ここで一気に距離を詰めて……
「はっ!!」
後ろでひとつにまとめあげた黒い長髪が砂原を吹き抜けていく風に乗り、ゆらりと優美に靡く。
ギラリ快晴。
太陽の光が燦々と降り注ぎ、本日の砂原はいつもよりも少し気温も高くなっており額に汗をにじませたヤクモが腰あたりで太刀を構えながら走りこむ。
その足音に気づいた甲殻種の赤い体躯がぎちぎちと音を立てながら体を彼女のほうへゆっくりと向き直した。
そして、真正面。
モンスターの目と鼻の先まで接近したヤクモからの追撃を迎え撃とうと赤い甲殻種が左右の鋏を振るい、自分を討たんとするハンターを払いのけようと振り払う。
しかしその鋏は無情にも空を切った。
左右の鋏がヤクモに衝突する直前に上空へ向けて一気に翔蟲の張力を利用して飛び上がったからだ。
空中でくるりと体を回転させて器用に体勢を変えながら背後へ回り、着地とともにヤクモの握る太刀『たまのをの絶刀の斬振』が飛沫を上げ練気を纏う。
まるで蟹のように発達した足に向けて体ごと回転しながら水平切り、それから即座に太刀を持ち替えて突きにつなげ、刃を足の関節部分に滑り込ませたらそのまま一気に体を切り返して刃を上に向けて切り上げる気刃無双斬り連携へとつなげた。
その一撃によって甲殻種の細い左足の一本がバキンと音を立てながら斬り落された。
おかげでバランスを崩し、地面に倒れていく。
予想外の衝撃と崩れたバランスにわけもわからずもがく様子を視界に収めながら深呼吸を1つ。
それから一度ゆっくりと目を伏せてすでに本日何度目かの黙祷をささげると、すぐにカッと目を見開いて翔蟲を利用して上空へ舞い上がる。
「どうか、安らかに……」
空中で太刀を上段で構え、重力による落下の力を利用して顔めがけて太刀を思い切り振り下ろした。
兜割り。
弱っていた体にバランスを崩されて動けない状態にあるむき出しの急所へ向けて放たれた会心の一撃によって対象はぎちぎちと何かがこすれあう音を響かせながら最後に残っていた命の生命線がこと切れていった。
ズサッと力なく倒れる巨体を前にゆっくりと立ち上がりながら血払い。
くるりと背を向けながら手慣れた手つきで太刀を振りながら最後に腰の鞘へするすると戻していく。
「私たちの出会いも一つの
モンスターの亡骸のほうへ再び体を向けてこのエリアへ来るまでに摘んできていた白い花を献花して律儀に一例をした。
「あなたの生きた証、ありがたく頂戴いたします」
そんな一言を添え、ゆっくりと手を離しながら瞳も開いていく。
目の前には今しがた討伐した赤い甲殻種、盾蟹『ダイミョウザザミ』の亡骸が倒れ伏しておりその近くにはきらりと光る真珠も転がっていた。
腰から剥ぎ取り用のナイフを抜いて傷の有り無しを見分けながら必要最小限の素材だけを選別して手早く解体していく。
同じモンスターだとしてもその成長過程や生息環境によって危険度はピンキリとなっており、比較的若い個体や環境の影響で肉質がほかの個体よりも脆弱な個体は『下位個体』と言われ、逆に厳しい環境で育ってきた影響等によりほかの個体よりも耐久力が高かったり肉質が固い個体は『G級個体』と呼ばれて幅広く分類されている。
こちらのほうはギルドからの直々の指名もしくは相応の実力があると判断されたものにしか討伐許可が下りないため、危険度は折り紙付きとなっていた。
一応今回ヤクモが相手をしている個体もギルドマスター直々の指名で『G級個体』の討伐となっている。
砦復興のための素材集め兼資金集めを兼ねた依頼となっており例の『G級個体』と称される個体が多く確認されている狩場となっていた。
そんなことよりも剥ぎ取りを。
そういえば、黒真珠も見つけたことを忘れていた。
拾い上げて軽く砂を払ってみると普通の物に比べて光沢が違う。
純度が高いのだろうか。
とりあえず資金調達にはもってこいであることには変わらないだろう。
こんな調子でモンスターは1体討伐してもそのすべての素材を使用できることは本当に稀であり、たいていの場合は数か所の傷が比較的少ない部位から切り取って頂戴することが多い。
「ふぅ、これで5体目の討伐完了ですね。
素材の剥ぎ取りを終えるともう一度
今回の狩猟はいつもの狩猟に比べてそこそこ長期にわたる狩りとなっており、砂原においてモンスターがいつもよりも多く出現しているとの報告があって急行した次第であった。
そのついでにギルドマスターから頼まれた素材集めも並行して行おうとのことで現在ヤクモ、レマ、それから先輩のハンター2名を加えた計4人で現地入りしており、4人それぞれ手分けして大量発生したモンスターの討伐と鉱石類や採集アイテムの回収を行っていこうとの話となっている。
今回大量に発生しているのは盾蟹『ダイミョウザザミ』と岩竜『バサルモス』の2種類だ。
主に
