6話目です。いつになく早く投稿できた……けどこれからまたゆっくり更新に戻ります。
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──ふぅ、言いきった。これまで担当する能力者が決まる度にこの宣告をやってきた訳だけど、やっぱりこの瞬間って言うのは緊張するものだ。体のそこここに走る鈍い痛みをやり過ごしながら、ひとまず安堵する。
幸い今回の担当──日向は、落ち着いて話を聞いてくれている。ある程度能力に関する知識も持っているようなのも良かった。今は若干困惑してるようだが、ゆくゆくは自分の能力を受け入れてくれそうで何よりである。
これで取り乱されてしまうと、最悪能力が暴走することもある。つくづく、やっぱりファーストコンタクトというのはどこの業界でも大事なものなのだろうと思う。1時間も約束に遅れておいてファーストコンタクトもへったくれもあるかって感じだけど……まだ軌道修正できそうで安心したよ。道中
「とりあえず二人とも、やっぱり座って話そっか。手短に話すつもりだけど、立ったまま済むような単純な話でもなし。色々見せたいものもあるから」
ささ、どうぞどうぞ。我ながら図々しいと思いつつソファを勧めると、日向は素直に座ってくれた。
対して、変わらずこちらを見つめながら立っているのがサックを背負った栗色髪の少女。話を聞いた限りでは彼女も能力者だと言う。出来るなら一緒に話を聞いて、ある種の先輩として日向をサポートして欲しいと思っているのだけれど──。
「……私は帰ります」
ボクを見つめたまま──いや、睨み付けたまま宣言する彼女。やっぱりかー、途中からそんな雰囲気だったもんなァ。ボクが何か言う前に踵を返す彼女を眺めつつ、上手くいかないものだと嘆息。どうしてだろうな~、対人関係を作るのは得意な方だと自負していたんだけれど。原因は分からないが、どうにも敵視されているらしい。警戒、じゃなくて敵視。なんでだろう、不思議だね。彼女について後で調べてみようか。
ボクとしては彼女──日向によると結城さん──とも仲良くなりたい。去り際に日向の耳元に顔を寄せ、何事か囁く結城さんを見てそう思う。絶対良い子だって、ボクの勘が囁いてるんだけどなぁ。
「──そう、わかった。ただ、できれば日向のことを気にかけてくれると嬉しいな。キミも色々な経験をしていると思うから」
今回はしょうがないか。ボクのことを睨んでいるだけで、日向と仲が悪いっていうのはなさそうだし。異様に嫌われてる理由は気になるから調べるとして。これから機会があれば仲良く、って感じかな。
結城さんに何を囁かれたのか、目を白黒させている日向。今は彼女に集中せねば。疲れた身体に鞭を打って、気力をかき集める。
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またね、と放ったボクの言葉にも反応を見せず、結城さんがさっさと帰ってしまった後。気持ちを切り替えようと努めつつ、ゆっくりと日向の真正面に腰を下ろす。いきなり二人きりになってしまったからだろうか、彼女も随分と動揺している様子。眼鏡の奥の瞳も右へ左へ頼りなさそうに揺れていて、見ているこっちが心配になってくる。けど、それもしようのないことかな。急に”能力者になりました”何て言われてもみんな混乱するよ。
さて、その不安をなるべく取り除いてあげるため、ひいては彼女が平和に暮らせるようにするため。じっくり説明するとしますかね。
「さあ日向、どこから話そうか。そうだな……まず、どういう経緯でボクがここに来たのか、なんてところからでいいかい?」
日向が小さく頷いたのを確認して、これまでのことの顛末を話し始める……この街に強力な能力者が現れると予測されたこと、そしてそれがまず間違いなく日向のことであろうということ。
「そして、ボクたちの目的はそういう能力者のみんなが平穏に暮らせるようにすること。今日ここに来たのは、ひとまず事の次第を確かめるためなんだ」
まあ、キミを一目見ておきたかったというのも一つ大きな理由なんだけれど。
人差し指を立てながらかいつまんで説明するボクに対して、へえ~…、と納得したようなしていないようなビミョーな表情をする日向。何か納得できないようなことがあったかな? おずおずと口を開くのを、ずきりと響く痺れを我慢しながら待つ。
「じゃあ、どうしてケイさんがわたしの担当になったんですか? あんまり言うと失礼かもですけど……ケイさんは世界を飛び回ってて忙しいらしいですし。管理官はふつう同じ国の、日本人になるんじゃないですか」
「んふふふ……良い質問だ、よくぞ聞いてくれました!」
ふふん、とせいぜい自信たっぷりに見えるように胸を張る。確かに、これから関わることになる人が明らかに外国人だとビックリするのかもしれない。だけども心配することもなし、金の長髪をさらりと靡かせながら答える。
「まず、ボクが日本人じゃあないことでキミが被る不利益は、一切無いと断言しよう。確かにボクは一つの国に留まらないし、日本に来るのも初めてだけど……。ご覧の通り言葉も話せるし、ここで活動していく手筈もちゃんと整えてある。だから安心して欲しい、決して損はさせないさ」
ここに来るって決まってから一生懸命勉強したんだぞう。物事を考える時は未だに英語だけど、口には大分慣れ親しんできた。おかげで日常生活でも何不自由なく暮らせていけてる、漢字に早口言葉だってなんのそのさ。
「それでボクが選ばれた理由だけど……。これはまあ、ひとえに優秀だからってところかな! 自分で言うのもなんだけど、世界を股にかけて活躍できるくらいにはね」
たはは、言ってて照れちゃう。といっても実績もたんまりあるし、優秀なのは事実なんだから遠慮はしないけどさ。ここで後顧の憂いなしってところを見せつけて、バッチリ不安を取り除くのだ。
そのためだったら、無理矢理にでも笑ってやるさ。全身が痛いなんて耐えてやる。さあ安心しなさい、ボクはとびきりの大船ですからね。キミなんて百人乗ったってへっちゃらだよ!
