「みんな早く走って!バスに乗り遅れちゃう!」
そう言いつつココアさんは、何故か学校の制服で食パンを咥えながら走っています。今どき少女漫画でも見ない構図です。
「ココアちゃんにこの旅行には学校の制服持ってきてって言われてたけど・・・」
「いったいどこへ行く気だ?」
「みんなで登校してるみたい」
「でも行き先は学校じゃなくて・・・」
そうココアさんに導かれて着いた場所は・・・。
「ここだよ!」
「「「「「「遊園地!?」」」」」」
「私達の学校って修学旅行ないでしょ?せっかく街の外なんだから気分を味わってみたくて」
「そういうことだったんですか」
予定外の修学旅行となってしまいました。サプライズ好きなココアさんが考えそうなことです。
でもそれだけじゃなくてきっと皆さんに楽しんでもらいたくて旅行前から下調べして決めていたんでしょう。他人に楽しい気持ちになってほしいという思いやりが根底にあるんですね。
「ほんとに修学旅行みたーい」
「リゼたちと同じ学校みたいだな」
マヤさんとメグさんも楽しそうです。よくたむろするボクたちですが行く学校は別々です。でもこれならひと時ですが、同じ学校友達の感覚を味わえます。
「またサプライズ負けしてしまいましたね」
いつもココアさんには驚かされてばかりです。
「リゼのボタン、シャロと違うね」
「卒業式でむしり取られたから代用品だ」
「あれ?そういえばチノくんのボタンもマヤちゃんたちと違うね」
「ああ、ボクも卒業式にむしり取られちゃって」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」
「皆さん・・・?」
「さて、チケット早く買わないとな」
「何時間も待つ羽目になりますからね」
「お店でカチューシャ装備してね」
「ココアちゃんノリノリね」
「この耳なんかいいんじゃない?」
「テンション上がるねー」
「あれ!?」
多少すったもんだがありましたが、無事遊園地に入園できました。
「チノくんもカチューシャ装備しよー!」
ココアさんは早速遊園地を満喫しています。可愛らしいウサギの耳をつけています。
カチューシャにもいろんな種類がありますね。どれもかわいいです。
「ココア、あんまり強要するなよ」
「そうよ、年頃の男の子なんだし」
リゼさんとシャロさんが冷静にテンション高めなココアさんを諫めます。
「ああ、うん。ごめんねチノくん。無理しなくていいからね」
流石のココアさんも二人に注意され、ばつが悪そうです。ウサギの耳もシュンとうなだれています。
「・・・・・いえ、大丈夫です」
「チノくん?」
「せっかくなのでボクも浮かれたいですから」
これはココアさんに遠慮したわけではありません。
遠慮しすぎずもっと自分を出していきたい。この旅行に来て、そう思えるようになったからです。
どこかの自称・姉みたいに。
「かわいいものは好きですから大丈夫ですよ」
「そっか!」
ココアさんの顔に満面の笑みが戻りました。そんな顔されたら断れるものも断れないです。
「余計なお世話だったみたいだな」
「チノくんも変わったわね」
「うん。前までちっちゃくて可愛い弟だと思ってたのに」
「姉というより、母親ね」
「え?」
「男子はすぐ大きくなるっていうからな。すぐにでも背なんて追い抜かれるかもな」
「もうっ!二人の意地悪!」
「照れてるな」「照れてますね」
「もぉーーーっ!」
「というわけで思い切りました」
「チノくんティッピーは外そう!?」
「メガ増しだな!?」
「動物耳ですらない!」
「最初はどのエリアに行くか迷いますね」
「みんなで回れるなんて夢みたーい♪」
そう思いながらぶらぶらしていると、背後からヌッと猫さんの着ぐるみが現れました。
「ひぅ!?」
「パークのアイドル、ダルタニャン!怖がる必要ないよ」
