消えたアイス
人の倒れる音、皮が裂ける音、
肉が抉れる音も血が飛び散る音も、
耳の奥、鼓膜の内側に張り付いて
忘れられない。
暫くはみんな大人しかった。
人ひとり死んだんだから、それが当たり前だと思う。
あのときの絶望したように青ざめたみんなの顔も忘れることはないだろう。
壱華ちゃんはモノクロックさんに担がれたままどこかに連れていかれて、俺達はその行方を知らない。
時の流れに身を任せて、何も生まれない虚のような日常をただ淡々と過ごしていた。
そんな日常に手を奮ったのは場違いに明朗快活なモノクロックさんだ。
またひとつ、俺たちに貼られた平和という名の保護フィルムがぴしりと音を立ててひび割れた気がする。
レクリエーションゲームをしてもらう、
自分勝手にそう宣言したかと思えば、誰かが何か反応を示す前に、また自分勝手に着いてこいと俺達を言葉で縛り付ける。
自由なんて名ばかりで、あの日以来、自由の中にある確かな不自由さをひしひしと感じていた。
✿
「絆を深める?」
「うん、壱華ちゃんが死んでからオマエラ遠くなったでしょお?」
「あー…まあ、確かに…?」
ぶどーくんとモノクロックさん、まどかくんの会話を一歩後ろで聞きながら無言で歩を進めるばかり。
隣にいた美織くんがボソリと「アンタのせいでは?」と呟いたからチラリ、目を向けたら偶然目が合ってしまって。
その後すぐに「いやなんでもないです、ハイ…」と目を逸らされてしまったけど。
「__だから、困ったことあったらあーしに言ってね!絶対!」
「……うん。分かった。」
「食べたいものとか欲しいものとか、あーし全部頑張るから!」
「………楽しみ。ありがとう。」
「小鳥遊先輩、これ終わったらまた筋トレしたいんですけど」
「…ぁ、柊、くん。ぃぃ、よ…き、鍛える!」
「あ、だから最近トレーニングルーム行ってたんだね♪」
「筋トレ!いいなあ、今度触らせてくれ」
「ぁ、ぇ…さ、触?」
後ろからも穏やかな会話。
…良かったな、って
また少しずつ取り戻せている気がして、
「楪さん!…ああやっと追いつきました、お変わりないでしょうか…?」
「その節はご迷惑をおかけしたようで…この通り私は元気ですよ、ラピスさん」
「楪サマはお強いのですね。それがpoliceとしての在り方だとしても、無理は…禁物、です!」
「ふふ…はい、肝に銘じますアンジェリーナさん。」
…前を向けている気がして、
なんて、ささめくんを見ながら思うんだ。
こんなこと思うのは、おこがましいことなのかもしれないんだけどね。
「はい、トーチャク!」
一際大きいドアの前。
そこに俺達は案内された。
『あれ?ここ…』
「ね。ほら、上に書いてあるみたい」
奏撫ちゃんが指さす先には小綺麗に書かれた「裁判場」というプレート。
モノクロックさんが扉を開けるとそこには円形状に配置された俺達分の証言台。
「裁判官席はあれかな?でもちょっぴり変な作りだね、宇留賀ちゃん」
「そうだねぇ夢描ちゃん、検察官とか弁護士が立つとこ無いし〜」
「小山ちゃんの遺影まである、開幕早々嫌になるなぁ…」
「ほんとだ、悪趣味だなぁ」
麻堂くんの言葉を聞いた葉金ちゃんがひとつだけ置かれた遺影に近寄りに行った。
凛々しく、強かに映る写真の中の壱華ちゃんは顔の中心にばってんを付けられている。
…こんなところで、何のレクリエーションをすると言うんだろう。
奏撫視点
各自自分の名前が書かれた場所に着けと言われ、証言台の周りを左へ右へ。
私が自分の証言台に立つのとほぼ同じくらいで時計ちゃんは木槌を持って裁判官席へと座った。
くるりと輪になっているからか、ここからはみんなの顔がよく見える。
きっとどこに立っても、誰の視点であっても、よく見えるものなんだろうけど。
だから少し気になることがあったけど…声を出す前に木槌が鳴ったから、聞くのは後にしようかな。
「さあさ、絆を深める大切なレクリエーションゲームの時間だよお。」
赤ん坊のようにキャッキャと木槌を振る時計ちゃんを見ていると、だんだんとそれがガラガラに見えてくる。それが面白くて場違いながらに笑ってしまいそうになった。
…目敏いようで、目を向けられている気がしたから少し下を向いて口元を隠したんだけどね。
そのままちらりと隣に立つ奏瑛くんのことを見たら…やっぱり、同じことを気にしてるのか彼もあの子のことをじっと見つめてた。
内容はこちら!カン!
