非日常
このお話は最初から
神様が決めた、神様の暇つぶしだ。
どれだけ進んでも、
もがいても、
足掻いても、
結局は手のひらの上のまま
そこから移ることはないのだ、きっと。
生まれた時から人生はある程度決まっていて、生まれた時から寿命もある程度決まっていると、どこかで読んだ…聞いた?見た、知ったことが、ある。
それが本当なら神様は
なんて惨たらしい存在なんだろう。
明るく、優しく、実直で、自慢だった子。
それが何よりも可愛かった。
そんな子でもあまりに呆気なくこの世を去るんだ。
見たわけじゃない
聞いたわけでも、ないんだけど
それでも分かっているのは
あの子は死んでしまっているという、ただひとつの事実だけ。
失くしたものが戻ってくるわけではないし、亡くしたものが芽吹き返すわけでもない。
そんなに救済措置があるほど優しい世界なんかじゃないことくらい、此処に身を置いて十数年も生きていれば自然と理解出来た。
それでも、本当に後悔していることを無くせるなら。
あの日に戻って、正しい道を選べるのなら。
……やめよう、こんな話。
その選択をしたがために命を落とした人間が既に二人もいるというのに。
そもそも目先の欲に駆られて大事な人を殺められるほどの度胸も、根性も、育ちきってはいないから。
こうして今日も一日、やるせない思いを抱えて生きていくんだ。
あたたかな毛布の中で小さく縮こまってみる。
衣服とシーツの擦れる音がやけに響く。
それがどうしようもなく、切なくて。
窓から差し込む柔らかな鈍い月明かりに照らされて、ああ独りなのだと、実感してしまう。
月の中に住むうさぎは何も知らないまま、あくせくと餅をついているんだろうか。
せめて、……せめて。
あの子のように淡いこの明かりだけは、
本物であってほしいよ。
センチメンタルな想いの果てに手を伸ばして、何もかもをひとつにしてしまうために目を瞑る。
夜空とはまた違う真っ暗な空間はやがて溶けて消えていった。
✿
やけにスッキリした頭で毛布を勢いのままに翻すと、途端に部屋の中が明るくなったような気がした。
今日も快晴だ。
窓でも開けて、寝起きの体に新鮮な空気を取り込んだらどれだけ心地いいものなのか。
運良く開いてはくれないかとほんの少しの期待を込めて、ク、と軽く押してみるもカタリと小さく音を立てるだけで開く気配はどうにも見えない。
思わずため息をこぼしつつも、いつまでもこうして部屋に籠るわけにはいかないので、せっせと身支度を進めながら朝食の時間まで適当に時間を潰してみる。
それにしても眠い。あまりにも。
昨夜はかなり遅くまで起きていたから。
必死になっていたんだ、全員。
何をしても悲劇は繰り返されてしまう。
『もう7時か……』
錆の擦れる音もしない小綺麗なドアは極めて静かに閉じて行った。
少し遠くの部屋からあくびをこぼしながら出てきた美織くんを眺めながら、のんびりと食堂へ向かう。
「おはよう、奏瑛くん、夏月くん」
『おはよう、二人とも。…眠そうだね?』
「…裁判、終わった時点で深夜2時過ぎてますし」
この二人と過ごす時間にもすっかり慣れてしまった。
普段よりほんの少しだけふわふわの髪を揺らしている奏撫ちゃんに、眠そうな目でぼうっと遠くを眺めている夏月くん。
食堂に近付くにつれて、ちらほらと人の声。
それでもだいぶ静かになった方だ。
ただ、人が多いから廊下の先にまで響いてくるだけで。
変な夢を見たんだよね、なんてそんな他愛もない話をしながら、ひんやりとした取っ手に手をかけて食堂へと身を通す。
____ガチャリ
「ずばり!スクランブルエッグ!」
「…!正解ですわ宍戸サマ、匂いで分かるなんて!」
「え!?実は卵焼きと迷ったのだけど……ふふん、まあこれもある種のラッキーということだね!」
目の前で繰り広げられていたのは、朝からなんともハイテンションな二人によるちょっとしたおふざけ。
クローシュの被せられた料理を品名を当てるゲームでもしているところなのかな?
