「ぜああぁぁぁぁぁ―――っ!」
「……脇が甘い」
「わざとっ、ですっ!」
「んっ…!」
またも、早朝に剣戟が響き渡る。二刀のナイフを巧みに扱い、ブラフやフェイントを織り交ぜながら攻めたてるベル。対するアイズはその場から一歩も動かず、ただ淡々と襲い来る斬撃を防いでいた。
両腕を大きく振り切ったベルに出来た隙をつき、的確な刺突を叩き込もうとするが、それは狙いを絞る為に見せたもの。見事誘い込まれたアイズは思わず瞠目した。その間にも、双翼の一撃が迫る。右から迫りくる短刀をひらりと躱し、紫紺の軌跡を描くそれを左腕で防ぐ。
ベルは渾身の一撃を容易く防がれ、ちょっとだけ自信を喪失しそうになる。そして瞬きする間も無く、腹に鋭い蹴脚が浴びせられる。
「ゔっ…!?」
鳩尾に突き刺さった強烈無比な一撃に、嗚咽を漏らしかけるが、ベルは崩れない。どころか、それを見越していたかのように左手の短刀をアイズの顔目掛けて投擲。
最後の悪足掻きかと、顔を傾けて避けるアイズは、横腹へと一直線に突きこまれる黒刃を見た―――。
「はい終わり。流石にこれ以上は看過できないな、僕は」
「アイズさん大丈夫ですか!?」
勝負は決まった。白髪の少年は痣と傷だらけで倒れ伏すが、一方の少女は全く堪えた様子は無い。どちらが勝ったかなど、誰がどう見ても明らかだが、両者の表情はまるで正反対だった。
「まだ…負けてないです」
アイズは終わりの号令をかけた存在――オベロンへと頬を膨らませて抗議するが、まるで意に介さない。
「いーや。最初からルールは決めてただろう?アイズはベルくんの戦闘不能で勝利、ベルくんはまともな一撃を加えたら勝利。今の一手、君は防御出来なかった。もしも同レベル帯…一つ上でも、露出した左脇腹――心臓を穿かれていたよ。今回はベルくんの勝ちだ」
「………」
やはり負けず嫌いなのか、ムッとした顔は崩さないものの、自身もそうだと感じていた。
「ア、アイズさん…その、お怪我は…?」
「うん、大丈夫だよ」
レフィーヤが心配するのはアイズの柔肌。
今のアイズが身につけている装備には、側面は防具はおろか、衣服も着用されておらず、いかにも軽戦士といった雰囲気を醸し出している。
その様な構造になっているので、いくらLvが1とはいえ、その最高峰にまで至っている冒険者による渾身の一撃は心配になるものだ。
しかし、いざみてみれば傷一つない白磁の肌が除くのみであった。
「君は…」
オベロンに抱えられ、ゼイゼイと息を整えるベルを眺める。
アイズは確かに見た。猛烈な勢いで迫る刺突が当たるその直前、皮膚に当たるその前に押し留められたことを。
手加減されたのか。力の差は歴然だというのに。たとえ当たったとして、如何程の傷になろうか。ともすれば安価なポーション一つで傷跡も残らない程の傷が関の山だろう。
もしかすると、そこが強さに繋がっているのだろうか。私には無い、格上の敵対者にも見せる優しさ。うん、聞いてみよう。
「…ねえ、……ベル、くん」
「………???は、はいっ!?なんで名前を!?」
「………嫌だった?」
勇気を込めて呼びかけられたそれにベルは驚きふためく。
アイズからすれば、なんだかんだで親交のある少年へいつまでも『君』呼ばわりでは格好がつかないのと、踏み込んだ質問をする心の現れである。因みにこの呼び方になった原因は、アイズの知る中ではベルと最も親しいオベロンに倣ったものである。
その反応にそれほど嫌だったのかと静かに一人ショックを受ける。
「あっいやっ、嫌だとかそういうのじゃなくて、何で急に言ってきたのかな、と…」
「……仲良くなりたいから?」
「何で疑問形なんですか…?」
やっぱり天然だ…とどこか遠い目で見つめるベルに対し、喉元に置いていた言葉を投げかける。
「ベル…くんは、どうして強いの?」
「うぇっ?」
高嶺の花、目指すべき境地の一つにそう問われて、意味の分からない言語を返すベル。質問の意図が分からなかった様だ。
「え、ええっと…僕は、まだ全然強くないですよ。出来ない事だらけで、いろんな方にも迷惑をかけちゃってますし…」
「……違う」