「……ずいぶんと、自信があるんですね」
ポツリと、期せず滑り落ちたような。それでいて少しばかり呆けた顔が、小さく呟くのが聞こえた。
これまで話してきた中で彼女が出した、警戒から練られたセリフではない。こういうものこそ真摯に応えてやらなくてはいけないね。
「それはそうさ、もちろんね。だってボクには──自負がある、目標がある! そのために色々頑張ってきたよ。自信なんか勝手に着いてきたものだよ」
「自負ってヤツは今まで沢山能力を持った人を手助けしてきたこと。目標ってヤツは、さっき言ったようにキミたちが平穏に暮らせるようにすること。そのために、とにかくがむしゃらにやってきたのさ」
ああ、本当にがむしゃらだった。ベトナムは波打つ稲穂、ブラジルの噎せ返るような夜、ルクセンブルクなんかは──大半が苦い思い出だけど。思い返せばキリがなく、今も胸の奥でさまざまに色づいている。
刹那思い出に浸るボクをよそに、日向はなにやら真剣な目をしている。自負、目標……。冷え込む空気を震わせることなく、噛み締めるように囁く唇。
見る限り、ボクの言葉を聞いて何か考える事がある様子。ただ……ちらりと腕時計を見る。もう陽も落ちて久しい。あまり日向を長居させるわけにも行かないし、足早に説明を進めさせてもらおうか。
「そういうわけでボクが日向の『管理』を任された訳なんだけど。管理とひとくちに言ってしまうと、なにやら誤解を与えてしまうことが多くてね。具体的にどういうことをするのか、簡単に説明させてもらうよ」
そう、管理と言っても、ボクたちのやることは能力者をギチギチに縛ることじゃあない。あくまで能力による被害が出ないように、彼らを見守り、助け導くこと。
「これからやらなきゃいけないことは、大雑把に言うと三つ」
そう言うと、三本指を立てて一つずつ折っていく。
「一つ、キミの能力が何なのか把握すること。二つ、キミが自分の能力を制御できるようにすること。そして三つ、ボクの下を離れても生活に何ら問題の無いようにすること。この三つさえ達成できれば、晴れてボクから卒業ってワケ」
ここまではオーケー? 視線の高さを合わせて、確認しながら話を進める。眼鏡の奥で、自分に起こっていることを受け止めようと瞳が揺れていた。やっぱり頼りなさげで、けれど自分の頭で考え抜こうとしている目。ふふ、やっぱり素直で良い子だね。
「今日のところは、こうして顔を合わせられただけで良し。今まで危機感を煽るようなことばかり言ったかもしれないけど、焦っても仕方が無いし。ゆっくりじっくりやっていく」
「次会うときからは、第一課題……キミの能力が何なのか。それを明らかにすることを目標にしたいと思ってる」
日向の様子を窺いつつ、さらに話を進める。実際、この仕事は一筋縄じゃあ行かないことが多い。早いときはすぐ終わるけど、年単位で時間が掛かることもざらにある。ましてや今回みたいに、能力が判明してないなんて珍しいしね。人と人との関係が難しいのと同じさ。こればっかりは慎重にやるしかない。
「これからのことだけど……。毎週二回くらいで良いから、どこかで会う時間を作ってもいいかい?」
釈然としない様子ながらも、日向は素直に予定を教えてくれた。こっちとの擦り合わせもパパッと済ませて、とりあえず今月中の予定を決めてしまう。
「じゃあ、次回会うのは三日後だね。宿題として、今週中に身の回りで変わったことがあったらメモしておくこと。あと困ったことがあったら即連絡ね」
はいこれ連絡先、遠慮しちゃダメだよ、と手書きのメモを渡す。
「あ、あの……。変わったこととか、困ったことって? 何かそういうの、起こるんですか」
「うん? まあ念のためさ。能力の影響でそういうことも起こりうるから。そうだなぁ……超常現象とか、普通あり得ないこととかが起こったときだけ気にしてくれれば良い。そうなると十中八九、キミの能力が関係しているだろうからね」
はぁ、と気の抜けた返事をする彼女。やっぱり当事者意識が薄いのだろうか、どうにも足早に説明しすぎたようだ。
「詳しいことは一応親御さんに説明してある。それでも多分、全部説明しきれたワケじゃないだろうから。わかんないことがあったら些細なことでも聞きなさい。ボクは日向の専属だし、いつでも対応出来る」
ちょっとしつこいかもだけど、これだけは念を押しておく。
