だからなんだ。その、そんなに期待されても困る。
ユーラシア大陸東部、中華人民共和国領でのBETAとの戦いは依然として人類劣勢を覆せずにいる。まあ歴史を知っている俺からすれば、この頃がまだまだ幸せな時代だと思えるのだが。何せまだ人類はBETAに勝てるという希望を持てているのだから。
大陸派遣軍司令部への挨拶を済ませた俺達が向かったのは、前線でも比較的圧の低い北京だった。現時点で地球上のハイヴ、BETAの拠点は16カ所。最も新しいのが中国の重慶市跡に建設されたH16――帝国的に言えば甲16目標だ――であり、同時に日本帝国にとって最寄りのハイヴとなる。次いで近いのが同じく中国の敦煌市に建設されたH14になる。こう表現するとH16の方が脅威に感じるが、実はそうではない。それというのもBETAの侵攻はある法則があるからだ。
BETAは拠点であるハイヴ周辺の個体が一定数を上回ると新規のハイヴ建設のため侵攻を開始する。
昆虫などに見られる巣分けに近い行動だ。まあ連中の目的は資源収集だからそれに則した行動パターンと言えるだろう。そして現在人類はその性質を逆手に取った戦術を展開している。即ちハイヴ周辺の個体数が一定以下ならば侵攻が発生しないのだから、常にBETAを間引き続ければこれ以上の拡大を防げるというものである。尤もこの戦術は消極的な延命に近く、何より人類が攻撃出来ないハイヴでもBETAの生産が続く以上、何れ破綻する戦術である。
少なくとも今日までは。
「サエキ中佐!久しぶりだな!3年ぶりか?」
「ホアン大佐、お久しぶりです。そちらもお元気そうで何よりです」
そう言って現地の指揮官と握手を交わす佐伯中佐。なんでも重慶防衛戦の戦友なのだとか。佐伯中佐の隊はその後各地を転戦する事になったらしいので久しぶりの再会らしい。
「私はあの後の九-六作戦でドジっちまってな、いまじゃこうして椅子磨きさ」
よく見れば彼女の左腕は若干細く動きもぎこちない。彼女も佐伯中佐と同じく生体義肢なのだろう。
「ま、生き残っただけでも儲けものだな。それでお前さんはどうしてまたこんなクソッタレな場所に?」
「実は我が国でF-4の改良型を研究しておりまして、ここにはそれのテストで」
佐伯中佐の言葉にホアン大佐が思い出したように納得の表情を作った。
「ああ、そういや司令部からそんな話が来ていたな。てっきり学者みたいな連中が来るかと思っていたんだが」
「4日後に間引き作戦があると伺っています。そこにお邪魔させて頂けないかと」
「構わんよ。どの程度までやる予定だい?」
まあそうなるよな。実験中の戦術機なんてどんなトラブルを起こすか解らない、そう考えれば戦力として当てにするのは危険だし、実験機はトラブルを含めて貴重なデータだから必ず持ち帰る必要がある。だから最悪多少の不具合でも引き揚げてしまう可能性すらあるのだ。だからこそのホアン大佐の発言だろう。だが、騙して悪いがこれはテストの名を借りたF-4モドキの実戦デビューなのだ。検証そのものはあのチート空間で泣きたくなるほどやったから問題無い。その旨は佐伯中佐にも伝えてあるので、彼女も良い笑顔でホアン大佐の問いに答えた。
「最前列配置でお願いします。そちらが邪魔だと判断した場合は速やかに後退しますので」
「…正気かい?実験機なんだろう?」
佐伯中佐の言葉に眉を顰めるホアン大佐。まあ割と滅茶苦茶言ってるわな。
「実験機のコンセプトが先制打撃なのです。後方ではデータ収集が難しいかと」
笑みを崩さず続ける佐伯中佐に対しホアン大佐は腕を組み暫し目を瞑ると、小さく溜息と吐きつつ答えを口にした。
「了解した。ただしそちらが言う通り邪魔だと判断したら即時後退して貰うぞ」
