雪山、山頂付近。
3頭のティガレックスに囲まれながらレオ・ディレイプニルスは舌打ち混じりに武器を構え直した。
1頭でもそこそこ手を焼く相手が3頭も、雪山の気温も相まって頭が痛くなってくる。
重量武器である大剣『カイラライホーン』を器用に振りながら大剣が生み出す遠心力までも使用してひっきりなしに襲ってくるティガレックスの攻撃をどうにかこうにか捌いていく。もはや反撃の一撃を加えるどころの騒ぎではない。そもそも一息つく暇もないくらいの攻撃の嵐なのだ。
1頭目の突進を横っ飛びで回避し、間髪入れずに地面を転がることで2頭目が放った雪玉からギリギリのところで体を逃がす。そのままの流れで素早く体勢を立て直し大剣の腹を構えて3頭目の突進をがっちりと受けた。続けざまにガチガチとその強靭な顎を鳴らした3頭目が数度の噛みつきをしてくるが、全て歯を食いしばりながら大剣の腹で受け止める。
「グ……ゥ…ォオッ!!(まずいな。この調子じゃいつまで持つか……わからん!クソッ!)」
そこまで考え、反撃の一撃と言わんばかりに思い切り力任せにティガレックスを大剣で押し返し、ヨロッと僅かに怯んだその一瞬の隙に渾身の回転斬りを3頭目のティガレックスの側頭部へ叩き込んだ。
手応えあり。
しかしその結果を確認する暇は無く、離れた位置にいる2頭目が先程からバンバン飛ばしてきている雪玉を避けながら1頭目の突進の射線上から回避していく。
回避する位置関係によっては2頭目の雪玉が3頭目に当たっていたりと同士討ちしていることもあるが、ダメージとしては微々たるものだろう。
塵も積もれば、とは言うがこの状況では積もりきる前にこちらが揉みくちゃにされかねない。
考えたくはないが疲労も…………。
『疲労』という言葉が頭に浮かんだそのほんの一瞬の出来事だった。
その一瞬の時間だけ無意識に緊張の糸が切れた気がした。
刹那。
「ッ!!?」
ガクン!
と右膝から力が抜け、体勢が一気に崩れてしまった。
「まずいっ!」
片膝を着いた状態のまま視線の先では3頭のティガレックスが身体に真っ赤な模様を浮き上がらせながらこちらへ向き直るのが見えた。
ティガレックスの身体に赤い模様が浮き上がる時は、ティガレックスが怒り状態になった合図である。
当然のことだが通常の状態よりも格段に攻撃力や攻撃頻度、攻撃速度は高くなりより一層危険な状態になったわけだ。それがあろうことか3頭全員一気に怒るとは……。
「……ッ!(……くそ、悪いなハル、それからヘイル。戻れそうにねぇな)」
流石のレオも前を睨みつけたまま下唇を噛む。
そんな彼の事などお構いなく3頭のティガレックスが同時に突進を開始した。
「(このまでか………。だが時間稼ぎの役目は果たした。戦士たる者狩場に骨を埋められるならば本望!)」
流石に力が入らないからだではティガレックス3体の同時突進は捌けないと悟り、唇をかみ締める。
それから片膝を着いて大剣を杖代わりに地面へ突き刺した状態でゆっくりと目を閉じた。
しかしその次の瞬間。
パキン!
