そうしてしばらくの間周りを見ているとふと、あることに気が付いた。
それは飛鳥ちゃんも同じだったようで首元のスカーフを2回触ったのち、不思議そうに眉を下げて小さく首を傾げる。
ぱちり!
目が合うと飛鳥ちゃんは小走りで俺の元へとやってきて声を潜めた。
「あの…歌方さん。なんか始まったときより数人減ってません…?あんなに素敵な演奏だったのに…」
『…そうなんだよねぇ…俺も同じこと思ってたよ』
皆でトイレにでも行ってるんじゃないかとおどけてみせようかと思ったそのとき、
__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の【音楽準備室】まで急いで集合してください!
それはあまりにも唐突な。
「ぃ、嫌だっ、…どうして、うぅ…っ」
「…やはり……」
「…一条さん、落ち着いて」
ドアを開けるとそこにいたのは、怯えて今にも逃げ出しそうな琴梨くんと、琴梨くんの肩にそっと手を置き牽制している琉霞くん。その手は微かに震えている。
そして二人の後ろには厳しい顔をしている莎莎匁くんの姿が。
その先、
天の高きを知った哀れな蛙は
空の蒼さすら知らずまま
井の中で朽ち果てた と
込み上げたのは涙か、嗚咽か。
美織くん、オレーシャちゃん、中夜ちゃん…アナウンスを聞いて駆けつけ、思い思いの感情を示す。最後に慌ただしくやってきたきるちゃんの姿が見えることにはもうすっかり、視界は白く霞んでいた。
どれだけ俺はそこにいただろう
数十分のような、たった数分のような
誰かが呟いた「探索」という言葉で俺は思い出すように、ふと、瞬きをひとつ零す。
「お、おいレディグレイくん。本当に千晴くんは死んでしまったのか!?」
「…冷静に。静かにしてあげましょう?…そうね。きっと、そうかもしれない。」
遠くの方で奉憧くんとグレイちゃんの話す声が聞こえる。
すぐそばではきるちゃんの啜り泣く声が聞こえる。
ああ、心が折れそうだ。
俺に何が出来るのだろうか、
考えても考えても何ひとつ分からなくて
落ち着いた息が詰まり始める感覚。
きっと今鏡で自分の顔を見たら酷く真っ青なんだろう。
は、は、
吸うと吐くの単調な動きも今はむつかしい
はたりはたりと汗が床に滴り落ちる
「歌方さん」
肩に置かれた優しい手は
まどかくんだ
彼は言葉を選ぶように少し間を開けて、
「…一人じゃない、から。だからちゃんと、周り見て」
きゅ、と彼の手に力がこもったのが分かる。
怖いのも、やるせないのも、全員が同じく感じていることだと
抱え込むように時分を追い詰めようとしなくていいと、彼は懸命に伝えてようとしてくれた。
優しい人。
まどかくんのおかげで少しずつ視界が広くなり、世界はもう色褪せてはいなかった。
ありがとうの気持ちを込めてそっと彼の手に触れると、驚いたように肩を揺らして固まってしまう。
みるみるうちに肌に色を付けたかと思えば、半ば振り払うように離れていってしまった彼の背中を見て寂しいと感じたのは、何故だかは分からないけれど。
音楽準備室に残っていたのはもう数人しかいなかった。
千晴ちゃんを調べていたり、周辺を調べていたり、他の人もどこかで捜査をしていることだろう。
俺も、自分に出来ることをしなければ!
『と、なれば…死体を発見した人に話を聞くのが無難かな』
どれだけ放心していたのか分からない。
きっと残された時間はそう多くはないはず、急がないと。
琉霞くんは案外近くにいた。
ひとりで黙々と周りを調べているようだ。
『るかくん』
「…何?歌方さん」
手を止めてこちらを見る。
『千晴ちゃんを見つけたときのことで、聞きたいんだけど…今大丈夫?』
「どうぞ」
『ありがとう、あの…どうやって千晴ちゃんのこと見つけたのかなって。音楽室抜けてたの気付かなかったからさ』
「ああ。それは雨野さんがいないって楪さんが。…すごく気にしていたから俺が言ったよ、探しに行こうかって」
楪くんは真っ先に音楽準備室に向かった
そう言って口を閉じた琉霞くん。
しかしすぐさま口を開くと、
「音楽室を出たとき…廊下に一条さんがいたんだ。誘ったのは楪さん。…一条さんの事だから断れなかったんじゃないかな、だから俺達3人があの場にいたんだよ」
「……後は、情報になりそうなのは無い」
『そっか。分かった』
小さく会釈をして彼はまた捜査に戻って行った。
日頃から口数の少ない琉霞くんの証言、コンパクトにまとまっていて分かりやすかったな…
それなら次はどうしようかと悩みながら階段を登ると、現場から少し離れた場所で立ち止まっている莎莎匁くんの姿を見つける。
『ささめくん。…ちょっといい?』
「ええ、いいですよ。大方死体発見の話のことでしょうし。」
『そう、その通りだよ』
慣れているのだろう、冷静に現実を見据えてた。
その目には「絶対に真実を暴いてみせる」という闘志の色が揺れ動いていて、警察官としての彼の在るべき姿を目の当たりにしたような。
『まぁ大体るかくんから聞いたんだけど、琴梨くんを誘った理由が知りたくて』
「簡単な話、一条さんがひとりで音楽室の外にいたからですよ。震えていましたし、何かあったのかと思って保護も兼ねて…」
「今思うとあれは私と一ノ瀬さんに怯えていただけなのかもしれませんけどね、彼は大勢の輪の中に入るのが苦手なタイプでしょうし」
『千晴ちゃんがいないって気付いたのも莎莎匁くんだって聞いたよ、流石の観察眼だね』
「いえ、それは観察眼云々というか…でもそうですね、助けに行くとも…約束してしまいましたし、」
大した情報でなくてすみませんと頭を下げる彼に慌ててそんな事ない、と伝える。
顔を上げた莎莎匁くんは暗くて、本当にそんな事ないのになと心の内で感じてしまう。
さあ次は琴梨くんだと突き当たりを右に
そしてその先に毛先まで震えた彼の姿が目に入ろうかとそのとき、タイムリミットを迎えてしまった
__待ち疲れちゃったよお、そろそろ始めちゃってもいい?
__オマエラお待ちかねの【学級裁判】を!
__先日入った【裁判場】に集合してください!
ついに始まってしまう。
あの日モノクロックさんは「実際のオシオキはこんな可愛いものじゃない」と嘲笑った。
もし、これが殺人事件で
もし、クロを見つけてしまったら
……クロはどんなオシオキを受けるんだろう
ふるふると頭を振って気持ちを切り替える。
分からないことをいつまでも考えているほど無駄なことはない、俺は俺に出来ることを頑張るって決めたんだから。
壁に備え付けられたスピーカーを睨みつけ、俺はひとりで裁判場へと向かう。
強くならなきゃ。
支えられてばかりなんて情けがない。
支えられるように 支えになれるように
俺が強くならなきゃいけない