新年早々に、千夜さんがガレッド・レ・ロワを作ってきてくれました。当たりのパイの中には指輪が入ってて、見事当てた人には王さまとしてみんなに一つ命令できる権利が与えられるのです。
「私が当たったらみんなを妹にするんだ~」
「暴君が誕生しないことを祈る」
「こういうのって意外と無欲な人が当たるよねー」
ガリッ
「あはっへひまいまひは・・・(あたってしまいました)」
「チノ!?おめでとー!」
「すごい音したけど大丈夫!?」
色んな意味で見事に当たりました・・・。嬉しいのですが骨身に染みわたります・・・。
「さあ王よ!」「我々にご命令を!!」
「いっ、いきなり全員に・・・!?」
指輪が当たってしまったので王となってしまいました。でもどうしましょう。みんなに命令したいことなんてすぐには思い浮かびません。
「チノー、変な命令しちゃダメだぞー?」
「マヤちゃん、変な命令って何?」
「えっ、いや・・・そりゃあ・・・」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」
マヤさんが変なことを言ったので変な空気になってしまいました。ボクだって皆さんに変なことをさせるつもりはありません。きっと・・・多分・・・・・。
「じ、じゃあチノが考えてる間、一回解散しよう」
「チノくんの命令なら安心だわ」
「気楽にねー」
どうやら皆さんからは信頼されているようです。日頃の行いが悪くないものと証明されたようで良かったです。
「・・・とりあえず歩きながら考えましょう」
「王なら民の声に耳を傾けるのもいいかもしれんのう」
「それでは、王の命令を発動します」
「「「「「「ゴクリ」」」」」」
肌寒い冬の日、ボクたちの周りだけ空気が張り詰めました。
「リゼさんが大学に受かったお祝いと、チマメ隊の卒業祝いとして」
「皆さんと外の世界に行ってみたい。これがボクの命令です」
「あれ?お姉ちゃんになってほしいんじゃないの!?」
「それは提案!命令じゃない!」
「そうなんですか!?」
「もちろん賛成!」
「命令は考え直しね!」
「えぇっ!?」
「でもまずは目の前の受験だね」
「一緒に頑張ろうな!チノ!」
「・・・はい」
というわけで命令は考え直しとなってしまいました。どうやら王としてはまだ未熟だったようです。
「チノくんがあんな命令を下すなんてね」
「・・・ココアさんの変な影響のせいかもしれませんね」
「え゛っ」
ココアさんがショックを受けたかのような顔をしています。でも別に否定的な意味で言ったわけではありません。
「正直まだ実感が湧かないし、新しいセカイを知るのはちょっとだけこわいです」
ボクは生まれてからこの木組みの街以外の街へ行ったことがありません。前にキャンプで遠出したときさえも遠くの世界に行くようでドキドキしていました。
「・・・でも」
「でも?」
「それ以上に、みなさんといろんな景色を見たいと思ったんです」
「・・・そっかぁ!」
ちょっと前まではそんな考えには至らなかったでしょう。
ボクがこんな考えになった原因は、横のアグレッシブな自称”姉”のせいです。
「今のみなさんとは今の思い出しか作れないですから」
「チノくん・・・」
「それに外の世界を知ったら、故郷がもっと好きになる・・・。そうですよね」
「・・・うん!そうだよ!!」
ココアさんはふるさとを遠く離れてこの街に来ています。ココアさんしか持っていない行動力です。
それに、ふるさとと今住んでいるこの街を同じくらい大切にしてくれています。
そんなココアさんに、ちょっとでも近づきたかったのかもしれません。
「私と考えが似ちゃったのかな。さすが私の弟!!」
「弟じゃないです」
この街を出たら、ボクも少し変わるのかな。
怖さとドキドキに包まれながら、ボクはココアさんといつも通りのやり取りをしていた。
とうとう受験と合格発表、それに卒業式も終わりいよいよ旅行の日がやってきました。時間なんてたくさんあると思ってましたが、過ぎれば短いものだということが実感できました。
そんな貴重な時間なのですが。
「手品道具なんて何に使うんです!?」
「やだーっ!必要なの!チノくんだってクロスワードなんて見ないでしょー!?」
「見ます!ココアさんにはわからないです!!」
兄弟げんか、と言ってしまっていいのかわかりませんが、とにかくくだらないことで喧嘩していました。
「タカヒロさーん!チノくんがーっ!!」
「お父さん!ココアさんが!!」
「両方置いていきなさい」
「おじいちゃんも一緒に行きましょう!面白い喫茶店とかいっぱいあるんです!」
ボクはいつも通りティッピーのおじいちゃんを頭に乗せようとしました。
「わしは行かんよ」
「えっ」
「これはチノ達の旅じゃ」
ちょっと突き放すような、それでも優しいような口調でした。
「色んなものを見て、たくさんの事に触れておいで」
そうか。
これはボクの初めての旅なんだ。
自分の旅路は自分で切り開かないと。
「男と言うものは、いつか旅に出るものじゃからの」
「同行者、ほとんど女の子ですが」
「駅はあっちのが近いのに遠回りですよ?」
「しばらく街とお別れだから目に焼き付けるの!」
「少し行って帰ったところで何も変わらないのに・・・」
一週間とちょっと遠出するだけなのに大げさです。でもココアさんらしい、優しい感性です。
「そんな事ない!少しずつ変化はあるんだよ!あの新しくオープンするお店みたいに」
そう言ってココアさんは改装中のお店を指さしました。よく見ると喫茶店らしいです。
「これ以上ライバル店が増えるなんて!!」
「旅行前にネガティブにさせちゃった!!」
「でも少し寂しいですね。これからどんどん環境が変わっていって」
ココアさんの言う通り少しずつ変化はあります。ボクの大切なものまでいつかは変わるのかもしれません。
「自分も自分でなくなってしまうような・・・」
「悲しむことはないよ!チノくん!!」
その声を聞いたとたん、ネガティブな気分に晴れ間が差し込みました。
「細胞は日々入れ替わってる!一日として同じ自分はいないんだよ!」
ココアさんは変わることも楽しんでいます。周りも、自分さえも。
ココアさんのようになれば、何がどんなに変わっても大丈夫。そう思える。
「私だって出会ったころから随分変わったでしょ!」
「・・・全然。ある意味安心しました」
どれだけ時代が流れても、ココアさんはいつでもココアさんなんだろうな。
ようやく駅に着いたらもう列車は発射寸前でした。
「みんなもう乗ってるって!」
『まもなく発車します。ご乗車の方は・・・』
「はぁ・・・はぁ・・・。もう・・・ボク・・・おいて・・・」
「諦めないでー!手を伸ばして!」
そう言われボクは咄嗟に手を伸ばす。
その手を暖かい手が包み込んでくれた。
『扉が閉まります』
「ふたりとも!間に合ってよかったー!」
「ご迷惑をおかけしました・・・」
「チノくんが街を離れるのが寂しくなっちゃって」
「それはココアさんでしょ!」
そもそもココアさんが街にお別れを言わなければ余裕で間に合ったはずです。全く、しょうがないココアさんです。
「えへへ。でもこれで新しい一歩を踏み出したね」
無我夢中で列車に乗りましたが、これで本当に街とはしばらくお別れです。そして新しい世界へ本当に行ってしまいます。
「新たな大地へレッツゴー!」
「・・・・・・・・・・・・」
景色がどんどん変わっていきます。街がどんどん離れていきます。
(・・・いってきます)
いってきます・・・!
ここからしばらく旅行編となります。
でももし時系列前のエピソードを思いついたら挿入投稿するかもしれません。