全身を焼く激痛、宙を舞う浮遊感。
頭から地面に激突する前に両手を地につき、身体を捻って両足を着地させ四肢全てで踏ん張り制動をかける。
「……あっぶな……」
チラリと後ろを見れば、微かに震える自身の足はしっかりと崖側ギリギリで止まっていた。
「シャァァアア!!」
正面を見れば、炎に焼かれのたうち回る黒いバケモノとそれに振り回される白き巨漢。
炎が弱点だと判断し繰り出した私の、文字通り捨て身の自爆は確かに効果的にその異形の身体を焼き、しかし致死には至らなかった様だ。
「………マジかぁ…」
震える身体に鞭打ち立ち上がる。
今は自分を吹っ飛ばした余韻に浸る時では無く、恐らく虫の息であろう相手に止めを刺さなければならない。
こちらも一撃でも擦れば力尽きる。正に首の皮一枚、吸血鬼でなければ動けないどころかそのまま衰弱死確実のジリ貧。
浄化マスクを外し疾走。
こちらに気づいたグンダが異形化した腕を叩きつけてくるが紙一重で回避、お返しに手の甲を踏み付けバルディッシュを深く突き刺し地面に固定する。
「!!!」
黒い化け物部分が怯んだ隙にグンダ本体の顔面に火炎壺を投擲、目眩しの効果を確認する事無く背後に回る。
間髪入れずにソウルから折れた直剣を取り出し、渾身の力で膝裏に突き立てる。
「グォ…!」
グンダの体勢が完全に崩れたは良いが、グンダが膝をついた拍子に折れた直剣を手放してしまう。
これで私は丸腰………
なんて事は無く。
「シャァァアア!!??」
突然地面から生えてきた特大の刃に貫かれ、グンダの化け物部分が悲鳴を上げる。
その刃は地中を経由し私の背後、私が羽織っている外套から伸びる2本の帯に繋がり、また外套の首元から展開されるマスクとも繋がっている。
"
「ガァァァアア!!!!」
私が最後の操作を行う事でこの牙装の真の機構が展開、主軸となる刃から無数の刃が枝分かれし、突き刺した獲物を内部から引き裂き血の花を咲かせる。
牙装によって吸い上げられた血を飲み込む。
ヤバそうなモノに寄生されてる上に、寄生しているっぽい方の血である為にかなり抵抗があるが、あえて飲み干す。
というのも、どうやら不死人になっても吸血衝動は消えないらしく、少しであるが渇きを感じていたのだ。
「………なんとも無いかな?」
牙装を待機状態に戻せば、化け物は吸い込まれる様にグンダの中へと戻り、グンダの身体も白い光の粒子となって溶ける様に消えていく。
消えてはいるのだが…
「……やっぱり、人だった」
吸血鬼の身体、正確には吸血鬼の元となる寄生生物は、人間の血でしか満たされない。
吸血鬼から転じた
しかし、このグンダの血は人間の血として受け入れられ、吸血鬼の渇きを癒した。
この世界の不死人は、亡者とは、どこまで行っても"人間"なのかも知れない。
そう、根拠のない事を考えつつ手放した武器を回収する。
地面に固定した後、よほど強い力で外そうとしたのか、やや遠くに弾き飛ばされていたバルディッシュは、刀身が少し曲がっており無理はさせられない状態だった。
グンダが消滅した後、まるで始めからそこにあった様にしれっと出現している篝火を点火し、エスト瓶を炎の中に投げ入れ地面に腰を降ろす。
エスト瓶は篝火の炎を液状化させて回復薬を作るようで、篝火の炎に突っ込んでいるだけで中身が補充される。めっちゃ便利。
「あ"あ"ぁ"ぁ"〜!死んだかと思った〜〜!」
精神的な疲労を感じその場で寝転ぶ。
すると、私の横に半透明の騎士っぽい人が現れ、篝火を前に座りこむ。
「ウェ!?」
驚いて身体を起こすと、騎士っぽい人は初めてこちらを認識した様にビクリと身体を仰け反らせ、次に親指を立てた拳を突き出してくる。
リアクションがデカイ上にサムズアップとは、なかなか愉快そうな騎士さんである。
「え〜っと、はじめまして〜」
手を振りながら挨拶をすると、手を振り返してくれた後に叫ぶ様なジェスチャーと、首を振りバツ印を作るジェスチャーをしてくる。
おそらく、互いに声が認識出来ないのだと伝えたいのだろう。
「会話出来ないのは不便だねぇ」
大袈裟に溜息を吐いてみると、言いたい事は伝わったのか頷いて共感を示してくれる。
本当に人が良さそうな透明騎士さんだが、彼は一体何者なんだろうか?