ギルドマスターからはモンスター素材の流通を促すためにモンスターの種類は問わず相当量の依頼を受けており、それに加えて部材同士の接着に使用するセッチャクロアリや保管庫の破壊された棚の修復に使用するマカライト鉱石にエルトライト鉱石、復旧に伴って道具の加工や製作に必要なピュアクリスタル、ノヴァクリスタル、燃石炭、それから小型モンスター大型モンスター問わず素材の確保等々……。
依頼された素材の入手事態はそこまでむつかしくはないものばかりであるが、その反面単純に量が多い。
1人、2人程度の人数ではとてもではないが集められる量ではなくこの事態には今現在ドンドルマに滞在しているハンター全員で対応せざるを得ない状態となった。
都市の中でも上位に入るほどの大きな都市であるドンドルマには現在11人ほどのハンターが滞在しており、ヤクモ、レマを含む4人が砂原に、ヤクモとレマの後輩にあたるハンターを含むハンター3人はラティオ活火山で鉱石類を集めに出張っている。それから残りの4人で雪山へクリスタル系の鉱石を中心にギアノス、ブランゴ等の小型モンスターに加えて最近ではティガレックスの目撃情報も多数寄せられていたことからそちらの対応のほうも同時に消化していっている。ティガレックスの素材であれば必要としている人物も多いため需要としても申し分ないだろう。
岩陰に隠れつつクーラードリンクを一口煽り、周囲の警戒を緩めないまま口元をぬぐい素材とアイテムで膨れ上がったポーチの中に飲みかけのクーラードリンクを押し込んだ。
――――――――――――――――――――
ベースキャンプ。
周囲にモンスターの気配がないことを確認し、ヤクモはベースキャンプのテントが張ってあるエリアへ足を踏み入れた。
彼女の到着に先にベースキャンプへ帰投していたガンランスを担ぐ『バゼルX』装備に身を包んだ女性ハンターとヘヴィボウガンを携えた『陸奥・極』装備一式を着込んだ青年ハンターが出迎えてくれる。
「ヤクモ戻りました」
「おっかえり~ヤクモちゃん。首尾のほうはどう?」
「はい、順調に素材の回収とモンスターの討伐は進んでいます。この調子で行けば目標達成は時間の問題になるかと」
「そっかそっか、僥倖僥倖。あ、ポーチの中身あふれそうなら
「そうします。それから、レマさんは戻ってきましたか?ここに来る途中すれ違わなかったので」
ヤクモの問いにボウガンの弾丸を黙々と調合していた青年がふと手を止める。
「レマならまだ帰ってきていない。あいつのことだ、また忘れているんじゃないのか?」
「……それは確かに」
「そんなら私発煙筒打ち上げてくるよ~。何かあったら発煙筒、ってね~」
そう言い残すと『バゼルX』装備の女性、エリンは小柄な体で座っていた岩場からぴょんと飛び降りると発煙筒をもってパタパタとベースキャンプから出ていった。
あの体形で重そうな装備を身に纏ってあれほど身軽に動くことのできるエリンに感心しつつ集めてきたアイテムを
それからしばらくしてからベースキャンプのすぐ隣のエリアから赤い煙がまっすぐ空へ向かって立ち上る。
「……」
「……」
ベースキャンプに残された二人の間に沈黙が訪れる。
寡黙で表情があまり表に出ることが少ないことで有名な『陸奥・極』装備の青年、コハクが弾丸を調合する音だけがしばらくの間ベースキャンプ内に響いていく。
「あぁ、そうだ、ヤクモ。聞いておきたいことがある」
「?はい、なんでしょうか」
「困っていることはないか?」
「困っていること、ですか。そうですね今のところは特にこれといっては……」
「そうか」
短い会話を終えると再び沈黙が訪れ、弾丸調合の音だけがこだまし始める。
ヤクモもヤクモでほかの人に比べると積極的に他人と会話できるタイプではないうえに、コハクのほうに至ってはそもそもの口数が少なくコミュニケーションは苦手で口下手な人物だ。当然会話は続いていくことなく最小限の問答だけを残して終了してしまう。
そうはいっても、コハクとてただの気難しいというわけではなく先の会話からも察することができるように本来の彼は他人思いの優しい性格をしている。そっけないようにも見えるがこれが彼なりの気遣いであることはヤクモも理解していた。
「コハクさんのほうは大丈夫ですか?私でお手伝いできることがあればご助力いたしますが?」
「俺のほうか?俺のほうも今は特に手伝ってもらうことはない」
「わかりました」
それだけ言うとコハクは再び黙々と弾丸調合のほうに集中し始めた。
そんな時だった。
「はぁ、はぁ!!コハク君!!!レマちゃんが負傷した!治療お願いできる!!?」
『ジャナフ・S』装備のそのほとんどは焼け焦げた跡が覆い、肌が露出した部分にもところどころやけど痕も見られて意識がもうろうとしているらしいレマをおぶさりながら慌てて駆け込んできたエリンの叫びがベースキャンプ内に響き渡ったことで、一気に緊張が張り詰めることとなった。