プロットはないです。ぐちゃぐちゃになってもゆるして
季節は冬。
ちょっと具体的に、寒さがいっそう肌を刺し始めてから程なく。
さらにもう一歩踏み込めば、初冬には存在した冬への期待感も消えて、広がる一面の銀世界にも新鮮味が無くなり、代わり映えのしない景色と零下の寒さにうんざりしてくる──そんな季節です。
たとえそんな救いようのない季節でも、私は毎朝早起きして厚い防寒具に身を埋め、雪をはねてから出掛けます。何故かと申せば──学校に行くためです。わたしってば、学生ですからね。
さて、先程も申したように、今は無味乾燥とした味気ない季節です。
特に今のような登校時間では、しんしんと降る雪も、騒がしい車たちや肩を怒らせて歩く人々の前には霞んでしまいます。踏まれるたび耳を優しく撫でるふかふかの新雪といえど、終いには人々によってうず高い雪山の仲間入りをしているものですから、情緒も何もあったもんじゃありません。
けれど、わたしはそんな雪国の朝が案外好きです。容赦なく降りかかる自然をかき分けるようにしながら、日々の暮らしを営んでいく人々。
もっと平たくいえば、毎朝必死こいて雪山を高くしてから仕事に出かける、学生及び社会人の皆さま。
何となく悲壮さが滲み出る光景ですが、それを見ると、なんていうか……。みんな、頑張ってるんだな、なんて思っちゃったりします。毎日を過ごすために必要なことを、私が知らない人たちでも粛々とこなしているのを見ると、なんだか励まされてしまったような。随分勝手な励まされ方ですが、そんな気分になります。
……だからでしょうか。私は今まで学校に登校するとき、
みんなが私を励ましてくれるから。
みんなが頑張っている様子を垣間見ることができるから。
面倒臭がりでものくさな私でも、この時間だけは、肌身が軋むこの寒さでも億劫さを感じないのです。
ただ鼻をズビズビ鳴らしながら、マフラーを首に抱き寄せて。跳ね返った白い吐息が視界を曇らすのをうっとおしく思いつつ。そんなことを考えながら、今日も私こと
◇◆◇◆
がらがら、ごん。
古めかしいドアが木枠を擦る音が教室に響いて、わたしはまどろみから引っ張り上げられた。自然と、ぬわっと声を上げて頭を勢いよく上げる。
察するに、いつの間にやら寝てしまっていたらしい。寝ぼけ眼を擦りながら机の上を見てみれば、散らばった筆記用具に、無惨にもヨダレに塗れた愛用のノート。うぁえ、と思わず呻いてしまう。描き心地いいし、気に入ってたのになぁ……。
学校に着いた途端に居眠りを決め込み貴重な時間も無駄するし。ホント、ままならぬもんだわ。そう思いながら、再び机に突っ伏してしまう。その体勢のまま首だけを回して、外の景色でも眺めてみる。
腕時計に拠れば、現在朝の7時。窓の外には校庭を覆う一面の白が広がっている。雪もしんしんと降りしきっており、雪以外に見えるものといえば、緑を剥ぎ取られて所在なさげに列をなす木のみである。それさえも、ほぅ、と息を吐けば窓の曇りに覆い隠されてしまった。
いかにも寒々しい光景でこちらも震えてしまいそうだが、教室の中は計2台の石油ストーブが効いていて、意外にぬくぬくしている。……少なくとも、健気に勉強中の女子受験生を、眠りに叩き落とすくらいには。ああもう、今ばかりは恨んでも恨みきれんっての。
今年から、勉強のために早く登校するよう心がけているというのに、寝落ちしてしまったんじゃあ骨折り損のくたびれ儲け。いつも教室に一番乗りして、1人静かに勉強していた甲斐もないってものなんだわ。
……そんなこんなで現実逃避していたら。
「あの……? 凜さん?」
「ひゃうっ」
とうとう声を掛けられてしまった。先程、教室の扉を開けて入ってきたクラスメイトである。変な声出しちゃったこと、誤魔化せたかな……? なんて思っていたけれど、もはや隠し立てもできぬ。無念。