気になって観察してみると、ソウルから取り出したらしいエスト瓶を篝火に置き、腰に帯びていた剣の手入れを始めた。
半透明な事から、ファンタジーにつきものな幽霊的な何かだと思っていたが、妙に生活感のある行動に考え直す。
「エスト持ってるし、お仲間…?」
目の前の騎士さんの存在に頭を悩ませていると、武器の手入れが終わったのかエスト瓶を回収し立ち上がる。
「あ、バイバイ!」
立ち去ろうとする姿に手を振れば、手を振り返した後姿を消してしまう。
本当に何だったんだろうか……。
「考えても分からないし、私も先に進まないとね!」
エスト瓶を回収し立ち上がり、無駄に存在感のある巨大な門へと向かう。
「さて…これが鍵だよね…?」
グンダにブッ刺さっていた捩れた剣をソウルから取り出し、巨大な門の鍵穴を探す。
探すが…
「………鍵穴、無くね?」
魔法の鍵的なヤツかと捩れ剣を押し当ててみるが変化無し。
ヤケになって叩きつけても弾かれて終わり。
「開かねぇ!!」
ムキになって蹴りを入れると、ほんの僅かだが扉が動いた。
「………あれ…これ開くの?」
両開きの門に手を付き力を入れると、
「
ガッカリとはするが、大事な物であるというのは何となくわかるので、ソウル化してから先に進む。
門の先に進むと、風化した石階段のある坂道があり、その先にはボロい石造りの建物が見える。
入り口らしき所の燭台に火が灯っているため、近くにまともな人がいて手入れをしている可能性がある。
まぁ、あくまで可能性であり、篝火の様な消えない炎であったり、亡者が昔の習慣通りに火を灯している可能性もあるので気は抜けないが…
「はぁ…」
折れた剣を手に階段を登る。
グンダとの戦闘でイカれた可能性のあるバルディッシュを使う訳にもいかず、とりあえずでコレを握りしめているのだが、正直不安しか無い。
「「ギャァ!?」」
地面から生えた無数の刃に惨殺される亡者から血を吸い上げつつ、墓石の影に隠れて周囲を観察する。
まともな武器が牙装しか無い以上、直接戦闘は避ける必要がある。
そのためにはこの牙装、アイヴィ型牙装と呼ばれるタイプの牙装に頼る他無いだろう。
吸血鬼の第二の牙、吸血牙装にはオウガ、スティンガー、ハウンズ、アイヴィの4種類があり、それぞれが異なる性能を持つ。
中でも、私の持つアイヴィ型牙装は範囲攻撃能力と練血の補助、軽量さに優れており、しっかりと吸血機構を地面に突き刺さなければならないという制限があるが、地中を通して広範囲へ刃を伸ばし任意の場所に剣群を生やす事が出来る。
隠れながら牙装で亡者を血祭りに上げ、探索は後回しで目の前の建物へ向かう。
真っ直ぐで決して長く無い道であったため、時間をかけずに建物の入り口へと辿り着いた。
「わぁ……」
入り口から中を覗き込めば、真っ先に目に飛び込んで来るのは階段状の段差に立ち並ぶ巨大な玉座。
燭台の炎と遥か高くの天井に空いた穴しか光源の無い薄暗い室内でなお、歴史と威厳を感じる圧を放つ5つの王座に圧倒される。
【火継ぎの祭祀場】
六四様、誤字報告ありがとうございました!