ドンドルマ中央広場。
大衆酒場。
「「「かんぱーい!」」」
「か、乾杯…………」
月明かりの降るドンドルマの宵時。
ランプの光に照らされた酒場の一角で麦酒の注がれた小樽グラス同士が軽快な音を奏でた。
それから中身を一気に煽るレオがぷはぁ!と言いながらテーブルの上にグラスを戻す。
「ぷッはァ!仕事のあとの1杯はうめぇ!」
「わかるッスレオさん!わかるッスレオさん!わかりみ深みMAXッス!」
続いて勢いよく麦酒を飲み干したレマも若干顔を赤らめながらケラケラと笑みを浮かべた。
「お!レマの嬢ちゃんいい飲みっぷりじゃねぇか!なんだ、酒もいける口かよ」
「レオさんほどじゃないっスけど…………あ〜りがとう〜ござぃまーすッス!」
そんなレマに対してアルコールが入って上機嫌なレオも高笑いを浮かべながらグラスを上げ、2人でもう1度グラスを突合せた。
その様子を眺めながらヤクモは麦酒ではなくロイヤルハニーのドリンクに口をつける。
「あの二人は……全くもう」
「お疲れ様でしたヘイルさん。まぁ、今日も無事に依頼は達成出来たので大目に見てあげましょう」
「そうね」
「はい」
溜息をつきながらグラスを持ったヘイルがヤクモの向かいの席にストンと腰を下ろす。
見たところ僅かに紅潮してるもののしっかり理性は保てているようだった。
時間帯も時間帯故に仕事を終えた者たちのおかげで賑やかな大衆酒場はいつ来ても居心地がいい。
そう思える程度にはヤクモも
依頼の受注や報告のためと言えばそうではあるが、特に依頼がなくても他のハンターとの交流や情報交換の場としても優秀の一言に限る場所なのだ。
アルコールに関してはレマから絶対に飲まないで欲しいと釘を刺されているので口にすることは無いが、ここのロイヤルハニーを使用したフルーツドリンクはカウンター内のお嬢に『いつもの』で察してもらえるくらい好きになった。
「あ、そうそう、今回の依頼。急遽手伝ってもらうことになったわけだけど、受けてくれてありがとね」
「いえいえ、そんなお礼を言われるようなことはひとつも。むしろお二人の足を引っ張ってしまっていなかったでしょうか」
「そんな謙遜することないって。即席とはいえヤクモ達が私達に合わせようとしてくれたおかげでスムーズに進行出来たから感謝してるのよ、これでも」
「そう言っていただけると安心します。まだまだ未熟者である身、良い経験をさせていただきありがとうございました」
「どういたしまして。でも『未熟者』っていう言葉はハンターになりたての子達が使う言葉よ。あなたのような狩場慣れしてる子が使う言葉じゃないわ」
ふと小さく微笑ませながらヘイルが諭すような口調で語る。
確かに、傍から見ればそうかもしれないが……
「いえ、私はまだまだ未熟者です。初めて経験することも多々ありますし」
「あらあら、思ったより頑固者なのね」
「よく言われます」
「不器用な生き方。でも私は嫌いじゃないわよ」
「ありがとうございます」
「ふふ。素直でよろしい。じゃあ祝杯ってことで1杯どう?」
「あぁ……はい、そうですねせっかくなのでいただきます」
「了解。それじゃヨミちゃんこっちのテーブルに麦酒二つお願いできる?」
くすりと笑みを浮かべるとパタパタとせわしく店内を駆け回る少女へ向けて片手を上げながら注文を伝えた。
ヨミと呼ばれた少女は明るめのブラウンの髪を後ろで一本に編み込んでいる長めの髪が特徴の少女であり、ちょうどヤクモと同い年くらいの年齢でありながらこの酒場の看板娘としてせわしく働いていた。
「は~い、ただいまお持ちいたします~」
ヨミは両手にほかのテーブルから下げてきたらしいグラスを持ちながら注文を受けたことを告げると忙しそうに厨房のほうへ戻っていった。
それからしばらくして麦酒の注がれたグラスを二つ持って戻ってきた。
「お待たせしました。麦酒2つですヘイルさん。そんな一気に頼まなくても麦酒はなくなりませんのに」
「いやいやもう一つのほうはヤクモの。依頼達成の祝杯しようってだけだよ」
軽く冗談混じりだということは誰が見ても明らかであった、しかし、その内容が問題だった。
グラスを持ってきたヨミが空いたグラスを下げるために手を伸ばしかけてピタリとその動きを止めた。
それから驚愕して見開いた瞳をヘイルの方へ向けた。
当然その理由を知っているレマですらアルコールによって酔いが回っている状態であるにも関わらず視線をヘイルの方へ向けて固まっている。
「?ヨミ?どうしたのよ」
