「(おかしい……)」
「おはようエアグルーヴ 今日の仕事はめっちゃスムーズ〜 ♪」
「(おかしい……!)」
「エアグルーヴ無反応 すなわちスルー? では無くクール 〜♪」
「(会長はどうしてしまったのだ……!!)」
『シンボリルドルフと言うウマ娘はダジャレ好き』
これは誰もが知る周知の事実だ、ダジャレを言われても気づけない私は毎度毎度そのせいで自己嫌悪に陥りやる気を下げてしまっている……だがそれは別に良い。私がもっとダジャレを勉強して気づけるようになればいいだけだ。
だが……だが、この状況は一体なんなんだ!!
「昨日の宝塚記念のゴールドシップの出遅れにはビックリしたよ 余りの衝撃に心が凍るぞショック 〜♪」
文字では非常に伝わりづらいのだが、会長はリズムに合わせて歌うように先ほどからダジャレを言っているんだ。
歌うように、と言ってもそこにメロディ感は無くリズムに乗せるように……そう、私に対して語るようにダジャレをぶつけてくるのだ! 元の……普通にダジャレが好きな会長に誰か戻してくれ!!
「カイチョ────!!!」
突然ドアが開かれ部屋中に響き渡る元気な声。こら! ちゃんとノックをし……いや! 今はそれどころではない!! テイオーなら会長を元に戻せるかもしれない。
「テイオー、良い所に来た! 先ほどから会長の様子が──
「カイチョーは今日も快調? ボクはカラオケで歌ってストレス解消して最高 〜♪」
「これはこれはテイオー 私も気分は最高 でもその理由は内緒 〜♪」
「 」
なんなんだこれは……テイオーになんとかしてもらおうと思ったら、まさかテイオーまで訳の分からないリズムに乗ったダジャレ語りを………………どうすれば……
私は両手で頭を抱え、どうすれば今の状況を打破できるか必死に考えた。しかし考えれば考えるほど、答えは袋小路だ……!
「や…………」
「や?」
「矢がどうしたんだいエアグルーヴ? 矢はアローすなわち──
「もうやめてくださいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!! 訳の分からないダジャレをおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
────────────────────
私の心からの叫びが通じたのか、会長もテイオーも元に戻ってくれた。一体2人に何があったんだ……ちゃんと原因をハッキリさせなければ。
「ヒップホップ? ラップ? ……一体なんなんだそれは?」
「え〜! エアグルーヴ先輩知らないの? ヒップホップは音楽ジャンルで、ラップはリズムに合わせて韻を踏んでメッセージを伝える歌唱法だよ」
「ますます分からないのだが……韻を踏むというのがダジャレの事か?」
「韻を踏むのとダジャレは違うよ!! 一緒にされやすんだけど、韻はダジャレと違って母音だけ合わせれば良いんだよ。あと何よりもラップで大事なのは、メッセージ!」
この後テイオーから、みかんを例にダジャレと韻の違いのレクチャーを受けた。
(ダジャレ)アルミ缶の上にあるみかん
(韻)高温部屋に放置のみかん 放棄により腐敗このままじゃいかん
ダジャレの場合『アル
韻の場合『高温部屋に放置の
そしてメッセージに関してだが
『アルミ缶の上にあるみかん』と言う言葉には、ただアルミ缶の上にみかんが置いてあるだけ……そこに意味はない。
それに対して『高温部屋に放置のみかん 放棄により腐敗このままじゃいかん』は「放置する事によりせっかくのみかんが腐敗しちゃう! このままじゃいかん!」とちゃんと意味が込められている……との事らしい。
テイオーが更に「例えばみかんの部分を、色々な世の中の問題に紐づけられれば『放棄により腐敗このままじゃいかん』の部分に更にメッセージ性が湧いて──」とかなんとか言っていたが、今の私には良く分からん……
「ヒップホップやラップについてはなんとなく分かりましたが……一体何故、突然ラップを始めたのですか?」
「あぁ。この前テイオーと一緒にフリースタイルダンジョンと言う番組を見たのだが、出演者のラップが皆見事ですっかりハマってしまったんだよ」
「ボクは元々好きで前から見てたんだけど、カイチョーもこういうの好きだろうな〜と思ってオススメしたらハマっちゃったんだ」
「なるほど……」
フリースタイルダンジョン……フリースタイル(即興)で、基本2人が言葉をぶつけ合ってバトルする番組だそうだ。
「これはフリースタイルダンジョンじゃなくて『ADRENALINE 2019 FINAL』での対決なんだけど、ボク一番のオススメだよ!!」
テイオーおすすめの
R-指定 vs 晋平太
の対決動画を見させてもらった。
【30分後】
凄い……本当にお互い即興で言葉を考えぶつけ合っているのか? 一体どれだけの研鑽を積めばここまで出来るようになるのだろうか。冒頭のR-指定氏によるフリースタイル
『川崎のCITTA’
真ん中に太華 ここに
この光景
9年前とよーく
話は9年前に
ここに
あの日、尖ったおれの天狗の
そしておれを成長さしてくれたやつがここに
メッセージと韻が渾然一体で同居している……!
