ご注文はチノくんですか?   作:岩ノ森

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ココアちゃんとチノくんの初めての出会い。エピソード0です。


一目で尋常でないうさぎ好きと見抜きました

 ここは喫茶店ラビットハウス。この木組みの街のほとりにある、小さくて静かなお店だけど美味しいコーヒーが楽しめる隠れた名店です。

 そんな喫茶店でお仕事しているのが一人息子のこのボク、香風智乃です。

 今日もお客さんに美味しいコーヒーを楽しんでもらえるといいな。

 

 カランコロン

 

 そんなことを思いながらお仕事をしていると早速お客さんがやってきました。

 「いらっしゃいませ」

 そのお客さんを見た時、思いました。

 綺麗な人だなって。

 「うっさぎー♪うっさぎー♪」

 そのお客さんはなんだか上機嫌そうに何かを探していました。

 キョロキョロ

 「?」

 何を探しているのでしょう?初めて見るお客さんだと思うのですが。

 「・・・うさぎがいない」

 「え?」

 「うさぎがいない!」

 何だこの客。

 

 

 そのお客さんはうちのおじいちゃん(うさぎ)、ティッピーをモフモフするためにコーヒーを3杯も頼みました。

 「はぁ~モフモフ気持ちいい~。癖になるよぉ」

 「ええい!早く離せこの小娘が!!」

 「!? 何だかこの子にダンディな声で拒絶されたんだけど!?」

 「ボクの腹話術です。早くコーヒー飲んでください」

 何だか騒がしい人です。普段は静かなラビットハウスが別のお店のようです。

 今日はこの春から下宿をする保登さんが来る予定なんです。あんまり騒がしいところを見られて不安にさせたくはないのですが。

 「私、春からこの街の高校に通うの」

 「はあ」

 「でも下宿先探してたら迷子になっちゃって」

 え?

 「道を聞くついでに休憩しようと思ったんだけど、香風さんちってこの近くのはずなんだけど知ってる?」

 「・・・・・・・うちです」

 まさかのまさかでした。

 「すごい!これは偶然を通り越して運命だよ!」

 いきなり運命感じられた・・・。

 

 「ボクはチノです。ここのマスターの孫です」

 「私はココアだよ。よろしくねチノちゃん」

 ちゃんて。ボク男なんですけど、と言いそうになりましたが無遠慮なので口をつぐみます。

 「えっと、ここのマスターさんは留守?」

 「祖父は去年・・・・・」

 「・・・・・そっか、今はチノちゃん一人で切り盛りしてるんだね・・・」

 「いえ、父もいますし。バイトの子がもう一人・・・」

 「私を姉だと思って何でも言って!」

 「ぐえっ」

 いきなりばふっと抱きつかれた!保登さんの柔らかな体の感触が伝わってきて一瞬頭が真っ白になる。

 「だから、お姉ちゃんって呼ん」

 「じ、じゃあ保登さん。早速働いてください」

 

 

 

 「制服、このピンクのでいいかな」

 倉庫から余っていた制服を取り出しました。埃もかぶってないしこれでいいでしょう。

 保登さんはどうやら明るく賑やかな人見たいです。ボクとは正反対です。

 そんな人と同居なんてうまくやっていけるのかな・・・。ましてやボクは男だし・・・・・。

 不安要素が胸いっぱいに広がります。

 ワタシハキョウカラココニオセワニナルコトニナッタココアデス ソンナノキイテナイゾー

 何だか賑やかです。リゼさんと何かあったんでしょうか。

 「何かあったんです・・・か」

 「あ・・・・・」

 「チノちゃん強盗が!!」

 ここは更衣室。当然服を着替える場所だ。

 つまりリゼさんも服を着替えている。そのために脱いでいるわけで。

 「ち、チノー!見るなー!!」

 ゴンッ

 「ぐえっ」

 「チノちゃーん!?」

 リゼさんの手から銃が投げられ飛んできました。

 リゼさんの下着は初めて会った時と同じストライプでした・・・。

 

 

 

 多少ゴタゴタはありましたが何とかココアさんに制服に着替えてもらいました。

 「リゼさん。先輩として保登さんに色々と教えてあげてください」

 「きょ、教官ということだな!」

 「うれしそうですね」

 「この顔のどこがそう見える!」

 「よろしくねリゼちゃん」

 「上司に口を利くときは言葉の最後にサーをつけろ!」

 「お、落ち着いてサー!」

 仲良くできそうで何よりです。

 