その後幾つかの確認をして俺達は部屋を出る。うん、完全に空気だったな、俺。
「有り難うございます。佐伯中佐」
全て希望通りに意見を通してくれた事に感謝してそう口にすると、佐伯中佐は無表情で口を開いた。
「それが私の仕事ですから。しかし本当に大丈夫なのですか?」
「問題ありませんよ。改の性能はご存じでしょう?」
そう言い返すと佐伯中佐は露骨に溜息を吐いた。
「ええ、存じています。ですが、あの光景を前に貴方が普段通りいられるかは別問題です。そしてその時危険にさらされるのは貴方だけではないのですよ?」
ああ、成程ね。俺じゃなくて部下が心配なのか。今回のテストでは直掩として中佐の隊から2名の衛士が参加してくれている。一人は船でも良くしてくれていた大岳大尉。んでもう1人は鋭谷という少尉さんだ。細マッチョで糸目な少尉さんは大岳大尉の僚機なのだとか。
「承知しています。お二人が得がたい存在である事も含めて」
佐伯中佐も含めて彼らは大陸帰りという実戦を経験した上で未だに衛士を続けている貴重な人材だ。人的資源が払底しつつある人類にとってその価値はまさに天井知らずと言えるだろう。だが、俺だってここで引き下がるわけにはいかない。
「佐伯中佐のご懸念はもっともです。ですが、これは今後の我々にとって絶対に必要な事なのです」
厳しい視線に目をそらさずに応じたのはほんの数秒、先に目をそらしたのは佐伯中佐だった。
「軽々しく信じろなどと言わなかったことだけは、評価します」
それだけ言うと彼女は再び歩き出した。結局この後、ロクに会話する事すら出来ずに作戦日当日を迎える事になってしまう。本当に大丈夫かな、このチーム。
『トイボックス1起動、データリンク確認願います』
「IFF確認。こちらコマンドポスト。トイボックス1、データリンク確立を確認、状況知らせ」
『了解、こちらトイボックス1感度良好。全システム正常作動中、オプションを含め異常は認められず』
「了解、コマンドポストよりチェイサー1及びチェイサー2、トイボックスに外的異常は無いか確認されたし」
『こちらチェイサー1、了解。外的異常は見受けられず、画像データを送る。確認されたし』
『チェイサー2、同じく確認出来ず。こちらも画像を送る』
「こちらコマンドポスト、画像データを確認。当方でも異常は認められず。作戦開始まで各機はそのまま待機せよ」
『トイボックス1了解』
『チェイサー1、了解』
『チェイサー2、了解』
試験小隊各機の返事が終わると、通信に暫しの静寂が訪れた。
「大人しくしていますね。少し意外です」
作戦開始まで後30分、コマンドポスト将校である篠原中尉がそう口を開いた。彼女も佐伯中佐が預かっていた部隊の生き残りであり、今回の派遣に際して彼ら“カンパニー”と帝国陸軍の間で起こった事の顛末も知っている。
「そうでもない。航海中の態度も見ていたが彼は実に理性的だ。部下のしつけには少々問題があるようだが、少なくとも暴君やじゃじゃ馬の類いではない」
相対した時の態度とは全く異なる高い評価に篠原中尉は少し驚いた。外様とは言え、武家出身でありながら帝国軍に籍を置く程度には捻くれている上官が手放しと言って良い褒め言葉を口にしたからだ。
「それにしても凄い機体ですね」
その驚きが上官に伝わり機嫌を損ねるより前に篠原中尉は話題を変えた。CP将校は素早い状況判断が求められるのだ。
「固定武装として36ミリ機関砲を2門、腕部にも同口径の砲をそれぞれ2門ずつ装備。そして主兵装は120ミリ突撃砲。実際に見ていなければどんな与太話かと思ってしまいます」
