リバースド・エルム (試作)   作:飽和水溶液

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② 過去の自分とペンダント

さて、検査が終わったわけだが。これからどうするのかは全く知らない。

「今から何するんですか、って言おうとしたろ?」

「......してませんけど。」

「今から行くのは、日照のチームメイト、同じエルムを目指す仲間のとこだ!」

「え、僕だけじゃないんですか?」

「え?おう、そうだぞ。」

よくよく考えたら、こんな広い施設に僕一人ってのもおかしい。馬鹿か僕は。

「あ、ペンダント。」

「え?」

「検査したところに置いてきちゃった!ちょっと取りに戻るから、そこの廊下の端っこで待ってて!」

鍛藤さんがダッシュで戻る。めっちゃ足速いな、あの人。思わず呆気に取られる。そんな鍛藤さんを見送った後は、暇でしかなかった。やることもないし、昔のことでも考えてようかな。

 

ペンダント......。貰ったのはいつだっただろう。

 

「ママ!なにこれ!」

「これはね、パパの一番大事なペンダント。綺麗でしょう?」

家のリビング。ソファに母さんが座って、その温かい膝の上に僕がいる。

「見して!」

「あっ!コラ!勝手に触っちゃダメでしょう?」

「はぁい。」

確か...あの頃のペンダントは...赤っぽい黒色をしてたような気がした。気のせいかもしれないけど。

「あ、パパ!」

「パパ、お帰りなさい。今日もお仕事お疲れ様。」

笑顔が見える。少し上がる口角と左側のえくぼが見える。それ以外思い出せなかった。でも、温もりを感じる、泣きたくなるほど優しい笑顔だった。

場面が変わる。家の台所には母さん。野菜を切っているが、かなり不揃いだ。僕はダイニングテーブルの横で小さくなっている。

「ママ、パパは、どうなっちゃうの?」

「.........」

「ママ...」

「うるさい!!!」

ガシャアン パリィン ドォン

様々な衝撃音が響く。母さんが物を投げ、壊してる。この時の母さんは悲しいような苦しいような、泣いてるのか泣いてないのか分からないような、そんな表情をしていた。

「パパは帰ってくるの...?」

「アンタは黙ってなさい!!!」

母さんの手は止まらない。僕は震えて動けなかった。

「こんなものも......いらないッ!」

母が投げたのは。

「あっ。」

考える前に体を動かした。床に広がる皿の破片も、尖ったコップの断片も気にせずに、飛び込んだ。

「うわっ!」

僕の小さな手は、そのペンダントを掴んでいた。

「あっ......日照!」

「ママ、落ち着いてよ......これ、パパの大事なペンダントって言ってたじゃん......フゥ...」

僕の背中には皿のカケラが刺さっていた。内心かなり痛かったが、今ここで泣いてしまえば、また母さんの負担を増やしてしまうと思い、歯を食いしばった。第一、ペンダントが壊れるより、自分が傷ついた方がまだマシだと思っていた。この時のペンダントは、深海を思わせるような漆黒だった。

「日照、ごめん......」

「大丈夫!エヘヘ...」

そして、この三日後。失踪した父を探しに、母は出かけに行く。

玄関の扉が映る。垂れ目な母さんの笑顔が目に映る。想像の中で、音の出ない声で、こう叫ぶ。

「行かないで、母さん!」

無情にも出発の準備は済んでしまった。

「日照、ママ、パパ連れて戻ってくるね?」

「わかった!どれくらいに戻ってくる?30分?1時間?」

「ん〜、もうちょっとだけかかるかなぁ、でもすぐ帰ってくるよ!」

「でも、一人怖いよ。トイレ行けなくなっちゃう。」

「んー...じゃあ、これあげる!お守りだよ!はい、どうぞ!」

「これって、パパのペンダント...?」

「うん!きっと怖いことがあっても、このペンダントの中にいる魔法使いが助けてくれるよ!」

「まほうつかい?」

「そう!凄い魔法をつかって、きっと日照を守ってくれるよ!」

「......うん、わかった!」

「じゃあ、行ってきます!」

「いってらっしゃい!」

行ってきます。彼女のその元気な声が最後になると知っていたら。もし知っていたら、きっと母さんの腕に噛みついてでも引き戻しただろう。過去のことを悔やんでも仕方ないが、悔やむしかない。悔やむことしかできることはないのだから。そうして、僕の母さん、灼熱 陽子(しゃくねつ はるこ)は病にかかって亡骸と化すのだった...。

 

「日照くん?どうした、どっか痛むかい?」

「あっ、え?いや、何でもないですけど。」

「泣いてるぞ?ほんとに大丈夫か?」

「え」

涙が頬を伝っていた。濡れたほっぺたを右腕でぬぐった。てゆうか、いつの間に戻ってきてたんだ。前もそうだったけど、一旦物を考え出すと、他のことに気づかなくなってしまうのかもしれない、僕は。

