者を狩るという絶対にしたくない掃討戦を繰り広げる必要が出てくるのだ。終わる頃には間違い無く地球は食い尽くされることになるだろう。まだ増えきっておらず、一所に集まっている今しかチャンスはない。だが、それを成すためには圧倒的に手が足りていなかった。
(失敗するのか!?ここまでやっておいて!)
手にしていたビームライフルから残弾数低下の警告が表示される。既にシスターズの機体もヴェスバーやスプレービームポッドといった追加武装での攻撃に切り替わっている。問題はこれらが対軍を想定した火器であり、こちらと同等の運動性能を持つ敵相手には効果的ではない事だ。事実防御を強いることが出来たビームライフルと異なり、射撃は全て回避されている。
「後一手、後一手まで来ておいてっ!」
リアスカートから射出されたファンネルが飛翔し人型BETAへと襲いかかる。しかし感情を持たないBETA相手では動きに精彩を欠き、射撃のために動きを鈍らせたそれは、次々と周囲の重光線級に撃ち落とされてしまう。そして焦燥感と苛立ちが頂点に達しかけたまさにその時、唐突に俺のコックピットへ通信が届いた。
『苦戦しているようじゃないか、手伝うよラストヒーロー君』
戯けた声がした次の瞬間、BETAが流入していたドリフトを極大のビームが吹き飛ばし、その奥から巨大な兵器が現れた。
『射撃モード変更、マルチロック完了』
『偏向ミラー調整完了』
『発射』
『了解、発射』
メインホール一杯に犇めくBETAを見ても、選ばれたクルー達は眉一つ動かさずに淡々と自らの仕事を熟す。モニター越しにそれを眺めていたマイケルはコクピットの中で満足そうに頷いた。
「どうやらパーティーには間に合ったようだ」
『最近は大人しかったから忘れていたよ、そう言えばお前は大体無茶をする馬鹿だった』
ネイビーブルーに塗られた大統領専用“アカツキ”の隣、同じくライトグレーのアカツキに乗り込んだリチャードが溜息を吐きながらそう評した。尤も、その無茶を常に成功させてきたからこそ、マイケルは今の椅子に座っているのだが。
「世界の明日を懸けての一戦だぞ?それを観客席で眺めているだけなんて、冗談じゃない」
そう笑いながらマイケルは親友に告げる。その間にも次々と吐き出される光のシャワーが、怖気を誘う美しさと共にメインホール内のBETAを次々と屠っていく。その光景を横目に装備の最終確認をしながらマイケルは口を開く。
「それに、そう考える奴は俺だけじゃなかったろ?」
その言葉を証明するように彼等が進んできたのとは別のドリフトから同じように巨大な機影、HI-MAERF計画の生み出した最新鋭機であるG-8“オスプレイ”が姿を現わす。それはオリジナルハイヴへの突入に参加を申し出た国に対し合衆国から貸与された機体だった。突然の闖入者による支援砲撃はBETAに埋め尽くされていたメインホールに一時的な空白を作り出す。更に随伴している各国の戦術機によって後続の流入まで減少したならば、戦局は速やかに人類側へと傾いてゆく。
「やれやれ、これで大統領の席とはお別れかな?」
降り注ぐ光条を意に介さず、生み出されたチャンスを最大限生かすべく動き出す英雄達を眩しそうに見ながらマイケルがそう呟く。すると横で聞いていたリチャードが面白く無さそうな声音で皮肉を口にする。
『そうだな、お前の次の職業がアジテーターにならないことだけを祈っておこう』
その言葉にマイケルは苦笑で応じるのだった。
「これは、やられたわね」
目の前の状況に崇宰恭子は眉を寄せた。想定時間を超えてもBETAの移動が発生しなかった際、最初に動いたのは合衆国だった。虎の子である戦略機動要塞を惜しげも無く全力投入、更には国連所属国に対し同道を提案してきたのだ。即座に欧州が同意するまでは想定内であったが、ソ連や中華統一戦線までが頷くとまでは考えていなかったからだ。慌てて日本帝国も同意するものの、ではどの部隊を派遣するかで揉める事となる。最終的には征夷大将軍の一言で恭子の率いる斯衛大隊が向かう事となったが、合衆国の本気を見誤っていたと彼女は痛感する。
「各国の矢面として自国の切り札を切るだけでなく、大統領と副大統領まで出撃。我が国ではとても出来ない芸当ね。…それに」
同道している各国の軍についてもその本気が窺えた。ソ連はカンパニーと共同開発したとされる新鋭機を全力投入しているし、欧州や中華統一戦線も供給が始まったばかりのビームライフル搭載機をありったけ持ち込んでいる。国内の政治的な駆け引きで選ばれた自分達とは明確な覚悟の差を感じずにはいられなかった。
(っ!指揮官がその様に弱気でどうする!?我らの機体とて卑下するものではない!負い目を覚えるなら、それ以上の貢献で自らの価値を示すのだ!)
斯衛の運用している瑞鳳は日本国内での運用に重きを置いた機体である。国土の大半を山岳が占め、都市部も建物が密集している。そうした機動に制限が掛かりやすい環境下において十分な戦闘能力を発揮する事が望まれた機体は、ハイヴという閉所においても実力を発揮しやすかった。
「総員、ここが人類の天王山である!斯衛の武威を存分に刻め!」
なおも押し寄せるBETAに対し、恭子はそう気炎を吐いた。
降り注ぐ光を見ながら、俺は思考より先に機体を動かした。救わなければならないと思っていた。俺が救うんだと思っていた。だってそうだろう、彼等は俺なんかと違ってチートなんて持ってやしないのだ。だからこれはそんな狡い俺がやり遂げねばならない事なのだと、弱い彼等に背負わせてはならない負担だと、上から目線で救世主を気取っていた。
「なんて傲慢」
連続で撃ち込まれるビームによってメインホール内の敵密度は急激に低下していく。そしてその弾雨の中を俺達は突き進む。形勢の不利を敏感に察知した人型BETA共が逃げだそうとしているがもう遅い。
「お互い、人類を無礼ていたな?」
逃げに転じた為に連中の動きは若干単調になる。最大速度で逃亡しなければこちらを振り切れないからだ。そして運動性さえ落ちてしまえば、連中を吹き飛ばすだけの火力など、この機体には十分過ぎるほど備わっている。
「吹っ飛べ、そして二度と来んな」
ロングメガバスターから次々と放たれる光が奴らを呑み込み、その瞬間人類は地球奪還を確定させた。
次回エピローグ。