ほい
手加減ベートさん>ヒュアキントス>レベル2上位勢>ベルくん>レベル2初心者
「あ゛あ゛あああああああぁぁぁぁァァァァァァァ――――――ッッ!!」
「…チッ」
ベルの取った最後の手段。それは何の工夫も無い突撃。確かに速い。レベル1の域を明らかに逸脱した加速力。満身創痍の今でこれなのだから、万全の状態ではどれほどの速度だったのだろう。
――だが、舌打ち。彼の体を見れば仕方のない事だが、最早立ち上がれるだけで奇跡。動けるのはあり得ない。しかしそれでも、我武者羅に勝利を掴もうとしていた少年を見ていた彼にとっては残念な結末と言わざるをえない。
「ふっ…!でぇやらぁッ!」
一撃で意識を刈り取るよう構えたベートに対し、向かって走るベルは何もないところで足を大きく振り抜いた。何を、と疑問を口にする間もなく飛来する赤い何か。
「っクソが!」
咄嗟に顔を反らして回避。けれどそれは空中ても不定形に形を変え鼻頭に飛沫が舞う。
それは血液だった。今までに垂れ流してきた己が血を掬い上げて目潰しをしようとしたのだ。
しかしそれも既の回避で台無しだ。策が瓦解した。打つ手はない。それでもまだ――!
「ぜやあぁぁぁぁっっ!」
やぶれかぶれの投擲。死力を尽くしたそれは恐るべき速度、恐るべき精度。寸分違わず目を狙っている。見事なことこの上ない。が、相手はその程度の浅知恵が痛痒する相手ではない。冷めた目で投げられたナイフの軌道を目で追い、焦る様子もなく易易と避けられた。
「甘ぇんだよ」
背後で鳴る音。ベルの手には武器が無い。それでも突撃をやめないのは何故か―――。
「【ファイアボルト】ォォッッッ!!」
「っ!?」
意表をついて飛び出した炎雷。遥かな速攻性の魔法は流石のベートといえどこの距離では避けられず、稲光と豪炎が絶えず襲いかかる。
「【ファイアボルト】!【ファイアボルト】!【ファイアボルト】ッ!【ファイアボルト】ッッ【ファイアボルト】ッッッ【ファイアボルト】ッッッッ【ファイアボルト】オォォォッッ!!!」
「―――な」
「な、成程。そういうわけか。詠唱をあえて言うことで…」
「発射のタイミングと連射性を誤認させる…!」
「さっきのしつこい詠唱と妨害による中断は、この不意打ちの為か…!」
見事なブラフ。成功した作戦の一つを評価する中でわなわなと震える姿が一つ。
「何ですか、アレ。む――無詠唱!?」
他の誰より、その存在を知らなかったが故に叫ぶ。その驚倒は奇しくもベートの抱えるものと同様だった。
眼前の行動に時を止める中、連続して放たれる稲妻形の炎。
連射された魔法は派手な音と効果を伴っており、眩い閃光が絶えず放たれる。
未だかつて見たことがない、存在すら知らなかったその『魔法』。詠唱の無視。『速攻魔法』。弾ける火の粉と撃鉄の下ろされた速射砲。
――出鱈目だ!?
純粋な魔導士であるレフィーヤはそう叫び散らしたくなったが、この戦いを邪魔する程無粋ではない。必死に喉を抑えて飛び出しかけた言葉を呑み込んでいく。
「で、でも武器もないのに何で…」
「…分からない」
そう、少年は魔法を放ちながらも止まる気配はかけらも見せていない。魔法で攻撃したいのなら離れればいいものを、何故だか素手で加速する。それは自殺行為のように思えて仕方がないのだ。
「な、なあ、オベロンくん。大丈夫なのかいアレ。まさかヤケになっているんじゃあ…」
「いや、ヘスティア。今いいところなんだ。……しっかりと目に焼き付けてやってくれ。君の
何だコイツは。
ベートは胸中に吐き捨てた言葉を認めたくないかのように頭を振る。武器を捨て、驚かされたが威力不足の魔法を撃ち続ける姿はヤケになっているのかと落胆したが、それでも諦めず向かってくるのは……。
(まァ、直接殴りにくるか)
その目論見は読んでいる。だが、繰り出される全ての可能性が己を傷つける可能性は万に一つもないと結論は出ている。
無知故の傲慢でなく、強さ故の事実。それを何より分かっているのは目の前のガキの筈だ。
(テメーは俺に傷一つ与えられねぇ)
だが止まらないのは何故だ。素手のテメーに何が出来る。唯一ナイフは異様に硬かったが、それも手放している。迫る稲妻が視界を遮るが、走り寄るベルの気配と匂いは充満している。
先程の血の目潰しといい、この視覚に煩い魔法といい。自分の目を塞ごうとする行動が目立つ。いいだろう。それは成功している。如何に第一級冒険者といえど透視が出切るわけではない。
(バカが…!)