「そうそう! いきなり始まりから凄いんだよ! 9年前って言葉があるけど、実は2人は9年前に対戦しててその時は晋平太が勝ったんだ。だからその時の事を知っているとより言葉が響くんだよねー! それと相手をリスペクトしている所が好き! ボク、相手をとにかくディスるだけのフリースタイルはあまり好きじゃないんだけど、この対戦はお互いがリスペクトし合っているからとても好きなんだ」
「ディ……ディスる?」
「分かりやすくいうと、悪口を言う事だよ」
ディスるか……確かに悪口は良くないな。それにしても、また新しい言葉が出て来た……
「テイオーにフリースタイルと言うものを見せてもらって、言葉を紡ぐと言う事の奥深さについて実に強く深く感銘を受けたよ。レースの世界、競馬場や馬場コンディションや周りのウマ娘の動きなど……様々な要因が絡み合い2度として同じ状況は無い。そういう意味では、フリースタイルの柔軟性というのを学べばレースに活かせるのではないかと思っているよ」
まさかフリースタイルの柔軟性をレースに応用しようとしているとは! さすがです、会長。
「カイチョーならきっと出来るよ! ボクも頑張ろう!!」
先ほどのR-指定氏と晋平太氏によるフリースタイルは実に見事だった。私も……
「……ダジャレは苦手ですが、私もちょっと頑──
「でもエアグルーヴ先輩には厳しいだろうなあ。ダジャレ苦手だし、韻を全然踏めなそう」
「ムッ……!」
否定は出来ないが、そう言われると少しカチンと来る。
「こらテイオー、やる前から否定するものでは無いよ。エアグルーヴ、私はまだヒップホップやラップやフリースタイルを知ったばかりで語れるような立場では無いが、これらに一番感銘を受けたのは 自由 だと言うことだ」
「自由……ですか?」
「そう、自由……誰しも言葉に出来ず心の中に抱えている様々なモヤモヤがあると思うが、そういった事もラップを通せば自然と言葉に出来る」
「ただ……私はテイオーの言うとおり韻というものが……」
「韻は必ずしも踏む必要は無いと思っているよ。呂布カルマと言う者がいるが、彼はあまり韻を踏まないんだ。踏めないのではなく踏まない。韻よりもメッセージを重視しているのだろう」
「なるほど……必ずしも韻を踏む必要が無いのであれば気持ち的に楽になります。しかし私は、特に発したいメッセージと言うのが……」
特に無い……そうだ、私には私自身のメッセージが無いのだ。
理想はある。だがそれは偉大なる母が示してくれた理想だ……私自身の言葉では無い。
「やってみたら出てくるかもしれないし、せっかくだしやってみようよ! ボクとカイチョーのコンビ 対 エアグルーヴ先輩ね!! じゃあボクのオススメ、DJ松永の音楽を流すね。ポチッとな」
言うが早いか、テイオーが音楽を流し始めた。DJ松永と言う者による小気味良いサウンドが部屋中に響き渡る
「おっ、おい! いきなり!! それに1対2など……!」
なんて事だ、どうしてこうなった? 先ほどまでヒップホップもラップも全く知らなかった私が、なぜフリースタイルをやる事になったのだ? カイチョーもテイオーもノリノリだ……こうなったら、やるしかない……!
