「うぇ~ん、ぐすっ」
「ココアさん、いい加減泣き止んでください」
「ココア、泣いてたら仕事にならないぞ」
開幕いきなりこんな感じですけど別に大事件が起こったわけではないです。いつも通りのココアさんです。
「え~っと、先輩。この状況は・・・?」
「ココアちゃんが・・・!泣いてる!親友の私が何で気付かなかったの・・・!」
「ややこしくなるから黙ってて!」
いつも通りラビットハウスにボクを含めた5人が集まっています。5人も集まると落ち着いた静かさが売りのラビットハウスも騒がしいです。でもそれが最近楽しかったりします。
「んっ。別に悲しいことがあったわけじゃ、ずびっ、ないよ」
「じゃあなんで」
「ほら、この間出た新しい小説があったろ」
「あの話題の恋愛小説のことですか?」
「うん・・・。それ読んだら、ぐすっ、すごく感動しちゃって・・・」
「大げさな表現しないでよ!大事件があったのかと心配したじゃない!!」
シャロさんは声は荒げていますが台詞の端々からココアさんを本気で心配してたというのが分かります。やっぱりすごく気が利く優しい人です。
「その小説私も読んだわ!言葉の使い方が上手くて、新しい和菓子の名前に参考になりそうなの!」
「千夜ちゃんも読んだんだ!自然と同じ小説を読むなんて私たちやっぱり心のうちから通じあってるよ!」
「ココアちゃん!」
二人はお互いの両手をガシッと掴み合います。目もキラキラさせてて、互いの友情を確かめ合ってるのが傍からでも目にとれます。
それにしても小説からも商品のアイディアを取り入れるなんて相変わらず千夜さんは努力家です。ボクも負けていられません。
「そりゃ有名小説なら偶然じゃなくても目に留まる可能性は高いだろ」
「リゼさんもその小説読まれたんですか?」
「い、いや。私はああいう恋愛とかはちょっとな・・・」
リゼさんはどちらかというとハードボイルドなミリタリーものを嗜むようです。女の子らしいかと聞かれると分かりませんが、リゼさんらしくていいと思います。
「はぁー。でもあの小説、ホントに感動したなー。記憶消してもう一回読みたいくらいだよー」
「でもココアならしばらくたったら自然に忘れそうだけどな」
「あー」
「私そこまでボーっとはしてないよ!」
「うふふっ」
「もう!千夜ちゃんまで!」
リゼさんの発言にシャロさんが同意し千夜さんがいつものように微笑みます。もう見慣れたやり取りです。
ココアさんもようやく泣き止んだようです。ここまで泣いてるのはどうかと思いますが自分の感情にこんなにも正直なのはちょっと羨ましいです。
綺麗なものを
「綺麗だと感じ」
美しい物語を
「美しいと言える素直な心。とても素晴らしいです」
あれ?心の声が・・・。
この声・・・。
「「「「「青山さん!?」」」」」
「お邪魔してます」
気づかぬうちに小説家の青山ブルーマウンテンさんが向かいの席に座ってました。いつの間に・・・。
「自らの感情を素直に受け止められる心。それは生涯にわたる宝です」
小説家だからか青山さんはよく詩人のような言い回しをします。落ち着いた雰囲気と合わさっててとても説得力があります。
「すいません。来ていたのに気づかなくて」
「いえ。皆さんの心からの声を楽しませていただきましたから」
相も変わらず落ち着いた物腰と物静かな雰囲気を纏わせています。これが大人の余裕というものなのでしょうか。
「ご注文がお決まりになったらお呼びください」
「ああ、いえ。今日はコーヒーもですが、チノさんにお願いしたいことがあって来たんです」
「ボクに?」
「はい」
なんでしょうか?青山さんにボクがしてあげられることなんて限られていると思うのですが。
「チノさん」
青山さんがボクの方に向き直して言いました。
「私とお付き合いしていただけませんか?」
その瞬間でした。世界が静止したのは。
「ふぅー・・・・・」
陽も登って暖かくなってきたころ、ボクは息を深く吐いて気持ちを落ち着けます。それでもまだ心はざわついています。髪や服装に乱れがないか、などと考えると気が気ではありません。
しょうがありません。何せこんな風に女の人を待つなんて初めての経験なのですから。
「チノさん。お待たせしました」
「あっ、青山さん・・・。おはようございます・・・」
「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」
「え、ええ。よろしくお願いします・・・」
さらに女の人とデートなんてのも初めての経験なのだから。
『男の人と出かける体験をしてみたい?』
『はい。皆さんが絶賛されていた小説を参考に私も恋愛ものを書こうと思ったのですが、やはり実体験がないとリアリティが出なくて』
『で、で、何でチノくんなんですか?』
『私が知っている男性の中で、気兼ねなく誘える人を思い返すとチノさんしか思い当たらなくて』
『青山先生。チノくんまで取材対象にしないでください』
『そうですね。なのでご迷惑なのでしたら断っていただいて結構です』
『チノ、無理しなくても断ってもいいんだぞ』
『ふふ。なんだか皆必死だわ』
『・・・・・・・・・・・・』
『チノさん?』
『ボクなら別に、構いません・・・』
『『『『えっ』』』』