アンジェリーナちゃんが料理を持っているとどの料理でも高級料理に見えてしまうんだから感心してしまう。
一般人の食事じゃほぼ使わない、クローシュ、なんてものもあるみたいだ。この学園は。
見守るように一歩後ろに佇んでいたけれど、やっぱりお姫様に配膳はさせられないのか、お手伝いという名目で半ば奪い取るように手際よく完成された朝ごはんをテーブルに並べていくのはラピスくん。
その傍らで今日は良い日になるかもしれない!と喜ぶ奉憧くんはラピスくんが置いたある一品のある部分を目に入れるや否や、途端に顔をきゅっと顰めてしまう。
「僕はにんじんNGなのだよ!!!」
……そんな言葉を叫びながら。
なるほど、奉憧くんはにんじんが嫌いらしい。
自己肯定感が強く何事にも全力投球な彼でも、好ましくないものはあるんだと思うと途端に親近感が湧いて出る。
「今日はまだ誰も死んでないみたいだね」
「幸運くん。言い方ってものがあるでしょう?」
「なあにLadyちゃん、僕は全員いるねって言いたかっただけだよ」
「…そう。それなら今日は幸運くんにいただきますの声掛けしてもらおうかしら」
嫌そうにえーっ、と顔を顰める麻堂くんに有無を言わさぬように微笑んで席に座るよう声を掛けるグレイちゃん。
「……強いな…」
そう漏らす流星くんの呟きに、内心大きく頷く。
母は強しとは言うけれど。
儚げな容姿とは裏腹に、地に足をつけしっかりと立っているような、凛々しさがある。彼女は。
さっと朝ごはんの時間を終わらせて、いつも通り各々が適当な場所で適当に時間を過ごしだす。
こういうとき何かイベントがあればいいのに、なんて思うけれど…そういうときに限って嫌なことが起こる。
今日も、ほら。
頭の上から響き渡る単調なリズム。
その音を聞いてヒヤリとした何かが体の内側に駆けていくのを感じてしまった。
怯え。
「っ…ま、また…なの?も、もぅ嫌…」
「………あるむ。………」
耳を押えて蹲るあるむちゃんの隣でそっと寄り添う中夜ちゃん、その近くで、
「…全員で朝食をとったすぐ後、ですか…」
険しい顔でスピーカーを見る莎莎匁くんも。
__全員、【コンピューター室】に集まりなさあい!
身構えていたような内容ではない、
ただのお知らせ。
……トラウマになっちゃったかな、この音。
そうしてコンピューター室に行ってみると、中央に仁王立ちしていたモノクロックさんとぱっちり目が合った。
いや、彼は目があるのかどうかも分からないけど…
なんとなくドキリとしてしまう。
気まずさから思わず斜め前に視線をずらすと、ガラス窓のついた棚をしげしげと眺めているまどかくんとえがきちゃんがそこにいた。
「何かの書類…?かな、沢山あるね」
「ラベルになんか書いて……数字?1、2、3
……げ、20以上あんの?このファイル」
「鍵がかかってるから開けれないみたい。こういうとき、ピッキング身に付けてたら役立てたかも」
「それで用事は何なのかしら…アタシこれからビスクドール作ろうと思ってたのだけれど」
「そんなに時間はかからないから大丈夫だよお」
そう言うとモノクロックさんは、何やら大きめのダンボールを押し運び、パカリと開けたかと思えばその中の数個を手に持った。
「ディスク?」
「うん、これ人数分あるんだあ。もちろん、飛鳥ちゃんの分もちゃあんとあるからねえ!」
「……わ、私の分も?」
「そろそろマンネリ化しそうでしょう?」
反射してところどころが七色に光る薄い円盤。
その光がいやに眩しくて、ぼやけていて、形容しがたい不快感が身を襲う。
「誰がどんな後悔を抱えているのか、後悔した瞬間の映像…つまり、オマエラの過去がここに入ってるってこと!…試しに一つ見てみる?そうだなあ、きるちゃんのとか、千晴ちゃんのとか!」
ディスクをセットし、降りてきたスクリーンのリモコンに手を伸ばす彼を制したのはラピスくんだった。
ふるふると首を横に振り、止めろ、と言葉にせず目で訴えている。
「……いいえ、貴方の言葉を疑ってはいないので。きっと言葉通りなんでしょう、どう、その映像を撮ったのかは分かりませんが」
「うぷぷ…ボクなあんでも知ってるもん!これランダムで配ったら、奪い合いが始まってくれるのかなあ」