(テ)「ダジャレ気づけず毎回下がるやる気 その程度で下がるメンタル 本当にレースで勝ちたい? 下手したら大敗 〜♪」
(エ)「(私だって……)」
(ル)「エアグルーヴはいつもしかめっ面 見た目っ暗 〜♪」
(エ)「(私だって……!)」
(テ)「容姿端麗 学業優秀 でも高すぎるプライドは──
(エ)「テイオーお前に私は伝えたい! ウマ娘の活躍できる期間は短い! 油断大敵だ! 会長を超えるのがお前の祈願なんだろ! 調子に乗っていると逃すぞ勝機!! 〜♪」
テ「(!!)」
(エ)「会長、私はしかめっ面な訳ではありません!
(ル)「(!!)」
(エ)「テイオー! お前は相手の名前を間違える事が良くあるな。それはとても失礼な事なんだぞ。確かにお前は強い……だが自分以外全員がライバルなんだ。常にそういった気持ちでレースに臨め! 忘れないように再確認しろ! そうすれば自然と名前を間違えるような事は無くなるはずだ 〜♪」
(エ)「会長! あなたはいつも自分だけで考える苦悩する! 確かにあなたは生徒会長です、でも生徒会には私たちがいるんです! 副会長の私や役員のブライアンだけではなく、トレセン学園にたずさわる者全員がいるんです! 悩みがあったら相談してください、疲れたら休んでください。自分だけで抱え込まないでください。みんな心配しているんです! みんなで支え合ってこその生徒会です。それに、すまないと謝らないでください……頼られるのは嬉しいんです! 〜♪」
言葉が……勝手に口から出て来る。初めての……感覚だ。
(エ)「…………ハァハァ」
(テ)「…………女帝の異名を持つ先輩に 皇帝の異名を持つカイチョー 2人に抱く思い共通するのは尊敬 〜♪」
(エ)「(!!)」
(ル)「エアグルーヴ……君の気持ちに気づけなかった私は生徒会長失格だな。すま……ないとは言ってはいけないな。ありがとう。
皆に負担をかけてはいけないと思っていたが、それこそが皆の心の負担になってしまっていたのかもしれない……私1人ではなく皆一丸で日々邁進 それこそがマイルから長距離まで芝ダート問わずの快進 〜♪」
(エ)「テイオー……会長……」
私のフリースタイル、クオリティというもので言えば間違いなく下の下であろう。だけどなんだろう、この気持ちは……実に清々しい。
「これだけは謝らせてくれ、エアグルーヴ。初めにしかめっ面や見た目が暗いなど言ってしまって本当に申し訳ない。君のフリースタイルに発破をかける為にあえてディスるような事を言ってしまった」
「ボクもごめんなさい! ダジャレでメンタルが大敗とか言っちゃって……」
なるほど、そういう事だったのか。すっかり2人に乗せられてしまっていたんだな。
2人のディスが無かったら……こんなにも言葉を紡げなかっただろうな。
「それにしてもエアグルーヴ先輩凄いよ!
なんだと!? 私は気づかぬ内に韻を踏んでいたのか……
「
会長……私も2人のフリースタイルが、とても心に響きました。
────────────────────
その後、会長とテイオーはフリースタイルを極めていき翌年のファン感謝祭では
ウマ娘ディビジョン『トレセン師弟コンビ』
と言うグループ名でステージを開き、観客を大いに沸かせた。
私はと言うと……あの頃はダジャレに気づけず毎回やる気が下がっていたが、今ではダジャレにダジャレで返せるようになるまで成長し、逆にやる気が上がるようになっていた。
〜上がってんの? 下がってんの? 皆はっきり言っとけ! (上がってる!)〜
※フリースタイルダンジョン、『ADRENALINE 2019 FINAL』におけるR-指定 vs 晋平太 及びその中で繰り広げられたフリースタイル、全て現実を元にしています。
※ 上がってんの? 下がってんの? 皆はっきり言っとけ! (上がってる!)
(マルシェ / KICK THE CAN CREW)