実際、Lv1ではどれだけ強かろうと、ただそれだけで大多数の中に埋もれてしまう。しかし、アイズはそんな事を聞きたいのではない。強くある精神性に触れているのだ。
「さっき、私に当てないようにしたよね。防御出来てないって分かったから?……手加減、したの?」
バレてたんだ…とバツが悪そうに黙り込むベル。アイズの追求は止まらない。
「君にはそんなに余裕はなかった様に見えるし、当たってもレベルの差がある。…どうして?」
「あ…そのぉ…わ、笑わないでくださいね?」
「うん」
しどろもどろと恥ずかしそうに指を合わせ、上目遣いに口を開く。
「その、女の子だから…ですかね」
「女の子だから……?」
「か、格上の冒険者相手に、そんな事を……?」
「嘘だろ。本気で言ってる。……でも成程、ベルくんらしい」
語られたそれに三者三様の反応を見せる。
困惑、呆れ、納得の三つの視線に晒され、カッと赤面するベル。それに耐えられないというようにペラペラと聞かれていない事まで語りだす。
「だ、だって、おじいちゃんには女の子には優しくしろって言われてるし、アイズさんの肌ってすごく綺麗じゃないですか!も、もし結婚とかする時に、ウェディングドレスも似合いそうなのに、傷なんてつけられませんよっ!?」
兎のように円な深紅の瞳はぐるぐると回転し、プシューと、煙を上げてショートする。
「ア、アイズさんの花嫁姿……」
レフィーヤも吊られ、二人して頬を赤らめて身をよじりだす。結局、肝心な強さの秘訣もよく分からなかったアイズはこてんと頭を倒したのだった。
「ハハハハ、やっぱり君は面白いね」
「ちょっ、笑わないって言ったじゃないですか!?」
「君が言っただけで、僕は誓ってないからノーカンノーカン!細かいこと気にしすぎるとモテないぞ?」
「ズルいですよそれぇ…」
そんな風に戯れる二人の関係を羨ましいと思い、ティオナ達との関係を思い出す。
(そっか…私もこんな風に見えてるんだ)
分かっていたつもりであったが、やはり嬉しく思う。当たり前のように触れていたそれが、何よりかけがえの無いものだと、今更ながらに強く、強く心に染み込んだのだ。
「…レフィーヤの方は、どう?」
ふわふわとした暖かい気持ちに顔を緩め、同じく修行の身であるレフィーヤの成果を尋ねる。
その一言で我に返ったレフィーヤは、恥ずかしげに目を伏せる。どうやら並行詠唱の練習は上手くいっていないらしい。
何故この場で並行詠唱を鍛えているのか、それには三つ理由がある。
まず一つに、ベルを鍛えてもらっているお礼だ。親交が深いファミリアであっても、この様な機会はほぼない。借りばかりを作るのも悪い…というより面子がたたないので、交換条件の様なもの…ということにさせて貰っている。無論、後付けだ。
「いやいや、レフィーヤの筋はいい方だよ。こんな場所で出来る訓練にしてはね」
「そう…、ですか」
並行詠唱の訓練を一体どこで行っているのか。
元々、並行詠唱とは魔法に必要な魔力を編みながら戦闘に意識を向ける高等技術であり、固定砲台である魔法使いが移動砲台に進化する要の技だ。これが行えるというだけで魔法使いの中では相当な上位に君臨している事は間違いなく、当然、彼女の師たる
しかし、高等技術と呼ばれるのには理由がある。
それは単に難しいというのもあるのだが、練習の機会に恵まれないという事でもある。
まず、この世界の魔法についておさらいしてみよう。
魔法とは、下界の種族が持つ可能性の欠片。必殺の一撃にして絶世の神秘。その種類は個人差が激しく、魔法の詠唱、効果は千差万別である。共通点とすれば、基本的に強力な魔法というものは決まって詠唱時間が長く、込められる魔力も多大なものになるという事。
故にこそ、詠唱に時間をかける魔法使いだが、ここで先の並行詠唱が出てくる。
当然、棒立ちになっている魔法詠唱者は狙われれば魔法の維持が出来ず、込められた魔力は霧散し、ただ疲労を増すばかりとなってしまう。
そしてこの際、並行詠唱が出来れば維持することが可能なのだが、これというもの、相当危険な橋を渡っている。
魔力を込め、一種の形として形成する事は非常に集中力が必要で、僅かでも詠唱を噛んでしまったりすると、内の魔力の抑えが効かなくなり、暴発してしまう。
