ジョジョの奇妙な迷宮 ~発狂寸前ディアボロを添えて~   作:ヘビとマングース

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死んだら戻る、それがルール

 アパートの自室に居た少年は、壁一面に張られた無数の紙を確認することにした。

 おそらく自分が書き記したのだろうそれらはたくさんの情報を残している。確認するのが嫌になるくらいの量だった。しかしざっと見たところ、残念ながら自分に関する情報はない。自分の名前や経歴は残されていないため、死んだ回数など関係なく元々記憶喪失だったのかもしれない。或いは残すのが面倒で残さなかっただけなのか。真実を知ることはできなかった。

 

 真実。そう、それが自分たちの目的なのだろう。

 死をきっかけにループするこの世界を抜け出すために協力することになっている。

 自分が誰だったのかを覚えてはいないが、ディアボロが誰なのかは覚えていた。

 

 「確かジョジョの第5部に出てくるラスボスで、マフィア? ギャングだっけ? とにかく一番偉い人で一番強い人だ」

 

 うろ覚えな情報を口に出して確認する。自室のため傍にディアボロは居ない。聞かれても今の状態なら大したことにはならないだろうが、本人に伝えた経験もないはずだ。

 死に続けるループから抜け出す方法を探す必要がある。それはなぜか同じ状況に陥っている少年にとっても重要なことだ。

 

 これまで何度死んだのかわからない。

 数を数えるのが嫌になるくらいには死んでいる。

 予想では百や二百を軽く超えていて、千に達したか否かを気にするほどだ。

 

 見知らぬ男性にナイフで刺されたり、車に轢かれたり、見ず知らずの子供に突き落とされたこともある。なぜそうなったのかは覚えていないが、気に食わなかったのだろうか。別にひどいことをした覚えもないのに一方的に殺されるのがいつものことだった。

 殺される中で、特殊能力を持つ人間が居ることも理解するようになった。主に敵対するのは“幽波紋(スタンド)使い”というスタンド能力を使用する相手で、時には“波紋使い”、“吸血鬼”、“柱の男”と敵対することもあった。とにかく大変に強くて少年とディアボロを殺そうとするのだけは確かである。

 

 彼らに関する情報も紙に記されていた。

 目についた一枚を指差し、少年は自分に言い聞かせるために声を出す。

 

 「ディスク……そう、ディスクだ。ディスクを使えばスタンド能力が使える。あの時ボスを助けるにはスタンド能力を使えばよかったんだ」

 

 文章を読むことで徐々に思い出してくる。

 不思議な世界を歩いていると、時折道端にディスクが落ちていることがある。それを自分の体に触れさせれば、まるでラジカセがCDを取り込むみたいに自分の体がディスクを呑み込んでいき、ディスクに記憶されているスタンド能力を自分が使用できるようになるのだ。

 ただしディスクは持ち帰ることができず、部屋に帰ってきた時には必ず手ぶらで、保管しておくことはできない。

 ループ発生には条件があって、帰ると必ずゼロからのスタートだ。

 

 ループの発生についてもわかっていることがある。

 目覚めるのは必ず拠点にしているこの部屋から。

 自分が死ぬとこの部屋で目覚め、自分が死んでいなくてもディアボロが死ねば目の前が真っ暗になってこの部屋で目覚める。その繰り返し。

 

 外は危険だが、部屋に引きこもっていても必ずディアボロが死ぬため、外へ出て解決策を探さなければならない。しかし戦う術となるスタンドを持つディアボロとは違い、少年はどうやらスタンド能力を持っていなかった。だからこそディスクが必要なのだ。

 落ちているディスクを拾い、スタンド能力を手に入れ、ディアボロをサポートするのが主な役割である。しかしどんな能力のディスクが、どこへ落ちているのかはわからないため、毎度運任せで拾ってみて効力を知ることになる。

 その上少年は、自分のことだけでなく多くのことを忘れていた。ディスクを拾っても、これまで使用した経験があっても思い出せるとは限らない。

 

