「おはよーフユちゃん!」
そう言って話しかけてきたココ姉は手から綺麗な花をポンっと出した。
「ココ姉、手品できるの?」
「びっくりした?」
「した・・・!」
「ココアさん、フユさんを見つけ次第爆走しないでください」
後ろからチノと千夜先輩が追いかけてきた。
「あんまりぐいぐい行くと引かれますよ。一緒に住んでる僕ならともかく・・・」
「でも大人気だよ・・・?」
「え」
ココ姉の手品は後輩たちに大人気だった。
「チノ・・・難しい顔してる」
休み時間でチノとチェスで勝負してるけど、チノは浮かない顔みたい。
「あ、フユさんが強くて。こうしてまた勝負できて嬉しいです」
「私も誘ってもらえてうれしい。クラスにはまだうまく馴染めないから、チノがいてくれて良かった」
「フユさん・・・」
「チェックメイト」
「勝負は容赦ないですね」
真剣勝負に待ったなしだよ。
「この小さいチェスセット、持ち運びやすくていいね」
「親友からのクリスマスプレゼントなんです」
「素敵な友達・・・」
きっとこの間ブラバで会った子たちかもしれない。
「でも最近めっきりやる機会が減ってしまったためか、負けっぱなしですね」
「そうなの?」
「前はよく身内としていたんですが、最近は相手をしてもらえなくなって・・・」
身内・・・。
きっとココ姉のことだ!
「・・・・・」
「あれ?今度はフユさんが難しい顔に・・・」
「チノ、もう一度勝負しよ」
「い、いいですけど・・・」
「負けたくないから」
「勝ってましたよ?」
「私がチノ君とチェス勝負!?」
「そうしたらチノ、もっと強くなる。それにチノ、元気なさそうだった・・・」
ココ姉には負けたくないけど、チノの浮かない顔は見たくないし。
「・・・ありがとね、フユちゃん。チノ君のこと心配してくれて」
「ううん、友達だし。チノのこと好きだし」
「そっか」
ココ姉も少し心配してるみたい。それだけチノのこと好きなんだね。
「任せて!私はチノ君のお姉ちゃんだから!」
「・・・恋人なのに?」
「うっ、恋人先輩お姉ちゃん兼任なの!」
ココ姉は欲張りさんみたい。
色んなことを取り入れてるからこんなにキラキラして見えるのかな。
・・・私も負けられない。
「あっ、ココアちゃん」
「弟が元気なかったの気づかなかったなんてお姉ちゃん失格だー!!」
「ぴっ!?」
というわけで千夜ちゃんの家でチェスの特訓だよ!将棋と似たようなところがあるっていうから将棋を使って特訓だ!
「すぐ帰るからね!」
「同級生組集合だー!!」
シャロちゃんも誘ったら来てくれたよ。口では行かないって言ってたけど、やっぱり心配して来てくれたんだ。相変わらずツンデレさんだね。
「シャロちゃんは来てくれるって分かってたよ」
「チノ君のためなんだからね」
「じゃあ早速アドバイスお願い♪」
「うーん・・・チノ君の趣味に無理やり合わせても喜ぶってちゃんと考えた?」
「確かに!その辺はどうなの?」
「合わせるんじゃなくて一緒に楽しみたいから・・・。何より私が興味を持ったからやってみたいんだ」
確かに楽しくもないのに無理やり気を遣って合わせたら、チノ君も楽しくないよね。
でもそれだけじゃないんだ。たくさんの楽しいことを知れればもっと毎日が楽しくなれるだろうから。
「ふーん、彼女って彼氏に影響されるって本当だったのね」
「え」
「チノ君好みの女の子に改造されていってるわ・・・」
「そんなことないってーっ!」
でも何となく嬉しいかも・・・。
「ココアがチェスの特訓を!?」
「その後に勝負を申し込まれました」
ココアの奴、チェスに興味あるようには見えなかったのに。珍しいこともあるもんだ。
「チノが負けたりしてな」
「ありえないことではないです。僕、ブランクあるし、ココアさん飲み込み早いし」
チノも負けたくはないらしい。彼氏の意地ってやつなんだろうか。
「じゃあ仕事が終わったら私と腕試しするか?」
「リゼさんチェスできたんですか!?」
「親父の知り合いのプロと対局したこともある」
「プロと!?すごいです!!」
「小さいころ2回だけど」
「でもすごいです!!」
「すごいかなぁ」
「勝つ前からどや顔!!」
そんなこんなでチノとチェスをしている。チノと二人で遊ぶなんて何だか新鮮だな。
