姉妹の誓った約束、戦後   作:東部雲

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朝潮「海軍大本営所属、朝潮です。前回のあらすじをおさらいします

①過去の記憶による悪夢を魘された浜風、目を覚ました後に朝潮が呼びに来る。

②応接室に向かう途中、浜風を引き取りに来る家庭の人間が海軍に良くない感情を抱いている可能性があると朝潮から知らされ、不安になる浜風。

③辿り着いた応接間に居たのは日本海軍元帥である千夏と、軍人のような雰囲気を感じさせる女性だった

以上です。では、本編をどうぞ」


第2話 大本営②

「私からも自己紹介させてもらう。広島県警察地域課の婦警、藤山 一夏巡査長だ」

 

 浜風と名乗った艦娘の少女に挨拶して返した。

 

 

「地域課……」

 

「所謂、お巡りさんと呼ばれる者だよ」

 

 イメージしやすい、一般的な呼称を例えとして出す。これなら理解も早いだろう。

 

 

「……そう言えば、駆逐艦寮の方が教えてくれました。ただ、警察は事件を防げない無能だとも聴かされてます」

 

「……耳の痛い話だな」

 

 日本警察と言う治安機関に対する評価として、これは仕方ないことと言える。事実、警察は国内の犯罪に対して抑止力足り得てはいないからだ。

 戦後である現在は多くの人材を確保できるようになったため対処能力は改善されつつあるが、戦時中の国内で凶悪な犯罪は後を絶たなかった。

 

 先日のように白昼堂々と通り魔が人を刺す事もあれば、一家が皆殺しに遭う連続殺傷事件も珍しいことではない。或いは、私が学生時代のあの時のように誘拐なども……。

 

 

「……戦時中は警察に力がなかったのは事実、しかし今は戦後だ。これから力を増すし、治安も良くなる筈と信じている」

 

 などと意気込みを語って見せるが、こんなものは誤魔化しだ。過去の記憶から来る後悔、或いはもっと醜い感情から目を逸らしているだけだ。

 

 それよりも、気になることがある。

 

 

「所で、浜風? 少し気になることがあるんだがな」

 

「? なんですか」

 

「先程、駆逐艦寮の方が教えてくれたと言ったな? 君は艦娘になる以前は何をしていた?」

 

 まるで、警察官という職業の人間を見たことがないような言い方に感じた。

 駆逐艦寮で聞いた、つまりそれは大本営の人間に教えてもらったということになる。艦娘は適性者が肉体を改造されて就役しているのではなかったのか?

 

 

「それは……」

 

「それについては、私から説明します」

 

 言葉に詰まった浜風を遮るように、元帥が話に割り込んだ。

 

 

「お願いする」

 

「はい。浜風についてですが、彼女は特殊な事情があるんです」

 

「特殊な事情……?」

 

「浜風には、記憶が無いんです。多分、数年前より以前のことは何も覚えていません」

 

 数年前より以前の記憶がないだと?

 

 

「自分が艦娘の浜風だというのは分かっているんだな?」

 

「……保護された当時にそれは確認しています。それと、海外の離島で目覚めたのが最初の記憶で、そこで数年間サバイバル生活を送っていたようです」

 

「……それは、凄まじいな」

 

 何となく、その時の浜風について想像してみる。

 

 まず最初に無人島の探索を始め、最適なキャンプポイントを見付けて拠点の設営をする。

 次に周囲の探索、生態系や食べられそうなものの調査、並びに安全確保のためにトラップの設置等をその日のうちに完了しておく。

 浜辺に何かしら文字を上空からも見えるような大きさで描き、救助を待つ。

 

 知識もなく全くの手探りでここまで出来たなら上出来すぎるだろう。やはり、逞しいな?

 

 

「浜風が保護されたのは今から1年前、深海棲艦側との和睦が成立した直後です。深海棲艦の穏健派の一部が彼女を保護していたらしく、大本営に連れてこられたのでそのまま身柄を預かっていました」

 

「そうか。深海棲艦側からか……」

 

 本当に、戦争は終わったのだな。

 

 浜風を保護してくれていたのは深海棲艦だが、穏健派と呼ばれるくらいなのだから好戦的な性格ではないのだろう。

 或いは別に理由があるのかもしれないが、どちらにせよ浜風を助けてくれたという事実は変わるまい。

 

 

「ここまで話した上で、貴女にお聞きしたいことがあります」

 

「……何か?」

 

 何らかの意図を以て問い質したいことがあるようなので、先を促した。

 

 

「貴女は、ここまで聞いた上で浜風を家族として、義理とはいえ妹として受け入れることができますか? 原隊は不明、本来の戸籍も不明。過去に何があったのか未だに掴めていない彼女を、それでも貴女は迎え入れることができますか」

 

「家族として、か……」

 

 問われたのは、はたして覚悟についてか、それとも私個人の感情についてか。

 