よりによってココアさんの近くで情けない声を上げてしまいました。少し気分が沈みます・・・。
チョイチョイ
「ん?」
ポンッ
「あっ」
突然ダルタニャンさんの手から黄色い花が現れました。
「手品だ!」
「紳士だわ」
「・・・ふふっ」
ダルタニャンのおかげで気分も戻りました。楽しい遊園地みたいです。
「チノくんチノくん」
「何ですか?」
「それっ」
ポンッ
今度はココアさんが赤い花を出しました。
「対抗するなココア」
「ジェットコースター!ずっと乗ってみたかったんだ!」
「グルグルして楽しそ~!」
マヤさんとメグさんは絶叫マシンに興味があるようです。
「あれは人が乗っちゃいけないものだわ」
「ですね」
ボクと千夜さんは絶叫マシン全否定派です。なぜわざわざ命の危険を冒してまで高いところから飛び降りる必要があるのでしょう。
「でもね・・・聞いたことがあるの。みんなで乗れば吊り橋効果で結束が強まるって」
「え」
「それに精神的に強くなるチャンス!」
「えっ」
まずいです。千夜さんが使命感からどんどん乗るモードに・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
しょうがない。
「じゃあみんなで一緒に乗りましょう」
「チノくん・・・」
「大丈夫なの?千夜に無理して付き合わなくてもいいのよ」
「大丈夫ですよ」
女の子が頑張ってる中で男子のボクが引き下がるわけにはいきません。
それに。
「将来のお仕事仲間ですから。結束を強めておきたいです」
「チノくん・・・ありがとう」
「いえ」
「これを乗り切って私は・・・転生する!!」
「「決意が重すぎる!!」」
そんなわけで搭乗しました。コースターがどんどん上に登って行っています。
「高い・・・流石に怖いですね」
ここからコースターがなだれ落ちるなんて・・・。安全点検は大丈夫でしょうか・・・。
あれ?さっきから隣の千夜さんが一言もしゃべって・・・。
「千夜さん?」
「・・・・・・」
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・えっ?あっうん!?何!?」
当の千夜さんは顔面蒼白といった感じです。決意はしても怖いものは怖いんですね。
「・・・・・・・・・・・」
ボクは千夜さんの小刻みに震えている手をそっと取りました。
「えっ!?チノくん!?」
「千夜さん」
震えを抑えるように少し強めに千夜さんの手を握ります。
「大丈夫ですよ」
「・・・・・うん」
どうやら少し安心したようです。よかった。
そう思った瞬間にコースターが斜面を滑り落ちました。
二人して一瞬魂が抜けました・・・。
「ワタシ、ウマレカワッタ…」
「コレデオミセモダイハンジョウ…」
搭乗後も未だ魂が戻ってきてません。もう当分高いところには頼まれたって登りません、絶対に。
「次はみんなであれ乗りたい♪」
「「メグちゃん天然系小悪魔!!」」
違う絶叫マシンを指さしてメグさんが笑っています。無邪気さは時には罪です。
「メグ~、千夜とチノが怖がってるからやめよ?」
「マヤちゃん」
珍しくマヤさんが配慮してくれました。中学を卒業して大人になったのでしょうか。
「体震えてる」
「びびってないよ」
「じゃあ二人で行こうよ」
「ひっ!?」
違った。たださっきのが怖かっただけみたいです。
「・・・・・メグさん、ボクも一緒に乗りますよ」
「チノくん?大丈夫なの?怖かったんじゃ・・・」
「大丈夫ですよ。せっかくの旅行なので、挑戦してみたいんです」
それに、同じ学校の修学旅行気分が味わえるのはこれが最後だろうし。
思い出を宝として残しておきたいんです。
「・・・わかった!じゃあ三人で乗ろう!」
「はい」
「これでチマメ隊の結束も永遠だね!」
