「皆様、幸平様の料理ができましたので、最初に集まっていただいた会場へ移動してください」
会場に集まった人々が、ぞろぞろと元の会場に向かう。
ラースの伝手により、ここにいる桐ヶ谷和人も歩いていこうとすると、ラース最高責任者、神代凛子に呼び止められた。
「桐ヶ谷君、今日はどうだったかしら?」
「いろいろと学ぶことがありました。葉山さんの発表の『香りは料理における第一印象』だとか、薙切さんの『味の感じ方は舌のどこに触れるかで変わるか』とか、目から鱗って感じでした。誘ってもらってありがとうございました。もしこのまま行ったら茅場晶彦みたいになるところでした」
和人はかつて浮遊城アインクラッドで、アルゲードそばを食べたことを思い出していた。
しかもその場には血盟騎士団団長ヒースクリフ、つまり茅場晶彦もいたのだ。
「確かに、彼は食事はあまり関心がなかったわね。でも桐ヶ谷君は、アスナさんがいるのだから彼のようなことにはならないと思うわよ」
苦笑いしながらそう答える。
「さて、足止めしちゃってごめんなさいね。私はちょっと遅れるから、先に行ってて」
「わかりました。それでは」
挨拶を交わし、別の会場に向かうと、そこには豪勢な料理がならんでいた。
「なんというか、すごい画だな……」
「そうかい?桐ヶ谷君はこういうのは初めてかな?」
「彰三さん!お久しぶりです」
「桐ヶ谷君は、うちに挨拶には来ないのかい?」
「いえ、そういうわけでは……」
「京子もなんだかんだで君に会いたがっているから、今度うちに来るといいよ」
「わかりました。機会があれば、ぜひ」
つい挨拶の予定を入れてしまったと後悔していると、立食パーティーが始まった。
すぐにとはいかないまでも、和人も食事に入ることができた。
「とても学生が作ったとは思えないな……」
「そうなのですか?」
「ああ、アスナよりも……ってアリス?」
「神代博士が呼んでいます。食べ終わったら着いて来なさい」
「りょ、了解」
「遠月の皆様、ラースの神代凛子博士が呼んでいるので、お越しいただけますか?」
「ええ、大丈夫です。幸平君、終わって疲れているだろうから、ここに残っても構わないよ。私たちは呼ばれているからラースの方のところに向かうよ」
「いや、大丈夫ッス。俺も行きます」
「神代凛子博士、遠月の皆様をお呼びしました」
「ええ、ありがとう。あとはもう大丈夫よ」
「では、私はこれで失礼します」
「本日は、わざわざお越しいただき、ありがとうございます。忙しかったのではないでしょうか」
「いえ、そんなことはありません。なんだかんだで私よりも娘の方が忙しい状況でしてね」
「それは……何とも」
笑うに笑えない冗談を言う薙切薊。
しかし気まずい空気は流れない。
「そちらの女性があのアリスさんですね?」
「ええ、その通りです」
「はじめまして、アリス・シンセシス・サーティです」
「それで、そちらの青年は?」
「こちらは桐ヶ谷和人君です。私たちの研究にかなり貢献してくれているんですよ」
「はじめまして、桐ヶ谷和人です」
すると、挨拶をしただけなのに、遠月メンバーは驚いた顔をしていた。
「あの……何か問題でも?」
「いや、なんでもないよ。こちらも挨拶しておこうか。私は薙切薊、今回は引率として来ただけだからそこまで堅苦しくしなくてもいいよ」
「い、いや、そういう訳には……」
「私は薙切アリス。よろしくねっ、桐ヶ谷君!」
「葉山アキラだ。よろしく」
「んじゃ最後に、俺は幸平創真だ、よろしくな」
「どうも……」
どこが驚くようなことか気になったものの、客人に対してそんな無礼な真似をするわけにはいかない。
すると、唐突に、
「私は神代博士と少し話があるのでね。あとは学生たちで花を咲かせるといい」
「それじゃまたね、桐ヶ谷君」
行ってしまった大人二人を横目に、学生ズは話を始めた。
「ねえ桐ヶ谷君。ラースの研究ってどんなことをしているのか聞いてもいい?」
「ああ、まあ少しなら。ラースの目的としては、自発的に行動できるAIの開発だな。成功例が、このアリスだ」
「……気になったんだけど、ほんとに人間じゃないの?もう人間ですって言われても気にしないのだけれど」
「私は私自身を人間であると考えています。まだこの世界では食べたりすることはできないのですが、あなたたちの研究のおかげで、それも早く実現できそうです」
「そんな堅苦しくしなくてもいいわよ。同じアリスなんだから、ね?」
「は、はい」
「おっ、珍しくアリスが押されてるな」
ギロッ、と音がしそうなほど睨みつけるアリス。
思わず顔を背ける和人。
「それにしても……そっちのアリスさんの声、どこかで聞いたことがある気がするんだが……」
「それは俺も思った!確か……そう、涼子だ、榊涼子!」
「そんなに似ているのですか?」
「もう同じって言ってもいいくらいね!……声が一緒って言ったら……幸平君と桐ヶ谷君の声も一緒よね!」
遠月のアリスがニンマリと笑う。
「そ、そう?自分じゃよく分からないんだが」
「そんなに似てるか?」
「……続けて聞くとそっくりですね」
「じゃあ桐ヶ谷君、『おあがりよ!』って言ってみて」
「お、おあがりよ!」
