フランドールの禁断書架   作:サクウマ

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第二十三編:フランドールは繕わない

 よおこそ。

 あら、また警戒の色が濃くなったわね。

 そんな恐れなくてもいいじゃない。貴方を襲うつもりはないということは、何度も言っているでしょうに。

 

 別に、妖怪の皆が皆、話の通じないわけではないの。私達は私達なりの倫理で動いているだけで、脈絡もなく知人に襲いかかるような野蛮な存在ではないのよ。

 そも私達がそんなに低脳ならば、幻想郷の人間の里なんて五年も経たずに消滅している筈でしょう?

 でもそうなってはいないのよ。だからつまりはそういうこと。そろそろ信用してほしいものね。

 

 さて。

 先程、懐かしいものを見つけたの。私が、ひいては私達が、小噺の収集を始めるに至る、その原因となった原稿よ。案外に面白いものが書けたと平行世界の私が言って、案外に面白い物が読めたと今ここに立つ私が言って、それが全ての始まりだったの。

 今見ると拙いところもあるのだけど、それでもお気に入りの一編よ。

 

 お付き合い頂けるかしら?

 ……ええ、ありがたいことね。

 

 登場人妖はいつもの通り。

 能力を拒絶した元サトリ妖怪、古明地こいし。それに引きこもりの吸血鬼、フランドール・スカーレット。この二人よ。

 

 というわけで、是非楽しんで行って頂戴。――『ゆっくりしていってね』。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「フランちゃんって、可愛いよね」

 こいしのそんな言葉が聞こえてきた。

 私は読んでいた本から顔を上げて、こいしの顔をじっと見つめて、ついでに頬を軽く抓ってみて、

「…はあ?」

 ようやく声を上げた。

 

「申し訳ないけど、聞き間違えたかもしれないからもう一度言ってもらえる?」

「うん?だから、フランちゃんは可愛いなって」

 こいしの言葉は、注意深く聞いてもやはり先程と同じ内容だった。つまり聞き間違いではないということだ。

 …はて。

「私が?」

「フランちゃんが」

「可愛い?」

「とっても」

「…どこが?」

「顔とか?」

 私は頭を抱えた。

 何故疑問形?という疑問は置いておこう。こいしは前からそういうやつだ。

 それより問題は内容だ。私の顔が可愛いって?そんなことこの500年少々の妖生の中で一度たりとも言われたことがないのだが。むしろ怖いだの恐ろしいだの鬼夜叉のような顔だというのが一般的な評価だ。年頃の多感な少女に向かってなんて評価だ、あんまりだ。なんて言ってみたところで仕方ないけれども。

 自己評価?吸血鬼は鏡に映らないのだ、察しろ。

 …確かに最近はパチェの蔵書などを漁って可愛い表情とはどうやって作ればいいのか調べ上げ、それを実践に移してはいるが。今のところ私の注いだ努力の量とは対照的に、まるで結果は出ているように感じられないが。それがようやく効果を発揮してきたのかもしれないが。

 ああ、なるほど、つまりようやく効果が出始めたのか。なんて私は思い至った。

「でも私からすれば、お姉様の顔の方がずっと可愛らしいと思うけど」

「レミリアさん?レミリアさんかー…」

 思わずぽつりと漏らしてしまった私の一言に、こいしはうーんと唸って言った。

「レミリアさんの顔はちょっと嫌い」

「嫌い」

「だってあれは誤魔化してる顔だもん」

 あのひと自身は嫌いじゃないけどね、とこいしはにこにこしながら言った。

 なるほど確かにそういえば、こいしは元々はサトリ妖怪だ。その時の感性が残っていたっておかしくはない。

 でも待てよ、と私は考えた。それなら私の頑張って作り上げた表情だって好きだとは限らないのではないか?

 では、それならこいしの可愛いと言ったのは、一体どういった顔だ?

「…こいしは、私のどんな顔を見て可愛いと思ったの?」

 私が恐る恐る尋ねると、こいしはえっとね、と呟いて言った。

「最近はあまり見せてくれないけど、あのフランちゃんが微笑んだ時のギロリと目を剥いてニィと歯を見せつけるような顔が、鬼さんみたいでとっても可愛いと思うの」

「待ってそれ私の知ってる可愛いと違う」

 私は思わず言葉を遮った。

 こいしの言っていることが分からないのはいつものことだけど、今日のそれはとびきりだ。

 地底訛りか?旧地獄の方言では可愛いというのが怖いだか恐ろしいだか格好いいだかの意味を指すのか?いやどんな訛りだそれ。

「だって、その顔が一番、フランちゃんの心に正直な顔だもん」

 私の言葉に軽く首を傾げてから、こいしはそんな風に続けた。

「正直な顔?」

「うん。正直な顔」

 私は少しばかりぽかんとした。

「こいしは、正直な顔が可愛いって思うの?」

「そうよ?」

「…可愛い顔って、どんな顔?」

 私の質問に、こいしはうーんと唸った。

「なんていうか、ほっとする顔、みたいな?」

「なるほど、そういうことなのね」

 私はここにきてようやく納得した。つまりはいつものこいし語だ。普通の言葉のふりをした、こいしの脳内独自の語彙だ。

 古明地こいしは、今でこそ無意識妖怪なんて名乗ってはいるけれど、その根本は心の読めないサトリ妖怪だ。嘘を吐かれるのは、それが言葉でない表情だけのことであっても、とても不快なのだろう。加えて言えば、今は心が読めない分、より嘘の香りが苦手なのかもしれない。

 そうすると、こいしには少し申し訳ないことをしたな、と私はちょっぴり反省した。私がだんだんと顔を取り繕うようになったのを見て、こいしはどう思ったのか。もしかすると、心を閉ざされた、なんて感じさせてしまったかもしれない。

「こいし。貴女の言う可愛いって言葉は、誉め言葉として受け取ってもいいのよね?」

「勿論」

「そう」

 にこにことしながら即答するこいしに、少なからずほっとしながら私は続けた。

「なら私は、こいしの前では顔を取り繕わなくてもいいのね」

 

 こいしは少しだけぽかんとして、それからとびきりの笑顔で頷いた。

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