「フフフ、そうですね」
メグさんも嬉しそうです。そんな嬉しい顔されたらこっちまで嬉しくなってしまいます。
「・・・・・・・・チノ」
「? 何ですかマヤさん?」
「お前がカッコつけたせいで私まで乗らなくちゃいけなくなったじゃん!!!」
「ちょっ、ポカポカなぐるのやめてくださ、いたいいたい・・・」
「楽しかったね♪」
「・・・・・・・」
「うぅ・・・・・」
ボクとマヤさんは口から魂やら何やらがまろび出そうな顔色をしています。反対にメグさんは満足したのか肌がツルツルテカテカです。
「あんなの親父の自家用機に比べたらまだまだだぞ」
「いつの間にか装備がすごいことになってる」
凛々しいことを言っているリゼさんですが、装備しているものは遊園地のお菓子というゆるゆるっぷりです。
「お菓子がどれもかわいくて・・・みんなの分もある」
ポップコーンにチュロスといった、まさにノリがパリッてるお菓子のオンパレードです。
「でもこういう場所のお菓子って結構な値段するよね」
「リゼさん空気に流されてますね」
「ここではっ!思い出を買ってるんだ!!」
「最初の恥じらいはどこへ!?」
リゼさんも浮かれに浮かれまくっているようです。
「リゼさん」
「ん、何だチノ?」
「向こうに綿菓子の出店もあったので買ってきました。よかったらどうぞ」
カラフルでかわいい綿菓子ばっかりだったのでつい買ってしまいました。皆さんの分もあります。
「大丈夫なのか?こういう場所のお菓子は高いって言ったばかりだろ?」
たしかに出費は結構しました。今少しお財布が軽いです・・・。
「いいんです。こういう所では思い出を買ってるので」
「・・・そうか。でもあまり無理はするなよ」
「はい」
リゼさんは心配してくれますが、お金は思い出作りに使ってこそです。
それに皆さんが喜んでくれるなら無駄にはならないでしょう。
早速皆さんに綿菓子を配りに行こう。
「ではリゼさんもおひとつどうぞ」
「ああ、ありがとう。でも今は手がふさがってるからな」
確かに両手がチュロスでふさがっています。首からポップコーンの容器も下げてるので持って置く場所がありません。
「・・・・・リゼさん」
「うん?」
「あ、あーんしてください」
「!?」
恥かしいですがしょうがありません。
「な、なに考えてるんだ!こういうのは、その、恋人同士とかで・・・!」
「で、でもその状態じゃ食べられないですよ・・・」
「・・・・・・・・・・・」
リゼさんは顔が真っ赤です。ボクも同じくらい顔は真っ赤でしょう。
「・・・・・じ、じゃあ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
パムッ
しばらく行くとステージでヒーローショーがやってました。しかも演目は怪盗ラパンです。
「久しぶりにシャロさんのラパンも見たいです」
「シャロちゃん、チノくんの為にやってあげて」
「今!?」
「ああ、いや、そんなに無理にしなくても・・・」
こういう人の多い場所で無理強いはできません。シャロさんはシャイな方なのでなおさらです。
「じゃあ私もチノのカプチーノバリスタ見たい!」
「久々にキアロやってほしいなー」
「えっ」
マヤさんとメグさんが催促してきます。キアロというのはだいぶ前ラビットハウスのにイメージキャラとしてコスしたキャラです。記憶の彼方に葬っていたのですが・・・。
・・・でもシャロさんに催促した手前、やらないわけにはいきません。
「じ、じゃあシャロさん、一緒にやりましょう・・・」
「え、ええ・・・・・」
少し恥ずかしいですが何事も挑戦です。
「怪盗ラパン!」
「バリスタキアロ!」
「「華麗に参上!!」」
『はい!そこのやる気満々のお嬢さんとお兄さん!』
あれ?アナウンサーのお姉さん、ボクたちのこと言ってます?
