日常
「やった〜!じゃああーし先に行ってるから、早く来てね!絶対だよ!!」
「ふふ、うん。分かった、絶対行くね」
2階の渡り廊下から聞こえる2人分の女の子の声。
ひょっこり顔を出して見ると軽やかな足取りで走るきるちゃんと、袖を揺らして手を振る奏撫ちゃんがそこにいた。
なんとなく眺めていると振り向いた奏撫ちゃんとばっちり目が合ってしまう。
「奏瑛くんも近くにいたのね、驚いちゃった」
『あはは…うん。たまたまだけどね、2階に来たら声が聞こえたから気になって』
『何かの約束でもしたの?…っと、これ聞いてもよかったのかな』
「大丈夫だよ、あのね、きるちゃんに私の演奏聴いてみたいって言われたの。だから音楽室で落ち合う約束を、ちょっと」
きるちゃんとの会話の内容を教えてくれた奏撫ちゃんは、大きな目をキラキラと輝かせては嬉しそうに声を弾ませる。
そうだったんだ、とつられて笑顔になっていると突然後ろから肩を引かれ、少し掠れ気味の低い声が鼓膜を揺らした。
足音も気配もしなかっただけに、予想外の刺激で少しだけ肩が揺れたのは…ああ、奏撫ちゃんには見られてたみたい。
さっきとは違う笑顔を浮かべて楽しそうにしているんだから。
『無言で後ろに立たないでよ、夏月くん。びっくりするから!』
「暁美は気付いてたみたいですけど」
「ふふ、うん。私からは夏月くんの姿見えてたから」
くすくすと笑う奏撫ちゃんと珍しく仏頂面ではない解けた表情の夏月くん。
そういえば、はじめて会ったときもこの2人とこの廊下を歩いたんだった。
その記憶すらなんだか懐かしい。
「でも夏月くんひとりで2階に来るなんて珍しいね、もしかして探しものでもしてた?」
「まあ厳密に言うならあなた達を探してましたね、1階フロアのどこにもいなかったんで」
『……ふーん…俺達のこと探してたんだって!』
「ね、聞いちゃった!夏月くんてこんな人だったのね」
安心したように綻んで彼を見る彼女。
そういえば前に夏月くんのことを「近寄り難いオーラがある」って怖がってたな、少しは緩和されたみたいで何よりだ。
一方で俺達の温かい目を受けた夏月くんは居心地の悪そうに目を泳がせ、なんですか、ウザいんですけど、とたじろいでいる。
逃げるように目線を横にずらすと一言、
「あ」と何かを思い出したらしい。
「さっきそこでアンジェリーナと会って…まあ、僕の顔見るなりすぐどっか行ったんですけど。興味深そうに聞いてましたよ、暁美の演奏会」
「そんな、演奏会だなんて!…でもアンジェリーナちゃんもいたんだ、話したかったなぁ…」
誘ったら来てくれるかな、と頬を赤くして悩む奏撫ちゃん。アンジュちゃんとは随分仲が良いみたいで、その国と国を越えた友情はなんだか映画を観てるよう。
「…どうせなら全員呼べば良くないですか?」
『うわ、名案!俺皆に声かけてくるよ、もちろん姫さんにもね』
「わ、そしたら私は…指慣らししておかなくちゃ。失敗したら、困るし」
先に音楽室に行くね、と俺達に手を振る奏撫ちゃんを夏月くんは呼び止める。
「どうしたの?」
「あー…すぐそこですし送りますよ、歌方が」
『俺が!?』
『夏月くんも行こうよ、せっかくなんだし』
「は?いや僕は」
『ねえ行こうよなっつん!』
「なっつんって呼ぶな!」
そんな俺達のやりとりを面白おかしそうに笑いながら音楽室へと向かう。
「ふふ…。ありがとう、夏月くん、奏瑛くん」
「……ふん。まあ、人が揃うまで練習にでも励んどいてください」
それじゃあ、と奏撫ちゃんと別れた俺達二人は早速他のみんなを誘いに学園中を歩き回ることに。
擬似裁判を経てからというものの、俺達は全員で何かを楽しむことが増えた。
もちろんノリ気でない人もいたけれど…それでも参加してくれるのは、嬉しいことだと思う。
そういった催し事には一切の興味が無いであろう蒼太郎くんもほぼ全ての集まりに参加しているのは、アンジュちゃんやぶどーくんが時に優しく、時に強引に背中を押し腕を引っ張っているからだけど…。
まあ、それもまた一興だよね。
「後は…」
『彼処にいる…ね、ほら、1年B組の教室』
「じゃあばいばーい!」
「はい、また後で」
教室から飛び出し、階段に向かって跳ねるように駆けて行ったのは千晴ちゃんだった。
手を振る千晴ちゃんの笑顔の先にいたのは莎莎匁くん。
「入口で立ち止まってどうかしましたか、お二人方」
『ん…えっと、俺達、君を探してたんだ!用があって…そうだよね、夏月くん』
「はい。もうすぐ暁美が音楽室で演奏会するんでどうです?」
「音楽室で演奏会?」
「まあ別に強制じゃないんで来なくてもいいんですけど」
『はは…夏月くん…』
「ふふ。相変わらずですね柊さんは」
「才能的にも相性悪いの目に見えてんですよ」
『どうする?』
「ご一緒しますよ、もちろん。ねえ柊さん」
夏月くんは馬が合わないのか心底嫌だと言う顔をしながら、渋々といった感じで了承する。
それに苦笑いしながらも、俺達は音楽室へと足を進めた。
✿
世界的に有名な曲や懐かしい童謡、アニメソングなど多々個性のあるリクエストにも素早く応えていく奏撫ちゃん。
流石超高校級レベルの作曲家、と言ったところだろうか。
いつか奏撫ちゃんのオリジナルも聴いてみたい、そう思いほんのり熱の篭もる心を感じていく。
奏撫ちゃんが全ての曲を弾き終え、鍵盤から手を離すと、左右のどちらからともなく疎らに拍手の音が聴こえてきた。
決して大きくはないひとつの音楽室が、大きな舞台と変化を遂げた瞬間だった。
いつか俺も、彼女の演奏で歌を歌い、あのステージで演技がしたいと
そんな夢も見せてくれるような
「どんなリクエストにも答えられちゃうんだ、凄いなぁ」
「んね!僕思わず聴き入っちゃった」
「ユキちゃん前傾姿勢だったもんね」
「ええ〜、そういう麻堂くんは背もたれ有効活用してたよねぇ」
「bravo!とても素晴らしいものを!奏撫さん、私感動しました!」
「散らからない桜花吹雪〜!なんてね、アンコール!って叫びたくなる気持ちも分かる気がするな♪」
椅子に座ったまま語らうユキちゃんと麻堂くん。その後ろで立ち上がって手を叩いているのはアンジュちゃんだった。
一国のお姫様というより、ただひとりの少女のようでそれがすごく微笑ましい。
未依葉くんはポンポンと花吹雪を生み、楽しそうにからからと笑っていて、どういう仕掛けを施しているのか、本当に散らからないらしく投げた花びらは全て空中で消えていく。
これでもかと言うほどスポットライトを浴びている彼女はというと、照れたように笑ってはそわそわと膝を擦り寄せ、恋する乙女であるかのように頬に色付けていた。
「こんなに褒められるなんて、照れちゃうな」