オトナチノ君とオトナココア
『この前遊びに行った時の写真をお見せしまーす!』
『こんなに写真撮ってたのか』
『すごく綺麗!』
『撮るの上手ね!』
『さすが私の弟!』
『お前が撮ったんじゃないのかよ!』
『えへへ、あれ』
『どうかしましたか?』
『この素敵なお姉さんは誰かな?』
『ココアでしょ』
『本気で分からなかったのか』
『これが私!?ME!?』
『自分で驚きすぎだろ!』
『確かに大人びて見えるわね』
『奇跡の一瞬です』
『今度一枚貰っていいかしら』
『チノ、才能あるよ』
『ちょっとみんなまで!?もうっ。私10年経ったらナイスバディの美人バリスタになる予定なんだからね!?』
『10年もうちで働く気ですか?』
『あっ、えっと・・・えへへ』
『・・・ふふっ』
「あっ、その写真。昔みんなでキャンプに行った時のやつ?」
僕が昔のココアさんの写真を眺めていると、後ろから当の本人がしゃべりかけてきた。
「懐かしいね」
「えぇ・・・」
5年ほど前だろうか。時が過ぎ去るのは早い。あれから色んな事が変わっていった。
「ホントによく撮れてるね。チノ君、写真家としてもやっていけたんじゃないかな」
「僕にはラビットハウスがありますから」
5年も経ったということは齢を重ねたということ。すると自然に身長や体の色んな部分が大きくなる。ココアさんも5年前に言っていたことを有言実行したようだ。
「それにこの写真、僕だけの力じゃない撮れないですよ」
「?」
「ココアさんが昔からすごく綺麗だったからです」
「・・・ふふふ、ありがとう」
齢を重ねれば気持ちのありようも変わっていく。昔は恥ずかしくて言えなかったことも臆面なく言えるようになった。まあ、これは何年も一緒にいた積み重ねがあってのことだろうけど。
「チノ君だってカッコよくなったよ。昔はどちらかと言えば妹みたいに可愛かったのに」
「妹じゃないです」
時を重ねて僕も背が伸びた。昔は女の子より背が低くて悩んだこともあったけど、今じゃココアさんやリゼさんを見下ろすくらいには高くなっている。
「おかげでモフモフしにくくなったのは、少し残念かな?」
「大学生になっても変わりませんね」
でも心の根っこの部分は変わっていない。ココアさんは昔からうさぎみたいな小さくてモフモフしたものが好きだったけど、それは大人になった今でも変わらないみたいだ。勝手な感情だけど少し安心する。
「でも今じゃ逆ですね」
「え?」
「今じゃ僕の方がココアさんをモフモフしやすくなったということです」
そう言って僕はココアさんをふんわりと抱きしめた。ココアさんの暖かい体温とトクントクンとした脈拍が少しだけど伝わってくる。
「んっ・・・もうっ。チノ君っ」
「あっ、ごめんなさい。嫌でしたよね」
そう言って僕はココアさんから離れた。でも肝心のココアさんはまるでおあずけを喰らった子犬みたいな顔をしていた。
「ねえ、チノ君・・・」
「はい、なんですか?」
僕は微笑みながらココアさんに問い返した。それを見てココアさんは不満そうに頬を少し膨らませていた。
「チノ君、大人になって少しいじわるになったよ」
「そうですか? でも昔さんざんされてた仕返しですよ」
「むー」
「で、どうしてほしいですか?」
「んー・・・」
「早くしないと、お仕事もありますから」
「・・・・・もっと、モフモフしてください・・・・・」
「はい、喜んで」
僕は先ほどと同じようにココアさんをふんわり優しく抱きしめ、モフモフし始めた。ココアさんの頭がちょうど僕の胸の中心に来るくらいの身長差なのでモフモフしやすい。
「ココアさんってホントにモフモフなんですね」
「なんか昔と真逆みたい・・・」
「それだけ時間が経ちましたから。今じゃココアさんが僕をしょっちゅうモフモフしてた理由がわかります」
「チノ君のいじわる・・・」
ココアさんはほどよくあったかい。それにふんわり柔らかくていい香りもする。お日様の光をたくさん浴びたお布団みたいだ。
「昔はあんなに大きく見えたのに、今じゃうさぎみたいに小さく見えます」
「チノ君が背高くなりすぎなんだよ。昔は弟みたいに小さかったのに」
「じゃあ今はココアさんが妹ですね」
「いじわるチノ君きらい」
「妹よ。です」
「かつてないドヤ顔!」
こういうやり取りも久しぶりだ。ココアさんが都会に行ってから果てしない時間が経ったような気がする。でも変わらない部分も多いみたいだ。
「チノ君、ちょっとかがんで」
「はい?」
「今度は私にモフモフさせてよ」
そう言ってココアさんはかがんだ僕を優しく抱きしめてきた。
「あー!やっぱり変わらないなー!これが一番だよー。モフモフー」
「・・・もう僕もだいぶ大人ですけど、そんなにモフモフしてますか?」
「安心して。チノ君はいつだってモフモフだよ♪」