 「メニュー覚えとけよ」

 「コーヒーの種類が多くて難しいねー」

 予想通りココアさんは賑やかな人です。

 「やったー!私ちゃんと注文取れたよー!」

 「えらい、えらいです」

 ちょっと子供っぽいところはありますが明るい人です。

 「ラテアート、私もやってみるよー」

 「がんばれー」

 どうやら同居するのに問題はなさそうです。

 「お店の名前、もふもふ喫茶なんてどうかな!?」

 「まんますぎるだろ」

 「もふもふ喫茶・・・」

 「気に入った!?」

 趣味も合うようですし。

 

 

 

 「今日はそろそろ閉めましょう」

 「おつかれさまー」

 「おつかれー」

 喫茶店も終業時間がやってきました。夜からは父が切り盛りするバーとなります。

 お店が終わった後も、父やおじいちゃん以外に誰かがいるなんて新鮮な気持ちです。

 「夕飯はシチューでいいですか?」

 「野菜切るの任せて!」

 「いえ、一人で事足りるので座っててください」

 居候するとはいえ一応他人です。やはり気を使います。

 「じゃあ私サラダ作るよ!」

 保登さんはどうやら積極的な人らしいです。向こうもやはり気を使ってくれてるのでしょうか。

 「なんかこうやってると姉妹みたいだね♪」

 「はぁ・・・」

 どうやら気を使う、というより他人のために何かをしたいと自然に思える人らしいです。すごくいい人だ。

 ・・・本当に姉だったら。

 「ココアお姉ちゃん・・・ですね」

 思わずポツリと発してしまいました。嫌に思われてないといいんですけど。

 「もう1回言って」

 「・・・・・・・」

 「お願いもう1回!」

 心配なかった。

 「・・・・・フフッ」

 何だか楽しい人みたいです。

 

 

 

 「ふぅ~」

 温かいお湯が気持ちいい。1日の疲れが溶けていく気がする。

 「今日は騒がしかったな・・・」

 保登さんが来て、静かなお店が騒がしくなりました。いつもは外の小鳥の声が店内で目立つほどに静かなのでとても新鮮でした。

 いつもと違って、何というか。

 「楽しかったな・・・」

 保登さんは今日から下宿する。つまり一緒に暮らしていくということ。

 うまく話せるかな。うまく付き合えるかな。

 それ以上に、こんな楽しい日が続くのかな。

 先の見えない不安と根拠のない期待が入り混じって複雑な感情になる。

 そんな風に思っていると、お風呂の外に人影が見えた。

 「お父さん?」

 何か探し物でしょうか。そんな年頃でもないので別にいても困りませんが。

 

 ガラッ

 

 「チノちゃ~ん。一緒に入ろう!」

 「!?」

 保登さんがタオル1枚羽織っただけの状態でお風呂に入ってきた。

 「ココア風呂だよ?」

 「コッ、コッ」

 ボクは衝撃のあまり口をパクパクさせる。

 保登さんはタオル1枚しか羽織っていない。だから体の柔らかそうな肌の肢体が色々と見えてしまっていた。

 細く白い腕、触ればぷにっと柔らかそうな太もも、指を添わせれば固い感触が伝わってきそうな鎖骨。それに薄いタオルの先に確かにあるそれなりに大きく丸々とした女性を象徴するものの輪郭が見えてしまっていた。

 「どうしたのチノちゃん?」

 「だっ、だっ」

 思わず後ろを向いてバチャバチャする。視界に絶対に保登さんの裸体を入れないよう必死だった。でも本能が勝手に首を保登さんの方に向けようとする。

 「女の子同士だし、恥ずかしがることないよ~」

 「だっ、・・・・・え?」

 まさか・・・また・・・・・?

