全てを知っても、君は笑ってくれますか?   作:ワサオーロラ

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擦り減る心

家に着くなり俺は制服も脱がず、ベットにうつ伏せで倒れる。

 

(やってしまった。どうしてこんなことに…逃げてしまった。)

 

自分の心がここまで脆いとは思ってなかった。帰った時にはもう夜で少し遅くなってしまったから、杏花さんに心配をかけてしまった。食事と言われたが、今すぐ出さなきゃいけない提出物があると言って自室に籠った。

 

それからかれこれ1時間俺は今だに自室にいる。枕であっても呼吸はできるから、ずっと顔を埋めている。雲のないその夜空に三日月が浮かんでいる。月はいつにも増して明るかった。別にスーパームーンだというわけでもない。暗い部屋から見ているから明るく見えるだけなのだ。それを横目に見た俺は、たまらずカーテンを閉める。窓とベットはすぐ隣にあるが、完全に隣というわけではない。その窓は少し高いところにあって俺がベットにに座だちしてちょうどよく手が届く。

 

俺はまた寝っ転がるのがめんどくさくなり、ベットに座り、窓とベットの高低差に寄りかかる。薄く開いたドアから入る廊下の電気がたった2センチはどの一本の線となって真っ暗な闇を切る。しかしそんな量で闇を照らせるわけもなく、ただあるだけとなる。

 

真っ暗なところをずっと眺めていると、見ている一点を中心に目に入るものが外側からどんどん闇に飲まれていく。ただ飲まれるだけじゃなく、その眺める一点もブラックホールのように引力のようなもので俺の目をそこから離さんと俺の視線を引き寄せる。体も引き寄せられると思うだろうが、体は引き寄せられず、あくまで目線や視線だけ。

 

鏡で自分を見ていると、自分と自分の周りに映るもの。しかしその鏡を通しても見えないものがある。それは後ろだ。もちろん見ようと思えば見れる。だが、一点を見つめた状態で見るのはまず無理だ。だから人間はその後ろにいる何かの侵攻に気づかない。万が一、気づけたとしても対処のしようがない。それもそうだ、なぜならそれは自分に住まう闇、影なのだから。光があれば闇もある。そんなのもう聞き飽きた。そんなこと言えるのは本当の闇堕ちというのを知らないからだ。本当の闇堕ちなんてそんなもんじゃない。

 

 

 

 

まず第一に後ろからの侵攻と言ったが、実際は目に見えないからという、ただの例えだ。実際は自分の内側にある心。人間心が全ての行動理念だろう。喜怒哀楽、気分、やる気それら全てが心の持ち用で変わってくる。やろうと思えば、やる気があるってことであり、やる気が出ないだったら、やる気がない、もしくは気分が乗らない。それはまだ普通だ。だがこれが続くと段々とやる気があってもできなくなる。勉強だけじゃなく、ゲームも娯楽も全てが手につかず、ボーッとするだけ。それが学生なら尚更だろう。勉強をしなくてはならない学生が勉強というもの自体に手をつけられないのだ。これはもはや終わりだろ?

 

そこから立ち直れたら話は別だ。そいつは完全に侵食される前に立ち直れたか、抵抗力があったかのどちらかだろう。そんなのできるやつの方が少ないがな。自分の周りを否定し、自分をも否定し始めると必然的に人間関係が崩れ、そこでさらに堕ちる。教師や親などの大人から勉強しろと言われさらにストレスが溜まり、なんで自分はこうなんだと自分に毒を吐き、痛めつける。みるみるうちに腕や足回りに痣ができ、髪もどんどんなくなっている。円形脱毛症などのレベルじゃない。10円ハゲとも言われるそれは10円ほどの大きさでしかないらしいから、それではない。抜く手は止まることを知らず、一本一本かつらを作るように抜き続ける。やばいと思っても、その意思とは裏腹にその手は止まることはない。医師から言われた病名は抜毛症というものだった。

 

家に帰り、月明かりに照らされた自分を見て俺は違和感を覚えた。その部屋には、髪の毛が落ちていないのだ。くらいからかもしれないが、ベットの白いシーツに髪の毛が数える程度しか落ちてないのだ。禿げるくらい抜いたから、もっと抜いているはずなのに………その時、プチっ…プチっという音が俺の部屋の中に響いた。それは俺が何かしているといつも聞こえてくる音だった。しかし、俺はその音に正体を知らなかった。なんだろうと部屋を探すも何もない。おかしなことに場所を移動しても、音の大きさはそのままなのだ。俺はそれにまたしても違和感を覚える。自分が出しているのか?と思うも、俺に音を出し機能も無ければ、音を出している自覚も記憶もない。そしてまた無自覚のうちに髪を抜く。その後、なぜか自分の舌になにかが刺さったようなチクッとする痛みがした。俺はびっくりして、口から伸びる黒い何かを摘んで引き抜いた。摘んだ感触に俺は覚えがあった。俺はまさかと思った。月明かりが俺を照らした時、俺は抜いた髪の毛の居場所を確信した。

 

ーー自分の胃の中だとーー

 

