「面倒くさい」って、要らない?   作:ていくいっと

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7. 一日を終えて

「……疲れました」

 

 倒れ込むようにして、ぼふりと音を立てベッドに倒れ込みます。そのまま柔らかく沈み込むように身体を預けても、たまった疲れが抜ける気配はありませんでした。

 

 現在わたしはようやく自宅に帰り、両親との話し合いを終えたところ。帰宅後すぐに招集された家族会議は、1時間ほどで終わりを迎えました。両親とわたし、そして3つ下の妹を交えて行われたそれは、しかし終始落ち着いた雰囲気の中で進んだように思います。

 わたしが『能力者』になったことについて、両親はあまり気にしていない様子でした。興味が無いというより、どうなるか分からないといったところでしょうか。とにかく何が何だかわからないなりに、二人は私を応援すると約束してくれました。応援しているから、なにかあったら頼って欲しいと。

 

 そして明日からの生活について。これについては結局、管理官であるケイさんを頼るのが一番だということになりました。

 というのも、今日のお昼過ぎに我が家に訪問したらしい彼女を、両親はいたく気に入ったからです。曰く、物腰が柔らかくていい人そうだとか、日本語も上手くて笑顔がかわいいだとか。説明用に置いていったという資料の山を読み込んでは、分かりやすいと褒めています。

 

「……ケイさん、か」

 

 連絡先だと渡された紙の縁を指でなぞりながら、あの変わった人について考えます。輝くような金髪が眩しい、わたしを管理するひと。鋭い顔に浮かべるふにゃっとした笑顔や、言動の端々から覗く芯の強さが印象的な方でした。わたしより人生経験豊富な両親があっという間に懐柔されているのも、あの匂い立つような魅力を肌で感じたので納得です。

 かくいうわたしも、再び会うのが楽しみになっています。自分でも柄じゃ無いとは思うのですが。もう少し話してみたい。あの熱意に触れてからそう思うのです。

 

 

 ただ。ケイさんについて気になることというか、引っかかることはあります。そんなに大したことではない……というよりも、わたしが言い出したことではないのですが。

 

 

 『見た目通りの人じゃない。信用できない。……いい? 気を許しちゃダメだ』

 

 

 奇妙にささくれ立った凜さんからの、あの一言。通り過ぎざまに耳元で囁かれた言葉は、わたしを混乱させるに十分でした。余りに突然で、あの天真爛漫な凜さんがそんなことを言うとは、とても信じられませんでした。いまも胸中では、疑問がぐるぐると回っています。

 

 ──なぜ、凜さんはそんなことを言った? わたしも彼女自身も、ケイさんとは初対面だったはず。初対面の、仮にも友好的に振る舞う人を信用するなと。にわかには受け入れがたい言い分です。

 ただ、考慮すべき部分もあります。それは、凜さんが能力者だということ。そして、その活動の中で能力管理官に会っているはずだということです。ケイさんだけではない、そう言う人たちと会ったときに嫌な思いをすることがあったなら……。凜さんのあの態度も、納得すべきなのかも知れません。

 

「……連絡。とるかなぁ」

 

 詳しい話が聞きたければ、電話かけるなりすればいいだけなのですが。そうすればどうしてケイさんを嫌っているのか聞くことができますし、能力者としての心得みたいなものも教えてくれるかも知れません。

 ただ、連絡をするには、とてもではありませんが気が重すぎます。ケイさんを前にした彼女のあの凄まじい目。嫌っている、恐れているという感情がありありと表れた視線は、普段の彼女とはあまりにもかけ離れていました。

 有り体に言えば、びびっているのです。藪をつついて何かとんでもないものを出してしまいそうで。そうなってしまえば面倒くさいどころの騒ぎではないです。それは、イヤだ。凜さんとは今まで通りの、居心地の良い関係でいたいものです。

 

 

「……なんだってんですか、まったく」

 

 

 先ほどから弄んでいたスマホをベッドに投げ出して、ため息をひとつ。まったく、何が何だか。どこもかしこも不安だらけです。

 わたしの生活は明日からも、これまでと何ら変わらず進んでいく予定です。学校にも今まで通り行きます。──ただし能力者になったことは皆には伝えません。

 これも同じ理由です。わたしが能力者になったなどと伝えれば、皆との関係性が変わってしまうかも知れません。特にわたしはどんな能力を持っているかすら分からないのです。そんなものを安易に広めて、今まで積み重ねてきたものが崩されてしまうのは御免被りたい。