「ボクはキミの味方だから。頼りなさいな、存分にね」
自分の中でも最高の笑顔を見せる。本当はハグでもしたい気分なんだけど、これ以上居るとボロが出そうなのでやめておく。そのかわりに軽く握手をして、すくっと立ち上がる。立つだけで全身が痛む。やっぱり、肋骨の一本でも折れてるかも。
だけどまだ悟られてはいけない。脇腹の痛みも、打ち付けた腿の痣も。彼女の心が準備できるまで機を窺わねば。
まったく、改めて難儀な職業だと思う。他人の心に寄り添うことが、これほどもどかしいものだとは。ボクが日向と同じ年頃には想像もしていなかった。自分の痛みに耐えながら、人のために笑顔を貼り付けているとは。
「今日のところはこれでおしまい。時間も押して申し訳ない、さあ帰ろっか」
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応接室を辞した後、日向も残る用事は無いようで。結局玄関まで一緒に歩いてきた。
家まで送るかい? と聞いたが、それは断られてしまった。歩いて帰るのが好きなんです、と言われた。街並をゆっくり眺めるのが好きなんだと。ボクの新しい担当は、随分と渋い嗜好の持ち主なのかも知れない。
まあ何にせよ助かった。見栄を張ったけど、乗ってきた車は盗まれちゃったワケだし。聞いといて結局同僚を呼ぶとか、締まらないにも程がある。
やっとの思いで下駄箱まで辿り着く。扉越しに見える外は悲惨で、大粒の雪が降りしきっている。街灯のオレンジが、真っ白に染まる景色にぼんやりと滲んでいた。
これは帰りも大変だ。そう思いながら別れを告げる。じゃあ三日後ね、と背を向けたそのとき、日向が声をかけてきた。
「あー……ケイさん。少し聞いても良いですか?」
思わず口を開いてしまったとばかりの、逡巡の籠もった声色。顔だけ振り向いて、目線で続きを促す。
「ケイさんは……面倒だとか、感じたりしませんか?」
「わざわざこんなところまで、わたしなんかに会いに来て。そのことを億劫だとは……感じたり、しませんでしたか?」
何となく斜に構えたような、
「面倒くさい……か。日向の中では、それは大事なことなのかな」
そのまま首だけ向き直りながら応じる。凍てつく大気が身に沁みるが、今は問いかけの方が大事だった。
「分かんない、ですけど。聞きたいなって。急に思ったんです」
ふふっ、と笑みがこぼれる。やっぱり咄嗟に出たものだ。そして咄嗟の行動には真実がある、ってね。
「そう。……いや、ボクは楽しみだったさ。どこを訪れても誰を担当しても、自分の知らないことが沢山あったから。今回も、と思うと興奮したね」
「やりたくないことも山ほどあったけど。そういうものは、振り返って考えてみれば大したことないものさ」
「──そう、ですか」
何やら思うところがある様子で目を伏せる日向。やはり、何を思ってあんな質問をしたのかは今のボクじゃ窺い知れない。心の中で彼女への評価を修正する。素直で良い子──だけどガードが固くて、ときどきシャイ。
今はそんな評価しか出来ない関係だけど、いつの日にか。今はまだ教えてくれないけれど──彼女自身の口から、質問の意味を教えてくれるようになるだろうか。
「そうさ。そして今日、さらに楽しみになった。キミも素直で良い子だったし。やり甲斐のありそうな仕事は大歓迎だよ。──よし、今日はこれで解散。これからよろしくね、日向」
今度こそさようなら。こんなセリフ吐いておいて、ちょっと照れくさくなっちゃったのは内緒だよ。
厳しい吹雪に向かって踏み出して、小さくなっていく日向に手を振る。律儀に振り返してくれるのは嬉しいけど、あれじゃあ風邪を引かないか心配だ。
しばらく手を振って、痛みをこらえきれなくなった頃。あれだけ吹雪いていたのが少しずつ緩んできた。おっ、これなら日向も風邪を引かなくて済むかな。少なくとも街並くらいは眺めながら帰れるだろう。日頃の行いが良いのかな?
──ああ、確かに良い子だったな。良い子すぎるくらい。あの子に、どうか幸がありますように。
しみじみと思う、と同時に自らの不甲斐なさも思い知る。今日はそんな彼女に、どれだけ寄り添うことが出来ただろうか。
思い悩む彼女に、今は祈ることしか出来ないけれど。能力者にありがちな仄暗い未来なんてキミには似合わない。今回ばかりはそんなもの、どうか隅に引っ込んだまま寄りついてきませんように。