さらに自暴自棄は進み、人とは違うと、俺は人間じゃないと。それを自分に言い聞かせる。そして自分を見失い、自分がなんなのか、なんでいるのか、生きているのか。理由を探すも見つからず、スマホでカウンセラーに相談してもただ綺麗事を並べて説得しようとしてくるだけ。正直死にたかった…死ぬ勇気もないのに。生きる意味もなく、ただ生きて楽しいかと言われたら、即答しよう。“人生に楽しさって必要ですか?”って。自分を見失ったら、誰かの真似をしなくては生きられない。これが闇堕ち…いや、病み堕ちした奴の末路だ。

 

 

 

 

目尻付近から奥が完全に堕ちると、残りはその一点とその周囲だけの二層だけしか見えなくなる。しかし闇がそんなもので進撃を終えることはない。その勢いのまま第二層も蝕んでいく。その途中で目が乾き反射的に瞬きをする。そのほんの一瞬で闇は忽然と姿を消す。断片ひとつ残さずに…しかしそれは一時的な休息に過ぎない。闇はまたすぐに来る。先ほどよりも早く。まるで工事中の穴掘りで、休憩を取ったように、掘り進んだところまではもう簡単に行けると言わんばかりに外側を簡単に突破する。瞬きすれば消えるが、それは侵攻を止めることにはならない。なんなら少しずつ、穴が開くまでひたすら掘り続けているようなもんだ。目をつぶっても、目の前が暗くなり、ただ心が持たなくなるだけなのだ。だから必然的に目を開けるしかない。

 

すると、2センチ開いた扉の光に人型の影がかかる。それは小さく、中へ入ってこない。少しドアが開いて、すすり泣く声がする。そこには二つ結びで『プリキュン』のパジャマを着た少女が立っていた。俺が光の方を見た時、光に慣れてなくて、少し目が眩んだ。その隙に闇はまたどこかへ姿を隠した。

 

「へぐっ…おにぃちゃん。こわぁーよ…」

 

外から俺のことを見ている少女はそう、消えかかったか細い声で言った。

 

(そっか…俺は兄なんだよな。むかしのじぶんじゃないんだよな。)

 

俺はなんお抵抗もなく立ち上がり、電気をつけて澄美麗に近づいた。しかし少女は後ろへ下がる。何かに怯えるように。俺はそれに気づいて、何もせずに、澄美麗の横を通り過ぎようとする。しかし後ろ袖をその子が引っ張って離さなかった。俺は振り向き彼女と目線を合わせる。

 

「どうしたの?」

 

「おにぃちゃんがくろいのにグワァーってなっていなくなちゃうかとおもた…」

 

少女は体を大きく使ってそう言った。俺はそれを言われ困惑した。顔に出ていたのか、それとも彼女自身が感じ取ったのか…それはわからないが、図星を突かれた。

 

「大丈夫だよ。お兄ちゃんはどこにも行かないから。」

 

「ほんと?パパみたいに、いなくならない?」

 

俺はこの家に来てからの違和感にようやく気づいた。父親がいないのだ。いやいるんだろうが、俺は会ったことがない。気づいていないわけではなかったものの出してはいけない話題かと思ったから、その疑問に蓋をして記憶の奥底にしまった。しかしその少女の無邪気さはそのパンドラの箱をように開ける。

 

「大丈夫だよ。どこにも行かない。」

 

「よかた!」

 

「ねぇ、澄美麗ちゃんのお父さんってなんでいないの?」

 

「えとね、たんしんふにん?っていうので、とおくにいちゃったてきいた。」

 

(単身赴任か。じゃあいなくて仕方ないか。そういえばもう俺がいること伝えてあるのかな?今度聞いてみよ。)

 

「そっか。ありがと。ご飯だし行こっか。」

 

「あい!」

 

そして澄美麗を持ち上げた俺は、彼女を抱いて下の階へ降りる。降近づくにつれて美味しそうな料理の匂いが強くなる。リビングに行くとそこには焼き目がすごい綺麗な、ハンバーグが並べられていた。

 

「「おおー」」

 

「お、降りてきたかって、陸人くんまだ制服なのか。」

 

「いや、寝ちゃってて…ははは」

 

「まあ、着替えてこい。着替えてくるまでこれはお預けだ。」

 

そう言って俺の分の肉だけ、持っていく杏花さん。悪い笑顔だな〜おい

 

「ああ〜俺のハンバーグ!!」

 

「澄美麗食べていいよ。」

 

「やった〜」

 

「やめるんだ。澄美麗ちゃん。それのだから。秒で着替えてきますから、食べちゃダメだよ!」

 

そう言って俺は二階へ駆け上り、急いで制服を脱いだ。さっきと同じで真っ暗なその部屋はやはり不気味な雰囲気を醸し出していた。澄美麗ちゃんが怖がるのもわかる。でも俺はそれ以上に怖いものを知っているから。その経験が俺の心へのダメージを軽減してくれる。今となっては少しは役に立った経験だ。

 

ハンガーに全部かけ終えて階段を駆け降り、戻ると原型をとどめた状態のハンバーグが残っていた。なんなら誰一人のハンバーグもかけていなかった。どうやら待っててくれたみたいだ。

 

「じゃあみんな揃ったな。せーの」

 

「「いただきます!」」

 

3人一斉に声を出し、そう叫んだ。なんの変哲もないこの瞬間に俺は幸せを噛み締める。それは苦くも奥の方に甘さを感じさせるカカオ70%ぐらいのチョコレートの味のようだった。

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