月ノ輪球磨様からのご許可を頂いた時期から8ヶ月近く時間が掛かってしまいましたが、漸く形となりましたので投稿です。
内容が良く解らないという方は、ブラウザバックを推奨します。
町の中を走る。逃げる対象を追い詰めるために。
対象が強引に通過したからか、倒れている通行人を近くの人間が助け起こしていた。形振り構わず駆け回っているらしい。
その様子を尻目に、私は白昼堂々と女性を刺した通り魔を追跡していた。
『先輩、今何処ですか!?』
携帯式無線機と接続したイヤホンから女性の音声が聞こえてきた。
「通り魔が逃げ出した住宅地から北西に立体駐車場が確認できるな? そこを通過した。犯人は東に逃走中」
『先回りします』
「却下だ、
運が良いのか悪いのか通り魔の現場を発見して、ここにいないもう一人の警官に被害者の女性を任せ、犯人を上手く誘導する算段だった。
部下であり後輩の五月女が失敗して犯人を見失うことさえなければ、今頃二人で挟撃も出来た筈だった。こうなれば一人で確保するしかないとだろうと考えていた。
『はい、すみません。指示を待ちます』
明らかに気落ちした声で後輩が復唱したのを最後に通話を終える。
完全に戦力外通告したのだから落胆は仕方無いが、今は犯人の身柄確保が最優先だ。
「──路地に逃げ込んだか」
二件のビルの間にある路地に入っていくのが見える。
必死になって逃走していたからだろう、行き止まりに追い詰めたようだ。
予想した通り、犯人は奥にある建物の壁の前で立ち往生していた。
「そこまでだ。もう逃げられないぞ」
声を掛けると、往生際が悪いことに懐から刃物を取り出した。
……婦警だからと、甘く見られたものだな。
「サバイバルナイフ、通り魔で使用した凶器だな」
刃先に赤いシミのようなもの、恐らく血痕だろう。遠目から見ても確認できた。
「邪魔だ、そこをどけ!」
「はぁ……」
このご時世、女性なら必ずしも腕っぷしが劣るとは限らないのだ。だからと言って、見逃すつもりはないのだが。
サバイバルナイフ片手に突進してくる通り魔を無防備な状態で待ち構え、相手が上段から大振りに振り下ろして来たのを視認してから動いた。
凶器の持ち手を横から掴み取って、相手の勢いを利用するようにして地面に引き摺り倒す。
手首を捻ってサバイバルナイフを奪うと、硬質な音を奏でて地面に落ちた。
「名前は後で聴くが取り敢えず、傷害罪の容疑及び通り魔の現行犯で逮捕する」
手早く手錠を取り出し、犯人の両手を後ろ手にしてから手首に嵌める。
「五月女、犯人を確保した。付近を巡回中の
『分かりました!』
後は迎えが来るのを待てば良いだろう。取り敢えず犯人を路地から出しておけば良い。そう考えながら往生際も悪く抵抗する犯人を押さえ付けながら連行していった。
あの後、犯人は駆け付けたPCに乗せて護送してもらった。被害者はすぐに病院に搬送されたらしい。警察側としては当時の状況を詳しく調べないといけないし、事情聴取も出来れば良いが。
それから一時間経った今、私は広島県に所在する警察署にいる。
犯人の護送は広島県警察本部所属の自動車警ら隊がやってくれたので、所属している地域課のスペースで報告書を書いて提出したところだ。
「──これじゃあダメだ、書き直し」
「……はい」
有無を言わさない口調で言い渡し、後輩の婦警は報告書を受け取ると、修正をし始めた。
彼女の名前は
今いる警察署に先月から配属された新米婦警で、透き通るような水色の長髪が特徴的な、外見的には少女の面影を濃く残してややあどけない印象だ。
巡査長の婦警である私はその指導を任されている。巡査と巡査長とでは扱いは大して変わらないが、巡査長の業務内容の一つに新規配属の巡査を指導すると言うものがある。
それに従って先月から彼女の指導をしていた。決して某週刊少年誌の不良警察官みたいに破天荒な振る舞いをしているわけではない。