「とりあえず、はい、ペンダント。」

「あっ、ありがとうございます。」

「このペンダント、変わってるよね〜。何かの宝石かな?真っ黒だ。」

「昔はもうちょっと赤黒かったような気がしてたんですけど。」

「あぁ、そうなんだ。こんだけ大切に持ってたら、きっと日照くんの父さんも喜んでいるよ。うん、ちゃんと見守ってくれてるよ。」

「はい... 。」

そういえば、父の安否も分かっていない。今父はどうなっているんだろう。父は...何で失踪したんだろうか。

「父は...エルムだったんです。」

「あぁ、よく知っているよ。警察の方から聞いたからね。あの頃は有名で、たいそう活躍してたな。えーと、“ブレイズ”って名乗ってたっけ。彼の本名は何ていうんだい?」

「灼熱 焔(しゃくねつ ほむら)。」

「ふーん、かっこいいじゃないか。」

他愛もない話をしながら、目的地は近づく。

「日照くんって、母のことは“母さん”って言うけど、父のことは”父“って呼ぶんだね。」

「あぁ、そうですね。父はエルムの仕事が忙しかったから、家にも全然帰ってこれてなくて。呼ぶ機会が少なかったんです、“父さん”って。」

鍛藤さんが話をしてる最中に急に足を止めるから、よろけて転んだ。あぁみっともない。

「着いたんですか?」

「そう、ここが君の住む部屋。」

ドアを開けるとそこは、まるでホテルのようだった。いい匂いがする。入ってみると高級感の漂う部屋だった。ベッドは備え付けで、ふっかふかだ。快眠できそうだ。トイレとユニットバスは別で、個人的にはかなり嬉しい。ベランダもあって、奥の方に街が見える。テレビもあるし、暖房付きエアコンがある。キッチンがあるから、自炊もできる。料理する気はないけど。そして何より、広い。広すぎる。五人で住んでもゆったり暮らせそうなレベルだ。ここまでいい部屋なのに、家賃は払わなくてもよいなんて、こんな物件はどこの不動産屋を探しても見つからないだろう。

「ほんとに家賃はいらないんですか。この部屋住めるなら、多少バイトとかはしますけど。」

「いいんだいいんだ!そんなバイトなんてしてたら、エルムになるための特訓に支障が出ちまうだろ?」

「?」

「特訓は、その辺のバイトなどとは比にならないくらい疲れるぞ?」

「そ、そうなんですか...。」

まあ何にせよ、こんな部屋に住めるなら、どんな仕事も頑張ろうと思えた。

「あ、この後の予定なんだけど。」

「はい。」

「今が午後5時半だから、」

「え、もうそんなに経ってるんですか。警察の車乗ったのが朝の7時ですよ。」

「うわ、朝早いな。キツいだろうなぁ。」

「はい。」

「アハハ」

ダメだ、この人と喋ると楽しいから、話の趣旨から逸れる。

「予定...。」

「あぁそうそう、えーっと午後の7時から臨時集会だ。自己紹介の準備だけしておいてくれ。6時55分くらいにメインホールに来てくれ。」

「はい。」

「あ、あと、自分のエレメントに名前つけておいてね。自己紹介の時に発表してもらうから。“体温”だとなんかダサいだろ?」

「あぁ、わかりました。」

「じゃあまた後で!」

「はい。」

名前かぁ。どうせならカッコいい名前をつけようと思うけど、「ダークネスフレイム」だとか「ヒートブラスト」だとか、何だかどっかの漫画の最強主人公が出してる、演出の随分凝った必殺技みたいだ。そもそも「リバースファクトリー」って名前も相当ダサいけどなぁ。どうしよう名前。エレメントの名前かぁ。結局決まんないし、「灼熱」とかにしとくか。なんかそれっぽいし、エレメントの名前と一緒に、苗字も覚えてもらえそうだ。

 

「そろそろか」

現在、柱時計は6時52分を示している。今時、柱時計を部屋に置いてる10代も少ないだろうな、とか考える。あれ、エレメントの名前何てつけたっけ。ダークネスフレイムだっけ。あ、違う、“灼熱”か。危ない危ない。さて、メインホールへ向かおう。

「あ、道わかんねえ。」

構内の地図を見てみたが、わからない。着いたと思ったら、食堂だったし、迷い迷ってなぜか部屋に戻ってきちゃったし。あぁ、どうしよう。

「あ、いたいた。日照くんかな?」

「あ、うん。君は?」

「僕は氷霧 水斗(ひぎり みなと)。メインホールはこっちだよ!」

「あ、ありがとうございます...」

「アハハ、敬語使わなくていいよ!水斗って呼んで!」

「......水斗.....くん...」

「堅苦しいなぁ、日照くんは!アハハ」

水斗くんは明るいなぁ、と思った。そう思ったのと同時に、あの頃の両親の明るさとリンクした。泣きそうになりながらも、僕は水斗くんに連れられて、メインホールへと向かった。

 

 

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