『ステージに上がってラパンと共闘しよう!』
「「ひゃいぃぃー!?」」
「迷子に懐かれてしまった」
「リゼちゃんはよく気に入られるねぇ」
ボクとシャロさんがステージにいる間に、リゼさんが迷子のお子さんを抱っこしていました。
「私も負けない!泣いてる子にはお姉ちゃんの~・・・魔法!」
「バルーンアートなんていつの間に習得したんだ」
ココアさんの手からウサギのバルーンアートが出てきました。きっとみんなを楽しませたくて頑張って習得したんでしょう。ココアさんらしいです。
「あたしもほしいー」「ほしい」「ほしい」
その光景を見て周りの子供たちがワラワラ集まってきました。
「ココアは遊園地キャストになった方がいいんじゃ・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「チノったら、ココアを子供たちに取られて嫉妬?」
「わぁ~お」
「違います」
マヤさんメグさんはああ言ってますが断じて違います。確かにあの光景を見て胸がもやもやしましたが・・・。
「だって・・・ココアさん達、やりたいことをどんどん叶えていってる感じしませんか?」
「わかる」
「みんな殻をぶち破ってるね」
コーヒーカップを回しながら胸のもやもやの原因を吐露します。
「ボクも高校生になったら負けられないなって・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」
コーヒーカップはグルグル回る。軽快な音楽とともに。
その陽気な雰囲気でシリアスな心情がより際立ってるように思えた。
「じゃあ私たちだってチノに負けなーい!」
「必殺スパイラルトルネード!!」
「振り落とされる!!!」
シリアスな心情が凄い開店とともに何処へと吹っ飛んでいきました。
「チノ!!!」
「っ!?は、はいっ?」
「男だったらちゃんと自分の思い伝えろよ!」
「・・・マヤさん」
「そうだよ!女の子だって待ってくれないんだから!」
「メグさん・・・」
「よーし!超必殺スーパートルネード!」
「回転マシマシだー!」
「ち、ちょっと回しすぎです・・・・・」
そんなこんなあっていつの間にか日が暮れてきました。いよいよ1日だけの修学旅行も終わりです。
最後の思い出としてみんなで記念写真を撮ることになりました。最初はリゼさんが撮ろうとしていましたが、シャロさんの説得でみんなで映ることになりました。パークのスタッフさんが撮ってくれます。
「一人映らなくてどうするんですか!バラバラの制服ですけど・・・この格好でみんなが集まるのは最後なんですよ!?」
「・・・たしかにな。年上とか関係なかった」
リゼさんも先輩後輩のしがらみを気にせず、自分を出し切るようです。
「年下に甘えてみてもいいんだよな?」
「ぴぇ!?」
「今の私は甘えん坊な猫だ」
・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・みゃ」
「!!?」
気付いたらココアさんの服の裾を掴んでいました。
「どどどどうしたの!?」
「別に・・・みんなでこの制服が最後と聞いたら、寂しくなってしまっただけです・・・。ほんの少しだけ・・・」
このメンバーで楽しんでいられる時間にも限りがある。
そう、やりたいことをやれる時間にもきっと・・・。
「そう思えたのなら制服思い出作戦大成功♪」
でもココアさんは違うみたいだ。
「新学期はもっと楽しくしちゃうからね」
どんな時間が流れても、やりたいことを全力で楽しむ気概を持ってるらしいです。
「その言葉、お返しします」
「それでは笑顔で!」
やりたいことを全力でやり切れば、自然と笑顔になれる。
やっぱりココアさんはボクの先を行くお姉ちゃんで・・・。
パシャッ
ボクの大好きな人です。
「ココアさん」
「ん?なぁに、チノくん?」
そうココアさんを呼び止めてボクはココアさんの前で膝をつきました。
ポンッ
「わっ手品」
さっきのココアさんみたいに手から花を出しました。
「練習してたんだね」
「ずっとココアさんみたいにやってみたくて」
まだまだお母さんやココアさんには遠く及ばないけど。
「あはは、お姉ちゃんに憧れちゃったのかな?」
「はい、そうです」
「えっ」
そう聞いたココアさんは一瞬顔が真っ赤になりました。でももしかしたら夕日のせいかもしれません。
「新学期でもよろしくお願いします」
「・・・うん!よろしくね!」
夕日に照らされたココアさんの笑顔は、いつもよりきらびやかに見えました。
もっと伝えたいことはあったけれど、今はこれだけでいい。
でも絶対に伝える。それが今の僕のやりたいことだ。