状況が呑み込めないヘイルは頭の上にはてなマークを浮かべながらキョロキョロと周囲へ視線を向けた。
隣ではレオもいきなりレマが静かになったことに疑問を抱いている様子。
「え、これヤクモちゃんのって…………」
「へ、ヘイルさん正気ッスか!?」
「え、何よ?私なんか変なこと言った?」
「あ、いや、別に変なことではないんですが……ちょっとびっくりして……」
「そう。ま、変じゃないならいいの。さ、乾杯しましょ……」
「いやいや待つッス!待つッス!!ダメっスよヤクモさんにアルコールだけは絶対にNGッス!!」
「な、なんでよ!?別にいいじゃないお酒くらい」
「へ、ヘイルさんは知らないからそんな恐ろしいことが言えるんスよ!」
「え、もしかして酒癖悪いの?暴れるタイプのやつ?」
「いえ、そうでは無いんですけど……」
「じゃあいいじゃない。そもそもお酒の席なんてそんなもんじゃないの?それに弱いなら1杯だけでもいいし」
「大事なことなんでもう一度言うッス。ヘイルさんは知らないからそんな恐ろしいことが言えるんス!」
「は……はぁ……」
普段の狩りに行く時の彼女からはおおかた予想もつかないような詰め寄り方をするレマに若干気圧されるヘイル。
と、そんなものを目の前で見せられる渦中のヤクモはそもそもどうしてこのようなことになっているのか分からずにはてなマークを浮かべていた。
それも当然といえば当然の反応であり、ヤクモにアルコールを飲ませるという事は酔って泥酔状態のヤクモが大号泣をかましながら喋る愚痴をこと数時間の間延々と聞かされ続けるという意味に等しいからである。
絶望的にお酒に弱くグラス1杯ですら行かずにベロンベロンになってしまう彼女は酔うと泣くタイプの「泣き上戸」であり、さらにタチの悪いことに酔いが冷めるとそれまでの記憶を綺麗さっぱり消し飛ばしてしまうという究極的に面倒なタイプでもあった。
故にその愚痴を聞かされる側からしたらたまったもんじゃないわけだ。
それだけ延々と喋り続けられたら聞くほうは完全に酔いが覚めてしまい、そこからは地獄の始まりとなってしまう。
レマが頑なにヤクモへアルコールを渡すことに対してここまで敏感になってしまっているのはこの理由が1番大きい。
つまり1番の被害者はレマだということだ。
基本的には自分からアルコールを頼むことは無いヤクモも極稀になんの気まぐれか分からないがレマが気を抜いた拍子に頼んでしまうことがあり、そうなるともう目も当てられない。
そしてそれは決まって遠方の狩り場への遠征先でのことが多いのもまた面倒なところだった。
ドンドルマの酒場であればウェイターもヤクモの酒癖は周知されているので万が一そんなことがあっても対処はできるのだが、それを知らない場所では当然普通にアルコールが出てきてしまう。
「あの、ヘイルさん?乾杯しますk…………」
「ヤクモさんはダメっス!!!……っくっ!っく!っく…………っぷはぁ!!はぁ、ダメったらダメっ……ス〜」
「え、えぇ……」
「あら、飲んじゃった……」
そんなやり取りを目の前でやられているにもかかわらずグラスに手を伸ばそうとするヤクモからレマが思い切りグラスをひったくると中身を一気に煽って飲み干した。
「はぁ、一気はキツいんすから……勘弁して…………ウプッ…………っ、はぁ……欲しいッスよ」
「わ、わかったわよ、気をつけるわ…………それより、そんな一気に飲んで平気?」
「うっ………………こ、これが平気に見えるっすか?」
「見えないわ、流石に」
そんなこんなで酔いが回っていた上にさらに麦酒を一気に煽ったレマの介抱が始まったことで以来達成の祝勝会はお開きとなった。
──────────
酒場からの帰路に着いたヤクモ。
フラフラになってしまったレマはヘイルが自分に任せて欲しいと申し出てくれたため、任せることに。
辺りはすっかり夜が更けてしまい、晴れた夜空からは月明かりが降り注いでいた。
メインストリートを酒場を背にしながら進み、しばらくすると目印の街灯が見えてくる。
そこの道へ左折で入ると正面数十メートルの地点に周囲の建物同様の煉瓦造りをした二階建ての貸家が見えてきた。
正面玄関をくぐり階段を昇って2階にはハンター用の貸部屋が1つあり、そこがヤクモの居住スペースとなっていた。
他の村のように平屋のタイプの家では無いにしろ広さに関しては申し分の無いほどの広さは確保されている。
寝室の隣にある装備保管用の部屋で装備を脱ぎ、軽く落とせる汚れだけを落とすと型崩れを起こさないように特性のハンガーへ掛けていく。