「──お? 二人ともここに居たか」
「佐藤か」
声を掛けてきたのは同僚の警察官で、私とは警察学校時代からの同期生だった男性だ。
名前は
私と同じ巡査長で3年前に同時に配属された。年が同じこともあり、気の知れた僚友でもあった。
「今回は大手柄だったじゃねえか? やっぱり柔術家にその辺の通り魔は叶わねえな」
確かに、私が今日確保した犯人は凶器こそ所持して振り回してもいたが、動きはまるで素人だった。
学生時代から柔術を習得してきた私にとっては単調で挙動が読みやすいため、制圧するのは簡単だ。
「新米婦警っ娘もドジしちまったみてえだが、まぁ気にすんなよ」
「はい、ありがとうございます……」
未だに今日の失敗を気にしてるのか、佐藤からの労いに力なく返事をした。
五月女は真面目で頑張り屋でもあるのだが、かなりのドジっ娘だ。
今回も何もない地面の上で唐突に転んだらしく、追跡を私一人でやるしかなかった。
「それで? 態々声を掛けてきたのは、何か用があるからじゃないのか?」
「おっと、そうだった。藤山課長がお前に用があるってよ」
「私に、か?」
「ああ。プライベートもあるから、二人で話したいらしい。屋上で待ってると思うぞ」
課長がプライベートも含めて話をしたいとは、妙だな。何か変わった話題でもあるのか?
「……分かった。なら、佐藤はここを頼む」
「任せな。新米婦警っ娘には俺から教えといてやる」
「お呼びですか、藤山課長」
屋上に上がると、転落防止用の柵の前で立っていた課長に声を掛けた。
「来たか。待っていたよ、巡査長」
反応してこちらに振り向いた。
課長、
警察官として任官されてから署に配属となり順調に昇進をしていって、6年前に警部になった。腕も良いため栄転の話もあったらしいがそれを蹴り、今の職場に留まり続けた現場主義の人間でもある。
「今日は珍しいですね。こんな場所にお呼びしないと出来ない話でしょうか」
今日の天気は晴天だが、広島市上空はそれなりに強い風が吹いている。少なくとも音を奏でる位には強い風であるため、階下にも声は洩れにくいだろう。
「まぁそう焦るな。今回は非公式な話が中心でな、……最近の世間についてどう思う?」
「どう、とは? 今日みたいに白昼堂々と通り魔が人を刺すほど治安が悪いことですか? それとも、……一年前に終戦してからのことですか?」
今から約80年以上も昔、第二次大戦が終結して10年と経たないうちに世界規模の戦争が勃発した。深海棲艦と呼ばれる存在が相手の、終わりの見えない闘争だ。
深海棲艦については、一般には正体が良く解っていない。少なくとも末端の警察官の身分である私には、そんな情報を取得する術も権限もない。
開戦してから組織された日本海軍の上層部は人類を脅かす侵略者、民間だと一部の学者が海洋汚染が進んだ為に自衛しようとしている種族とそれぞれ主張しているが、真偽については定かじゃない。どうだって良いが。
そんな戦争が80年も続いた。
海軍は敵対する深海棲艦を全滅するまで戦い続け、民間は上から20代の女性、下は10歳未満の幼い少女までが艦娘と呼ばれる職種の適正が判明すれば、政府が定めた法令に従い艦娘として動員される事を強いられた。
80年もの間に生じた犠牲者の数は前大戦のそれにさえ勝る。艦娘もそれは同様で、死亡すれば遺族の元に訃報を伝える通知が届き、各地でそれを知った遺族の悲嘆の声が絶えなかった。
それに転機が訪れたのは突然だった。
今から一年と数ヵ月前、当時の海軍元帥──
既にその数ヵ月前から兆候はあった。艦娘、深海棲艦の区別なく襲撃する二人組の存在が確認され、数ヵ月の間に双方の被害は無視できないものになった。
