昨日からお姉ちゃんがラビットハウスに泊まりに来てるんだ!よーし、早起きして朝食作って、お姉ちゃんとチノくんに頼れる姉としての威厳を見せるんだから!
ガチャッ
「おはようございます」
「おそようだぞ」
お姉ちゃんとチノくんが。一緒に早起きして。一緒に朝ごはん作ってた。
傍から見たらそれはまるで。
「うわああああああああああんっっっ!!!」
「なにごとっ!?」
「このままじゃ私・・・チノくんの義妹(いもうと)になっちゃうよ・・・」
「まだ寝ぼけてます」
ココアさんとモカさんが対抗してパンを作りすぎてしまったので、皆さんを呼んでピクニックをすることになりました。
「それじゃあパン大食い大会はじめるよー!」
「爽やかな雰囲気が台無しだ!」
ココアさんはいつでも相変わらずです。今朝様子が少しおかしかったけど、どうやら立ち直ったようで良かったです。
「ただし、この中に一つマスタード入りスコーンが!」
ブボッッ!!
「チノーーー!!!」「チノくーーーん!!!」
見事に当たりました。スコーンのほんのり甘い生地でマスタードの酸味と辛味がより強調されています・・・。
「ごめんねチノくん!大丈夫!?これで口拭いて?」
「あぁ・・・ありがとうございます・・・・・」
さすがにモカさんも罪悪感を覚えたのか自分のハンカチを差し出してくれました。
「ごめんね。ちょっとはしゃぎすぎたね・・・」
「いえ、そんなことは・・・」
モカさんは単純に誰かをビックリさせることが好きなんでしょう。そこに悪気はないんだと思います。近くに似たような人がいるので多少は分かります。
「でも、兄妹のやり取りっぽくて少し面白かったです」
「・・・! そっか!!」
モカさんに笑顔が戻りました。お姉ちゃん扱いすると機嫌が戻るのも誰かさんそっくりです。でもいたずらが面白かったのも本心だったりします。
「・・・ココア。これは危機的状況じゃあないのか・・・?」
「すっかりお株が奪われて・・・・・」
「ココア・・・そんなにしょげないで・・・。ひぃっ!また昨日みたいな目に!!」
「チノクンガオニイチャンニナッチャウチノクンガオニイチャンニナッチャウチノクンガオニイチャンニナッチャウチノクンガオニイチャンニナッチャウチノクンガ………………」
「ボート乗り場があるわ」
「そういえばボートって乗ったことないです」
「くじ引きで3組に分かれて岸まで競争ってのはどう?」
「よしっ!!今度こそお姉ちゃんには負けないよ!!!」
くじ引きの結果 チノはモカとペアとなった。
「うわああああんっっっ!!!負けたぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「まだ始まってないよ!?」
「体全体を使って漕ぐのがコツなんですね」
「そうそう♪ その調子♪」
モカさんと一緒にボートに乗り込むことになりました。優しくボートの漕ぎ方を教えてくれます。まるで本当に弟と接するみたいに。
「ねえ。チノくん」
「はい。何でしょう?」
「ココアってこっちでどうかな? チノくんからもココアの様子を聞きたくて」
ボクにココアさんの様子を伺ってきました。一緒に住んでる友達から、確かな評価を聞きたいのでしょう。
「そうですね・・・」
いつものココアさん・・・。急に言われるとパッと出てきません
いつも一緒にいるから良い所も悪い所も自然に受け止めるようになってるな。
「モカさんが見た通りです。いつも元気いっぱいでたまに少しそそっかしいです」
「そっかぁ。家にいる時と変わらないなぁ」
「あとよくボクの前でお姉ちゃんぶります」
「あはは。私の影響受けちゃってるんだ」
ココアさんは四兄妹の末っ子なので、上のお兄さんたちやモカさんから色んな影響を受けるそうです。でも見るからにモカさんの影響を一番受けていると思います。
「昔から私のマネが大好きで。可愛かったなぁ」
「本当に仲のいいご姉妹なんですね」
「チノくんも、ココアと仲のいい姉弟に見えるよ」
「えっ」
そうでしょうか。血がつながってるわけじゃないのに姉弟に見えるのかな。でもそう言ってもらえると少し嬉しいような気もします。
「・・・。ありがとうございます」
「はは。ホントにうちの弟になっちゃう?」
「いや・・・それは・・・」
ちょっと魅力的な相談だけど、ラビットハウスを放っておくわけにはいかないし・・・。
「なーんて。冗談だよ♪」
「本当にサプライズが好きなんですね・・・」
見れば見るほど細かい仕草がココアさんと似ています。今見せてる朗らかな笑顔なんかもココアさんそっくりです。
「・・・あ。でも。弟になる可能性はゼロじゃないか・・・」
「・・・何の話ですか?」
「チノくんっ!」
「はははっ、はいっ!」
モカさんがズイッという効果音が響くくらいの勢いで迫ってきました。顔が少し凄みを帯びてる気も・・・。
「ココアのこと、かわいいと思う?」
「えっ」
「お姉ちゃん・・・。チノくんにあんなに近づいて・・・・・」
「気をしっかり持つのよココア!姉に勝る妹になるのよ!!」
「マスタァー・・・。もしかしたらうちのパン屋とラビットハウス、合併するかもしれませぇん・・・・・」
「まだチノには選択の余地があるからね」
「だんだんチノの将来が重くなっていくのう」
「もう帰ってしまうんですね」
「またフラッと遊びに来るからー」
