日常
どれだけ嫌なことが起こっても、
目を逸らすことばかりの毎日でも、
時間は止まってはくれない。
目が覚めた頃にはまだ朝ぼらけの空だったのに、ぼんやりとしていたらあっという間に朝食の時間になってしまっていた。
余計なことは何もせず、食堂へと向かう。
どこからか流れ込む小鳥の囀りを耳にし、また一人と消えていった自分の友人の顔を思い出しながら。
「!……ぉ、ぉは、よぅ!…ほ、ほらっ」
「お…おはよう。…ございます、……あのさ、」
目的の場所に入ると妙にもじもじとしているまどかくんと、そんな彼を応援するように手をグーにしているあるむちゃんが目の前に。
困惑からこぼれる笑みを拾いつつ、どうしたの?なんて聞くとまどかくんは少しだけ目を大きくして後ずさる。何か小さな声でごにょごにょと呟いているけど、聞き取れはしなかった。
「朝ご飯、一緒に…食べませんか…?」
その表情に思わず、こちらも僅かに顔が温まる。
まどかくんと俺の顔を交互に見ていたあるむちゃんは、俺が頷いたのを確認すると良かったね、と嬉しそうに笑って中夜ちゃんの元へぱたぱたと走り去っていった。
まどかくんも、先に席へと向かっていく。
「……朝から良いものを見させてもらいましたね、青春はやはり眩しいものです」
「二藤、ずっと言い淀んでましたし…ほら、とっとと向こうに座ってください」
「今朝はオムレツみたいだよ!席は空けてあるからみんなで食べよっか」
何であなたが隣に、と嫌がる夏月くんを半笑いであしらいつつ、席に座る莎莎匁くん。
相変わらずこの二人は犬猿の仲らしい。
ちら、と奏撫ちゃんを見ると片手を振ってここは任せて行ってあげて、と笑う。
お礼を告げ、背を向けると二人を窘める彼女の声が聞こえてきた。本当に、なんて良い子なんだろう…。
『ごめんね、お待たせ!』
俺を迎えてくれたのは、まるでうらうらとした春のような笑顔。
✿
手を振ると、小さくだけれど、振り返してくれる彼を見ながら俺は長い一日の始まりを感じていた。
才能柄か、マネージャーのように俺の身の回りを整えてくれたり、スケジュールを管理してくれるまどかくんには頭が上がらない。
…もし、彼がいなくなるようなことが起きたら、俺は一体どうするんだろう?
答えのない問題のような、そんなことを悶々と考えつつ廊下を歩いていると、
「お前らだけで何とかしろよ……めんどくせ…」
「動いてないか、無くなってないか、見ればいいだけだから。…早く行って、早く終わらせよ」
会話ともつかないような短い言葉を数度繰り返し、恐らく体育館倉庫へと向かう蒼太郎くんと琉霞くんが。
文句を言いながらも決められたことには従うその姿が少しだけ、意外だと思ってしまったけれど。
思えば彼はいつも、反抗的な態度は取るにしろ超えてはいけないラインのようなものを超えることはしていない気がする。
…と、今日はここで暇を潰そうかな。
カラカラ、と小さく音を立てて横に擦れるドア。
沢山の画材や人形、スケッチブックの転がるこの部屋は美術室だ。
中を覗くと数人の見知った顔がそこにいて、各々が何やら楽しそうに時間を過ごしていた。
「ねぇねぇ夢描ちゃん、この子も夢描ちゃんの漫画に出てくるキャラクター?」
「うん、そうだよ宇留賀ちゃん。この子はね悪役で…、…わ、危ない。これ以上はネタバレになっちゃう」
「……そのデザイン。………良いね」
「アタシの可愛いお人形さんのための新しいお洋服だもの…これが終わったら被服室に行きましょう、中夜ちゃん」
あちらこちらから囁かれる、そんな微笑ましい会話に思わず口元を緩ませながら俺も揃えられた椅子に腰をかける。
奇遇だね、とか、珍しいね、とか、彼女達から自分に向けられた言葉の数々に返事をしながら、目の前に置かれていたスケッチブックのひとつを手に取って…
何回か使用された形跡のあるソレの、白紙のページを見つけるためにペラペラとめくってみると何個か気になるものが目に入った。
誰かの落書きなんだろうか、まるで、
「わぁ!それ、お客様が描いたやつ?これとか似てる!まるで俺達みたいな…ね♪」
『うわっ!……え、ど、どこから?』
「あはは!魔法使いらしく瞬間移動…なーんて!はじめっから此処にいたのに、気付かなかったの?」
くすくす、と笑ったマジシャンの彼は、驚かせてごめんね、なんて言って白い煙の中から生まれた小さな花を俺にくれる。
落ち着かせつつ、改めて手に持っているスケッチブックに視線を落とす。
…うん、やっぱりこれはきっと俺達の姿。
可愛らしい絵で描かれたその光景は、きっと過ごしてきた日常のどこかのシーンなんだろう。
みんなが笑っていて、平和で、幸せそうで…
_______……、……?
思わず、隣に座った未依葉くんを見てしまう。
そうしたら、彼も少しだけ困惑した表情で俺の方を見ていて。
違和感があるのはきっと確実なんだ。
確実、なんだけど。
その違和感がなんなのかは、俺達には分からなかった。
無理矢理ページを進めて、真っ白な紙にひたすら覚えてる限りの台本を書き起こす。
この台詞はこう言おう、この動きはこうしよう……いつ出られるか分からないけれど、そもそも出られるかが分からないけれど、次の公演の事を考えるだけで不思議と落ち着くものだった。
たまに未依葉くんに演技を見てもらいながら、夕食の時間が近付くまで…自分なりに前を向けるように、美術室を借りながら貴重な時間を過ごしていた過ごせていたと思う。
✿
もうずっと迷っていた
長いこと、泥沼を掻き分けて進んでいた
__ピチャン、ピチャン
水も滴るなんとやら、とは言うけれど
それが酷く耳障りで
半開きになっていた蛇口を力のままに締めた
…少しだけ、あの日のように壊れてしまわないかが不安になったけれど。
直せる子はもう、いないから。
憧れを手に入れるために
夢を現実にするために、
君たちはどんなことをするんだろう
君たちはどう動くんだろう、
君たちは何を選ぶ?