 この状況より自分を呪いたくなる状況だ。

 よっぽど忘れん坊だったのか。以前の自分が知りたい。もしも何もかも忘れる前の自分に出会えたのなら忘れるなと言って殴ってやるのに。

 

 余計な思考を挟みながらも、有益な情報を求めて紙を読み進め、重要な文章を見つける。

 思い出そうと頭を働かせつつ、彼はそれを忘れないようにと記憶する。

 

 「ホル・ホースは? 第3部に出てきて主人公の敵だったけどさっきは味方で……そうだ、“記憶ディスク”か。これを使えば記憶されてる人が味方になってくれる」

 

 ディスクにも種類があるらしく、判別は難しいため使ってみるしかないようだが、ディスクを使えば基本的に少年へ有益な何かを与えてくれるみたいだった。

 能力を得る“スタンドディスク”に味方を得る“記憶ディスク”、他にも非常に珍しい物として“波紋ディスク”や“吸血鬼ディスク”、“柱の男ディスク”などあるらしい。

 用途を忘れてしまっているため本当に自分が書いたのかさえ疑ってしまうが、そうなのだろう。

 

 「こういうのを使って、ここから脱出しようとしてたわけだな。しかし、これは本当に僕が書いたんだろうか……びっくりするくらい思い出せないな」

 

 ううむと唸りつつ記憶する。

 有益な情報がある一方、この世界から抜け出したい割にはそのための手段や方法、手がかりらしき情報さえ見つからない。かなり苦労していたのだろう。

 考えるのをやめてしまうくらい死に続けていたなら仕方ない。考え直し、以前の自分を許してやることを決めた少年は読むのに疲れてやめてしまった。

 

 その直後、眠くなったわけでもないのに突然視界が真っ暗になる。

 意識が一瞬途切れたのを認識すると、またベッドの上で仰向けに寝ていて、目を開いた。

 どうやらディアボロが死んだみたいだ。

 

 起き上がった少年は隣の部屋を訪ねてみる。

 鍵がかけられておらず、声をかけながら扉を開けて中へ入る。多くを忘れても、この行動だけは数えるのが嫌になるほど繰り返しているため躊躇はなく、怒られないこともすでに知っている。

 ディアボロはベッドの縁に座っていた。項垂れていて長い髪に顔を隠されている。

 

 「どうしたのボス? また死んだ?」

 「……風呂で溺れた」

 「溺死か。自分の家では初めて? あったっけ?」

 

 気安い態度で話しかけてもディアボロは反応しない。

 死ぬことに慣れている、というのはあまりにも常識外れだが、事実として彼ら二人はこれまで何度となく死んでいて、あらゆる死の方法を経験している。

 高所からの落下死も溺死も失血死も、その他の死に方も繰り返し実践している。

 そして何より、この世界に居る限りはどうあってもディアボロが死ぬことになっていて、ルールを理解している少年はどんな死に方を聞かされても驚かなかった。

 

 「一人の時は迂闊に動かない方がいいよ。僕が一緒だったら助けられるけど、一人でお風呂なんて絶対死ぬに決まってるんだから」

 「また……また死んだ。また死んだな。私はまた死んだんだ」

 「そうだよ。また死んだ」

 「また一回増えたんだ。死んだ回数が。これまで何回も何度も死んでいるのに」

 

 ディアボロは少年がこの世界に囚われる前からここで死に続けている。この世界はディアボロのために存在していると言っていい。少年が死なずともリセットされるのがそう思う理由の一つだ。

 出会う前から数え切れないほど死んでいたんだろう。死の経験が増える度、ディアボロの精神は摩耗していく一方で、近頃は言動や行動が見るからにおかしくなってきているし、出会った当初でさえ脱出するために協力しようと申し出てきた。

 こんな人だったかな? と少年は思ったものだ。その記憶も忘れてしまったが。

 

 ドッピオと呼ばれるようになったのは彼の心の支えが必要だったのかもしれない。

 何かしら意図があって言っているわけではないのは目に見えて伝わるため、詳しいことは本人に聞いてもわからないだろうが、少なくとも頼られているのは間違いない。

 少年はベッドに座るディアボロへ歩み寄り、床に膝を着いて顔を覗き込んだ。

 

