全てを知っても、君は笑ってくれますか?   作:ワサオーロラ

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絡まった心

「まず、昨日はありがとね。彼方さんのこと見ててくれて」

 

高咲さんは向かいで寝ている。彼方さんを眺めて、そう言った。彼方さんを眺めるその顔はホッとした感じに落ち着いており、少し微笑んでいる。

 

「いえ、そんな。自分は何もしてないですよ。それに結局迷ったりしてしまったので結果的には迷惑をかけてしまったので。」

 

「それはただの結果論です。確かに結果も大事ですけど、人間関係においては結果だけでなく、そこに至るまでの過程も大事だと私は思います。」

 

そう言って苦笑いを浮かべる俺を優木さんは、すかさずフォローした。確かにそうかもしれないと俺は思ったが、俺は少しホッとした。

 

(なんだか温かい感じの同好会なんだな。この感じだったら、彼方さんも安心して寝れるわけだ。)

 

そんなことを思いながら、俺は彼女に目を向ける。紫と白のシマシマ模様の枕を敷いてその枕をホールドするように彼女は眠っている。こんな風に寝ている人がこの中で最高学年だと思うと、人間とは不思議だと思う。夢でも見ているのか、口元もむにゃむにゃしながら、また寝息を出す。それが少し、いや可愛くてクスッとにやける。

 

(でも、この人、俺のことすごい騙したからな〜なんなら中須さんたち3人でも見破れないほどの演技。これは狂気だ…見破れるようにならないと…!)

 

「陸人くん、聞いてる?」

 

「へ……ああ!すみません……聞いてませんでした。」

 

「あはは、いいよ全然。彼方さん可愛いからね。いつまでも見てられるよね。」

 

「そうですね。年上の人ってこんなに可愛いんですね。」

 

「そうだね、ここまで可愛いと妹みたいだよね〜でも、彼方さんちゃんとお姉ちゃんしてるからね。それを見てるとね、どっちも魅力的でね!………陸人くん、大丈夫?」

 

妹………やはり忘れることができないあの表情と言葉。

 

『お兄様の人生潰しといて、あんた何今更、そんなこと言ってんの』

 

忘れもしない。つい二週間前の記憶。忘れられないあの日………

去年の3月23日   兄の卒業式の日 それは起きた

 

 

 

 

 

その日は雲一つない卒業式にふさわしい快晴の日であった。まるでこれからの道をも明るいと言わんばかりの日だった。俺と妹の海音はいつも一緒に登校しており、その日もそこは何一つ変わらなかった。一つ変わるのは、兄がいないこと。聖天が一緒に登校していないこと。しかしそれは今日が卒業式だから。必然であった。

 

「ああ〜、緊張する〜やりたくない〜」

 

「陸兄ぃ、自分から生徒会長になったんだから、しょうがないよ。」

 

「だって、兄さんからのバトンは俺がもらいたいじゃん。」

 

「私だってもらいたかったのに〜まさかあんな僅差で陸兄ぃに負けるなんて……」

 

「まあ〜、過ぎたことはしょうがないでしょ。」

 

兄の生徒会長の座を引き継いで俺は今生徒会長をしている。卒業式といえば、在校生の式辞。それを生徒会長がやらなくてはならない。もちろん兄さんも卒業生挨拶で前生徒会長として話すのだ。これで生徒会長としての兄さんを見るのが最後だと思うと、ワクワク感と物悲しさがある。

 

俺らがいつもの横断歩道を渡り終え、信号が点滅し、赤になる。渡り切って歩こうとしたとき、後ろから俺を呼ぶ声がした。後ろを振り返ると、向かい側に兄が立っていた。もうすでに制服を着ていた兄さんのその手に白い封筒を持っていた。ハッと思った俺は鞄を確認したが、それがなかった。どうやら兄の手にあるのが、俺が読む式辞だった。気を利かせた兄がそれを届けてくれたらしい。

 

「ごめん兄さん。」

 

「いいってことよ。それより今日バッチリ決めろよ。なんてったって俺の後継なんだからな。」

 

兄さんはこんなことを言っていつも俺を勇気づけてくれる。たまに自分の方が上だと、対抗意識を持ってもらうが、俺自身そうやって兄さんが俺と競ってくれるのが嬉しくて何事も兄を見習っている。

 

「ありがとう兄さん。兄さんも頑張ってね。」

 

「俺がミスると思うか?」

 

「いや、思ってないよ。」

 

「だろ〜?」

 

そんなことを話して俺ら3人は笑い合った。そしてじゃあと別れて俺と海音が方向を変えたとき、明らかにスピード違反の車が俺らの横を通って行った。横に並んで車道側を歩いていた。俺はそのスピードに少しよろめく。

 

「大丈夫?海音、にしてもスピード違反だよね〜あれ」

 

「………………」

 

「おーいどうした〜?」

 

彼女は後ろを向いたまま、固まった。びっくりして腰でも抜かしたのかと思った俺は海音と先にある何かを遮るように、間に入る。すると、海音は震えた手で、その俺の向こうの何かを指差し、あれ…と言った。その顔には涙が滲み、顔から段々色素が抜けて青白くなっていく。

