ご注文はチノくんですか?   作:岩ノ森

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うさぎになったバリスタ

 『チノはコーヒーに何を描いてるんだ?』

 『おじいちゃんのまね~!できた!』

 『これは・・・?』

 『おっきくなったらなりたいもの~!』

 『それは正解しなくてはな』

 

 

 

 「・・・何だか懐かしい夢を見ました」

 「わしもじゃよ」

 

 

 

 今、僕はココアさんの実家のパン屋さんにお邪魔している。

 朝からお客さんも出入りして大忙し、早速僕も手伝おうとしたのですが・・・。

 「・・・・・・・・・・・・」

 「あ、あの、ココアさん・・・。機嫌治してください・・・・・」

 肝心のココアさんはご立腹だった。

 

 

 こうなった経緯はほんの5分前に遡る。

 「チノ君!制服似合ってる!」

 「うんうん!ケイとイツキがいた時の頃を思い出すなー」

 用意されていた男性用の制服を着て、早速パン屋を手伝おうとしていた時だった。

 「このままチノ君がうちに来てくれれば、毎日この制服姿が拝めるね♪」

 「えっ、それって・・・」

 「もうっ!お姉ちゃんっ!」

 それっていつかココアさんと一緒になる、ということなのだろうか。

 いつか・・・大人になったら・・・・・。

 「そうしたらお客さんに三姉妹って言われちゃうね」

 「イエーイ!ホットベーカリー三姉妹―!」

 「あの・・・僕、男・・・・・」

 実家に戻ってもココアさんは相変わらずだ。

 というより、お姉さんのモカさんが加わってよりパワーアップしているように見える。

 

 じっ・・・・・

 

 (物陰から視線が・・・?)

 視線の感じる方を見てみると、ココアさんのお母さんのちよこさんがこっちを見ていた。

 「お母さん!」「間違えた!四姉妹!四姉妹だから!」(四姉妹・・・)

 やはりココアさんとモカさんのお母さん、まだまだ感性が若いみたいです。

 「別に気にしてないわよ?」

 「えっ」

 「ねっ、チノ君♪」

 

 ムギュウ

 

 ちよこさんは寂しさを紛らわせるように僕を抱きしめた。

 やはり家系なのか、おおきめの胸の柔らかな感触を感じてしまう。

 「むぐっ、ち、ちよこさ・・・」

 「『ちゃん』」

 「ちょこちゃん!」

 「いつに間に愛称呼ばせる関係に!?」

 

 ビキッ

 

 パンの香り漂う、優しい雰囲気のパン屋に似つかわない音が響いた。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ((ココア(さん)めちゃくちゃ怒ってるーーーーーー!!!!!))

 

 そして、今に至ります・・・・・。

 

 

 「あ、あのですね・・・ココアさん・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「別に不純なことは何もなくてですね・・・、昨日の夜ちよこさんと少しお話を・・・・・」

 「あっ、いらっしゃいませー!おはようございます!いつもパンをお買い上げ下さりありがとうございます!!」

 (営業スマイルが恐い!!)

 さっきまで不機嫌そうな顔だったのに、お客さんが来た瞬間に笑顔を見せる。

 ココアさんにこんな処世術ができたのかと思うと、驚愕と同時に恐怖だった。

 「あっ、こちらが噂のココアちゃんの彼氏さん?」

 「あ、は、はい・・・」

 「いえいえ。香風さんとはそんなんじゃないです」

 「香風さっ・・・!!!!!」

 ココアさんから苗字呼びされる日が来るなんて夢にも思わなかった。

 胸が張り裂けそうなほどショックで思わず膝をついてしまった。

 

 「あああ・・・、未来のホットベーカリーが崩壊の危機だ・・・・・」

 「早く仲直りしてほしいわね」

 「お母さんのせいでしょ!!」

 

 

 どうしよう、早く誤解を解いて仲直りしないと・・・。このままじゃ永遠に破局という可能性も・・・・・。

 「チノ君―!」

 「ち、ちよこさん・・・ちゃん。どうしました?」

 思い悩んでいる最中、ちよこさんが滑り込むようにやってきた。

 「お願いがあるんだけど・・・」

 「は、はい・・・何でしょう・・・・・?」

 「いれてくれない・・・・・?」

 「!?」

 