……全てを間違いだとは、思わない
寄り道も、回り道も、きっとどれも必要な道だから
でも!
このままだと、いつまでも同じことの繰り返しだ
同じ道の繰り返しになるだけ
いい加減、終わりにしたい
終わりにさせたい、って、ずっと思っていた気がする
ねえ、これは君たちと過ごしてきたから、強くなっちゃった思いなんだよ。
根底にあるものは本当は関係ないのかもしれないけど…それでも、この行為の意味には、確かに君たちがいる。
思い返せば今日はなんだか全員の振る舞いが違ったような。なんだか、初日を思い出すようで…
前を向いたのか、前を向くことにしたのか、前を向いていると思うことにしたのかは分からない。
でも、少しでも。誰かがいなくなるたび暗くなるよりも、
_______ずっとずっと、ずっと良い
だから、決めた。
自分の手に握られているのは、こっそり保健室から借りてきた鋏。
よく切れそうなそれをゆっくりと首にあてがった。
金属特有のひんやりとした温度は手から音から空気から、この雰囲気も相まって、余計に刺激として感じ取ってしまう。
…もう長いこと。
不思議と肩の力は抜けて、代わりにだんだんと手に力がこもっていくのがよく分かる。
首にあてがっていた鋏を勢いよく動かしてみた。
半ば他人事のように「ああ、垂れてるな」なんて思いながらついじっくりと眺めてしまう
ばたばたと垂れ落ちて、
ふと、鏡の中の自分と目が合う。
笑っているの?
………そっか
だらりと投げ出された手から、鋏が滑り落ちていった
✿
同日同時刻、灯りの無い暗い廊下の先に影。
夜時間はとっくに過ぎているのに出歩くとは、なんて不良な生徒なんだろう。
「……………本当に?」
「………本当だよ」
ぼそぼそと、まるで周りに聞かれては困るかのような声色と声量で、話を進めていく複数の影。
「…………分かった」
やがて、ひとつの影が真剣な面持ちで頷いてみせる。
その様子を見た影もまた、頷いた。
別れ際にああ待って、と制止の声。
「まだ、秘密にしてね」
「…………いつまで?」
「…いいよって、言うまで」
再び理解と約束を示し、今度こそ影はそれぞれの方向へとばらけ散る。
……洗面所の灯り、そこから漏れる音にははじめから気付いていたのにも関わらず、共に居た■■に伝えなかった■■は■■■■■■■■■■■■■■■。
その口元には、薄ら笑み。
_____
「えっ…」
「い、一体何が…まさか、夜の間に何かあったんですか?」
朝一番、食堂に入るや否や聞こえてきたのは驚きに満ちた美織くんと飛鳥ちゃんの声。
なんとなく周りを見てみると、ほとんどの子が信じられないものを見たような顔でただ一人に注目している。
そしてそれは俺も同じく、目に飛び込んできた瞬間声も出なかった。世界が世界なら、きっと両の目はとうに飛び出ていただろう。
「……ね、似合ってる?」
リボンからネクタイに、スカートからズボンに…だけではなく、そもそも彼女は制服じゃなくてジャージをその身に付けていた。
鋏を持つその手にはグローブが付いていて、何より一番目立つ変化はその髪型。
彼女、ユキちゃんは長い髪から一転し、下手したら俺よりも短い髪になっていたんだ。
…しかも、たった一晩で!
驚く皆の視線を他所に、当の本人は気がやられた?なんて心の声をそのまま口から漏らす美織くんに笑っていた。
「似合ってるけど、でもまさかそこまで変わるなんて。…随分思いきったことをしたねユキちゃん」
「幸運も切ってもらったらどうだ?ほらこの辺とか…」
「いや、遠慮しておくよ…」
「で、でもどうして?あなた、なんで急に…」
「……あのね、君には酷な話かもしれないんだけどぉ、」
少しだけ早く、予期せぬ出来事によって髪が短くなってしまったグレイちゃんに向き合うと、ユキちゃんは静かに口を開く。
「…変わるなら今しかないって、思っちゃったんだ。グレイちゃんの髪が短くなっちゃったのを見てからどうしようもなく…」
ふと、あの時のユキちゃんが思い出される。
グレイちゃんの白銀の髪を掬い、片付け始めた彼女の姿……。
「僕が前を向いて希望を持つためにもこの勇気は必要だった。正直、全然怖いけどねぇ…、…それでも僕は自分でこの道を選んだんだ」
「一度は死んだよ、僕は。…けど、生き返ったの」
前を向いて、明日を見て、
その目には確かな光が
強い輝きが宿っていて、
「笑いたいなら笑え!特撮ヒーロー宇留賀ユキは、茨の道でも負けないんだから!」
「宇留賀ちゃん……」
「…って、いつか絶対に言ってみせるよ」
じわじわと追い立てる絶望に決して負けない
そんな希望を、見出した。
【宇留賀ユキの見た目が変わりました】
3.5章【スーパーウルトラアルティメット転生!】