それから海軍は深海棲艦のトップとの会合をするに至ったが、その会場となった大本営をゼノが奇襲。斎川早瀬海軍元帥を灰塵に帰すと逃走、海軍元帥を継承した養女の
更にゼノが呉鎮守府周辺の港町を襲撃、甚大な被害を及ぼした。が、皮肉にもそれは民衆にゼノの脅威を強く認識させ、深海棲艦を敵とする時代が終わる切っ掛けとなった。
そして人類と深海棲艦の共同戦線によってゼノの討伐作戦が展開、死闘の末に殲滅に成功。海軍と深海棲艦の間で和平交渉が行われ、調印式にて双方の合意で80年に及ぶ戦争は終結した。
ここまでが、私のような末端の警察官が知り得る事の顛末だ。
「そうだな、後者だ。それで、どう思うかね?」
「そう、ですね。……戦後になってからは、混乱した情勢が続いてるかと」
と言っても、国内が荒れているのは今に始まったことではない。
80年と言う長い年月で戦争を続けてきた海軍は至る場所で人材を集め、それにより警察は常に慢性的な人手不足だった。それは治安の悪化に結び付いていた。
終戦したからと言ってすぐにそれが改善されるわけではなく、寧ろ悪化の一途を辿っている。深海棲艦の脅威レベルが下がった為に国境を越えるハードルも低くなり、国外の非合法な集団が入ってくる確率も増加していた。違法な麻薬の売買や運送は相次ぎ、青少年が誘拐など被害に遭って通報される件数は増える一方だ。
「やはり、君もそう思うか」
「とは言え、まだ終戦から一年。まだ世間はそれに対応する時期でしょう。何せ、80年も戦争をしていたのです。これからは得られた平和のなかでやれることをやるしかないのでしょう」
「確かにそうだな。では、今からできることを君にお願いしようか」
課長は意味深げに言った。
「どういう意味です?」
「実はな、国内の都道府県警察本部の方針で非公式に調査活動をしたいと思っている。艦娘が退役しつつあるのは知ってるな?」
「……ええ。既に少なくない数の艦娘が退役して、社会復帰してきてますからね」
地域課でも最近では話題に上がるようにもなっていた。
例えばテレビ等の番組で元艦娘の少女らが日常生活を送る様子が紹介されている時、或いは巡回中に元艦娘らしい少女を街中で見掛けた時だ。
私のような警察官にも全く無関係じゃない。何故なら、後輩の五月女とて元艦娘だったからだ。
と言っても戦後になってから警察官になったわけではなく、それよりも以前から艦娘を退役して運良く里親に廻り合い、高校を卒業後に警察学校に入学。そこを卒業後、署に配属となり私の指導下になったわけだ。
因みに、彼女は駆逐艦五月雨の艦娘だったらしい。調べた限りでは五月雨の艦娘にはドジっ娘が多いらしいが、あれは生来のものではと思う。
「現在、彼女達の周辺で張り込んで非公式に警備することが計画されている」
「どういう事でしょう」
「無論、防犯の一環だよ。戦時中は艦娘に人権は存在しなかったが、今は違う。それに退役したなら我々警察官にとって守るべき市民だ。手術を受けた彼女達の身体目当てに誘拐しようとする連中も、未だ活動を続けているわけだしな」
ほんの数年前まで、艦娘は人間として認知されていなかった。
艦娘の適正が判明すれば海軍への入隊を義務付けられ、艤装適合の為に手術を受けてからは人間ではなくなる。
海上へと駆り出して命懸けで戦っている立場に在っても給与は支払われず、死と隣り合わせの戦場で戦うのをただ強いられていた。
艦娘が人間として認められなかったのは人権だけではない。それは彼女達の常人を凌駕する身体能力にもあった。
滅多に病気に掛からず、身体の成長と老化に伴う細胞分裂が抑制された事で何時までも容姿は変わらない。常人より優れた運動能力までを併せ持つ彼女達は、人身売買の標的にされてきた。
退役しても彼女達の苦難は終わらない。
駆逐艦の艦娘だった少女達は孤児院で里親を待つが、艦娘だったと言う過去を持つ事で敬遠する人間は多く、快く引き取ってくれる家庭は稀だった。
