彼女は永江衣玖と名乗り、一人の天人の目付役をしているらしい。
彼女が下界に降り立った理由は、これから訪れる幸いに用心せよとのことであった。
「何だったんだあの女は…」
衣玖が飛んでいった空を見上げ、ゲラルトはそうつぶやく。
「驚異…ワイルドハントのことだろうか?だが、奴らより数倍厄介なのも現れる可能性も高い。」
今は悩んでいてもしょうが無いと、ゲラルトはまず衣玖が言っていたことを慧音にを話そうと思った。
「尋ねたいことがあるんだが。」
ゲラルトは慧音の家がどこにあるのか分からないので、人里の者に聞いてみることにした。
「ん?ああ、慧音ならあっちの角で見かけたよ。」
頬のあたりまで襟が立っている少女に話しかけた。
髪の色や格好が人里の人間と違うので、何かしらの妖怪か、とゲラルトは思った。
慧音を呼び捨てにしていることから、慧音との間柄は良いのだろうか。
「すまないな。」
「ん。」
ゲラルトは礼を告げ、足を進めた。
「やあ慧音さん。」
「やあ。」
「よっ!今日もべっぴんさんだねぇ。今日も仕事がはかどるってもんだい。」
「ふふっ。おじさんは口がうまいな。」
「先生こんにちはー。」
「こんにちは。毎日元気で良いことだ。」
前にも話したが、慧音は人里でとても慕われている存在だ。
人々からの信頼も厚い。
と、慧音がゲラルトに気がついた。
何か話があると感づいたのか、先ほどまで話をしていた周りの人に断り、こちらへとやってきた。
「何かあったのか、ゲラルト。」
先ほどの笑顔とは打って変わって、真剣な表情をしている。
「ああ、実は―――――」
ゲラルトは天人の目付のこと、これから起こるであろう出来事の規模を慧音に説明した。
「…どちらも信じがたいが、何せここは幻想郷だし、現にいろんな怪物がここにやってきているし…」
幻想郷だから、で済ますのは適当すぎないか、とゲラルトは思った。
「だが、いつ起こるのか分からないのであれば、対策のしようが無くないか。」
「ああ、そこなんだ。どんな奴が来るかも分からん。それに、人里に現れでもしたら被害は尋常じゃないぞ。」
「そう…だよな…どうするか…」
慧音が眉間をつまみ、必死に考える。
「今俺は幻想郷のすべてを知っているわけでは無い。それで、だ。化け物共は森だけじゃなく他の所にも湧いているだろう。俺が出向いて人々が避難できるような場所を探すのはどうだ?」
「ああ、任せて良いか?」
「任せておけ。こっちこそ、その間の人間の世話は頼んだぞ。」
「分かった。」
たいした策では無いが、これが今できる行動であった。
「さて、そろそろ周りの奴の目が痛いので、おいとまさせてもらう。」
人里は本来人外は受け付けない場所だ。
ゲラルトの珍妙な目や姿を見て人と思える者は少ないだろう。
「ああ、そうだな。いつの日かゲラルトもここに居て良いようにも務めるからな。」
「それはありがたい。」
人里にも気軽に入れるようになれば、ゲラルトは大分楽に過ごすことが出来るであろう。
だが、それはいつになるのかは分からない。