「ちょっと味気ないな、人生にスパイス必要だろ?」
あのパーカー女が頬り投げたものは、まぎれもなく『グリーフシード』だった。
それは放物線を描いて、地面に突き刺さった。
「まずい!」
すると、それは急激に周囲の空間を捻じ曲げ、形が変わっていった。
私たちは、正に目の前で、魔女の誕生を間近に見ることになった。
その魔女は、お菓子の魔女の作った空間の中に、さらに自身の空間を作り出した。いや、正確には、お菓子空間に無理やりねじ込んだ、といったほうが正しそうだ。
異空間に似合わない、晴れ渡った雲一つない青空が現れた。
一面の澄んだ空を背景に、長いロープが縦横無尽に結ばれた。それは、洗濯物を干すためのロープだった。所々に洗濯物……無数のセーラー服が吊るされていた。
そして、空高くに、おそらく魔女の本体が視認できた。
単なるセーラー服を着た魔女、ではない。首から上は存在しないのに、手や足はスカートから生えていた。しかも、腕二本脚二本ではなく、人間とは数が異なる。
「う……そ……」
洗濯物の魔女。とも言えそうだが、これは、確か『委員長の魔女』だ。
暁美ほむらが、別の世界線で、まだまだ見習いの時に戦っているはず。
「魔女を同時に相手するなんて、初めてのことよ」
両手に再度、マスケット銃を携えて、巴マミが独白した。
「……」
そして暁美ほむらも、ハンドガンに弾丸を再充填していた。先ほどから、風に靡くセーラー服を見ている。やはり彼女は、この魔女に見覚えがあるようだ。
「! 来る!」
洗濯ものを干していたロープが揺れる。と同時に、『足』が落ちてきた。スケートシューズのようなものを履いているそれは、私たちを切り刻まんと襲ってきた。
「こんのっ!」
私は炎を細かく分断し投げつけた。拳大の火球は移動中に速度を上げ、勢いよく魔女の分身にぶつかり、それを消滅させた。
「よし……じゃないっ!!」
魔女は一体だけではい。
私の放った爆炎に紛れて、巨大な
お菓子の魔女が口をあんぐりと開け迫ってきたのだ。
「下がって!」
瞬時に、マミさんが前に出た。構えた銃は一瞬にして巨大化し大筒となった。
「ティロ・フィナーレ!」
激しい炸裂音とともに巨大大砲が発砲した。真っすぐ向かってきていたお菓子の魔女に直撃。着弾とともに、さらに爆発音が鳴り響いた。
「ひゅー!」
つい、私の口から口笛が鳴ってしまった。だって、マミさんの本気の攻撃は私の想像以上に強烈だったのだもの。これだけの威力なら、お菓子の魔女は流石に……。
「……マミさん! まだ生きてる!」
まだだった。それに気付いたのは、外野から私たちの戦いを見ていた美樹さやかだった。
私たちからはちょうど、爆炎で見えなかった。
魔女は口を開けて再度突っ込んできた。しかしその方角は、私たちのほうではなかった。
「え」
「うそ」
その魔女は、美樹さやかと鹿目まどかに向かっていったのだ。
「まって……」
私はとっさに体を向けて駆け出そうとした。しかし、それは叶わなかった。
魔女は、もう一体いる。上空からまた先ほどのスケートシューズが飛んできていたのだ。
「くぅ!」
私が、降り注ぐ刃にたじろいでしまう中、それらをものともせず、巴マミさんが彼女たちを助けに走った。
「きゃああああっ!」
大きく口を開く魔女。目下には、美樹さやかと鹿目まどか。しかし、魔女の口は彼女らを捕らえなかった。
ぎりぎりのところで、マミさんが彼女たちを横に追いやったのだ。魔女は地面を美味しくいただいていた。
「マミさん!」
マミさんが、さやかとまどかに覆いかぶさったまま、動かない。
私はマミさんたちに近づこうとしたが、先ほどから『降る足』と洗濯紐が邪魔をする。
「邪魔だあぁつ!」
炎の剣で周囲を薙ぎ払った。私は洗濯ものを干す紐を燃やし、後ろから重火器による援護攻撃を受けながら、マミさんたちに駆け寄った。
「皆! 無事!?」
「……ぶはぁ! 危なかったぁ……」
『危なかったね、僕たちは無事だよ』
「……あ、ああ……」
美樹さやかは詰まりそうな息を一気に吐き出し、キュゥべえは大して恐怖を感じて居ないようだった。一方、鹿目まどかは顔を真っ青にして、肩を小刻みに震わせていた。
そうよね、下手すりゃ死んでたもの、怖がって当たり前よ。とりあえず全員無事でよかったわ。
