戦場。それがどういった物なのかを知る者は
それは、トリオン兵と日夜戦い続けているボーダー隊員も例外ではない。
当たり前であろう。何せここは秩序が、平和が保たれている。
今の時代は燻る炎は有れど、それは大きなうねりを伴う事は殆どない。
そうでなくとも、この世界の我々という種族は本能という原始的欲求を拒み、捨て続けてきた。
だから本来、野性の動物であった我々人間にはなくてはならないモノは欠如し、それ故に自然との一体化から脱出を試み、摂理への反逆を企てた。それら全てを行っていった。
我々はそれを進化という御大層な名称で片付けた。
その過程で捨てた
然れど、ああ、成る程、進化というのは存外に否定してはならない。確かに、我々は捨てるものは捨ててきたが代わりに得たモノもある。
それは理性という怪物。何者にも侵害出来ず、説明もつかない存在。我々はこれを得て現在を創造してきた。その瞬間我々はヒトから人へと成ったのだ。
だとするならば…もし、原始より存在する偉大なる
きっと恐らく、こう解釈される。全知全能を司る完全なる存在、神と。
(何なんだ、コイツはッ!)
(何故、何故攻撃が当たらない…)
自身とミラの混合攻撃を何食わぬ顔で余裕を持って回避する黒木に戸惑いと怒りを覚える。
たかが五分。短い時間で敵の攻撃を回避し続けるというのはそこまで難しくはない。単純に相手の攻撃可能な範囲外に逃げ込めば良いからだ。
しかし、然れど五分。それは相手と大きく実力が離れており、尚且つ相手の事を詳しく知っているという前提がある。
「
「おっと、危ない危ない。」
完全な死角からの音のない攻撃を黒木は
先ほどからこのようなことが永遠と続く。そしてハイレインは思考する。
(奴は我々がどの様な攻撃をしてくるかが分かっている。)
(それは別に変ではない。能力事態は見せていた。だから、情報が行き渡っていても不思議ではない。)
思考をしながらも相手に隙を見せずに立ち回れているのは、ハイレインの実力が高いことを雄弁に語っていた。
(だが、そうだとしても此処までになるのか…)
ハイレインは黒木の実力は自分…いや、ミラを含めてたとしても上の段階に居るのではと考え始めていた。
(だとすれば…)
「ミラ。」
自身の優秀な駒に呼び掛ける。彼女はただ返事する。
「次で決めるぞ。」
これ以上此処で時間を使う訳にはいかないため、二人はある種の覚悟を決めた。それは相手を刺し違えてでも倒そうとする意志。自爆覚悟の特攻。
(コイツは此処で倒さなければ、大きな災いとなって訪れるやも知れない)
(こちらのトリオンはまだ余裕がある。そのうちにこの男を倒しきる)
そう覚悟してハイレインは蜂や鳥、魚などを自身の防御に使う分までもを黒木に向けた。そしてミラはそれをワープで飛ばし、牽制も行う。並みの隊員どころか、熟練した隊員だとしても防ぎ、回避することは出来ないそれは、さながら一撃必殺の弾幕であった。
しかし、黒木は此処まできても余裕を保っていた。
「よい…しょ!」
自身に迫るアレクトールで造形された生き物達を空中へ跳ぶ事で避ける。
しかし、逃げた空中はスピラスキアの庭であった。
空間に現れる歪み、黒い穴。それは黒木を取り囲むように生み出され、さながら鳥籠のようであった。
「うおっ!」
流石の黒木もこれには焦りを覚えた。だがこれも両手のブレードでスピラスキアをいなしてやり過ごす。黒木はいなす衝撃で横へと逃げる。
(良し、逃げ切れ…っ!)
掛かった。ハイレインはそう思った。
そこにはアレクトールの生き物達が包み込むかのように待ち構えていた。
(嵌められたっ!)
即座に自身が相手の手のひらで踊っていた事を自覚する。
仕方ない、そう思い両方のブレードの刃をスラスターのシールドのように拡大する。それはブレードを犠牲にしてでも己の身を守るための行動であった。
そして、衝突する。ブレードは黒木に差し迫る危険を受け止めたが、見るも無惨なグチャグチャな形に変質していた。
黒木はそのまま落下し、地面へと着地した。
(良しっ!)
表情を変えず、その光景を見ていたハイレインは内心喜んでいた。
それもそうだろう。相手は自分達の攻撃を回避し続け、戦うというよりも、時間稼ぎに身をおいた立ち回りをする目の前の怪物、その武器を使えなくした事が成す意味はとてつもなく大きい。
(出来れば奴の足もしくは腕も使えなくしたかったが、これはこれで良い)
高望みはせず、最低限の成果に納得するハイレイン。傍らに居るミラの表情にも少しだけ余裕を感じた。
「さて、
ハイレインは黒木を見下し、強かに告げる。しかしそこには油断はなく、直ぐにでも迎撃して倒す体勢を整えていた。
「…成る程。確かに詰みだな。」
黒木はハイレインを見ずにうだつを下げて返答する。
「でもそれは、負けという訳じゃない。」
ハイレインとミラはその言葉に寒気を感じた。
(な…なんだ、この雰囲気は)
武器を失い、恐らくは内包されているトリオンもギリギリである目の前の
「此処まできてハッタリを言うのか。」
ハイレインは声を大にして黒木に問う。
「ハッタリじゃないさ。俺が言いたいのは、お前らが
黒木は顔を上げてハイレインを見る。ハイレイン、そしてミラはどちらも困惑した顔で黒木を見ていた。
「理解出来てない顔してるな。ならもっと分かりやすく言おうか。」
「俺は確かに詰みだ。言い換えれば、一手遅かった。」
「けれども、お前らは
分かったかと黒木は淡々と声色を変えずに告げた。
「何を馬鹿なこ…」
何を馬鹿な事をと言おうとしたハイレインは黒木の手にある先ほどのブレードと違う形のブレードを見て言葉を失った。
(な、何故っ!)
ハイレインは初めて顔を歪めた。苦汁を飲んだかのような顔わする。
「何故って顔してるな。教えてやるよ。」
「俺はただのトリガー使いでも黒トリガーの使い手でもない。」
そして黒木の発言に今度は訝しげになるハイレイン。
(何だと、だが奴のトリガーは通常のモノとは明らかに違う。黒トリガーでなければ何だと言うんだ…)
ハイレインは戦いの中で黒木が只の通常トリガーの使い手ではないと感じていた。そもそも通常のであれば、あそこまで攻撃は受け続けれない。必ず壊れるはずだと思っていた。それは隣に居るミラも同じであった。
「俺は
「か、カオストリガーだと…!」
ハイレインとミラは驚愕する。そんな空想上の産物が本当に実在していたのかと。そしてとある可能性に思い至る。
(だとするならば、奴の言うこちらの二手遅いというのは…っ!)
「ミラっ!」
横の
「遅いよ。」
黒木は一言呟き、その瞬間
「なッ!」
ミラは理解出来ていなかった。何故自分の腕が跳んでいるのかを。
「もうお前らは終わりだよ。」
「
黒木はトリガー名を言い、未だ動揺するハイレイン達を見る。
「さあ、始めるか。」
黒木は一本のブレードを構えて、今度はお前の番だと言うようにハイレインに向かっていった。
その表情には肉食獣が草食獣を狩る時のような本能が理性の元でコントロールされている様に見えた。
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