 とにかく今のところは変化させず。動かざること山の如し、です。

 

 

 ……これでいいはずです。家族会議で相談して決めたことですし。両親によればケイさんも能力を隠すことを提案していたそうです。

 だから、不安に思うことなんて無いはずです。大丈夫、きっと上手くいく。多少、隠し事に罪の意識を感じることもあるかも知れませんが、そこはわたしが我慢すれば済むこと。あとは皆がどうにかしてくれるでしょう。

 

 まだ能力者初日だというのに様々なしがらみを感じます。どうしてこうなってしまったのでしょうか……能力者になる確率なんて、極々小さいものだというのに。

 

 

「めんどくさ──む?」

 

 

 そこまで呟きかけてハッとしました。そして去来する閃き。能力を持っているってことは、実はとても凄いことなのでは? 今日は激動の展開だったから疲れ果てて考える余裕もありませんでしたが、能力を使えれば色んなことが出来るかも知れません。

 どんなことが出来るようになるのかは能力次第ということになるのでしょうが……。そう考えると、何だかわくわくしてきた気もしなくもないです。もし自由に空を飛んだりできたら、どんなに素晴らしいことでしょうか。

 

 そして、そう考えると俄然気になってくるのが凜さんです。もっと踏み込んで言えば、凜さんがどんな能力を持っていて、能力者になってどういう気持ちになったのかが気になってきました。今まで能力を持っていると言われたことはあっても、それについてどういう感情を持っているのか聞いたことはありませんでしたから。

 今考えると彼女はわたしと同じ理由で、会話するときも能力に関してみだりに広めないようにしていたのかも知れません。昨日まではわたしも能力者ではありませんでしたから。しかし、今はわたしも能力者。もしかすると、もっと突っ込んだ話が出来るかも知れません。

 

 よし、思い立ったが吉日。さっきまでは気乗りしませんでしたが、気が変わりました。投げ出したまま放置されていたスマホをひょいと拾ってアプリを呼び出します。時間は……まあ、まだ非常識と言われるほどの時間ではないでしょう。

 それだけ確認すると、わたしの意識はすっかり凜さんに集中します。そのまま、うんうんと唸りながら文面を考え始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ええ、言いたいことは分かります。さっきまで散々怖いだの気味が悪いだの言っておいて、そんなに簡単に連絡しては言っていることが違う、手のひら返しじゃあないか。そんなんで大丈夫なのか、と。

 確かにそうです。直前まで考えていたことをすっかり無視した行動でした。

 ただ、こういう初動の速さというか、蛮勇めいたものはわたしの特徴でもあるのです。あれこれと、必要以上に考えていたら面倒くさくなってしまって何ら行動に移しませんから。わたしなりの処世術みたいなものかも知れません。

 まあ、それが良いことであるのか悪いことであるのかは時と場合によるでしょう。稚拙が功を奏することもあれば、熟考が花を咲かすこともある。ですから、ここではこう言うに留めておきます。

 

 

 蛇はいました──それも特別に大きいやつが。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 ぷるるるる、ぷるるるる。

 

 

 スマホの振動がわたしの部屋を揺らします。凜さんとあれこれと連絡を交わし合って、結局は通話することになりました。ベッドに寝っ転がりながら耳元にスマホを当てていると、ぷつっと微かな音がしました。どうやら繋がったようです。

 

「もしもし、凜さん?」

 

『あっ日向ちゃん。ヤッホー元気にしてたー?』

 

 通話に出た彼女は元気な調子でした。いつもよりちょっと硬めな感じですが……電話越しだからでしょう。いずれにせよ、通話越しでも笑顔が浮かんでくるような爽やかな声です。そんな声を、わずかに心配げに歪めて彼女は続けます。

 

『あの後、だいじょーぶだった? イヤな感じで帰っちゃったから気になってたんだー。あの女の人も、私のこと何か言ってなかった?』

 

「いえ、ケイさんは特に何も……。凜さんが帰ってからそこそこお話ししたんですが、気にした様子もなかったですし」

 

 一言ぐらい謝っておいた方が良いとは思いますが。睨みきかせていたのは流石に向こうも気づいていたと思いますし。

 

『そーなんだ、よかったよかった。それで、日向ちゃん? 電話してくるなんて珍しい……というかほとんど初めてみたいなものだけど、何かあったの?』

 

「それが、実は相談したいことがあって。その、やっぱり能力者になったので凜さんにいろいろ聞けたらなって思って。それで連絡してみたんですけど……」

「急用ではないので、迷惑だったなら今日はやめにして明日学校で話すとかでも良いんです。大丈夫ですか……?」

 