「大丈夫?」
私は、震える鹿目まどかの肩に手を乗せた。
すると、べとり、と、何か粘度のある液体に触れた。この時やっと、鹿目まどかが震え慄いている本当の理由に気付いた。
「さやかちゃん……ま、ま、マミさんが!」
「わあああっ!!! マミさん!」
「マズイ! 動かさないで!」
二人と一匹を、身を挺して庇ったマミさん。私の知る
今、マミさんの首には深い傷があった。お菓子の魔女によるものか、委員長の魔女の靴によるものか判らなかったが、その傷は頸動脈まで達していて、止めどなく血が流れ続けていた。
「マミちゃん! マミちゃん!」
私は、彼女の意識が途切れないように呼びかけた。まだ、彼女の呼吸は確認できたのだ。
『これはマズイね。ソウルジェムに傷はないけど、肉体が受けた傷が深すぎる。そのまま活動を停止しかねない』
一番冷静なキュゥべえの、冷酷な判断。これが非常に癪に障る。しかし、彼の言うことは残念ながら正しいのだろう。
「……傷を焼いて、止血するわ!」
私は、映画やマンガでしか聞いたことないセリフを口にして、炎をマミさんの傷にあてた。『傷を焼く』なんてこと、生まれてこの方やったことないけど、緊急事態だ。見よう見まねでも、止血につながれば御の字だ。
炎の熱を、傷に反って這わせる。体内に走る傷もイメージしてできるだけ繊細に、炎で傷を縫うイメージで……。
「……結局、彼女は『運命』に抗えなかったね」
私たちの横に、『アイツ』……青髪パーカー女が立っていた。嫌見たらしい言い方だったが、どうも、彼女から何か『手を出す』といった様相は見られない。
「私が、マミさんを助ける。だから運命なんて信じないわ!」
炎による止血は、思いのほか上手くできた。しかし、失血が多すぎたこともあり、マミさんの顔は蒼白で、息も細い。意識も失っている。早くなにかしらの処置をしてあげたい。
すると、パーカー女は、体全体をくねらせながら、オーバーリアクションで拍手し始めた。
「すばらしい心意気だ。でもね。『まだ何も解決していない』よ」
「……バカ! オレンジヘアー! 上を見て!」
パーカー女の言葉に被せるように、暁美ほむらが私たちに忠告をした。……そう、まだ、魔女は健在だ。
お菓子の魔女は、そのふざけた顔をさらにゆがめ、楽しそうに口を開けていた。そのまま落下すれば、私はおろか、マミさんも、さやかちゃんも、まどかちゃんも。ついでにキュゥべえと青パーカー女も、奴の口の中に収まる。
「しまっ……」
マミさんの応急処置に気を取られすぎた。一時的に、暁美ほむらだけで魔女二体を相手してもらっていたのだ。
そして、ほむらちゃん自体も、委員長の魔女がぶら下がる洗濯紐によって、右手を縛られ固定されていた。
なんてことだ。彼女の『魔法』は、体を固定されると真価を発揮できない。つまりはこの状況、助けを求めようにも不可能。絶体絶命だった。
「……くっそ!」
咄嗟に、右手を上にあげ、全力で炎をぶつけようとした。しかし、ここで能力の制御を顧みず炎をぶっぱなすということは、周りにいるみんなを爆炎で巻き込むに等しい。
そう、おのずと考えてしまったことで、炎を出すタイミングを完全に失ってしまった。
(ダメだ──食われるっ!)
私がそう覚悟した瞬間、『それ』は起こった。
金色に光る、熱を帯びた電気の散弾、と形容しようか。
光の粒が、お菓子の魔女に襲いかかった。それはひとつひとつがビームのように走り、魔女の体を所々貫いた。
お菓子の魔女は、想定外な攻撃に顔をゆがめながら、真横にぶっ倒れた。
「た、助かった……の?」
「ええ、そうみたい。彼女にひとまず感謝ね」
私は、金色の術の発生源を見やると、金髪の少女が目に留まった。彼女は、はるか上空を浮いていた。
小柄な体に纏う黒いスーツに、薄地のスカート。裏地が赤のマントが目を瞠る。そして、彼女が携えるのは、機械仕掛けの魔法の杖。
どうやって、この魔女の空間に入ってきたのか。それは分からない。だが少なくとも、私たちを助けたってことは、魔女は彼女にとっても『敵』のようだ。これほど心強い支援は無かった。
「……いくよ、バルディッシュ」
「Yes sir」
彼女の呼びかけに答えた機械の杖は、金色の刃を作り出したのだった。
~続く~