 「大丈夫?」

 「私はこの後も死に続けるのか……自分の部屋でさえ死んでしまう。以前にはシーツが首に巻きついて締められ、窒息死したこともあった。冷蔵庫に頭をぶつけて死んだこともある。今度はシャワーを浴びていたら足を滑らせ、頭を打ち、痺れている間に風呂に栓がされていて、ゆっくり水が溜まっていって呼吸ができなくなった。偶然だと思うか? 偶然ではない……私を殺すためにこの世界は存在している」

 「それはそうだろうと思うけど、考えてもしょうがないでしょ。これまで何度も死んだんだからいい加減慣れようよ。そんで脱出するために頑張ろう。僕も協力するから」

 「バナナの皮で滑って死んだことはあるか? この世界を脱出してどうなる……どんな些細なことでも私は死んできたんだ。きっとまた死ぬ」

 「脱出できたら一度死ねばそれで終わりなんだ。終わらせるために頑張るんだよ。でしょ?」

 

 少年がそう言うとようやくディアボロが顔を動かした。生気のない顔で視線を合わせる。

 

 「終わり……そうだ、この世界には終わりがない」

 「そう、終わらせるために僕らは頑張る」

 「死ぬためにか? 今度こそ死ぬために死に続けるのか?」

 「じゃなきゃ永遠にこのままだ。すでにボスはおかしくなっているし、脱出できないならいずれ自我が壊れて、それでも死に続ける。自分が誰なのかわかってるうちに脱出しないとそれこそ本当に終わりだよ」

 「そうだな。脱出、しなければ。私は、帝王、ディアボロだ……」

 

 見るからに危うい状態であったが、ディアボロはのろのろと動き出した。

 動かなければ状況は変わらない。この世界では尚更だ。

 動かなくても死ぬのに動いたところで脱出の方法はわからない。それでも探しに行かなければまた死ぬだけなのだ。これまでの経験でよく理解していた。

 

 少年はディアボロの手を引き、部屋を出てアパートを離れようとする。

 今日はどこへ向かえばいいのか。辺りの風景は毎度違う。変わり続ける。地図を作っても次の瞬間には使えないため、毎度迷うことになる。

 

 それでも行かなければ始まらない。

 廊下に出た少年は、階段へ向かう方向を見ると早くもディスクが落ちているのを見つける。

 幸先がいい。どこに落ちているかわからないディスクだが、アパートで見つけたのは初めてだ。

 喜び勇んで近付く少年はディアボロの傍を離れて、廊下に落ちていたディスクを拾い上げると笑顔で振り向いた。これでサポートができる、と思いきや、どこかから狙撃されたディアボロの額を銃弾が貫き、血が噴き出す瞬間を目撃した。

 

 「あれ? 早いね。さっきの溺死で変な流れが――」

 

 最後まで言い切ることができず、あっという間に目の前が真っ暗になる。

 目を開くと自室のベッドに寝ていて、少年は動揺もせずに呟いた。

 

 「この数十回に銃殺はなかったはずだから、久々かなぁ? 幸先よかったのに……たまに速攻で死ぬ時があるなぁ」

 

 またしても隣の部屋から怒号が聞こえてきて、怒っているのだろうと理解できる。

 あまりに死に過ぎた上に、いつどこから襲われるかわからない緊張感が常に付き纏い、気を抜く暇がないのはひどい心労を生む。その時間を忘れてしまうほど繰り返したディアボロは、強力なスタンド能力を持っていても急な奇襲に対応できないほど疲弊していた。そのせいでまたどこかから急に襲われて死ぬのである。

 

 死とループに慣れた少年は彼よりいくらか冷静に考えられる。

 本当に抜け出せるのか、などとは考えない。考えても無駄だと知っていた。

 今度はどんな死に方をするのだろうなどと考えながら、ひとまず怒り狂うディアボロを落ち着かせるために隣の部屋へ向かったのである。

 

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