と時計ちゃんの楽しそうな声と再び響いた音。
…ちょっぴり、耳が痛いや。
「消えたアイスの行方を探れ!擬似学級裁判ゲーム!」
…。
「…アイス?」
一拍分の間、オレーシャちゃんが眉をひそめて復唱する。
「アホらし」
蒼太郎くんが投げやりにこの場を去ろうとして、入ってきた大きな扉に手をかけた。
…けど、開かなかったらしく。
「ここでくたばりたいのお?」なんて投げられた嫌味を跳ね除けるように彼は深いため息を吐いて自分の立ち位置へとまた戻った。
んふふと緩まった笑いをこぼす時計ちゃんとは対照的に引き締まった表情で声を発したのはグレイちゃん。
「…その消えたアイスっていうのはどういうことなのかしら」
「くふふ…あのねえ、実はボク相談されたんだ。誰かにアイス食べられちゃったんだよね〜って、」
「誰に?」
「おっ!興味があるのかな流星くん!…そりゃあ、もう決まってるじゃない。オマエの真向かいにいるでしょお?」
「アイスを食べられちゃって傷心中の、カワイソウな葉金ちゃんだよ!」
ぴっ!と指した方向にちょうど立っていた葉金ちゃんは眉を下げて笑う。
「確かに、食べられたとは言ったけど〜…」
なるほど、と私は頷いた。
隣の奏瑛くんもそういうことかと呟いていたから、やっぱり同じところを見てたんだなって。
気になったことはそう、いつも明るい葉金ちゃんに差す影のことだった。
確か葉金ちゃんはアイスが好きだって言ってたような…それなら、食べられてしまって落ち込んじゃうのは普通なことだよね。
「それじゃあ今からルール説明するね」
だけれど本当に、こんな犯人探しみたいなことをして絆が深まるのかな…。
奏瑛視点
被害者、つまり葉金ちゃんのことをシロ。加害者…多分、アイスを食べちゃった人のこと、をクロ。犯行がバレちゃったクロにはオシオキが待ってるよ、とのこと。
モノクロックさんは全てを見知っているのだろうか、特別ヒントとしてクロは1人であることを事前に俺達に教えてくれた。
「今日の朝、キッチンのゴミ箱の中に空っぽのアイスの容器が捨てられてたの。あたしちゃんと名前書いてたのになあ〜」
「…じゃあ、きっと昨日のうちに食べられたんじゃないかな。」
そのまま、るかくんが昨日はあったの?と聞くと葉金ちゃんはうう〜んと考えこんでしまった。
「あの、昨日のお昼くらいならまだ確か、師匠のアイスは存命してたと思います」
「あ、お…えっと、俺、16時過ぎ…に、アイス見ました…」
「ふむ。もっと時間絞れたらアリバイも聞きやすいんですけど…16時過ぎ以降に冷凍庫見た方はいらっしゃらないんでしょうか?」
お昼くらいに見たという飛鳥ちゃんと16時過ぎに見たという琴梨くんはふるふると首を横に振る。
ささめくんがくるりと言葉を回して再度全体に聞くと幼くも芯の通った強い声。
かえるの合羽を身にまとった千晴ちゃんだった。
手を挙げ、正しくかえるのようにぴょこぴょこと小さく跳ねている。
「はいはーい!わたし、見たよ!」
「21時くらいらったかな…?はがねちゃんのアイシュ、ちゃあんとあったの!」
『え!千晴ちゃん、それ本当?』
「うん!らからね多分、食べられちゃったの夜じゃないかなあ?」
「あたし、21時はもうあたしの部屋にいたから全然気付かなかったや…」
「21時……うむむ……」
ぶどーくんが眉間に皺を寄せて唸っている間にも俺達は千晴ちゃんの証言を元に、各自どこで何をしていたのか、誰といたのか、いわゆる「アリバイ」というものを証明していく。