「っ!?」
突如として、レオの前方から何かの殻が弾ける小さな音が鳴る。
既に目を伏せてしまっていたレオにはその音の正体がなんなのかまでは判別できず、即座に目を開く。
が、その視界は先程まで相対していたティガレックス3頭の姿ではなく大きく開けた雪の降る曇り空が映り込んできた。
いきなりの出来事で困惑するが自分が顔を前ではなく上に向けていることに気づくまでにはそれほど時間はかからなかったと思う。
なぜなら、先程の『パキン』という音と共に自分の体が勢いよく後ろへ向かって引っ張られたのだ。しかも自分の首根っこあたりを掴んで引っ張られたようで若干息が詰まる感覚もあった。
それから背後へ勢いよく投げ出され、同時に誰かの声も降ってくる。
「よく耐え抜いたな。貴君は運がいい」
声の主の方へ視線を向けるとそこには全身紫色の防具に身を包んだ剣士が
「おま…………」
咄嗟に言葉を出しかけたレオを制し、パチンとウィンクをしてみせるその女性は閃光玉の光が収まるのとともにもう1つ閃光玉を投げた。
その合図を受けてほぼ山頂である高台のところから連続で何かの光が点滅する。
直後。
3体のティガレックスの頭上から文字通り
━━━━━━━━━━━━━━━
あまりの出来事に唖然と前を注視するレオ。
目の前では焼けた硝煙の匂いと共に衝撃で舞い上がった土煙が立ち込めていた。
その煙が晴れた時、狩りの終了を告げる3頭のティガレックスの断末魔がフラヒヤ山脈に響き渡った。
ドスンドスンと先程の
「ふむ。上出来か。しかしいつ見ても蜂の巣になって絶命するモンスターの姿は…………見ていられるものではないな」
「あー…………それは言えてるぜ」
「あわよくばティガレックスの素材が手に入ればいいと思っていたが、これではほとんど使い物にならないかもしれないな。全く、加減を覚えろと言ってはいるのだが、困ったヤツだ」
紫色の防具…………古龍種、【霞竜】オオナズチの素材を使用して製作された《ミツハ》装備の太刀使いの女性は溜息をつきながら視線を上の方、山頂付近へ向けた。
「下山する!降りてきたまえ!」
それに対して山頂付近にいる小さな人影がゆらりと動いた。
※
山頂付近。
(フルフルベビーが良く出現する採掘場付近)
ガシャン。
特殊弾丸である機関竜弾を全て撃ち尽くして弾倉がすっからかんとなったヘビィボウガンの砲身を空へ向けて持ち直しながら、一人の女性がため息を漏らす。
「ふぅ。殲滅完了。あっけない幕切れでした」
赤い瞳に細い瞳孔、銀色の髪を外側に跳ねさせたショートヘア。
眠そうな半開きの目とどこか機械的であり感情的な抑揚の少ない彼女の耳は普通の人間のそれとは異なり長く尖っていた。
その特徴から彼女が竜人族という種族に該当していることが伺える。
加えて、彼女の纏う装備は一見すると王族が身に纏う丈の長いドレススカートのように見える装備で本来の色は使用した素材の主の色が反映された金色がメインカラーとなっている装備だった。
【金火竜】と呼ばれるモンスターであるリオレイアの希少種の素材を使用して製作された『ゴールドルナ』装備を揃えているのだが、ヘルムだけは通常のそれとは異なった形状をしているのが彼女の特徴でもあった。遠い遠方の従者が使用するドレス衣装をモチーフにしたヘルムは特殊な加工でカチューシャのようなヘッドドレスへと改造されており、配色も特徴的な金色から白と黒を基調とした従者衣装風(つまりはメイドドレス風)となっていた。
主へ使える従者、という立場をこの上なく愛しており口調もそれに影響されてか敬語で話すことが多いが、結構忘れて普通の口調に戻っていたりもする。
携えた武器はヘビィボウガン。こちらも【金火竜】リオレイア希少種の素材を使用した『月華妃竜砲【煌撃】』を担いでいた。
一息ついた彼女は『月華妃竜砲【煌撃】』に通常弾Lv1を装填しつつ視線を再び下へ向ける。
ちょうどそのタイミングで下から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「下山する!降りてきたまえ!」