だが、視界だけに頼っている者がこれほどまで強くなれるのか。否、否、否。視界が塞がるだけで戦えなくなるのはそれこそ雑魚の代表例。鍛えられた五感を、研ぎ澄まされた感覚を用いての継続戦闘は必至だ。
そして自分の種族は狼人。獣人の種族特徴として鋭い五感と身体能力が挙げられる。基本的に基となる動物の秀でた能力を持っていることがあり、狼であるからには当然、嗅覚と聴覚に関してはファミリア内でも比肩する者はいない。
当然、ベルの位置は見事に把握されていた。荒れ狂う魔法の中でも聞こえる足音。血まみれの獲物がすぐそこに。
ダッ――。
大きく一歩踏み出した。距離は2Mもない。これで決めてかかるつもりなのだろう。
今までの行動は悪くない。根性もある。だが、ツメが甘かったな。
個人の感想としてはその限りだ。弱いくせによくやった方だが、結局は苦しみを長引かせただけだ。所詮、一矢報いることすら出来ない。
炎雷の内から飛び出した影を嗅覚で捉え、無感動に一撃。これでコイツも終わるだろう。稲妻の壁ごと空間を切り裂き、
「あぁ?」
蹴撃が空を切り、己が蹴り抜いた先に人の影はない。あるのは脱ぎ捨てられたアンダーウェアのみ。
肝心のベルの姿は?
「う、おおおぉぉぉぉぉっっッ!!」
――居た。下だ。
上着を囮とし、足を振り抜かせた。だが、何故、何故今まで捕捉していたものを間違えた?
もう一度確かめ、今更ながらに気付く。
(この野郎…血は最初っから
その瞬間を決して逃さないようにベルは跳んだ。
「ッッ!」
そしてベートの腹へ向けて抱き込むようにして突撃。片足にかかる負荷は尋常ではない。だが、それでも迷宮探索で培った驚異のバランス力を以ってベルの勢いを完全に抑え込み…
バキッ。
金属質の物質が割れ、ベートの体はベルに押されて倒れ込む。
音の出所はベートの鉄靴。カウンターで出来た傷、幾度も打ち付けられた脚撃。そして魔法の乱打。重なる疲労によりメタルブーツは欠けた。その破損はごく小さいものだったが、それは抵抗しようとする体を地へ落とす程度の力はあったらしい。
「やった…!」
「ベートさんを倒した…」
「でも、もう何も……」
レベル1の冒険者が、圧倒的に格上の背に土をつける光景を直視する。今までの奮闘が報われたかのようなその構図。けれど決着は未だ。
一瞬の拮抗もなくベルの体は吹き飛ばされ、ベートは起き上がってしまうだろう。
「ぜぇっやああぁぁぁっっ!!!」
大きく腕を振りかぶる。両腕を合わせてのアームハンマー。けれどそれは時間稼ぎにもならない。無謀な判断に皆が苦虫を噛み潰したように顰める……が、違う。
その手には夕焼けを浴びて紫紺の輝きを帯びたナイフが握られていた。
「あれは!?」
「まだ武器が残ってた…?」
ロキ・ファミリアの二人が溢した疑問を、ヘスティアは真っ先に否定した。
「いや、そんな訳がない!あれは特注品のナイフで世界に一本しかない!あの輝きは、あれは間違いなく、
「成程、糸か!」
「オベロンさん?」
「いや失礼。だが上手い!詠唱のハッタリ、血を使った嗅覚阻害、他の感覚を狙ったのもいい。気づかなければ感覚は封じられ、気づけば乱されている鼻を頼りにするのを分かっていた…!投げた武器もがむしゃらの特攻に疑問を抱かせない為か!それでいて慢心しないで安全策をとっている。初見殺しをここまで積み重ねるとは……!正直、期待以上だ!」
オベロンの頬が熱を持ち、興奮した様子で語る。皆が成程と理解し、決着を見届けようと唾を飲み込んだ。
「クソがっ……!」
ぽたり、ぽたり。
紅い雫が流れ落ちる。
出処は己の腕だった。裂帛の気合いと共に振り下ろされたナイフは、割り込んで入った腕の皮を貫き、肉にまで刃の先端がめり込んでいた。
めり込んだとは言ってもほんの数ミリ。けれどその数ミリが、まともな負傷であることに間違いない。
「【ファイアボ「寝とけ」あっ!?」
そしてその傷口に向かって魔法を放とうとする白兎、血塗れ兎に手刀を浴びせ、戦いは集結した。
倒れ伏すベル。今度こそ意識を失ったのだ。それが分かるや行動は速かった。この眺めていた彼女らは今にも死にかけているベルの容態を確認し、その体に治癒魔法やポーションをかけている。