「うん、おはよう日向ちゃん。今日も相変わらず早いねぇ」
耳の熱を感じつつ、今しがた教室に入ってきた友人に挨拶する。身体を起こして見れば、すらっとした躰が息を吐きながらマフラーを外していた。
朝凪日向ちゃん。我がクラスが誇る秀才にして、稀代の面倒くさがり屋。もっとも、そのものくさな性格は外見には表れてはおらず、周囲の大半にもバレてはいない。今もくりくりとしたその丸い目が、興味深げに細身の眼鏡を挟んでこちらを覗いているばかり。艶やかな黒髪を雪に濡らした立ち姿は儚くとも、気怠げな雰囲気はまったく感じられない。
凛さんこそいつも一番乗りですねぇ、とふんわり微笑む姿は、同性のわたしからしても包容力を感じる(同性だからこそかも?)、優しいものだ。
とてもだが、しょっちゅう「めんどくさいですね~」と一人隠れてぼやいている女子高生とは思えない。学校生活でも、大概の人たちにはキリッとしているように見られているし。
切り替えが速いのか、面倒くささを押し殺してきちっとしているのか。いずれにせよ、彼女の内面を知ろうが知るまいが、人好きのする性質なのは間違いのないことだった。
「凜さんってば、やっぱり頑張り屋さんですね。毎朝早くに来て勉強してるじゃないですか」
ふと、日向ちゃんがわたしの机の上の勉強道具を見て言う。ふふん、わたしの努力を見て~、と思ったら今よだれでべったりだった。やっばい誤魔化すべし。
「そうかな? なんか日向ちゃんにそう言われると照れるなぁ。……うん、やっぱり忙しいからね。今年から勉強時間が朝くらいしかないから、まぁしょうがないって感じかな〜」
慌ててノートを机に突っ込みつつ答える。我ながらなんて情けない。日向ちゃんの不思議そうな目線が怖いぜ。
……うん、こんな朝っぱらから1人で勉強しているのには、やっぱり理由があるんだ。春くらいからある事に時間を取られるようになって、受験の天王山である高校2年生の時期に置いていかれまいと一念発起。朝の勉強を開始して、ひいひい言いながらも何とか習慣化して今に至るのである。
で、時間を割かなきゃいけなくなったある事っていうのには、また複雑な理由があるんですけれども。
「
何となく触れづらい話題だったので言いあぐねていたんだけど、日向ちゃんがズバッと言ってくれた。
……あれは、如何にも面倒くさいって感じだね。より語弊のなきように言えば、みんな知ってるけど触れづらい話題で他人の気持ちを斟酌しなきゃいけないのが面倒ってやつ。
みんなの前だと、顔を微妙に顰めつつもこの話題に触れることはない、と思う。だけど、仲良い友人と2人きりのときとかは、その面倒くささを隠さないんだ。自分が日向ちゃんの中でその枠に入っていることを、何となく嬉しく感じながら返事をする。
「うん、そうなんだ~。今年の春に、急に『能力が発現しているようです』なんて言われちゃってさ。今ちょうど、その能力の力を完全に制御するための練習中なの。すぐ終わると思ってたんだけど、これがまた難しくてさぁ。しばらく経つけど、今も必ず1日に1回は練習しなきゃいけないんだよねぇ」
そう、複雑な事情というのは、何を隠そうわたしに現れてしまった『魔法能力』のことなのだ。
『魔法能力』というのは、10年ほど前から人類に現れ始めた、摩訶不思議な力のこと。このチカラについては世界的に科学的な手法を用いて研究されているが、原理の解明や再現などこれといった成果は出ておらず、未だに多くのことが謎に包まれている。
チカラ、と一口に言っても規模の大小はまさにピンからキリまで。わたしのようにしょうもない事しか起こせない人もいれば、小さいながらも一つの国すら巻き込むほどのチカラを持っている人もいる。