 「コーヒーも提供してたんですね」

 黒板に書いてあるメニューに『サプライズブレンド』とある。確かにパンとコーヒーは合うだろう。

 「でも、ようやく泥水から白湯になった程度なの・・・」

 「?」

 「感性の赴くままに混ぜる!まさにサプライズ!」

 「というわけで、チノ君代わりに淹れてくれる?」

 「あっ、はい」

 

 「サプライズブレンドってどんなのだろ~」

 「お待たせしました」

 早速コーヒーを淹れて、お待ちしているお客さんの元へ運ぶ。

 「あっ」

 「・・・・・」

 ココアさんがお客さんの応対をしていた。まだ機嫌が悪いみたいだ・・・。

 でも今は気にしている場合じゃない。お客さんにコーヒーを出さないと。

 「ここのパンに合うようにブレンドさせていただきました。お口に会えばいいのですが・・・」

 「え、新人さん?」「噂の彼氏くん?」

 「赤の他人です」

 「かっ、彼氏ですっ!」

 満面の笑みで殺伐としたしたことを言ってくるココアさんが恐い・・・。

 「すごく美味しい!」「立派なバリスタが入って来たんだね!」

 どうやらお客さんには好評みたいだ。良かった。

 

 ココアさんのパンと一緒に褒められる。すごく嬉しい・・・。

 

 「さっきまでココアちゃんが自慢してただけあるねー」

 「えっ」

 「ちょ、お客さーん!!」

 「・・・・・・」

 「ち、チノ君・・・。違うの、あのね・・・・・」

 「え?『私の自慢の彼氏がとても美味しいコーヒー淹れてくれるから楽しみにしてて』って言ってたよ?」

 「喧嘩してるなら早く仲直りしないとダメだよー?」

 「わーん!違うんですー!!」

 ココアさんも仲直りしたいと思ってくれてたみたいだ。

 「・・・ココアさん」

 僕はそっと、ココアさんの温かい手のひらを握った。

 「もうっ、お客さんの前だよ!」

 「あはは、ごめんなさい」

 仕事に対してはいつも真面目なココアさん。

 そんなあなたが大好きです。

 

 「あれが本当のブレンド・・・」

 「モカはコーヒーの出がらしを煎じて飲みなさい」

 「お母さんが人のこと言えないよね」

 「ごめんなさい・・・」

 

 

 

 「ちびっ子たちは暇そうだね」

 「コーヒーはまだ苦かったみたいで」

 ココアさんと一緒に庭で遊んでいる子供たちを眺める。小さな子たちはかわいい。見ていてとても和む。

 もしココアさんと一緒になったら、こんな光景も・・・。

 「チノ君、また変なこと考えてるでしょ」

 「えっ、いや、あの・・・」

 「もうっ、また名字で呼んじゃうから」

 「すみません・・・・・」

 あんなトラウマ二度とごめんです。絶対に。

 

 「ココアおねえちゃん、あそんで―」

 「いいよー、何しよっか?」

 小さな子がココアさんに懐いてきた。地元ではちゃんとお姉ちゃん出来てるんですね。

 「おにいちゃんはおねえちゃんのかれしー?」

 「え?ああ、そうですよ」

 「いつかケッコンするのー?」

 「ええ!?」

 純真無垢な子供からとんでもない発言が飛び出してきた。どう応対すれば・・・。

 「・・・・・」

 ちらっとココアさんの方を見ると、笑顔を保ちつつも顔を真っ赤にしていた。

 でもどことなく、僕がどんな答えをするか期待しているようで・・・。

 「えっと、僕は・・・」

 「ココアおねえちゃん!イリュージョンやってー!」

 「いいよー!そーれ!イリュージョン!!」

 意を決して話そうとしたら、ココアさんのイリュージョン遮られた。子供は自由です。

 「まほうつかいだー!」

 「嬉しいなー」

 「そのステッキ、持ってきたんですね」

 「小さい頃の夢、魔法使いだったから。笑わないでね」

 小さい頃の夢・・・。

 「僕は・・・“おじいちゃん”でした」

 「おじいちゃん!?」

 

 「おじいちゃんの跡継ぎになりたかったんです!」

 「あはははははは!」

 「笑わないでください!」

 「ごめんごめん。じゃあもうその夢は叶ってるね」

 「まだまだです」

 まだまだおじいちゃんには遠く及ばない。

 「けど・・・今の夢は・・・・・」

 

 ブブブブブブブブブブブッ

 

 「着信!?」「同時に!?」

 