その光景を尻目に、ベートは腕につけられた小さな痕を眺めた。
(いくら俺の動きが手加減してたとはいえ、身体の強さはレベル以下には出来ねぇ。となるとこいつはレベル5の肉体を殺せる素養がありやがる)
更に加えて、傷口に魔法を撃とうとしてやがった。流石にあれを続けて喰らえばかなりの威力になったことは間違いない。
「チッ、合格だ。そのガキに伝えとけ」
やることはやった。これ以上ここに居座る必要もない。ベートは土を払いのけると、市壁から一飛び。
ベルが自力で起き上がれる様子も無かったので、これで本日の訓練はおしまい。
結果として、ベルは勝った。僅かな傷だが、認めるに足る強さを証明してみせたのだった。
その後の展開として、重傷を負い昏倒していたベルに対して
ベルが目覚めたのは、それから二日後の昼だった。
◇◇◇◇◇
「クソッ、らしくねえ…」
ベートに取ってみれば、ベルは取るに足らない虫だった。己より遅く、脆く、技術もなければ力もない。遥かな格下、必死で考えたのであろう作戦は全て初見殺し。二度と同じ手は通用しない。けれど、諦めなかった。それがベートの計算違いだ。大抵の雑魚はどれだけ威勢良く突っかかってきても、少し手を出せば直ぐにへこへこと低頭する。
その根性が気に食わなく、また同時に仕方がないと諦めていた。だがベルは違った。レベル1でありながらあの蛮勇。一歩間違えれば容易く死にかねないほどの無茶を平気でやってのけた。
「今帰った」
「ベ、ベートさんお帰りなさい!」
仲間であるはずの男から刺さる畏怖の念。弱者を悪し様に言うベートに、絶対に敵わない自ファミリアの幹部に、自らか標的にならないようにと怯えて接する。
「チッ」
あの門番の男のレベルは2。ベル・クラネルより場数を踏み、ベル・クラネルよりも上質なサポートを受け、ベル・クラネルよりも仲間に恵まれ、ベル・クラネルよりも恵まれた立場を持っている。
それほどまでに環境の違いがありながら、この体たらくだ。きっとこの男はベル・クラネルの足元にも及ばない。精神的な部分はもちろん、戦闘面でも負けるイメージが微塵も湧かない。
強者と強者の嘲笑に抗い、弱者の咆哮を上げる存在。それと比べればファミリアの一部の奴らが酷く情けなくみえて仕方がない。吠えることも出来ないのなら、何で冒険者になったんだ。
…………あの時、俺が諦めずに、ベル・クラネルと同じように、我武者羅に突き進んでいれば…せめて、あいつだけでも……。
(……馬鹿が。今更後悔したって遅え。今の俺の感情は、今の俺だけの物だ)
そんな忸怩たる思いを振り払い、廊下を進んでいると主神が前から現れる。
「おー、ベートお帰り!どや、今から遠征前の景気づけに秘蔵のソーマでも…」
「煩え、それは自分が飲みてぇだけだろ」
手に持つ酒瓶に呆れ気味に視線を落とす。思えば歩いてきた方向は食料庫であり、自室のコレクションとは別に持ってきた代物だろうと辺りをつけた。
「あら、バレた?ってベート怪我しとるやん。どしたんそれ。今日はダンジョン行ってないんやろ?」
神の前では嘘はつけない。少し答えに詰まったベートが何とか搾り出した言葉は一言。
「……ケンカだ」
「ふーーーん……へぇー。ほーう」
「ンだその顔は…うぜぇ」
「またまたー…ってホントかい。ま、ええわ。そんくらいの怪我なら低級ポーションでええやろ。取ってきてやろか?」
「いや、いらねぇ」
それだけを告げると、足早に訓練場に向かっていった。その傷を与えた者を称えるように、堂々と曝け出しながら。
実はベートさんには隠された悲しい過去が……。
感想、高評価をお待ちしております!
なんにちもなんにちも何もたべていない虫がいました。虫はずっと我慢していたのです。そんな虫の目の前に、美味しそうなお菓子が入ったバゲットがありました。虫はどれくらいたべたのでしょう?
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たべていない
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