ガタンゴトン ガタンゴトン
特急電車の窓側の席にもたれ、振動の思がままに揺られる。目に溜まった涙が振動で落ち、窓を伝い、窓枠に落ちる。その顔には表情がない。あるのは抑えることができなくなった絶望と、過去を見返して、思う後悔の念。幸い隣には誰も座っていない。それがありがたいから、心置きなく泣くことができる。そんな感情は心を蝕み、心は悪に染まり混沌が生まれる。それは心だけでなく、心技体全てに悪影響をもたらす。
(俺が事故らなければ、こんなことにはならなかったんだ。なんで俺ってこんな出来そこないなんだろうな。もういっそ死んだ方がいいだろ。どうせ悲しんでくれる人もいないし。、一人ひっそりと死んだ方がいいな。)
「………やっぱ、出来損ないは生きる権利なんてないんだな。」
「そんなこと言うなよ。」
「!?!」
突然会話のキャッチボールが成立したので、彼は驚いて、まもたれた顔を起こし、声がした方を見る。
「やあ、久しぶりだね。陸人くん。」
「ええと……誰ですか?」
「ひどいな〜小さい頃はおむつ変えた仲じゃない。」
「や、やめてくださいよ!」
その明るい茶色の髪には見覚えがあった。でも、すぐには名前が出てこなかった。さらにそんな小さい頃のことを言われても、思い出せるはずがなかった。
「ん〜ママ…」
「おお、どうした、澄美麗?抱っこか?」
「んん。」
「子持ちなんですか?」
「ああ、まあそうだな。この子は澄美麗。和の水が美しく澄んでおだやかであると書いて、和水澄美麗だ。」
「和水………?」
「ああ、私の旧姓は和水でな。今は結婚して、水無月となったがな。」
自分と同じ苗字で俺はさらにこんがらがった。しかし、和水は父親の姓で、父は三人兄弟の次男で、女性の兄妹は一人しかいなかったはず……その時俺はハッとしてお母さんの方を見た。彼女はニヤァとにやけていた。まるで全てを見通したかのように。
「わかったかい。陸人くん。」
「そうですね。杏花さん。」
「正解だ。よく思い出したな〜よしよし」
「ちょ、やめてくださいよ…」
「君、泣いているのか?」
知らぬ間に俺の目には涙があった。なんで出たのか分からなかった。いや、わかってはいた。でもそれを認めてしまったら、自分の母を否定する気がした。
「これが君が長く離れていた愛情というものだ。」
「っ……みたいですね。」
「おにいちゃんだいしょーぶ?どこかいたいの?」
「うん。大丈夫だよ。ありがとうね。澄美麗ちゃん。」
「あい!!」
その子は頭を撫でると、嬉しそうに笑った。それを見て少しほっこりしてしまった俺がいた。君もあんな可愛かったのになって杏花さんに言われた時は少しこそばゆかった。それから俺は澄美麗ちゃんと少し遊んだ。30分しないうちに遊び疲れたのか、少女はお母さんの腕の中で眠った。
「それじゃ、本題入ろう。少し長くなるから。」
「杏花さんがここにいるってことは、母が話を通したのは、杏花さんってことですよね。」
「半分正解。でも、私に頼んできたのは、暁朔夜ちゃん。要するに妹の海音ちゃんだ。」
「そうなんですか?裏があるとは思ってましたが……それは何故ですか?」
「いや、私にも言ってくれなかった。なんか、すごい焦ってたよ。」
「焦りですか?」
どんどん話がこんがらがっていく。別れ際あんな態度を取った妹が杏花さんに連絡してくれたこと。これが母親の計らいじゃないってこと。これが全て嘘じゃないとしたら、おかしな点が何個かある。
「それって、海音から突然きたんですか?」
「そうだね。急だった。しかもすぐ切れちゃってさ。いつもあんな感じなの?」
「いや、あの子ああ見えて、心優しい子ですし、気を支える子なので、自分から切ることはあまりない気がします。」