という経緯でデートをすることになったというわけです。でもあの時の皆さん、千夜さんの言う通りいつもより必死だったような気が・・・。
「それではチノさん、行きましょうか」
「あっ、あっ、はい」
その時はつい勢いでオーケーしてしまいましたが、当日になって気恥ずかしさが噴き出してきました。
それに青山さんの服装も、いつもより大人を感じさせるファッションでドギマギしてしまいます。その一方でどこか少女のような可愛らしさもあります。余所行き用なのでしょうか。
「チノさん。どうでしょうか」
「えっ。というと」
「一応デートということで男性に見せるということを意識して服を選んできたのですが」
「・・・・・・・・・・・」
青山さんが服を広げて見せる。
女の人が男のボクに服の感想を求めてる。となれば言うことは一つだ。
「・・・・・とても似合っています。かわいいです・・・・・・」
「ありがとうございます」
青山さんは屈託のない笑みをこちらに向ける。常套句だけど褒められると嬉しいのかな。
・・・今さら後悔してもしょうがありません。今日一日、しっかりエスコートしよう。
「とりあえずこのお店で今日の予定を話し合う、でいいでしょうか・・・?」
「はい。このお店、以前お茶会をしていたお店ですね」
ここはココアさんの高校の卒業式があった日に立ち寄った喫茶店です。アフタヌーンティーセットの食べ方が分からずに、マヤさんメグさんと四苦八苦したのを覚えています。
・・・本当はもっとおしゃれな高級店の方が良かったのかな。でもあまり背伸びしすぎて失敗しても迷惑なので。こういったことにあまりこなれていない自分を少し呪います。
ボクと青山さんは日当たりのいい席を選んで座ります。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
席をひいて青山さんに先に座ってもらいました。エスコートってこういうことで合ってるんですよね・・・?
気を取り直してメニューを開きます。やはりアフタヌーンティーセットが定番でしょうか。
「すみませんお客様。少々よろしいでしょうか」
店員さんが話しかけてきました。
「つかぬことをお伺いしますが、お二人は恋人同士でいらっしゃいますか?」
「えっ」
「はい。そうです」
青山さんが間髪入れずに言います。そうです。今のボクたちはそういう体でした。自覚しないと。
「ただいま、恋人の皆様に向けたキャンペーンを行っておりまして、こちらのセットを頼まれると料金が半額とさせていただいております」
「そうなんですか。青山さん、どうでしょう」
「そうですね。折角なのでそれで」
「かしこまりました」
店員さんが店の奥に下がっていきました。
今のボクの対応、恋人として間違いはなかったかな。そう考えると少し不安でした。
「ラッキーでしたね。チノさん」
青山さんが柔らかい笑みを向けてくれています。あまり考えすぎても逆に向こうに気を使わせてしまうでしょう。
「はい。すごい偶然でしたね」
ボクも笑みを返します。あれやこれや考えすぎずに自然体で行きましょう。どんな仲でもそれが正しいあり方でしょうから。
「お待たせいたしました。セットのスムージーでございます」
さっきの店員さんが来て飲み物を持ってきました。あれ?でも何か変ですね・・・。
「あの、この飲み物。ストローが二つなのにコップは一つなんですが」
「はい。こちらのスムージーは一つの飲み物をお二人で飲んでいただく形式となっております」
つまりあれだ。恋愛漫画のテンプレでよくある、ハートのストローとかを使った恋人飲みだ。
余りの出来事に硬直しているボクを尻目に、青山さんはいつも通りの笑みを浮かべていました。
「チノさん。折角頼んだのですし、いただきましょう」
「・・・・・はい」
多分、自然体無理だ。
セットのメニューを楽しんだボクと青山さんは喫茶店を後にしました。でも楽しむ余裕なんてなかったけど・・・。
「チノさん。この後行きたい場所はありますか?」
もうすでに一日中走り回ったような疲れを感じていたボクでしたがデートは始まったばかりです。青山さんをうんと楽しませなければなりません。
「そうですね・・・」
頭を捻って考えますがあまりいい案は浮かびません。日頃ボクはココアさんに連れ出されたりでもしない限り、積極的に外に出て遊ぶということはしないのでこういったことには疎いです。日頃の生活態度がこういった形で帰ってくるとは思いませんでした。
早く案を出さないとと焦っているとボクの肌を冷たい風が吹き抜けました。秋本番になって空気が冷たくなってきています。
その風が吹き抜けると同時にボクの頭の中にもフッと考えが通り抜けました。
「少し寒いですし、近場の温泉プールに行くというのはどうでしょうか」
そういった経緯でボクと青山さんは温泉プールにやってきました。青山さんもボクの案に快く賛成してくれました。
「ここにはよく来てるんですか?」
「小説のアイディアはどこに転がっているか分かりませんから」
ここは温泉プールなので、ボクも青山さんももちろん水着です。でも青山さんの水着は競泳水着のような上下繋がったタイプでさらに羽織物をしているので露出度自体は低いです。少し安心・・・。
「チノさん。この水着どうでしょうか」
「えっ、ああそうですね・・・」