戦闘を継続しようものなら込められた魔力分の魔力暴発が起こり、最悪、死に至る可能性も少なからずある。
つまり、自発的な練習というのは余りにも厳しく、命の危険が伴っている。それに拍車をかけるのが絶対数の少なさだ。
個人的に習得するのは想像を絶する――下手をすればレベルの昇華よりも難しいまである。
その点、同派閥にそれを行えるだけの技量と、それに比した師がいる事はレフィーヤにとっては僥倖と言うべきだろう。
脱線してしまったが、並行詠唱というのは、総じて危険が伴うものである。よって、普通は周囲に危険が及ばないよう迷宮内、あるいは相応のスペースが必要なものだ。間違っても都市の一角で行うことではない。
その筈なのだが…。ここでとある人物と共同開発した魔道具が役に立った。
その名も『
「まあ、もうそろそろ時間だ。ここらで解散ということでどうだろう?」
「はい、まあこのあともあるので…」
「ほら、ベルくん起きろ。挨拶は欠かさずにね」
「あ、はい。今日も貴重な時間を使って頂きありがとうございました!」
「…ううん、こっちこそ。君との訓練も楽しいし、学ぶこともあるから。……バイバイ、ベル……くん」
「あの、言いにくいなら普通に呼び捨てでいいですよ…?」
◇◇◇◇◇
「ん、この感じ…何か嫌な予感がするな」
日が昇り、仕事に奔走する町民の姿がちらほらと見える中、オベロンは呟いた。何気ない虫の知らせ。けれど誰より何よりそれを信じている彼は相棒の名を呼んだ。
「ブランカ。ひょっとしてフレイヤ・ファミリアに動きがあったのかい?」
ふわふわの体を肩に載せ、オベロンは進む。
「うん、うん、成程。オッタルが動いたか…。本来、こういう振り幅が大きい賭けは避けるべきなんだけど…」
脳裏に浮かぶは白兎。尋常ではない速さで成長する幼き英雄の姿。
「いや、ここはベルを信じよう。酷だけど…今の彼のままでは後に訪れるものに対して余りに無力だ。それに、まだ時間はあるさ」
五日…いや四日あればいいほうか…。そう心中に止め、古ぼけた木製のドアを開いた。
それは石造りの粗末な建物で、景観はお世辞にも綺麗とは言えないが寂寥とした気配はない。
ここは、かつての『大抗争』で親を失ってしまった子供たちの孤児院だ。
「やあみんな、僕を待っていたかい?冬の王子、騒がしきオベロンが来たよ!」
「オベロンだ!」「わあー!」「おーい皆ー、オベロンが来たよー!」「今日はどんなお話しをきかせてくれるの?」「ブランカちゃんもいっしょだ!」「今日こそ槍を作ってくれよー」「お空へ連れてってー!」
「わ、わわ。はは、そんなに一変に話しかけられると流石の僕も聞き取れないな。そうだ、みんなにおやつを持ってきたんだ。ちゃんと分けて食べるといい」
そういい、手に持った袋からいくつものメロンを取り出した。それだけで子どもたちの注意は移り変わり、さっと厨房に持っていってしまう。
うんうんと満足気味に眺めるオベロンに一人の影が近づく。
「オベロン様…いつもありがとうございます。それと、子どもたちが失礼を…」
「いや、構わないよ。いつの世だって子供達の笑顔というものは輝いているからね」
「ですが、あなた様は妖精王であらせられて…」
「ううん、いいんだ。もう、僕は王と呼ばれる程でもない。……名前だけの王なんだから。それに、僕は幸福な状態が好きなんだ。虫には綺麗な水が必要なように、妖精はそうでないと生きていけないからね」
すべてを包み込むような慈しみを表に出して、微笑むオベロン。彼等の義母は溢れんばかりの感謝を口にし、オベロンが感謝されているとブランカは喜んだ。
「本当に、なんて
オベロン…なんて良いやつなんだ!
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なんにちもなんにちも何もたべていない虫がいました。虫はずっと我慢していたのです。そんな虫の目の前に、美味しそうなお菓子が入ったバゲットがありました。虫はどれくらいたべたのでしょう?
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