✿
『絶対、ことくんが1位!なんかずっと背中見てた気がするもん』
「いや、歌方も速かったよ。大器晩成型なの?後半どんどん早くなってくとか聞いてないんですケド…」
「……私から、したら…皆様大変素晴らしく速かったと…」
俺の中では1位候補の琴梨くんはと言うと、この輪に入ってはいるけれど、怯えるように俯いて震えているだけ。
そんな彼に声をかけたのは美織くんで、
「一条も速かったよね」
と褒めると、琴梨くんは少しだけ顔を上げた。
「あ、あり…がとう」
いつものごめんなさいではなく、ありがとうと。
それに驚いていたらまたごめんなさいと俯いてしまう。
なんだかとても嬉しくなって、彼に向けてにっこりと微笑んでみる。
最初は気恥しそうにもじもじとしていたのがだんだんと本気の恥ずかしさに繋がってしまったらしく、もうやめてと半泣きで懇願され、仕方ないなあ、なんて。
「ねえ、もうそろそろ男子の結果発表するから立ってくれない?」
そうして麻堂くんが促してくるまで俺達は芝生の上でキャッキャと大騒ぎ。
久しぶりに会話を交えて食べた遅めのお昼ご飯はいつもより美味しく感じた、ような気がする。
こんなに笑って一日を終えることが出来るのは、普通に生きていてもそう多くはないことだと思うから。
__閉会式の終わった頃。
夕方に差し掛かるくらいの時間帯、廊下の先からバケツをひっくり返したみたいにバシャバシャと水が大量に流れ出ている音が聞こえてきた。
「う、うわあぁっ!」
声を辿るとそこにはいつも以上に強く震えている琴梨くんが。
……蛇口からではないところから水を噴き出している水道を背景に。
『……えっ!?』
琴梨視点
バクバク暴れる心臓が痛くてどうしようもなくて、服の上からギュウゥと握りしめてしまう。
み、見られた…!!
「あ、」とか「その、」とか、言葉にもならない言葉を投げ出していると歌方さんはどこかに行ってしまう。
ああ…どうしよう、どうしよう。
でも、あれ…声が、また戻ってきてる、ような。
「あたしこういうのも一応出来るからさ!」
「あ、本当?葉金ちゃんに聞いてみて良かったぁ。」
ね、ことくん!と明るい笑顔でひょっこり顔を出した歌方さん。……と、ふ、深作、さん。
つ、連れてきて…くれたのかな…。
「あ、良かった〜!ことくん、濡れてないみたいで」
『う…うん、…』
じゃあまたって手を振る歌方さんに軽く会釈して、水道を直す深作さんをじっと眺めてみる。
力強いんだね、なんて言って豪快に笑う深作さんに、声には出せないけれど、心の中で反論して。
ただ、軽く…本当に軽く。上を向いていた蛇口を下に向けようとしてちょい、と動かしただけなんだ。
10分かこそこらで直せたみたいで深作さんが蛇口を捻ってもさっきみたいに水が溢れ出ることはない。
すごい…一体どこを壊したのか分からないけど、きっと普通はもっと時間がかかるはずなのに。
そういえば、機械技師…なんだっけ?
作るのが好きなのかな、
出来るなら目覚まし時計作ってほしいけど……ああ、でも断られたらどうしよう。
でもそろそろ頑張らなくちゃ、だよね、
『あ、あの…深作さん、目覚まし時計…って、作れる…?』
「!!!もちろんだよ〜!何何、作ってほしいの?」
食い気味で俺の方に近づいてくる深作さんが物凄く怖くて、反射でごめんなさい!と叫びながら後ずさってしまう。
そんな自分に嫌気もさしたけど。
早速取り掛かってくるね、って、そう言って俺に背を向けた深作さんを慌てて呼び止めて…目を見て話すのはやっぱり無理!
そろりと視線を横にずらしながらやっとの気持ちで声を出す。
『そ、その…っ!……いろいろ、あ、ありがとう…』
「あははっ!大丈夫大丈夫!こちらこそありがとね〜!」
「じゃあ早速あたし、部屋に戻って作るから!…とと、そうだ、琴梨くんも来る?」
『あ、俺、俺は…自分の部屋に、』
「そっか。じゃあ琴梨くんの部屋まで送るね〜!」
俺を部屋まで送ってくれた深作さんは、お花が咲きそうなくらい大きな笑顔を浮かべて走り去って行いった。
普通、送り届けるのは男の…きっと、俺の役目なんだろうけど。それはハードルが高いし、きっと無理だ。
向こうで…誰だろう、誰かにも「部屋で作業してくるね!」と伝える声が聞こえてきた。
明るい人ってどうしてすごく声が大きいんだろう。
…そうして、いろいろ歩き回ったり、部屋に入ってみたり。
チラッと時計を見てみたら18時半。
夜ご飯の時間は18時だったはずなのに。
『や、やば……!』
パタパタと廊下を走って急ぐ。
臆病な俺は、遅い!なんて言われたら泣いてしまうだろうし、そもそも、探し回ったせいで時間を取られたなんて文句を言われるのが怖い。
途中に貼られた「廊下は走らないこと!」と書かれた張り紙が目に入る。
ごめんなさい、ごめんなさい、
俺は悪い子だから廊下を走ってしまっています…
ここの人達はご飯を一緒に食べたがる人が多いんだ。
いつもいつも、みんなが揃うまで誰もご飯に手をつけない。
来ない人がいるなら呼びに出るくらい。
あちこちにシワのついたパーカーのシワのついていない綺麗なところを握りしめながら見えない空想上の恐怖を紛らわす。
ああ、食堂が見えてきた。
安心したんだ、
ピンポン パンポン
安心してたはずだった
__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の【深作葉金の自室】まで急いで集合してください!
悪魔の放送が聞こえるまでは、
『…………は、』
プツリと途切れる音はスピーカーから聞こえてきたものか、それとも、俺の頭から聞こえてきたものか
ただひとつ言えるのは、
今俺の頭に浮かんだのが最後に見た深作さんの顔だということ。