「二人でこうしてると何だか考えちゃうな」
「考える?」
「ココアが来る前からチノの好きなこと知ってたらこうして遊んだりして、もっと簡単に仲良くなれてたのかなーって」
そうしたらもしかしたら私が恋人になってたりして・・・。
「そう思っててくれただけで嬉しいです。それに最初のころのリゼさんの距離の取り方、リゼさんらしくて好きですよ」
チノは元から優しくておとなしい方だけど、最近もっと優しくなってきた気がする。
これも恋人のココアの影響なんだろうか。
「・・・へへっ」
「勝つ前からすごく笑顔ですね」
何となくだけど嬉しくなってしまった。
大好きな二人がお互いをもっと好きになろうとしていることに。
「ほら、お前も頑張れ。まだ負けるって決まったわけじゃないだろ」
「そうですね。負けません」
でも、ほんの少し寂しさも感じるな。
「チノ、次はワシと対局してみるか?」
「おじいちゃんからにお誘い久しぶりです!」
リゼさんが帰った後、ティッピーからもチェスの誘いを受けた。最近相手をしてもらえなくなってたから嬉しかった。
「誘わなくなったのはチノじゃよ」
「そうでしたか!?すみません・・・」
言われてみれば最近おじいちゃんと遊ばなくなってた気がする。
恋人にかまけて家族に冷たくなったのだろうか・・・。
「何を謝る必要がある?ほかに楽しめることが増えたということではないか」
「『ワシはもう必要ない』とか言って消えそうなセリフやめてください!」
「なんじゃそれ」
いやそんなことないかも。
「おじいちゃん、僕最近チェスをやる時、何故かモヤモヤして集中できなくて・・・。やらない間に随分弱くなってしまいました」
高1男子だというのに未だにこんな風におじいちゃんに頼るなんて、我ながら情けない。
「それだけ何かを気に掛けるほど視野が広がったんじゃ」
「え・・・」
「悪い変化ではない。勝敗がすべてではないぞ」
イースターの時も同じようなことを言われていた。
「その胸のモヤモヤこそ変化の証拠じゃろうて」
常に変化している・・・。
1日たりと同じ自分はいない・・・。
「前のお前の低い頭も好きじゃったが、高くなった今のお前から見る景色、ワシは好きじゃぞ」
「おじいちゃん・・・」
今まで積み重ねてきた自分が認められた気がした。
失敗もしてきた自分が許された気がした。
僕は感極まってティッピーを思わずギュッと抱きしめた。
「チノ君ただいまー!!」
そんなことをしている間に、いつもと変わらない声が響いた。
「いざ勝負!千夜ちゃん直伝の振り飛車と美濃囲いを破れるかな!?」
「今からやるのはチェスですよね!?」
そうツッコんでいる間に胸のつっかえも取れたみたいです。
「ところでどうして急にチェスなんてやる気に?」
「だって私がお散歩とかに誘ったらチノ君はついて来てくれるけど、私がチノ君の趣味をやるのはあんまりないなーって」
「ええっ」
無意識のうちに恋人に無理強いをさせてしまっていたんだろうか。
責任感を感じる・・・。
「僕に合わせる必要ないのに・・・。僕だってココアさんに合わせてるつもりはありませんよ」
「私も同じだよ。私のセカイにチノ君が入ってきてくれたみたいに、今度は私がチノ君のセカイに入りたいの」
そうだった。無理強いなんかじゃない。
ココアさんは元からこういう人だ。
人の世界に自然と入り込んできてしまう。
それも嫌な感じじゃなく、家族以上にごく自然に。
「仕方がないですね。では教えてあげましょう」
もうずいぶんと踏み込んでるけど、本人は気づいてないみたいだ。
「チェックメイト」
「ちょっとは手加減して―」
「これでも手を抜いてますよ」
でも指し方自体は悪くない。やっぱりココアさんは飲み込みが早いです。
「同じレベルで戦えるのはフユちゃんだけかぁ。都会のプールでチノ君倒してたもんね」
「あの時はハラハラしてて気が散ったから負けたんです!」
「ハラハラ?何に?」
「え、えっと・・・」
フユさんは周りの女の人のみ、水着姿に気を取られてたからと言っていた。
でも、それは言いたくない・・・。
それにそれだけじゃなくて、ココアさんがフユさんを妹にナンパしてたからっていうのもあったし。
そもそもココアさんはすぐに年下に妹妹って・・・。
ん?