 「あの・・・保登さん・・・・・」

 「ん?」

 「ボク・・・男です・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・え」

 ポツリポツリと、蛇口から水滴の落ちる音のみがお風呂場に響く。

 「チノ・・・ちゃん、じゃなくて・・・チノ・・・くん?」

 「・・・・・・・・・・はい」

 顔を見なくても分かる。保登さんの顔がみるみる赤くなっていく。

 「~~~~~~~~~~っっっ!!!うわぁぁ~~~~んっ!!やらかしたぁーーーーーっっっ!!!」

 保登さんは全速力でお風呂場から出て行った。

 「・・・・・・・・・・・・」

 ボクは一人残された。

 この熱さはお風呂のせいじゃない気がする。

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 お風呂から上がったボクはとても気まずかった。

 あんなことがあってどんな顔して保登さんと会えばいいのか。

 ちゃんと言っておかなかったボクにも責任があります。

 いきなり保登さんとの同居生活が不安になってきました。

 おぼつかない足取りで自分の部屋に戻ります。

 「あっ、チノくん。ちゃんとあったまった?」

 そこには保登さんがいました。何事もなかったかのようにあっけらかんとして。

 「・・・・・何してるんです?」

 「えへへ。タカヒロさんに手伝ってもらってコーヒー淹れたんだ」

 テーブルを見ると保登さんとボク用であろうコップにコーヒーが淹れられてました。

 さっきのことを気にしていないのでしょうか。

 「チノくん」

 保登さんがボクの前までずいずい来ました。ちょっと真剣な目つきでした。

 「さっきはごめんなさい」

 「えっ」

 保登さんは直角90度の礼をボクにしてきました。

 「これから家族同然の付き合いになるけど遠慮が足りてませんでした。だからごめんなさい」

 「そ、そんなこと」

 急に謝罪をされてうろたえてしまいます。どうしたらよいのか・・・。

 「ほ、保登さん、顔を上げてください。ボクだって悪いんですから」

 保登さんだって自分の裸を男のボクに見られて嫌だったはずだ。そう思うととても責めることなんてできない。

 「ううん、私が悪いの。だからお詫びにコーヒーを淹れたんだけど・・・」

 申し訳なさそうにこちらを見てきます。のほほんとして見えるけど本当は丁寧な人らしいです。

 何だろう、何か・・・お母さんのことを思い出すな。

 「飲んで・・・もらえるかな?」

 「・・・・・・・・・・」

 思うと他人にコーヒーを淹れてもらうなんて、バリスタのお手伝いをしてからあまりなかったな・・・。

 「じ、じゃあいただきます」

 ボクは何処か落ち着かない気持ちで机に座ります。

 「あれ、これって」

 コーヒーにはラテアートがしてありました。あまり上手とは言えませんが。

 これはボクでしょうか。で、これがココアさん?

 「ああそれ、今日習ったからやってみたんだ」

 うまくは出来なかったけど、と頭をかいて笑ってます。

 「・・・・・クスッ」

 ボクも何だかおかしくなってつられて笑ってしまいました。

 「そんなに変だった?」

 「いえ、何だか、おかしいなって」

 「はぁ~よかったぁ~。笑ってくれてこっちも安心したよ~」

 保登さんは安堵したようです。ボクもよかったです。

 「じゃあリゼさんのも作らないとですね。一人外すなんてかわいそうです」

 「先に作って送っておいたよ。その分は私が飲んじゃった」

 「カフェイン中毒になりますよ」

 「大丈夫だよ。ここのコーヒー美味しいから!」

 「関係ないです」

 この人とだったら楽しく暮らせそう。

 「ところでチノくん、せっかく一緒に住むんだしさ」

 「はい」

 「お互い名前で呼び合わない?」

 「・・・そうですね」

 今日会ったばかりだけど、ずっと友達でいられる。そんな気がする人だ。

 「よろしくお願いします。ココアさん」

 「うん!よろしく!チノくん!」

 今日から、ラビットハウスに素敵な店員さんが増えました。

 「せっかくだしお姉ちゃんって呼んでも」

 「やっぱりちょっと待ってください」

 笑顔がとても素敵な、これがうちの自称・姉です。

 

 

 

 「んっ・・・」

 カーテンから差し込む朝日で目を覚ます。

 何だか・・・懐かしい夢だったな。

 「おはようチノ君」

 目の前には夢で見た自称・姉が寝ていた。

 「さきに・・・起きてたんですか・・・?」

 「うん。チノ君の寝顔、可愛かったから」

 何か恥ずかしい。思わず頬が熱くなる。

 「とても気持ちよさそうだったよ。何かいい夢でも見てたの?」

 いい夢・・・。

 「はい。とっても」

 素敵な夢なら今でも見させてもらってる。

 僕はココアさんの背中に手を回し、温かい体を柔らかく抱きしめる。

 そうするとまた心地いい眠気が襲ってきた。

 

 今度も、これからも素敵な夢が見れますように。

 そう思いながらボクは目を閉じた。

 

 

 


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