 或いは両方かもしれない。浜風が抱えた事情を聴いておいて、それで私はどうなのかと。そう問うているようにも解釈はできる。

 

 その問い掛けに、私は持っていたバッグから警察手帳を、そしてその中身を机上に取り出す事で応えた。

 

 

「写真……?」

 

「確か、これを撮ったのは今から8年前だったな」

 

 テーブルの上に置かれたのは、一枚の写真だ。三人の少女が肩を並べて写った一枚。二人の姉妹が一人の少女と強い絆で結ばれるようになった記念に撮った、想い出の品だった。

 

 

「……右に写ってるのが私だな。今と変わらず無愛想な表情をしている」

 

 今と異なる点があるとすれば、あの頃の私が何時も必死になっていて余裕を持たなかったことだな。

 

 まぁ、今はそれを置いておくとしてだ。

 

 

「真ん中に写ってるのは私の妹で、名前は舞夏。私とは血が繋がっている実妹だ。幼少より、ずっと見守り続けていた」

 

「……さっき言っていた名前と、同じ」

 

「……そうだな。私もどうかしていた。君があの娘である筈はないのにな」

 

 浜風の言葉に自嘲気味に返す。

 写真に写っている真ん中の少女──舞夏は左隣の少女から抱き着かれ、恥ずかしげな表情を浮かべながら立っていた。

 

 

「左に写ってるのは、今の家庭に引き取られてから姉妹としての関係になった義妹で、実鈴と言う名前だ。あの娘も、私にとっては大切な妹だよ」

 

 舞夏に抱き付いてる少女が彼女だった。見るからに楽しげな表情で、片手を突きだしピースサインをしていた。

 

 

「実鈴とは、今にして思えば、最初こそギクシャクした関係だった気がするよ」

 

 当然と言えばその通りだ。

 

 父親が唐突に少女二人を連れ込んで、今日から実鈴の姉妹だ等と言われれば困惑するのは当たり前だろう。

 私達風早家を生家とする姉妹と、実鈴との間では微妙な距離感が開いた関係が暫く続いたものだった。

 

 

「それからはまぁ、色々あってな。今は良好な関係を築けていると思うよ。舞夏とも仲良くしてくれたしな」

 

「……藤山巡査長は、その二人の事を大切にされているんですね」

 

「大切、か……。そうだな。私にとっては、数少ない大切な家族だ」

 

 何処か納得した表情の元帥に、私は自分に言い聞かせる。この写真の役目は充分だろう。再び警察手帳に挟んでバッグに仕舞った。

 

 

「私が言いたいのは一つ。かつては受け入れて貰えた側だった私にとって、義妹が一人増えるくらいは別に構わない。今度は私が受け入れる立場になっただけだからな」

 

「それが貴女の意思表示ですか」

 

「そんなところだ。勿論、私がこの娘を元海軍だからと言って不当に扱うことはないし、あり得ないから安心してほしい」

 

「……お見通しだったんですね」

 

 本当は、私一人の力でそれを知り得たわけではないのだがな。

 

 偶々、情報収集が得意な知り合いが居て、入れ知恵をして貰えたからこそだ。私自身にそんな技能はないし、元帥が素性を調べることで警戒するだろうと言うのは昨夜の内に聞かされたことだ。

 

 

「意外だったか?」

 

「はい、正直……」

 

「私のような堅物が出来たとは思えないだろうし、それは当然だろうな。──さて、そろそろ君の意思を確かめさせてほしい」

 

 元帥との会話を切り上げ、何処か難しい顔で考え込んでいた件の少女に声を掛けた。

 

 

「……私の、意思」

 

「なに、難しい事じゃない。私が問いたいのは、今聞いた話を鑑みた上で、どう思っているか。それだけでいい」

 

「──こうして話すまで、私は貴女がどういう人物か分からないから不安でした」

 

 一呼吸の後、抱えていたモノ(感情)を吐露するかのように話し始めた。

 

 

「朝潮からは、海軍に対してあまり良い感情を抱いていないと聞いていましたから。だから、怖い人だったらどうしよう、これからどうなってしまうんだろうと」

 

「意図していないとは言え、怖がらせてしまったようだな」

 

「……はい。でも、会ってみて分かりました。血が繋がっていなくとも家族を大切に想える人なんだと、そう感じたんです」

 

 血が繋がっていなくとも、か。

 実鈴との関係を話した事で、私の第一印象は一先ずそれで固定されたか。写真を見せて語った甲斐はあったようだ。

 

 

「私は、妹を大切に想える貴女に着いていきたいと思います」

 

「そうか……なら、決まりだな。元帥閣下、そろそろ私はお暇させて頂きます。手続きに移っても?」

 

「構いませんよ。ただ、事前の申請にあった内容だと……」

 

 元帥は躊躇うように言い淀んだ。

 

 理由なら私には分かっている。昨日のうち、義父からその旨を教えてもらっていたのだから。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 浜風が首を傾げながら訊いてきた。

 

 