誰にでも知られたくないことはあるもんね、なんておどけてみせるモノクロックさんは実に子供のように無邪気ではあったけれど、やろうとしている行為は子供だなんてものではなかった。
……バレるのか?俺の、抱えているものも。
知ってしまうんだろうか、
もし、俺の手に回ってきたのが
親しい彼らの…言いたくないような、過去だったら。
「早い話、動機配布か。………………面倒事ばっか増やしやがって」
「うんうん!どうしても自分の映像は見られたくなくて、奪い合いの果て……それか、口封じで…なんてこと、十分有り得るもんね♪」
そんな会話が聞こえてきて
グラリと視界が揺れたのを感じた。
思わず床に膝を付けてしまう。
立っていられなかった
目が、脳が、揺れている
焦点が合わない、合わせ、られない
それほどまでに大きく、強く、衝撃が
……………………………違う
俺じゃない
揺れているのは、
『……っ、地震だ!!』
地鳴りのような音が遅れて聞こえ、モノクロックさんが困惑したように立ち止まったのが見える。
危機感のままに机の下に身を隠し、ひとまずの安全を確保した。……と同時に、
大きな落下音と、小さな、衝突音。
棚から何か落ちたんだろうか、と、混濁した音の方向に目を向ける。
脳裏に過る、棚を眺めていたまどかくんとえがきちゃんの姿。
………僅かながらに認識出来たものは、薄紅色の…
衝撃を吸収するように、薄く跳ね、やがてピクリとも動かなくなってしまった彼の姿。
_____
揺れた瞬間、見えてしまったのだよ。
棚の上に置いてあった重そうなダンボール箱が、ぐらりと、傾いたのがね。
先にはまどかくんとえがきくんがいた。
運が良かった、気付くことが出来て
アレが当たればきっと一溜りもないだろうから。
精一杯両腕を伸ばして、二人を突き放す。
張り上げられることに慣れた僕の声は、こういうときに限って、一言も発せられない。
響く地鳴りの音よりも、奏瑛くんの地震を報せる声よりも、ずっとずっと早くに僕は動いていた。
ああ、もうすぐ僕の頭には中身の詰まったダンボール箱が直撃するんだろう、なんてどこか達観しながら。
指の先に二人の服が触れたとききっと安心していた。
今死ぬのは、僕だけだと。
これまで僕を守ってくれた僕の幸運は、今、僕を犠牲にして彼らを守ってくれたから。
明るく、優しく、実直で、自慢の僕の妹。
世界で一番可愛いとさえ思えた、僕の妹。
あの子が目の前に見えるような気がして、
水門のように広がる鈍痛、首の折れる音、頭部から流れる血の匂いも遠ざかっていく。
代わりにどんどん近くなってくる君は、ああ。
僕が僕でなかったら、もっと永く生きれたはずだったのに。
_____
「…っ、宍戸くん!」
「…待って、宇留賀さん。まだ揺れてる、今行ったら君も…怪我するかもしれない」
「で、でも…だって、宍戸くん、血が…!」
今にも駆け出して行きそうなほど、腰を浮かせているユキちゃんを静かに押さえている琉霞くん。
彼はいつでも冷静だ。…でも、その目は動揺に満ちている。
「……っは、…し、宍戸?おい、」
「起き、てる…よね?い、意識あるよね…?」
動揺しているのは、彼の指の先で倒れ込むように床についているあの二人も一緒だ。
揺れがおさまった頃、一斉に奉憧くんの元へと駆け寄り、彼の意識の有無を確かめる。
…脈を見ていた美織くんが、悔しそうに口元を歪めた。言わずとも、それが何を意味するのか…分からないほど、もう、初心ではない。
「…宍戸は、もう生きていないよ」
そう呟くと彼はそっと腕から指を離す。
喪失感というのはこの事か。
ぐいぐいと人の波を掻き分けて、最前列で奉憧くんをじっと見つめているモノクロックさん。
何を思っているのかは分からない。
けれど、…やっぱり想定外だったみたいで。
「ああああ!こんなのボクは求めてない!!酷い、酷いよ…幸運のクセに!!つまらない事故で死ぬだなんて!」
叫んで、地団駄を踏むその姿はままでただを捏ねる子供そのものだ。
「解散!!!もう、早く帰って!ボクはこの粗末な死体を処理しなきゃならないんだからあ!!」
矢継ぎ早にそう告げて、奉憧くんをヒョイと持ち上げるとモノクロックさんはパタパタとどこかへ消えていった。
残された、俺達。残された、奉憧くんの生きた印。
ビビットピンクに輝くその証拠は、酸素に触れて色褪せていった。
2.5章【獅子搏兎なる贈り事】