 『ココアー助けてくれー!ティッピーパンがうまく焼けないんだ!!』

 『生かすべきだよ!カッコいいじゃん!!』

 『楽にしてあげよう!トラウマになるよ!!』

 『え、焦げすぎじゃん・・・』

 『とりあえず紅茶淹れるわ』

 

 『チノ!助けて!ユラさんが甘兎庵で物騒な話始めて・・・』

 『首輪付けてるところ見たいなー』

 『楽しそう』

 『冒険的だけど。悪くないわね』

 

 

 「フユさん達、大変そうでした」

 「リゼちゃん達もだよ」

 

 『ココアー!』

 『チノー!』

 

 僕とココアさんは顔を見合わせた。

お互い考えてることは一緒みたいだ。

 

 「帰ろう。みんなが待ってる」

 

 

 

 「またいつでも来てね、チノ君」

 「はい。お世話になりました」

 ココアさんの故郷、ホットベーカリー。名残惜しいけど一先ずさよならだ。

 「ココアを、よろしくお願いします」

 ちよこさんはそう言って深々と頭を下げた。

 まるで自分の娘をお嫁さんに出すかのように。

 「えへへ~、よろしくされちゃった」

 「ココア、あんまりチノ君と喧嘩しないように」

 「大丈夫!喧嘩しても今日みたいにすぐ仲直りできるよ!ねっ!」

 「はい」

 末永く一緒にいるならきっとたくさん喧嘩もするだろう。

 それが好きってことだろうから。

 「あのね、ココアが使ってるの見てたら思い出したんだけど・・・チノ君手を出して?」

 そう言われて僕は手を出す。

 「あっ、それ私と同じやつ!?」

 手渡されたのはココアさん愛用の手品ステッキだった。

 「昔遊んだけど、もう使う機会無くて」

 ココアさんの手品ステッキ・・・。

 僕も誰かに笑顔を運べる魔法使いになれるのかな。

 

 「孫の手代わりにしてなかった?」

 「モカ!しーっ!!」

 

 

 

 「まるでジェットコースターでした・・・」

 「お姉ちゃんは会うたびにパワフルになっていくよ」

 駅までモカさんの車で送ってもらいました。凄まじいドリフトを決められ、まだ頭の中がぐわんぐわんしています・・・。

 「向かいの席、座らないんですか?」

 「隣がいいの」

 「寂しがり屋ですか」

 「いいじゃん、恋人同士なんだしー」

 「うう・・・」

 懐いてくるココアさん、すごくかわいい・・・・・。

 「今回の帰省はチノ君とティッピーが着いて来てくれて嬉しかった」

 「直前まで帰省することを皆に黙ってたのは、言ったら寂しくなるからでしょう?」

 「流石私の弟!以心伝心だね!」

 「弟じゃないです」

 全く。

 「おかげで勇気を出して将来のこと話せたよ!だから・・・ありがとっ」

 本当にしょうがないココアさんです。

 

 「そういえばチノ君、将来の話の時何か言いかけてなかった?」

 「・・・・・・」

 僕の将来・・・。

 やりたいこと・・・。

 

 「おじいちゃんの跡は継ぎたいんですが、最近僕なりの喫茶店にしてみたい気持ちに気づいたんです」

 

 いつまでもおじいちゃん達に見守っていてばかりじゃいられない。

 

 「まだ漠然としていますが、それが僕の夢です」

 

 一人で歩きださなくちゃ。大人になっていくんだから。

 

 

 「・・・そっ、それより聞き忘れてたんですが、僕の母とココアさんのお母さんって・・・」

 「くー、かー」

 肝心のココアさんは寝てました。

 「だと思いました。今日はお疲れでしたから」

 ココアさんの頬を少し引っ張ると、ココアさんの顔がコテンとこちらに寄りかかってきた。

 僕はその頬に、起こさないよう優しくキスをした。

 うつらうつらと心地よい眠気も覚えてきて・・・。

 

 

 

 

 

 

 一番聞きたかった言葉が聞けた。

 

 

 行く先に美しい希望があれば別れも幸せの過程にすぎん。

 

 チノなら大丈夫じゃ。

 

 ワシの自慢の孫じゃからな。

 

 

 

 

 うさぎになったバリスタか・・・。

 

 

 

 

 

 

 ん?楽しそうだった?そんなわけあるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「きゅうっ」

 

 




清川元夢さん、ありがとう。
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