布地が大半を占める【依巫・祈】装備とはいえ装備は装備なのでメンテナンスには基本的に鍛冶屋で見てもらうのがベストだ。
ざっと見た感じでは目立った外傷は無いが明日ちゃんと見てもらう必要はあるだろう。
数日ぶりのシャワーを終えて寝室に戻る。
狩りに出ている間は基本的に風呂に入るなんてことはできないためどうしても簡易的に濡らしたタオルで体をふいたり安全地帯に水場があればそこで済ませたりすることになる。
この数年間ハンターとして生きてきた中で唯一懸念点を上げるとすればこれを置いて他にはないだろう。
半渇き状態の髪を乾かすために寝室の窓を押し開けて部屋の中に夜風を招き入れた。
それから思い出したように寝間着を羽織るとベッドに腰かけながら窓枠に手をのせる。
まだ寒冷期には遠いが涼しさを感じる風が窓から入り込んでさらりと髪をなでていくのがわかる。
軽く櫛を通しながら髪が波くのを感じつつぼーっと窓の外から見える月を眺めていると、あの日の出来事が記憶の底から呼び起こされる。
…………そういえば、6年前のあの日も今日みたいに月のよくきらめく夜だったか。
ハンターとしての1歩を踏み出してすぐのころだったと思う。
同期のウツシから百竜夜行の救援要請を受けたのは。
あの夜。
ヤクモの元に一通の頼りが届いた。
「これを私に、ですか?」
ドンドルマに滞在していたヤクモはいつものように以来達成の報告を酒場のカウンターで済ませた後、手早く荷物をまとめて帰路につこうとしていた矢先のこと。
ギルドの受付嬢見習いと酒場のウェイターを兼業しているヨミからふと呼び止められて手紙を渡されたのだ。
「はい。どうやらここから遠方に位置する【カムラ】という里からのお手紙のようですよ。しかもヤクモちゃんを名指しで」
「私を?」
「ですです」
「カムラ……?その名前どこかで」
「一応内容の確認もさせてもらったのですけど、どうやら狩りの依頼という感じのようです。というか、救援要請?」
「そうですか。わかりました私の方でも確認してみます。回答は明日に」
「はーい」
ニコッと笑みを浮かべて手をフリフリする同い年のヨミにふぅとため息をついてから受け取った手紙を眺める。
既に開封された手紙を片手に家路に着くが………………そこでふと疑問が浮かび上がった。
……………………何故ヨミは開封した?
その瞬間、ヤクモはもう一度大きなため息をついた。
面倒ではあるがどうやら明日説教をしなければならないらしい。
自室にて、入浴後の髪を夜風で乾かしながら寝室のベッドに腰かけると昼間受け取った便りを開いて内容に目を通していく。
一通り読み終えたヤクモはわずかに眉を寄せつつ風を取り込むために開けておいた窓から視線を外へ向けた。
「百竜……夜行、カムラの危機、そのための救援要請ですか」
同期の彼のことだ信用するには十分な要素ではある。
が、まだまだ駆け出しのハンターである自分が駆け付けたところで戦力として数えることができるのか。
「……」
仲間の危機である以上助けに向かいたいのは山々だ。
おそらく彼のことだ私以外の同期の面々にも連絡を入れているのだろう。
下手に加勢をしてほかの人に迷惑をかけてしまっては元も子もない。
その日、ヤクモは頼りに対する答えを出すことができないままいつの間にかぱたりと眠りについてしまった。
翌日。
「おはようございます」
ヤクモはいの一番にハンターズギルドのカウンターへ足を運んでいた。
挨拶をすると奥のほうからいつもの明るい声が返ってくる。
「あ、おはよ~ヤクモちゃん。手紙に目を通してくれた?」
「はい、通しました、が」
「が?」
「友人宛の便りとはいえ本人よりも先に開封するのはいかがなことかと思います」
「あ……」
「はぁ、あなたは今ギルドの窓口としての職務を果たしているのですから、公私混同はあまり褒められたものではありません。ましてや他人宛の文の無断開封など本来あってはならないことです。今回は相手が私だったので大事にはしませんがそもそも……」
「わ、わかったわかったごめんなさいごめんなさい。もうしないから勘弁して……」
「わかればいいのです」
「それで、答え……あ、ご返答はいかがいたしますか?」
いまさら言いなおしたところであまり関係はないが、わざわざ仕事用の口調に直すあたり一応今の話を理解してくれたのだと思っておく。
本題に入り、手紙の回答の話に戻る。
「はい、そのことですが……」