『いやいや! ゼンゼン迷惑なんてことはなくて、寧ろ大歓迎というか願ったり叶ったりというか。こちら側からもお話ししようと思ってたところなの』

 

「わあ、それはありがたいです」

 

 同じ能力者として、凜さんもわたしを少しなりとも気にしてくれていた様子です。やっぱり友達が心配してくれるというのは嬉しいもの。あんまり通話は得意ではないのですが……これは口も滑らかになろうというものです。

 

『それで、相談っていうと? 私もちょうど能力制御に苦労しているところだから、そんな偉そうにアドバイスは出来ないけど……。できる限り役に立ちたいから、とりあえず何でも聞いてみて!』

 

「ありがとうございます。実は……」

 

 お言葉に甘えて、早速相談させてもらいます。今いちばん不安に思っていることをじゃんじゃん聞いてみましょう。それこそ遠慮はなしで、かくかくしかじかと今までの経緯を説明します。

 凜さんも、うんうんと相槌を打ちながら良く聞いてくれています。

 

『ふむふむ、そっかー。日向ちゃんはまだどんな能力なのか分かってないんだね。それで実際に能力が使えるようになるっていうのはどんな感じなのか、私に聞きたかったと』

 

「そうなんです。わたし自身もそんな不思議な力を持っているなんて自覚がなくて。能力って一体どんな感じのものなのかもいまいち掴めていないんです」

「だから、実際に能力って役に立つものなのか、それとも持っていて損なものなのか凜さんに聞いてみたかったんです。あんまり話したくないことかも知れませんが、教えてもらえるでしょうか……?」

 

 

 少し遠慮がちに聞いてみます。それを聞いた凜さんは、うむむ……、と唸っている様子。しばらくスマホ越しの逡巡が続いた後、彼女は慎重に口を開きました。

 

『──そうだなあ、私自身は半々っていうところかなあ。能力者で良かったなと思うこともあるし、能力者じゃなかったらこんなことにならなかったのに、っていうこともあるよ』

 

 自分で紡いだ言葉を噛み締めるように一つ一つ丁寧に話す凜さん。

 だけどね、と続けます。

 

『得したことも損したこともひっくるめて、私は能力者になってよかったなあって思うんだ。なんでかというと……うーん、色んな人とつながれたからかなあ』

 

 自分でもよくよく考えたことなかったや、と言って笑う凜さんはしかし、わたしのために真剣に悩んでくれているように思えます。

 

「そうですか……。けど、色んな人って? そんなに人と繋がるような機会って、何かあるんですか?」

 

 わたし達能力者は、担当の管理官と1対1でチカラの使い方を学んでいくそうです。なので基本的にあまり人と会う機会はなさそうなものなのですが、どうなんでしょうか。

 

『えへへー、実はね。そういう訓練の外で、能力者同士で仲を深めようっていうグループみたいなものがあるの。そこでいい人にいっぱい会ったんだー』

 

 ホントにいい人ばっかりなんだとはにかむように言う凜さんは、そのグループとやらをとても信頼しているようでした。

 

『そうだ! せっかく私を頼ってくれたんだし、日向ちゃんもそこに招待するよ。ちょうど明日集まろうかって話だったし。放課後にでも遊びに来てみない?』

 

 どうかな、とキラキラした声で聞いてきます。

 へえー、そんな集まりがあるなんてケイさんも教えてくれませんでした。加えてわたしを招待してくれるなんて。思いがけないお誘いでしたが、何だか楽しそうです。それにわたしと同じ能力者の集団なら、いろいろ質問とかも出来そう。もしかしたら思いがけない良いこともあるかも知れません。

 

 ぜひ行きたいですと答えれば、すぐさま何処でやるんだーとか、何人くらい参加するんだーとかを教えてくれました。

 

『日向ちゃんは初めてだし、私と一緒に行こうねえ』

 

 至れり尽くせり、とんとん拍子に予定が決まっていきます。不安に思っていることを誰かに聞いてもらえる安心感からでしょうか。お話を詳しく聞くほど、明日がとても楽しみになっていました。

 

 その後は他愛のない話にも花が咲き、気がつけば結構な時間通話をしてしまいました。くわぁ、と小さく欠伸がこぼれてしまいます。そろそろ眠気も忍び寄ってこようかという時間になって、また明日ということでそのままお開きになったのでした。

 

 

 

 

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