状況を聞けだ聞くほど、何もかもがおかしい。規格外のことが起こりすぎている。家族がみんな自分の知っているみんなじゃないようだった。あ…もう家族じゃないんだった。
「君は表情の変化がコロコロ変わるね。まあ、嫌いじゃない。」
「なんですか。急に…」
「どうだ。うちの養子にならないか。」
突然のことに俺は困惑する。親が死んだわけでもないのに、養子になるかなんて、そんなことがいいんだろうか…しかも、お世話になるだけじゃない。完全に家族になると言うことだ。
「確かに、俺自身捨てられましたけど、色々親権とかのやつやらないといけないんじゃないんですか?」
「ふ、ふ、ふ〜、そう思うじゃん?これを見た前、電話があったときに進めてこないだ獲得したのだ。」
「え、え、ちょ、待って、そんなことあります?」
「あるよ。今ここに。」
「これは一本取られましたね。そっか。俺は完全に捨てられたんだな。」
「まあ〜そうだね。それって今からじゃ間に合わないかなぁ」
彼女は俯いた俺の手をそっと掴んだ。その手は暖かく包み込んでくれる優しさが滲み出ていた。顔を上げると、心配そうな眼差しで俺を見つめていた。その時俺は直感した。この人は俺をもう家族として見ていると。
「確かに陸人は光さんと兄さんには見捨てられたかもしれない。何年もその苦痛に耐えてきたと思う。それを全部忘れ去るなんてできるわけないし、できるはずがない。でも、それを上書きすることはできると思うの。もうこれ以上あなたを苦しめたくないの。だからお願い。」
「なんで杏花さんがお願いしてるんですか。お願いしなきゃいけないのは俺の方ですよ。こんな身寄りのない俺を養子にしたいだなんて変わってますね。それに僕人殺しですよ?あの時僕が轢かれそうにならなかったら、兄さんは足を動かせなくならなかったんですよ。」
「それは違う!あの事故は………」
「あの事故は、なんですか?」
今までニコニコしていた彼女の表情が一瞬で暗くなる。それはなにかを我慢する子供のように、辛く、重い何かが彼女に後ろにのしかかっているようだった。
「いや、なんでもない。あれはあなたのせいじゃないよ。君とお兄さんを引いて逃げた男の人が原因なんだから。で、どうなの?家族になってくれるの?」
「こんな人殺しの僕でいいなら。」
そう言って頭を下げ、お辞儀をしようとした時、視界に入るように、杏花さんは俺の頬を片手で掴んだ。
「ふぇ、ふぁんふぇふふぁ?」
「家族になるんだから、ひとつ誓って、あなたは誰も殺めなてないし、怪我もさせてない。悪いのは事故を起こした彼なの。だからもうこれ以上自分を人殺しなんて言わないで。」
そう言いながら、彼女は掴んだ俺の頬を離していく。そして話してから右頬に優しく手を当てる。
「分かりました。よろしくお願いします。」
そう言って俺は深々と頭を下げた。顔を上げた時、彼女の顔には満面の笑みがあった。
「ん〜ママ〜」
「あ、すまん起こしちゃったか。まだ寝てていいんだぞ。」
「うん…あ、おにいちゃん、またないてる〜」
「へぇ、本当だ。涙脆すぎてやばいです。」
「君はどうやら、澄美麗より泣き虫なようだな。可愛い奴め。」
そう言って俺と杏花さんは笑いあった。場所を気にせず、泣いたりしていたから、結構注目を浴びたが、まあ一つの出会いの思い出として、心にしまっておくことにした俺であった。俺はその日で、和水陸人の名前に別れを告げた。そしてその日から水無月陸人とであった。
「それじゃ私は自分の席に戻るよ。じゃあ、また後でな。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言って彼女は自分の席へ戻っていった。新しい親と妹にであって、新生活に少し胸を高鳴らせるのであった。