昨日一晩考えて結論が出なかったことをヨミに伝え、ため息をついた。
「なるほど、確かにそれは簡単に決められないね」
「はい、力になりたい気持ちは当然ありますしすぐにでも加勢にいきたいとも思っております……しかし」
「自分の実力で大丈夫なのか不安である、と」
「はい」
片手で頭を抱えながら息をつくヤクモ。
「それから一時的にとはいえ
どうすればいいのでしょうかと言いながらカウンター近くの椅子にすとんと腰を落として考え込んでしまうヤクモに対してカウンター内で聞いていたヨミが不意にパンと手をたたいた。
いきなり響いた音にヤクモが思わずびくりと体を震わせた。
そんなことには気にもせずヨミが言葉をつづける。
「行ってきたらいいじゃない」
あまりにも突飛な一言にヤクモが目を丸くした。
「いや、ですから今の話を…………」
「ヤクモちゃんは真面目だね。そんな心配なんて今のヤクモちゃんがしたところでどうにもならないって。まだまだ大型モンスターはイャンクックやドスランポス位しか依頼がこないんだからさ。悩んでたって仕方ないよ」
「…………それはそれで棘のある言い方、ですね」
「そんなことないって。これでも私はヤクモちゃんが
そういうとヨミはスっとその顔から笑顔を引っ込めて真剣な眼差しを真っ直ぐにヤクモへ向けた。
「だから今、あなたがしたい事。その決断の足枷になってるならこの位いくらでも言ってあげる。私はまだギルド受付嬢の見習いだからドンドルマのハンター事情のすべてを把握はできていないけど、これだけは言えるわ。まだ駆け出しのあなた一人欠けてもドンドルマは何も支障はないってこと」
「っ!」
「でもね!」
そういうとヨミはカタンとカウンターから出ると座り込むヤクモの前までゆっくりと歩み寄り、その両肩を思い切りつかんだ。
「今その【カムラ】って場所には、
「ヨミさん」
「いつもはほかの人を優先的にサポートしてるんだから、たまにはわがまま言っても罰は当たらないわよ」
ニコっと笑みを浮かべてからポンとヤクモの肩を軽くたたくヨミの言葉を受け、もう一度手紙のほうに視線を移した。
「……そう、ですね。こんな私でも頼ってきてくれている。その期待には応えなければいけませんね」
「こっちのことは先輩方にどんと任せておけばいいの」
「そうさせていただきます。ありがとうヨミさん、おかげで決心がつきました」
「いいって、同い年のよしみ。じゃあ返事は出しておくよ。ヤクモちゃんは準備が出来次第急ぎの馬車を手配したからそれで【カムラ】に向かってくれる?今から行けば指定の時期には間に合うと思うから」
「ありがとうございます。ではすぐに支度をしてきます」
「……ヤクモちゃん」
お礼を言って準備のために自室へ帰ろうとするヤクモをヨミがふと呼び止める。
その表情は先ほどの自信に満ちた明るい表情とは一変し、声色も含めて不安そうな表情を向けていた。
「…………」
「……ふふ、ご安心くださいヨミさん。私はそう簡単にいなくなったりしません。またここに帰ってきます。それまで待っていてください」
それだけ伝えるとヤクモは返事も聞かずにギルドを飛び出した。
途中入れ替わりで入ろうとしていた先輩のハンターと危うくぶつかりそうになって思わずぺこりと頭を下げる。
それからすぐに身支度を整えてヨミが手配した【カムラ】行の荷車へ乗り込んでドンドルマを発ったのだった。
――――
当時のことを振り返りながらふぅと一息つく。
「(……あの出来事があったから今の私があるのですね)」
夜風によって湿っていた髪もある程度乾き始めたころ、完全に乾ききる前に1度軽く櫛を通して乾いたときにごわつかないように注意を払う。
それから櫛をベッドわきのテーブルへ戻し、そのまま布団の中へもぐりこんだ。
久方ぶりのベッドの感触に身を任せ、その日は深い眠りについた。
…………事件が起きたのはそれから数日後の事だった。
あとがき
この章はオリーブドラブ氏の「モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜」より【雪山編 新たな伝説を築く男たち】でつづられている内容を深堀したものとなっております
伝説世代と呼ばれたる所以の出来事。
巨戟竜【ゴグマジオス】討伐までを語る追憶のエピソードとなります
ヤクモ、レマ(作:Megaponさん)、アカシ(作:魚介(改)さん。そして出番はもう少し先)の三人がメインとなる話。
亀更新なのでどうか気長に待っていていただけるとありがたいです