「ちょっと複雑な気持ちです・・・」
結局、僕はモフモフされる側に回ってしまった。どんなに大人になってもやっぱり変わらない。
いや、変わっているところが一つある。
モッフンッ
どことは言わないけどココアさんはとても大きくなった。それは柔らかくて大きいだけじゃなくて、ずっと包み込まれたくなるような抱擁感も備わっている。男の僕じゃあ、とても敵わない武器だった。
「ていっ」
「あ痛たっ」
ココアさんが軽くデコピンしてきた。
「チノ君、今変なこと考えてたでしょ?」
「・・・いえ、そんなことは・・・・・」
「隠してもダメだよ。お姉ちゃんには分かるんだからね」
大人になったせいか一緒にいた時間が長かったせいか分からないけど、ココアさんにそういう心の内が読まれるようになった。気まずい・・・。
「今はお客さんも来るだろうし・・・。ね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
ココアさんがいたずらっぽい表情で耳打ちしてくる。少し頬を赤く染めていた。
大人になってもやっぱりココアさんには敵わないみたいだ。
「明後日にはもう帰っちゃうんですよね・・・」
「うん。そろそろ学校始まるから」
「実家の方には帰らなくていいんですか?」
「家の方にはもう先に帰っておいたよ」
ココアさんは今、都会の大学に通っている。自分なりにパン作りを極めたい、他にもいろんな広い世界を見たいという本人の要望だ。自分で考えて自分の足で動けるなんて、ココアさんはやっぱりすごい人だと思う。
「実家に帰ってラビットハウスにも来てって、なかなか大変じゃあないですか?」
「全然平気だよ。ラビットハウスは、私のもう一つの実家だから」
「・・・ありがとうございます」
ここを未だに帰る場所だと思ってくれている。とても嬉しい。
できることならもっと長くいてほしいな・・・。
「チノ君」
「何ですか?」
「大丈夫だよ。これからも私、ラビットハウスは帰る場所だってずっと思うだろうから」
ココアさんが僕の顔を見上げて微笑みかける。その笑顔を見ているだけで不安なんて吹き飛んでしまう。
世界一、安心できる笑顔だ。
「お姉ちゃんに任せなさい♪」
「やっぱり昔と変わってないですね」
ココアさんは変わってない。人を暖かな気持ちにさせるところは。でも昔と違って今は本当にお姉さんみたいな雰囲気を纏っている。
「私、一生チノ君のお姉ちゃんでいるから。だから心配しないで。ね?」
「うちの養子にでもなるつもりですか?」
・・・・・・・・・・・・・・。
姉弟じゃあなくて。
違う未来を想像してしまう。
勝手だけどココアさんも同じだったらいいと思ってしまうな。
「・・・私たち”まだ”姉弟だけど」
「えっ・・・?」
「もう少し時間が経てば、違う関係になるかもね」
そう言ったココアさんは微笑んでいた。でも耳を見てみると真っ赤だった。
「だからさ」
「待ってください」
「ん?」
「そこから先は、未来で僕が言いますから」
「・・・ふふっ、期待して待ってるから」
「はい、早いうちに言いに行きます」
近いうちの将来、お互いとずっと一緒にいられる関係になれたら。
いいや、なるためにきっと迎えに行く。そう僕は決めた。
「あっ、お客さんが来たみたいだよ」
「コーヒー淹れる準備しないとですね」
カランカラン
「「いらっしゃいませ」」
ここは喫茶店ラビットハウス。綺麗な店員と美味しいコーヒーが楽しめる隠れた名店です。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
夢から覚めたボクは汗だくになっていた。多分顔も真赤だろう。
(なんて夢を・・・)
夢とはいえココアさんを好きにしすぎです。僕自身もあんなに美化されていて・・・。ナルシストの気があったのでしょうか・・・。
「・・・・・・」
夢のとおりいつかココアさんはラビットハウスを離れて都会に行ってしまう。ずっとここにいるわけじゃないから、分かっていたことだ。分かっていたことだけど。
(少し寂しいな)
みんないつか大人になる。そうしたらそれぞれの道に巣立っていきます。夢で見た通りボク自身もそうでしょう。寂しけどしょうがありません。
「でも・・・・・・」
夢みたいに。夢で見た通りに、ココアさんがラビットハウスに帰ってきたくれたら。
とっても素敵なんだろうな。
「チノくーん。起きてー。チノくんが寝坊なんて珍しいねー」
ドアの外からココアさんの呼び声が響いてきます。いつも通りの、変わらない声です。
「今行きまーす」
ボクはベッドから起きて、ココアさんの元へ向かう。
今日の夢が正夢になりますようにと願いながら。
オトナシリーズも並行して描いていけたら、と思っています。