その声を聞き、もう一度溜息をつきながら展開していた『月華妃竜砲【煌撃】』の砲身を畳んで背中に背負い直し、頂上付近の高台から一気に飛び降りた。
※
「あいつ飛んだぞ!?」
「いぃっ!?そ、そこまで馬鹿では無いぞ!?彼女は!」
てっきり後ろの崖の方から回ってくるのだとばかり思っていた2人は予想外の出来事に思わず叫んでしまった。
「下山するとの事で。素早く参上…………」
山頂付近の高台は他のエリアとは違い少々高い位置にあるため飛び降りるにはかなりリスクを伴うはずではあるが、当の彼女は落下しながら器用に体を捻って体勢を立て直………………すことが出来ず、盛大に背中から地面に落下した。
その際、「ギャン!」と情けない声も聞こえてきていた。
思わず目を瞑る2人。
「だ、大丈夫か……?」
落下した彼女の元へ急いで駆け寄り『ミツハ』装備の女性が彼女の上半身を、抱え起こした。
「あ、…………ご主人、様……。よ、く、ご無事で………………」
「まぁ、貴君の巻き添えを食らった訳では無いからな」
「そう、ですか……。良かった、私は、主を…………」
「守れてはいないぞ。今のはただの自爆だ」
「………………」
そこまで言うと『ゴールドルナ』装備の少女が明らかに不機嫌そうな表情を浮かべ、むすっと頬をふくらませた。
「ノリが悪い」
「ノリのために着地を失敗するバカかどこにいるんだ」
「いや、本気で失敗した。メイドたるものかっこよく着地!をしたかった」
「…………」
『ミツハ』装備の女性が片手で少女の上半身を支えながら額を抑えて呻いた。
もう一度よく観察してみると『ゴールドルナ』装備の少女はあれほど盛大に落下したというのに目立った傷は負っている様子も特になく、言動とは裏腹に意外とピンピンしている。
どうやら運がいいと言うか奇跡的にと言うか……装備が衝撃を吸収してくれたらしい。普通ではまずほとんどないが。
「お前、背中から落ちて怪我してないのか?」
レオが訝しげに彼女へ問いかける。
彼女はキョトンとしながらバッと立ち上がると両手を腰に当てながら胸を張った。
「私は竜人族。体は丈夫。もれなく全身打撲だらけだけど」
「人はそれを怪我と言うんだ。はぁ。すまないな。レオ。久しぶりの再会だと言うのに、故郷に頭のネジを数本忘れてきた後輩と一緒とは」
「む。心外」
溜息をつきながら『ミツハ』装備の女性がレオに向き直る。
レオの方も軽く天を仰いでから後ろ頭をガリガリと掻いた。
「お前も対して変わらねぇよ。はぁ。元気そうだなイズモ」
「それはもう。毎日忙しくさせてもらっているよ。あ、そうだ忘れていた。そんなことよりも見たまえこの装備!ようやく1式揃ったんだ。自慢させてくれたまえ!」
そういうと『イズモ』と名乗る『ミツハ』装備の女性は唐突に背中の太刀を引き抜いてレオに見せつけるように構えた。
「自慢させろって…………だがお前それ、【霞竜】オオナズチのやつだろう?やるじゃないか」
【霞竜】オオナズチ。
紫色の皮膜にカメレオンのような長い舌、それから体を透明化させることが出来ることが特徴的な古龍種に属するモンスターだ。
古龍種の中では比較的目撃情報が多い部類に入るモンスターではあるがそれでも『古龍種の装備を一式揃える』ことがいかに難易度が高く大変であるかはレオ本人も身をもって実感しているところであった。
そもそもレオに関してはどちらかと言えば一式揃えることを諦めた側の人間である。
「ふっ、まぁ、この私にかかればこの程度どうってことはなかったというわけだな。ハッハッハ!」
相も変わらずやかましくはあるものの今はそのやかましさにも感謝が必要であった。
「しかし、何はともあれ…………」
レオはその場で大きく息をつきながら大剣を自分の横に突き刺し、ドカッとその場に腰を下ろした。
「すまない、助かった」
「なんの。礼には及ばない。偶然の賜さ」
「ですね。偶然私達もこのフラヒヤ山脈の調査を任されていたものですし。たまたまですよ」
「調査?…………ということはお前たちもここの異常に気づいてるのか」
「当然だとも。各地のモンスターが集結するなんて異常以外のなにものでもないからね」
「です」
「なるほどな…………ん?いや待てよ?