露出度自体は低いんだけど健康的な腿や綺麗な肌は晒されている。さらに青山さんの大きな胸がピッチリした水着でさらに強調されているような気がする。
「・・・青山さんの落ち着いた雰囲気に合っていてとてもいいと思います」
あまり過激なことは言えないので結局常套句に落ち着いてしまいました。こんなことで小説のネタになるのかな。相変わらず青山さんは柔らかい笑みを浮かべていたけど。
「じゃあ早速浸かりましょうか」
「それならチェスのお相手を願えますか?」
「はい、喜んで」
そう言って青山さんは歩き始めました。と、その途端でした。
「あっ」
「危ない!」
青山さんが濡れたプールサイドで足が滑って転びかけました。ボクは咄嗟に青山さんの体を押さえます。
ドサッ
結論から言うと青山さんは無事でした。ボクがクッションになる形で押さえたので。
でもその拍子に青山さんのお尻がボクの腰の少し下辺りに密着するようになり、柔らかさがそこから伝わってきた。さらに胸部分を横から揉む形になり、そのみずみずしい感触を脳がしっかりと知覚していた。
「あ、青山さん。だ、大丈夫ですか・・・?」
「はい。チノさんがかばってくれたので」
青山さんは相変わらずあっけらかんとした表情でボクの方を向きました。男のボクに体を触られて気にしていないのでしょうか・・・。
「・・・すいません。青山さん」
「? 謝罪をしなければならないのは私の方では?」
見たところ青山さんは気にしていないようです。とりあえず青山さんに怪我がなかったことだけ喜ぼう。そうしよう。
「ここからの夕日、小説のアイディアに詰まった時よく見に来るんです」
その日の終わりにボクと青山さんは展望台に来ていました。夕日と街の様子が一望できる人気スポットです。
「今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ上手くエスコートできなくて・・・」
温泉プールの後も色んな所へ行きました。クレープ屋さんでクレープを食べたり、図書館に行って本を探してみたり、アクセサリーを探してみたり公園で一休みしたりといろいろやりました。でも思い返すと少しせわしなさ過ぎたようにも思います。これで青山さんに楽しんでもらえたのでしょうか・・・。
「今日一日、男の人と出歩いてみて分かりました」
青山さんが子供に本を読み聞かせるように言います。
「恋愛とは心の所作だと」
「心、ですか」
「その人を大事に思う心、お互いを想い合う愛、それが体にも所作となって自然と現れるんです」
チノさんからはその所作がにじみ出ていましたよ、と優しく言ってくれました。
そうです。相手に楽しんでもらおうと頑張ってたのはボクだけではありませんでした。
青山さんも、お互いが楽しみ合えるように頑張っていたはずです。
「チノさんはいつもココアさん達のことを考えて、楽しませようと頑張られているんですね。だから今日も自然と愛に満ちた所作ができたんでしょう」
そっか。何も特別なことをしなくてもいいんだ。
友達を大事にする、それが色んな人同士の関係にも繋がるんだ。
「ですから」
展望台からの夕日でお互いの顔は綺麗な黄色に染まっていました。
「今日はとても楽しかったです。本当にありがとうございました」
勘違いかもしれないけど、青山さんはいつもより嬉しそうな笑顔を浮かべていた気がする。
「こちらこそ、今日は楽しかったです」
ボクも心からの笑顔を浮かべました。
「そうだ。協力してくださったお礼をしなければなりませんね」
青山さんはボクへのお礼を思案しているようでした。
「それでしたら欲しいものがあるんですけど」
「チノくん楽しかった?」
「良かったなデートできて」
「青山さん綺麗だもんね」
「大人の女性だから魅力的よね」
「な、なんだか皆さん目が死んでます・・・」
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ。青山さん」
いつも通り青山さんがコーヒーを飲みに来ました。ここでコーヒーを飲みながら小説を書くとはかどるらしいです。それを聞いてボクも嬉しくなりました。
「メニューはお決まりですか?」
「それではいつものをお願いできますか」
「かしこまりました」
いつもの、と聞いてこちらも分かるくらいには常連さんです。できるならこれからも長く来てほしいです。
「あ。そういえば頂いた小説読ませていただきました」
「ホントですか?どうでしたでしょうか」
「はい。とても面白かったです。登場する人たちが生き生きとしてて、ホントにこの世界にあるような素敵な物語でした」
相変わらず常套句のような感想です。でもきっと心は伝わっていると思います。
「フフフ」
「どうしました?」
「褒め方がマスターと似てるなと思いまして」
「そう、ですか」
なんだかむずかゆくなって思わず頭をかいてしまいました。横目で見るとティッピーのおじいちゃんも同じような心境みたいです。
「もしよければ、また今度お付き合いしていただけますか?」
「はい。精一杯させていただきます」
それではコーヒーを淹れてきますね、とボクは青山さんの席を離れました。
ですから青山さんの呟きは聞こえませんでした。
「ちいさなうさぎのマスターさん」
こういう二次創作はキャラや原作の雰囲気をちゃんと再現できてるか不安になりますね・・・