というか、『弊ウイポ世界の競馬掲示板』を読んだ人向けの前日談。
それは、遠い遠い夢の話。
少年はある日、ある夢を見た。
気づけば、競バ場と思わしき場所が広く眺められる関係者席に、彼は座っていた。
ターフにも、関係者席の辺りにも人やウマ娘はおらず、競バ場は静寂に支配されている。
少年の心境に寂しさという陰りが覆い始める。
と、そんなときだった。
「ん? きみは? どこからここに入って……」
いきなり現れたのは、袖が青く、ふたつの緑の横線が入った紫の服と、真っ白いズボンに身を包んだ、オールバックがよく似合う五十台と見られる男性だった。少年を目の当たりにした瞬間、彼は言葉を詰まらせた。
男性は目をぱちくりさせ、眉間を指で抑える。
「……まさか、な。そんなはずは……」
熱くなる涙腺を必死に抑制せんと、目を瞑る。
少年は怪訝そうな眼差しで、そんな行動を観察していた。
約十秒くらいの沈黙。それを破ったのは、意を決して口を開いた少年だった。
「……あのー、どちらさまで?」
「それはこっちの台詞でもあるよ」
「……黄添。黄添宗太郎っていいます、けど……」
恐る恐る、怯えながらも少年――宗太郎は自身の名を明かす。
「黄添……? ……いま、黄添と!?」
男性はかなりの興奮状態に陥っており、思わず宗太郎の肩を掴んでしまう。その行動でハッと男性は我に返る。
「ご、ごめんな。怖かった、よな?」
「……は、はい……」
と、すっかり怯え切った宗太郎に対し、男性は頭を深く下げる。
しかしそれでも、宗太郎の顔色から恐怖は消えなかった。
「……先に名乗らせたのも申し訳なかった。俺も名乗るよ。
俺は柴義富。中央で騎手をやってんだ」
「……すみません。聞こえなくて……」
「柴義富。中央で騎手を……」
「すみません。本当に聞こえないんです」
「……そういうことか」
男性が名乗る名前と役職。それが少年にはノイズ混じりの壊れたラジオのように聞こえ、思わず耳を塞いでしまう。
それを察したのか、男性は考え込む。
ポンと突然、男性は手を叩く。
「そうだ! せっかくだし、外に出てみない? ターフの上ってのはとても気持ちいいよ」
男性の提案に対し、宗太郎は恐る恐る首を縦に振る。
「ようし! んじゃ、行こうか!」
ターフを駆け抜けていくのは、一筋の突風。
目を輝かせて、宗太郎は周りの景色に見入っていた。
「ハハッ。いいとこだろ? 自慢なんだが、俺はここで
あいつ、という単語に宗太郎は疑問符を浮かべる。
「……あいつのことが気になるか? とても残念だが、ここじゃあ話せん。すまんな」
懐かしいな、と男性は漏らす。
「――こちらも懐かしい面子が揃っていたようだな。なあ? ヨシトミ」
ザン、と芝特有の軽い足音を立てて、『それ』は宗太郎と男性の前に現れた。
炎を彷彿とさせるような紅色の長髪をたなびかせ。
ルビーの如き美しさを誇る双眸が、刃物のように鋭い目つきで宗太郎を睨めつける。
――異様な雰囲気を醸し出す、『ウマ娘』だった。
服装は袖が右腕しかない紅色を主体としたもので、肝心の右袖には青と緑の横線がひとつずつ入っていた。
男性は声を震わせながらも口を開く。
「……本当に
「ああ、そうだ。お前の愛バだ。なぜか知らんがこの姿となっている」
嗚咽しそうになるも、それを圧し殺し、男性は腕で目元を拭う。
「そこのお前」
「は、はい……」
「――――ッ。まあいい。なんでもない」
ウマ娘の表情が歪むが、それは一瞬だけですぐに先ほどのなんの感情もない無表情に戻る。
「むっ。そろそろ刻限か。姿を現したばかりだというのにな」
口惜しそうにウマ娘が言うと、空に大きなひびが入り始める。
「――少年」
「えっ、あっ、はい……」
「お前とはまたいつか、会えそうな気がする。そのときまでこの縁、忘れるな」
ウマ娘が宗太郎に背を向けて歩き出す。
と、そのとき。男性が決心したような表情を浮かべ、少年に頭を下げた。
「あいつのこと、俺の代わりに頼みます」
どこか重みのある言葉を添えて。
そして――世界は砕け散った。
――データがアンロックされました。
――■■■■■■との縁が復活しました。
――データを引き継ぎます。
――ステータス引き継ぎ、完了しました。
――縁の引き継ぎがエラーにより遅れます。
――記憶の引き継ぎがエラーによりできません。