レオの一言にイズモは不思議そうに瞳を瞬かせた。
「そうだが?貴君らもそれの調査じゃないのかね?」
まじか……と小さく呟いたレオはヘルムを脱いで頭を搔く。
「多分元を辿れば同じかもしれん。俺たちはそいつらの対処に来たんだ。それ以外の事情があるなんて聞いてない」
親指でクイッと絶命するティガレックスの方を指し、大きくため息をついた。
その先に視線を向けたイズモと竜人族の少女も納得したように肩を落とす。
「そのようだな。まぁ、ここで会ったのはなにかの縁だろう。ちょっとした野暮用が終わったら下山しながら情報を共有しておこう」
「悪い、助かる」
イズモはいつも通り慣れた手つきで太刀を背中へ背負い直すと竜人族の少女にティガレックスの亡骸を調べるように指示を出し、少女もコクリと1つ静かに頷いてからパタパタと亡骸を調べ始めた。
「にしても、お前が古龍装備諦めてなかったのには正直驚いたよイズモ」
「まぁ、色々あったからな。貴君こそ簡単に諦めるとは思っていなかったが?」
「そりゃ、お前。そもそもの絶対数が多くないんだ。一式揃うのはいつになるか見当もつかなかったんだ」
「確かにその通りか」
そんな他愛もない会話をしていると手早くティガレックスを調査していた少女が2人の所へ戻って来た。
「何か分かったかね?」
「一応」
「聞こうか」
そう言うとふぅとひとつ息をつき軽く頭をかいてからゆっくりと少女が話し出した。
「間違いない。今討伐した3頭のうち2頭の体表に砂がついてた。それもこの雪山にある砂とは全く違う。多分これ砂漠地帯にあるサラサラしたやつだと思う。つまり、少なくともその2頭は元々砂漠地帯に生息していた個体で何らかの理由でこの雪山に移動してきたと考えられる」
イズモとレオは思わずお互いに顔を見合せた。
それからすぐにレオは立ち上がり装備に着いた雪を払い落として頷く。
「下山するぞ。早めに報告する方が良い」
「同意見だ。エクラールはどう思う?」
「私も同じ。砂漠地帯から雪山まで移動してきた理由も気になる」
「決まりだな」
ふむむと顎に手を当てながら考え込む
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※
同時刻。
ハンターズギルド。
マスターズルーム。
ギルドマスターは先日の砦襲撃及び大砲の弾の盗難の手がかりを掴むために調査をしていた調査隊からの報告に頭を抱えていた。
「…………まじか。その報告に嘘は無いな?」
「はい…………、砦の付近から近辺の街や村まで捜索範囲を広げましたがそれらしい痕跡は全く……」
「大砲の弾だぞ?いくらなんでも足跡ひとつ残さずにどうやって持ち出せってんだ?ましてやあの量だぞ。訓練を積んだハンター連中だって一つ持つのがやっとなんだぞ?」
「おっしゃる通りで……」
「…………はぁ、ったくよォ……」
やつれたように大きく息をついたちょうど同じタイミング。
部屋の扉から軽快なノックが響いた。
「失礼しま、す〜。呼ばれたんできたんすけど、俺になにか用事です?」
扉を開け、おずおずと部屋の中へ1人の青年が入ってくる。
「あぁ、急に呼び出して悪いな。…………すまねぇ、名前なんだったか?」
片手で頭を抱えながら申し訳なさそうにギルドマスターが青年へ会話を振る。
「アカシ」
「そうだったな。ここ数日頭の痛い話ばかりでどうにもな……」
「いやいや、俺は気にしてないですよ。して話とは?」
「あぁ、まぁ、ダメ元でなんだがな。大型モンスター迎撃用の砦が破壊されていたことは話したな?」
「はい」
「その時大砲の弾が消えたことも言った」
「はい」
「そのことについてなんだが、お前、ここに来る前はジォ・ワンドレオにいたと聞いているが間違いないか?」
「?えぇ、まぁ」
「ここに来る途中で大砲の弾を運んだような痕跡見なかったか?」
何となく予想はしていた内容に、アカシははぁとため息をついた。
「あぁ…………特にこれといって変な痕跡は一つも見ていないっすね。何かを運んだ痕跡なんて不自然すぎて違和感しかないからあったら絶対覚えてると思うし。すんません、力になれなくて」
「いや、気にするな。さっきも言ったがダメ元だったんだからな。余計な時間を取らせてしまって済まない。戻っていいぞ」
その言葉を聞きアカシはぺこりと一礼してから部屋を退出して行った。
部屋の外で待っていたヤクモと合流し部屋の扉は完全に閉められた。
有力な情報はなし。
調査隊の男性も肩を落としながらやれやれと首を軽く左右に振った。
「…………考え方を変えるべき、時か」
ギルドマスターの呟きに似た小さな声は近くにいた調査隊の男性の耳にも届くことなく消えて行った。