そこまで大規模になってくると、詳しい情報は機密という壁に阻まれて一般人には降りてこないのだが。見つけることができるものは、どんな能力を振るったのかについての概要と、どれだけの被害が生じたか伝える現地の人たちが発したメッセージくらい。その存在と大雑把な内容のみが多くの人に知られている状況になっている。
まあ、お騒がせなチカラでも使う人がごく少数なのが救いか。テレビなどでは『能力者』と呼ばれることが多いわたしたちは、世界中を見ても四桁人はいまい。さらに日本に限って言うと、たったの十数人しか居ないのである。
「へぇー、今まで忙しそうだとは思っていたんですけれど。そんなに大変なことになっていたんですね」
能力、といってもイマイチぴんと来ていなさそうな日向ちゃん。ふんふんと相槌を打ってくれるのに甘えて淀みなく説明していく。わたしは普段から能力に接しているが、日向ちゃんの反応はそこまで珍しいものでもない。むしろ、今の世の中だと大多数の人がこんな感じの反応をするかも。
発見からおよそ十年。数も少なく、被害もたいしたことはない。調べても何も分からないし、何にも応用できない。能力が存在することでどのような出来事が起きているのか、それすら話題に降りてこない。
目立った情報もなく、人々に対して害にも益にもならなさそうな『魔法のチカラ』は、ここ数年で興味を失われてしまったようだ。
「けど練習って……? そんな、練習するようなことあるんですか?」
「むーん、まあ一応ね。どんな能力者でも、専属みたいな感じで先生がついてくれるんだ。能力の正しい使い方とかを、その先生から教えて貰うっていうだけだよ」
いくら興味を持たれていないと言っても、いわゆる希少な人材になってしまったわたしたち。
そんな
能力本体については殆ど何も分かっていなくとも、能力者について分かっていることは数多くある。そのことを最大限活かし、わたしたち能力者を教育するプロフェッショナル。それが『能力管理官』である。彼らの監督の下、わたしたちは能力の制御を完璧にすべく訓練をするのだ。
「ふむふむ……。凜さんってば、さては結構すごい人ですね? 今までこういうことをゆっくりお話しすることもなかったので、あんまり知りませんでした」
「あはは、わたしがすごいんじゃないってば。それに、すごいっていうんじゃ先生の方がよっぽどすごい人だって。何でも、例の国際機関から雇われてる日本の若手ホープらしいよ」
あんまり具体的なことは言わないように気をつけながら、かいつまんで答えていく。突っ込んだ詳しいことは言えないし、言えたとしても怖がっちゃうかも。
ふふ、けれど、思わず会話が弾んでしまう。自分の能力のことを他の人に話すのはしばらくぶりだった。これは口を滑らせてしまってもしょうがないのではないだろうか。
……ああ、ほんとうは全部のことを話してあげたいんだけど。もし話したとしたら、日向ちゃんはもっともっとすごいって言ってくれるだろうか。
話したい。知って欲しい。そんな欲求と戦いながら、わたしは目をキラキラさせて質問してくる日向ちゃんとのお喋りに没頭していった。
そんなこんなで話に花を咲かせていると、あっという間に時間が経ってしまった。もうすぐ他の生徒たちも来るだろうし、このお話はおしまいである。
──あらら。勉強、邪魔してしまってごめんなさい。
──いやいや、わたしもちっとも集中できてなかったし。気分転換になったよ。
そんなことを言いながら、それぞれの作業に舞い戻る。ふと見てみると、日向ちゃんは文庫本を読んでるみたい。二人しかいない教室が、束の間の静けさに包まれる。
そういえば、日向ちゃんって勉強できるんだよなぁ。こんど教えてもーらおっと。
適当なことを思いながら、数式やら文字やらがぶちまけてある参考書をめくっていく。能力のことも勉強のことも、どっちもやらなきゃいけないのがツラいとこだよ……。今だけは集中せねば。
こうやって、眠気をかみ殺しながらの新しい1日が始まったのであった。