出会い
「夢見草」とは。
夢のように美しくも儚く散ってゆく桜
儚くも夢のように美しく愛おしい桜
散り際すら人を魅了する桜に感銘を受けた古の日本人が桜の別称として詠んだもの。
現実を幻実とし、たかが桜一片すら「情緒的」で「甘美」なものだと醒めない夢を見る。
形あるものいずれ壊れる
命あるものいずれ散る
それが世界の理であり世の道理。
どんなに綺麗な言葉で着飾ったとて、迎える最期は全て同じで、どんなに流麗な物語を綴ったとて、迎える結末は全て同じ。
本当はもう分かってるくせに。
さあ、夢から醒める時間だよ。
✿
コロン、ポロン コロリ、トロン
心地の良い音が鼓膜を刺激する。
徐々に覚醒していく意識に引っ張られるように、自然と瞼が開いていった。
なんだか、随分長い夢を見ていたような…。
「…」
「ん?…あ!」
頭の先で何かの気配がする。
いや、何か…じゃなくて、人。
それも1人ではないらしい。
未だ重い頭を気力で持ち上げ、ぐらぐらと揺れる視界をどうにか落ち着かせる。
机に突っ伏して寝ていたみたい…?
寝惚け眼、寝惚け頭のまま辺りを見回す。
どうやらここは音楽室のようで。
今目の前にいる2人の男女は大きなピアノの前に立っていて彼女の方は朗らかな笑みを浮かべながら人差し指で鍵盤をつついていた。
『……君達は?』
そう問いかけると目の前の彼と彼女は顔を見合わせて小さく頷く。
彼女はにっこりと綺麗に笑い、彼はそっぽを向きながら不機嫌だと言わんばかりに口を尖らせた。
「そんなことより早く起きてくれません?こっちは30分も待たされてるんですよねえ」
……実際、かなり不機嫌だったらしい。
ため息をこぼして呆れたように前髪を触る彼を前に、申し訳なさから肩を落として項垂れていると彼女が2回手を叩き咳払いを1つ。
「無事に君も起きたことだしね。みんなのいる体育館まで移動したいんだけど、良いかな?」
『みんなって…まだ他にも人がいるの?』
「ええ。あなたで26人目、多分最後ですよ」
『26人もいるんだ…。』
欠伸をこらえ、少し伸びをしてからのそりと椅子から立ち上がったことを確認した2人はドアに向かって歩き出す。
『んあ、ま、待って待って』
置いていかれないように慌ててその後を追いかけようと体を扉の方に向け足を動かしたとき。ふと何か…誰かに?名前を呼ばれたような、記憶を触られたような気がして古臭い木目の床に踵がつくと同時にパッと後ろを振り返る。
窓の外に大きな桜の木が何本も立っていた。
何本も、何本も、何本も。
咲き誇った桜の木が。
✿
体育館に行くと告げられ、後はひたすら無言。
することもなく、とりあえず目から情報を取り入れようと辺りを観察してはいるけど気まずさに押しつぶされてしまいそう…。
元いた部屋を出るときにドアの上に貼られた紙には「音楽室」と書かれていて、今歩いてる通路はまるで学校の廊下みたいだ。
度々教室のような部屋もあって、今すれ違った部屋は「理科室」と書かれている。
学校のよう…じゃなくて、本当に学校?
通っていた学校とはまるで違う、見知ったものも慣れ親しんだものもないこの空間の異質さに、ひやりとする何かを感じる。
情報を得れば得るほど分からなくなるこの奇妙な時間が、ただただ怖かった。
「不安?」
不意にそう問われ、ハッとして前を向くと2人はもう数歩先の方まで進んでいた。
どうやら無意識に歩みを止めていたらしい。
心配そうな眼がこちらに向かっている。
ごめん、と謝ろうとすると彼が表情ひとつ変えずにぱかりと口を開いた。
「そりゃあ不安にもなるでしょう、目が覚めたらこんな不気味なとこだなんて」
『…………』
「…誰だってそうなりますよ。」
そう言う彼の顔は相変わらず固いままだったけれど、仄暗い影が差したように見える。
不安なのは彼も…ということだろうか。
彼女も、まだ見ぬ人達も、きっと同様に。
「外の、この桜を。あなた達は綺麗だと思いますか?奇妙だと思いますか?」
『……き、綺麗、だと思う。…ます。』
「うん。私も、綺麗だと思うな。…ただ、君はそうは思っていないみたいだけど。」
『一寸の隙間も無いんだね、ほんとにさ』
窓は開かないよう細工されていて、それに一抹の不安を感じながらも桜の木を見る。
桜以外は何も見えなかった。
遠くの景色も、空の色さえも。
「桜は夢見草とも云われるそうですよ。僕は魅せられたくはないですけどね、夢なんかに。」
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