チェスで負けるのはいつもココアさんが年下を妹扱いしたのを見たとき・・・。
ということはつまり原因は・・・。
「うごおおおおお!!」
「どうしたのチノ君!?弱すぎて楽しくなかった!?」
恥ずかしすぎて怪獣みたいな声で悶えてしまった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
紆余曲折あって嫉妬を打ち明けた。ココアさんも僕も、恥ずかしさのあまり顔を赤くして押し黙っている。
「・・・私も、チノ君が女の子と話してるとき、いっつもモヤモヤしてたなぁ」
「うぅ・・・・・」
確かに僕の周りには仕事柄女性の皆さんが多い。けど・・・。
「仕方ないじゃないですか」
「分かってるけどモヤモヤするの。チノ君もそうでしょ?」
「うう・・・・・」
仕方ないけどそれは言い訳にならない。
僕が悩んでるのと同じくらい、ココアさんも悩ませてしまっていたんだ・・・。
「だからさ、私たち似た者同士なのかもね」
「・・・・・!」
「違う部分も似てる部分もあるから、こんなにお互い好きになったんだね」
まただ。
自分のセカイの深い谷底に落ちそうになると、こうやってセカイに来て引っ張り上げてくれる。
「お互いさまってことで。はい」
「その手は・・・?」
「勝負の後にやるやつ!あとこれからもよろしくね!」
「こちらこそ・・・です」
だからこんなに愛おしい。
「チノ、今日は調子いいね」
「他愛もないことが不調の原因でした」
嫉妬が原因だったなんて言えない・・・。
「ココ姉に嫉妬してたんでしょ?」
「ええ!?何でそれを・・・あっ」
「やっぱり」
フユさんには見抜かれていた。
「私もよくチノやココ姉に嫉妬するから、少しわかるよ」
「そう・・・だったんですか」
フユさんは僕のことを好きだと言ってくれた。
でも僕はココアさんが大好きだ。
だからそんな僕を見るたびに、フユさんは苦しんでいるのかもしれない・・・。
「チノが悪いんだよ」
「・・・・・ごめんなさい」
「私のセカイに勝手に入ってきちゃったんだから」
「え・・・?」
僕が・・・?ココアさんみたいに・・・・・?
「やっぱり付き合ってると恋人って似てくるんだね」
フユさんの顔は優しい笑みだった。
とても綺麗だった。
「全然嫌な感じじゃないのも、ね」
ココアさんみたいになりたい。そう思ってきた。
でも、いつの間にかそうなっていた。
「フユさん・・・!ありがとうございます!」
「こちらこそ、だよ」
今日の陽気は、春真っただ中の暖かい陽気だった。
「そういえば、ココアさんがチェスを作るきっかけを作ってくれてありがとうって言ってました」
「ココ姉が!?」
フユさんはピクッと、耳を立てた猫みたいに反応した。
「・・・・・・・」
その反応を見てまた少しモヤっとしてしまった。
「チノ、また調子悪くなってるね」
「えっ、いや、そんなこと・・・」
「嫉妬した?」
悪戯っぽい笑みをフユさんは向けてくる。
何となく気恥ずかしくなり、頬が熱くなる。
そう思っていたら、フユさんはそっと僕の手に自分の手のひらを重ねてきた。
「フユさん・・・!?」
「この時間だけは、独り占めさせて」
そんなこと言われたら、この温かみを受け入れるしかない。
まだ夏でもないのに、今日は真夏以上に暑い気がした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あの・・・ココアさん・・・・・?」
「んー?」
「降りた方が教えやすいんですが・・・」
「やだ。負けたくないから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その夜、僕はココアさんを膝の上に乗せてチェスの打ち方を教えていた。
甘い香りと肌の温かみと柔らかい感触が直接襲ってきて、思春期男子には拷問だった。
球技大会回どうしようか・・・