以上のことから、周辺を警備するのは退役した元艦娘が目的で動く者を特定するためだろう。
「課長は、警察庁がそれを公式にやるとお思いですか」
「最初に言っただろう? 今回は非公式な話が中心だとな。この件は、恐らく公式に行われることはないだろう。都道府県警察本部、または地域の警察署から少数が警備に当たる。署長からは協議で実施が決まれば、地域課から信頼できる人間を選んで当たらせろと言われている。私は、それを君に任せたいと思う」
「……私に、ですか」
「私が知る限り、君は任務に私情を挟まないから適任だと判断した。どうかね、引き受けてもらえるかな?」
……唐突に、スケールの大きい懸案を持ち込まれたものだ。
話を聞く限り、今回の件は日本各地で同様の活動が実施されるのだろう。
非公式な活動であるため、公にトラブルを起こさないように行動できる警察官のみが選抜される。私に関しては課長からの推薦と言う形だが、生半可な信用度では任せられない任務だ。
「了解しました。実施が決まったならお受けします」
「そうか、引き受けてくれるか。君ならそう言ってくれると信じていたよ。仕事の話はこれで終わったし、ようやく
「義理でしょうお
私は、
元は北陸の福井県沿岸部に所在していた古流柔術の道場が実家で、道場主の母親と警察官の父親の間に生まれた。
孤児になるまでの12才まで、警察官として出勤していく父親の背中と、道場の門下生達の騒がしい鍛練模様や指導する母親を見て育ってきた。年上の門下生達からは道場主の娘として見られていたのは居心地悪かったのも記憶に残っている。
そんな日常は唐突に終わった。故郷に、家でもあった道場に深海棲艦の砲撃が降り注いだのだ。
一瞬で何もかも失った。家族同然だった門下生達も、彼らが鍛練に汗水垂らしてきた道場も、指導した母親も死んだ。警察官として最後まで避難誘導に従事した父親も殉職して亡くした。
住んでいた家も身近な人間をも失った私が途方に暮れた時だった。課長が訪ねてきたのは。
当時の説明では、課長は道場主の母親と少年時代に同じ道場で鍛練に励み、師範代となった経緯があったらしい。その縁で後に道場主になった母親とは親しかったが、訃報を知らされ後見人となって引き取ろうと訪ねてきたと言っていた。
それから私は課長の養子として引き取られ、広島にやって来た。
師範代だった課長を新たな師として、母親が教えてくれていた柔術を練習し、鍛練を続けた。学校では当然のように柔道部を入部し、中学高校共に全国大会に出場までした。
そして私は、高校卒業後に父親と同じ警察官としての道へと踏み出した。
高等教育課程修了が確定してから警察官Ⅱ類として採用され、警察学校で10ヶ月間の初任科教養、8ヶ月の現場実習
(後輩の五月女がこれに当たる)、3ヶ月の初任科総合を経て晴れて一人前の警察官になった。
「それでどうしたんですか、急に改まって」
「うむ。……純一郎、妹が欲しくはないか?」
課長の唐突な問い掛けに、表情が強張るのを自覚する。予想外の発言だっただけに、即答はできなかった。
「……妹? 養女として引き取るおつもりですか」
「その通り。実は、海軍の大本営に里親を待つ少女が居る。それも元艦娘のな」
「艦娘……、元艦娘ですか」
態々艦娘に関連する非公式な会話をした後にこれとは、義父もタチが悪い。
「欲しいかどうかは兎も角、家族として迎えるなら否はありません」
「そうかそうか、それを聞いて安心したよ。それなら、明日は海軍の大本営に向かってくれ。先方とは手続きを済ませてあるから、彼女を迎えに行ってくれ。その日は非番で良いからな」
「……用意周到ですね」
私に事前の相談もなく進めていたようだが、どうだっていいか。
次話は時間を掛けずに投稿したいですね。