あっという間に数日経ち、モカさんが帰る日がやってきてしまいました。ピクニックやモカさんのためのサプライズパーティーなどをやりましたが、たった数日のうちにモカさんは元からこの街に住んで、昔からみんなと一緒にいたかのような馴染みっぷりを見せていました。
ココアさんの馴染みっぷりもお姉さん譲りだったようです。
「元気でねー」
「ココアもたまには帰ってきなさい!」
モカさんも分かれるのが寂しそうです。最初はココアさんがモカさんにベッタリかと思っていましたが、どうやらモカさんの方もココアさんにベッタリなそうです。
「でもチノくんが寂しがるから」
「ボクを引き合いに出さないでください!」
ココアさんが数日居なくなったってそこまで寂しくはないはずです。多少ココアを淹れる回数は多くなりそうですが大丈夫なはずです。
「ほんとは私が寂しいの!」
「お姉さんの前でやめて下さい!」
ココアさんがギューッと抱きしめてきます。普通に恥ずかしいうえにモカさんの前ですし、周りに人も多いのでいつもの倍恥ずかしいです。
「んー。じゃあやっぱり本当にうちの弟になっちゃおうか?」
「「えっ」」
「そしたらココアもチノくんとずっと一緒にいられるぞー?」
先日も言っていた冗談ですが、なぜか今回は本気のように思えます・・・。
・・・でもココアさんもいつまでもラビットハウスにいるわけじゃあないんだ。
高校を卒業したら、モカさんのいる実家に帰っちゃうんだろうな・・・。
「・・・・・。ダメッ」
「ココアさん・・・?」
ココアさんがボクを抱きしめる力が強くなる。しょっちゅう抱きしめられてるけど、今回はいつもとは違う感じがした。
「チノくんは私の・・・! 私だけの弟だから!!」
「弟じゃないです・・・」
それ、さっきのお姉さんの提案と何が違うのでしょうか。よくは分かりませんでした。
でも。
そう言われて悪い感じはしませんでした。
「・・・あっ。ごめん。お姉ちゃん・・・」
「ううん。いいんだよ」
モカさんが優しい笑みでココアさんを撫でます。お姉さんと言うより、娘の成長を喜ぶ母親のようにも見えました。
「チノくん」
「はい」
「ココアを、これからもよろしくね」
「・・・はい。任せてください」
モカさんに直々に頼まれました。
まだ当分は一緒にいるでしょう。その間は少しでもボクがモカさんの代わりになります。
「ココアもがんばってね♪ ライバルは多そうだぞー♪」
「・・・!もうっ!お姉ちゃんっ!!」
「?」
よく分からないやり取りです。姉妹にしか通じないものがあるのでしょう。
「じゃあ、またね」
そう言ってモカさんは帰っていきました。ココアさんの姉という地位に恥じない、パワフルな人でした。
「お姉ちゃんは去った後も妹の心を奪っていくよー・・・」
ココアさんは打ちのめされているようでした。何かで兄に勝てる弟など存在しない、なんていう言葉がありましたが、姉妹でも同じかもしれません。
「モカさん、素敵な人でしたね」
「何て言ったって私のお姉ちゃんだからね」
ココアさんの良い所をさらに成長させたような人でした。まだまだうちに居てもらいたかったという気持ちが湧いてきます。
「・・・・・チノくん」
「はい?」
「チノくんは、私なんかよりお姉ちゃんが来る方が良かった?」
「えっ」
突然弱気なことを言い出しました。いつものココアさんらしくないです・・・。
「お姉ちゃんには敵わないからなぁ。私よりいろんなこと上手にできちゃうし」
「・・・・・・・」
なんだろう・・・。なぜか嫌な気分になってきた。
「ボクは・・・」
「チノくん?」
「ボクは、ココアさんがこの街に来て良かったと思ってます!」
「・・・・・!」
「モカさんは素敵な方でしたけど!ココアさんだって・・・!・・・だから大丈夫です!!」
全然うまく言えない。ボクがもっとしっかりしてれば、ちゃんと慰めの言葉を言えたかもしれないのに。自分がちょっと恨めしいです・・・。
「・・・えへへ。ありがとう!チノくん!!」
「・・・ココアさん」
「私!お姉ちゃんに負けないくらいのお姉ちゃんになるよ!!」
どうやら元のココアさんに戻ったようです。やっぱりココアさんにはいつも明るくいてほしいです。
「だからこれからもよろしくね!チノくん!」
「はい。よろしくお願いします」
どうやら、ココアさんとはまだまだ長い付き合いになりそうです。
「えへへー。じゃあ立派なお姉ちゃんになるためにモフモフを特訓だー!」
「それお姉さん関係ないですよね!?人前でやめてください!!」
ココアは昔から私の真似が大好きでした。
だからチノくんを可愛がるのも、私みたいな姉になりたいからだと思ってました。
でも。
「チノくんが寂しがるからー」
「ボクを引き合いに出さないでください!」
あのココアの目の光りよう。
「チノくんは、私だけの・・・弟だから!」
あの目の輝き方。明らかに家族に向けるものじゃないんだ。
もう私の真似じゃないんだね。
私の知らないところで、私とは違う大人になってるんだ。
姉としてはちょっと寂しいけど、それ以上に成長が嬉しいな。
「やっぱり、いつか弟が増えるかもしれないな」
妹の明るい未来を夢見ながら、私は夕焼けの電車に揺られていた。
「うぇ~ん、おかあさ~ん。ココアが遠くに巣立っちゃうよぉ~」
「あらあら。娘の結婚式で泣く両親みたいになってるわよ?」