36ミリはまだ解る。戦術機が標準的に運用している突撃砲と同じだからだ。だが、120ミリとなれば話は違う。こちらも運用こそされているが、その装弾数は1弾倉に僅か6発。要塞級や重光線級といった大物に対処する言わば切り札であって、気前よくばらまけるものでは無いのだ。それが専用弾倉を装備するとは言え1000発、しかも事前に渡されているスペックデータが誤記でなければ、戦車用の120ミリ砲弾を運用している。
「そう言えば篠原中尉は見ていなかったんだったな」
戦術機が運用する120ミリは特殊な砲弾である。戦車のような長砲身も無く、また主腕という脆弱な機構に保持される事から、発射時の反動を抑えつつも短距離で高い初速を得なければならないそれは、砲を無反動砲に近い構造にしつつ、発射後にロケットモーターで弾体を加速させるという非常に手間のかかったものである。このため命中精度は悪く、尚且つ弾自体が複雑であるため生産性も悪く値段も高いという軍隊泣かせの弾なのだ。そんなものが運用されているのも、ひとえに砲弾をたたき込みたい目標が、戦車では到達できないような位置にいるからだ。だが、そんな常識を目の前の機体はあっさりと覆す。
「あれが行き渡れば前線における光線級吶喊の成功率は確実に上がる。それだけでも十分過ぎる価値があの機体にはある」
熱の籠もった声でそう呟く佐伯中佐に、篠原中尉は無意識に頷いていた。彼女もまた前線を知る兵士の一人だからだ。
『総員に告ぐ、これより第6次漸減作戦を開始する。作戦開始!繰り返す、作戦開始!全機前進せよ!』
そして人類の転機となる一日が始まった。
作者の自慰設定
F-4JX 「ペットネーム未定」
チート主人公がデザインした「さいきょうのせんじゅつき1号」。現段階で取得している技術水準で設計されているため、まだ妥協の産物とも言える。
外観がF-4であるのは、既存機体群と乖離したデザインは輸出時に相手が拒絶反応を起こすのではないかという配慮から決定された。
一方で構造的な差異は大きく、言ってしまえば大まかな外観以外は全て別物である。
主動力及び主機こそ同様の技術が用いられているものの、基礎設計はガンダム世界の技術を転用しているため出力、推進力共に第三世代機を歯牙にかけない程の性能を誇る。
また動作方式に流体パルス方式を採用しているため、トルク、反応速度共に既存機のそれを圧倒している。
しかしこの機体の最大の特徴は超硬スチール製の装甲と臨界半透膜製の対レーザーコーティングである。特に最優先で研究されたコーティングの性能はすさまじく、重光線級の1照射分を完全に耐えることが可能である。これに加え超硬スチール製の分厚い装甲は高い靱性を誇り、戦車級の破壊に耐えうる強度を確保している。端的に言えば取り付かれて噛み付かれてもかみ切れない。総じて性能は防御を重視した作りとなっている。
FAT装備
前列強襲用戦術(Front-Assault-Tactics)装備の略。フルアーマー装備とかカッコイイよねという、主人公の頭の悪さを全開にした追加装備である。ちなみにこれを装備した状態であっても第三世代戦術機と同等の運動性能をF-4JXは確保している。
内容としては肩部に36ミリ機関砲を各一門、A-10と同様に大型弾倉を装備、更に椀部へ連装の36ミリ機関砲を増設する事で瞬間火力と継戦能力を強化している。また、背面の兵装担架は専用の大型弾倉に交換され、同機の主兵装である120ミリ突撃砲の装弾数を大幅に引き上げている。加えてバイタルパートには追加装甲が施されており、複数体からなる重光線級の照射にも耐えることが出来る。
当初は特別仕様とする予定だったのだが、その性能から配備要求が殺到したためF-4JXの標準装備となった。