 

「あれ?後ろに何………が………」

 

俺にも一瞬何が起こったのか、理解ができなかった。そこには白色のポールに右の額あたりをぶつけ、横たわっている人がいた。そのポールはその血を吐き出すかのように、接触部からどんどん血を垂れ流した。血の流れ落ちた先は、横断歩道と歩道の境目。流れていくそれは白い横断歩道の一部を赤く染める。ぶつけた時の血なのか、水の中に何かがボタッと落ちてその時に飛び散る薄い血のようなものがあたり一面に広がる。

 

「お兄ちゃん!!」

 

そう叫んで彼女は赤く染まる道路へ駆け出した。そしてその人肩を抱き、血が出た頭を長めのタオルで、きつく縛る。

 

「陸兄ぃ、救急車に電話して!!」

 

「………………」

 

「陸兄ぃ!!早く!」

 

俺は状況が読み込めず、ただ海音の方へよろよろと歩いて行った。

 

「兄さん……うぅぅ」

 

「陸兄ぃ!歩いてる人もいない、走ってる車もほとんどない。そんな状況で今頼れるのは、電話を持っている陸兄ぃだけなの!………お願い…お兄様を…助けて…」

 

妹は立ち上がって俺の肩を強く掴んでそう言った。しかしその力は長くは続かず、どんどん弱まっていく。終いには肩に置いていた腕を脱力させ、俺の胸部で止める。そして俺の胸に顔を埋め、号泣した。こいつはそうだった。海音はモデル、女優として芸能界に出て、まだ駆け出したばかりだが、雑誌の表紙になったり、インタビューをされたりなど今乗りに乗ろうとしているひよっこで、メンタルが強いだの言われているが、実際打たれ弱く、臨機応変な対応があまりできない子だ。そんな妹も助けられないような俺ではない。最愛なる兄が事故になった今、応急処置して後は…

 

その間彼女は何度も兄の名前を呼び続けた。もちろん返事はない。俺はその声が入らないように離れたところに移動し、急いで携帯を取り出し、119と打って電話をする。電話の相手はすぐに出て、慌てて状況を説明する。状況を説明するのに、そこまで時間は掛からなかった。俺は話終わると、誰かを抱いている海音近づいた。

 

「海音、今呼んだよ。」

 

「陸兄ぃ、お兄ちゃんが!!」

 

「やっぱり兄さんなんだな………大丈夫だ。すぐ来るから。」

 

彼女は自分の服が血に染まることも厭わず、彼に膝枕をし続けた。とうに足は痺れているだろう。それでも海音はし続けた。それが普通と言わんばかりに。その間俺は親と学校に連絡し、俺らが出席できないことを伝えた。それから少しして救急車が到着して、俺と海音はそれに同行した。そして兄は病院に着くとすぐに集中治療室へと運ばれて行った。

 

「陸兄ぃ、ごめんね。私がもっと気づくのが速かったら………」

 

「いや、気づかなくたって、あそこで渡っていただろうから、どっちにしろ変わらないよ。謝るのは俺の方だ。式辞を忘れなければ……」

 

「そんなことない!誰にだって忘れることくらいある!」

 

それぞれが自分が悪いと言い続けていて、話が何も進まなかった。するとそこに、カツカツとヒールみたいなもので走ってくる音がした。母だった。

 

「聖天は?はぁ…はぁ」

 

「まだ中にいる。」

 

海音は立ち上がりそう答えた。

 

「横断歩道で事故ったって聞いたんだけど、なんであの時間あそこに聖天がいたの?」

 

「俺が式辞を忘れちゃって…それを兄さんが届けてくれて………」

 

「そうか、不慮の事故だったってこと…「何よそれ…」

 

父の言葉を遮って、言葉を発する母。それに俺は母を見る。すると母は俺のことを今にも噛み殺さんと言わんばかりの眼光を俺に向けていた。電気が上にあり、俺は座っていて母は立っており、顔に影ができていて、それは茂みに隠れている獣のようだった。

 

「それってあんたが悪いんじゃない。」

 

「待って、ママ。陸兄ぃはただ忘れただけであって、誰にでもあるミスだよ。」

 

「それが問題なんじゃない…だって要するにこいつが忘れなければ、聖天はあんなことにならなかったんでしょ?だったらあんたが悪いんじゃない。」

 

「ママ!」

 

「いいんだよ。悪いのは俺だけだ。母さんの言ってることは正しいよ。」

 

「陸兄ぃ………」

 

そうだ。俺が悪い。俺が忘れさえしなければ…こんなことにはならなかったんだ。俺さえいなければ…そうしてこんなことに…いっそいなくなれないかな…死んじゃいたいな…死ねないかな…あれ…どんどん視界が暗くなる…ああ、死ねるのかな…やった…これでもう迷惑かけずに済む………

 

すると突然喉付近に強い激痛が走る。まるで何かに上から抑えられているように…

 