「浜風をウチに引き取る関係で、手続きするには名前が必要なんだ」

 

「なるほど。それでは、私の名前はもう決まっているのですよね? どんな名前なんですか」

 

 ……これから教える、手続きのために用意した名前を聞いたら、浜風はどう思うのだろうな。

 

 困惑するかもしれない。何故、どうして自分にこの名前を。そんな疑問が彼女を煩わせるだろう。

 私にも、義父が何故この名前を選んだかは分からない。当然問い質したが、特に意味はないとしてお茶を濁すだけだった。

 

 

「君の名前は──」

 

 それでも、それを伝える以外の選択肢は私にはない。翻意する理由もなければ、そうしたいと思わせる程の感傷などない。

 

 何故なら、私にとって何もかも既に終わったことなのだから。

 

 

「──マイカ。君の名前は、今日からマイカだ」

 

「…………え?」

 

 私の口から出た言葉に、それを聞いた銀髪の少女は呆然とした表情だった。

 

 

「それって」

 

「ちなみに、漢字ではなくカタカナで申請してある。後で書面でも確認してほしい」

 

「待ってください!」

 

 堪えきれないと言わんばかりの表情で、浜風は叫んだ。

 

 

「どうした?」

 

「どうしたではありません! 先程の話を聞く限り、それは貴女の血の繋がった妹さんの名前じゃないですか!」

 

「承知している」

 

「なら、何故です! 既に同じ名前の妹さんが居るのに、私がそれを授かるなんて……!」

 

「それなら問題はない」

 

 私の言葉に信じられないと言う表情を浮かべている。

 

 ここまでの反応は予想できていたことだ。別の人間と同名にしようなどと、記憶喪失の人間だろうと有り得ないと思うはずだろう。

 

 だが、私にとってはもはや問題ではない。

 

 

「──あの娘は死んだ。四年前にな」

 

「…………え?」

 

 ただ簡潔に、それだけを告げた。それを耳にした浜風は、掠れたような声をあげる。

 

 

「私が高1の頃、艦娘適性が発覚してな。あの娘は、海軍に動員されていった。その翌年に死亡通知が届いたよ」

 

 あの頃、自宅の部屋で話している妹達から伝えられた時から不安があった。

 多分、当時の私は珍しく弱音を吐いていたと思う。艦娘になると言うことは、戦争の最前線に立たねばならないと言うこと。同時に、戦場で命を落とすことだって有り得る筈だ。

 大切な妹が戦死するかもしれない。信じて待つことはできても、死亡通知が届いたときを想定してしまうと怖く仕方なかった。

 

 そんな私に、送り出すよう促したのは他ならぬ舞夏だった。

 あの娘は、私が気付かないうちに思い詰めていた。私が傍らで守り続けていた日々の間、ただ守られているだけの立場でいることに耐えかねていたと。本人の口からそう聞かされたのだ。

 

 その告白に、私は折れるしかなかった。

 

 信じて送り出して、訃報が届いたのはその翌年だった。

 封筒に入れられ、確認された日時と死亡した旨が書かれているだけの通知だった。あまりにも簡潔な内容でしかなかったが、後日に学校でもそれが告知されてようやく、私は現実を認識した。

 

 

「あの娘は死んだ。唯一血を分けた妹は、戦争で犠牲になった」

 

 無力だったのだ。

 死んだ妹が、ではない。傍で守ってやれなかった私が、だ。

 

 私にも艦娘適性があれば。或いは、高名な故・斎川早瀬前海軍元帥のように学生の身で司令官の適性があれば。妹を死なせないように戦地で戦うことも出来た。それが叶わなかった。

 

 

「……だから、それが故人のモノでも気にするなと。貴女はそう言いたいんですか」

 

「そう言うことだ」

 

「そんなっ、あまりにも薄情です! 私はそんな名前、欲しくありません!」

 

 ……薄情、か。確かに、そう思われても仕方ないだろう。

 

 現実として、私は目の前の少女に故人の名前を襲名してくれと言っていることには違いないのだ。例え、それが義父の意向であるとしても。伝えているのは私なのだから。

 

 

「……なら、一度この話を義父の所まで持っていこうか」

 

「義父に、ですか?」

 

「このままでは平行線だ。言い出しっぺに他の名前を検討してもらう」

 

 妥協点とするならこれしかないだろう。

 死んだ妹の名前を襲名させるのは義父が言い出したことだ。双方に納得が行くよう、よく話し合い必要がある。

 

 

「……分かりました。取り敢えずはそれで」

 

「決まりだな。では元帥閣下、改めてこれで失礼させて頂きます」

 

「ええ。道中、お気を付けて」

 

 お互いに敬礼を交わし、私は浜風を連れて大本営を後にした。

 

 

 

 私は予期していなかった。

 まさか、この後に起きる事件が私の運命を大きく変える序曲となったなど。この時の私は知る由もなかった。




第2話は①と②で分割しましたが、次回からは第3話になると思います
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