「なんか違うな……幸平、言ってみろ」
「おう。おあがりよ!……これでいいのか?」
「そう、これよ!桐ヶ谷君、今みたいに」
「わかった。……おあがりよ!」
「うわ〜、ほんとにそっくり!」
グイッと近づくアリスに、思わず仰け反る和人。
するとすかさず、
「浮気はダメだと言いましたよ、パパ!」
「この声はどこから……?」
「いや、それ以前にパパってなんだよ」
「これは……もう説明するしかないか……。みんな、オーグマーを付けてくれ」
オーグマーを付けると、そこには妖精の姿。
「みなさん、はじめまして。ユイです!」
「可愛い!もしかしてこの子も?」
「一応人工知能だ。まあアリスと同じく、自発的に思考できるぞ」
「……桐ヶ谷、お前、そういう性癖か?」
「違う違う!断じてそういうことじゃない!」
「お前の説明では、誤解されるに決まっているでしょう」
「わかったって。どっから説明したもんかな……。じゃあみんな、SAOって知ってるか?」
その途端、全員の表情が変わった。
〜説明中〜
「……って言うわけだ。そのときからずっと一緒にいるんだ」
「茅場晶彦って、本当に天才だったんだな……」
「そんな人格形成までできるなんて、凄かったのね」
「いや、人格形成は茅場じゃなく俺たちの言動のおかげだよ。特にアスナ、ああ、俺の恋人だよ」
「ふうん。アリスちゃんは彼女じゃないのね。仲良さそうに見えるけど」
「うん、彼女じゃないよ」
一級フラグ建築士の彼が、殺意に気がつかないわけがない。
アリスの視線に気がつかない振りをしているだけだ。
その証拠に、額には冷や汗がにじんでいる。
「なあ、後ろからアリスにすっげぇ見られてるけど、大丈夫か?」
起爆スイッチを押してケラケラ笑う創真。
錆びたネジのように、少しずつ後ろを向く和人。
おもちゃを見つけたかのように怪しく笑うアリス。
頭を抱えるアキラ。
そして怒れるアリスはというと……
「あ、アリスさん?その手を下ろしていただけませんか?……いふぁい!いふぁいでふ、ありふふぁんアリスさん!」
「あはははっ!面白いね桐ヶ谷君!連絡先交換しようよ!」
「それよりたひゅけてくれまふぇんかね助けてくれませんかね……」
「えーと、こうして……よし、これでOK!」
スマホの顔認証を勝手に解除してメールを登録するアリス。
「アスナ……あっ、アスナって結城明日奈?一回会ったことあるわ!確か今日も彰三さん来てたわよね?」
「よく見てたな」
頬をさすりながら答える和人。
他の面子は知らないようで、首をかしげる。
「話は終わったかい?そろそろ帰ろうと思うのだが」
「薊おじ様!ええ、楽しくおしゃべりできたわ!」
「それは良かった。では、お先に失礼します」
「今日はありがとうございました、遠月の皆さん。また会える日を楽しみにしています」
「じゃあまたね〜、アリスちゃん、桐ヶ谷君」
「それじゃあ、また」
〜ALOにて〜
「ママ、パパがまた新しく女の子の連絡先をもらってきました!」
「ちょ、ユイ!?」
「キーリートーくーん?なんで研究発表を見に行ったのに別の女の子の連絡先を交換してくるのかな?」
「キリトさん(君)!どういうこと(ですか)!」
「まーたキリトは女の子引っ掛けてきたのね?」
「ち、違うって!勝手に登録されたんだって!」
「くそっ!キリの字ばっか可愛い女の子引っ掛けやがって!なんで俺には出会いがないんだよー!」
「そういうとこだぞ、クライン」
「アンタ、そのうち後ろから刺されるんじゃない?」
「し、シノンまで……。あ、アリスさん、何とか言ってください!」
「……知りません」
「アリスさん!?」
〜現実世界にて〜
「あら、どうしたの和人?」
「お兄ちゃん、全然食べてないよ。食欲ないの?」
「いや、そういうわけじゃなくてな……。あの遠月の人の料理食べてから、なんかな……」
「あのねえお兄ちゃん。家庭料理と世界二位の人の料理を比べるのはどうかと思うよ」
「そういえばアスナ。あの幸平って人の声俺に凄い似てたらしいんだよ」
「へえ。ユイちゃん、ボイスデータあったりする?」
「もちろんです!再生しますね」
「凄い似てたね!」
「声紋の一致率は98%です!」
「こうして自分の声を聞くと違和感がでかいな……」
〜帰りの車にて〜
「葉山君はともかく、今日は幸平君、やけに静かだったわね」
「まあ、薙切とか桐ヶ谷が何話してるか全然わかんねえからさぁ……話についていけなかったからよ」
「ただいま〜!」
「おかえり、アリス。やけに機嫌がいいわね」
「ふふん、そうなの。あ、秘書子ちゃんもこっちこっち!」
「どうされましたか?」
「これ聞いてみて!」
「これ、幸平君が二人いるように聞こえるのだけれど」
「違うわよ。あっちで会った男の子の声よ」
「声だけではどっちが話しているかわかりませんね」
「ただいま〜」
「おかえり、創真君。楽しかったかい?」
「一色先輩!なんつーか、わかんねえことばっかで疲れました」
「そうかい、お疲れ様」
「あ、でも先輩の言ってたアリスに会いました」
「へえー、それは凄い!」
「なんか話して見ると、もう人って言われても気がつかないくらい人っぽかったっす。あ、あと声が榊にそっくりでした」