「うぅ…ガハッ…はあぁ…くぅ…とぅ………さん…な…んでぇ…あぁ…!」

 

「ごめんな。陸人。父さん母さんに逆らえないんだ。すまんな…うぅ…」

 

どんどん目がぼやけていく。このまま死ねるのかな…そうでね。人殺しは、死なないとダメなんだ。俺どうせ期待されてないから。いいや…最後に…ありがとうって伝えたかったな。

 

「パパやめて!お兄ちゃん死んじゃうよ!!」

 

「やめなさい。海音。全部あいつが悪いのよ。あの出来損ないがね」

 

「ママ、やめてよ!これ以上家族を苦しめないで!!」

 

「自業自得でしょ?兄のことを事故らせたんだから。出来損ないにはお似合いでしょ?実の親に廃棄処分されるんだからね。アハハハハ!!」

 

その笑みは人の死を喜んでいた。昔から二人子供が欲しいと言っていたらしい母は兄を産んで、妹だけが欲しかった。にもかかわらず、そこに不純物があった。それこそ陸人だった。小学生の頃一回だけ、自分の名前について聞いたことがあった。父は遅くまで働いていたから、母にしか聞けなかった。それを聞いて帰ってきた言葉は………

 

「人って陸にしか住めないし、文化を発展することしかできない。哀れな生き物なの。文化の力を使えば生きれるけど、人間なんて、個人では何もできない生物なのよ。それがあんたってわけよ。そんな哀れで醜いお前なんかに何ができるって言うのよ。期待なんてしてないわ。」

 

 

「お父さんやお母さんだって人間じゃないか。なんで僕にだけそんなこと言うの?」

 

「はぁ〜それはあんたが不純物だからよ。私が光、パパが大地、聖天が空、海音が海。これで全てが完結してるのに………しかも陸って大地だから2つもにいらないのよ。これで終わり、さっさと部屋行って。」

 

「でも…」

 

「まだあんの?」

 

「いいえ、ありません………」

 

「ふん。ガキが」

 

彼女は俺のことをそう言って、それ以降提出物ぐらいしか、見てくれなくなった。いや、今思い返せば元々周りに比べて関心がなさすぎた。そんなことにも気づかない俺を自分で呪った。そして、思ったことを口に出さないことを小さいながら学んだ。

 

(そんなこと思い出して何になるんだろうな。どうせこのまま死ぬのに)

 

「ママちょっと来て!!」

 

そうして母の手を掴んで海音は角を曲がって行った。二人が見えなくなった。するとどんどん首の締まりが弱まっていく。

 

「ゲホッ、ゲホッ…はぁ………はぁ………」

 

「すまん大丈夫か?」

 

「う…うん。大丈夫………」

 

「俺にもっと権力があれば………」

 

そう言って彼は涙を流しながら謝った。

 

「あんた何そいつのこと降ろしてんの?」

 

「こ、これは…!」

 

「まあ、いいわ。」

 

母は何故か上機嫌だった。時間として1分半しかたっていないのにもかかわらず、まるで俺の罪状が決まって清々しているかのように………案の定そうだった。

 

「あんた卒業したら、東京行きなさい。」

 

「え…なんで…?」

 

「そんなの決まってるでしょ?私があなたと会いたくないから。ふふ」

 

病院内にも響くその声が頭にもひどく、虚しく響く。それが脳内再生されそれが無限に止まることなく、流れ続ける。父と妹が俺の体をゆすり、声をかけるが、俺の鼓膜を振動させない。心に大きめの穴が空いたかのように、心に溜めていた何かがどんどん流れ落ちていく。だからと言って、涙が流れる訳でもない。それを聞いたら、動揺して、追いすがるやつが多いと思うが、俺は何故か落ち着いていた。少し思考が停止していたが初めに思ったことは……

 

(これでもう迷惑をかけずに済むんだな)だった。

 

そしてそれ以降俺は、兄妹と両親と会話することがなくなった。だからといって誰かと話すわけでもない。なんせ、学校に復帰した時には事故ったことが広まっていた。しかも自分のせいでということで。最初は否定しようと考えたが、もうすでに広まりすぎていて、すぐ諦めがついた。同級生の兄と同じ部活の人たちから責められ、友達のお母さんたちはひそひそと俺の噂をしていた。生徒会長としても何もできず、その前に人殺しというレッテルを貼られ、兄との面会も俺だけ遮断され、妹も滅多に話すことがなくなった。

 

 

 

 

 

「………………」

 

「おーい」

 

「あ、なんですか?」

 

「急に静かになるから、びっくりしたよ。」

 

「すみませんちょっと気持ち悪くて…帰りますね。」

 

「え、大丈夫?休んだ方が…」

 

「いえ、大丈夫です。それでは。」

 

「あっちょっと!」

 

俺はその場を足早に立ち去った。その場にいるのが気まずくなったし、これ以上自分のトラウマを引き出したくなかったから。それぞれ練習している中、誰にも目もくえず、電気が消え、暗くなった廊下へと姿を消した。

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