お昼代約束フランチェスカ   作:昼飯用

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まさかの続編である
さっくり書きます(目標)



1.それからの歪み

――――美しい少女だと思った。

姿形が美しいのではない。魂の在り方が美しかった。

美しさを形作る要因が空腹である事は苦笑するしかなかったが、生の輝きを知っている証であった。

自らの魂の醜さを知る身としては、その美しさに惹かれていく事は無理からぬ事。

そして、その美しさに触れる事さえ躊躇ってしまう現実も、また。

故に、君の幸せだけを願った。命が正しく輝く事だけを祈って、日々を過ごした。

終わりは呆気なく訪れる。幕引きは己の手で。数多もの後悔を残して。

散りゆく日々の末。残され、摩耗していく筈の後悔。その中で見た、夢を駆ける君。

 

「――――君が居る場所は、そこではない」

 

書き変わっていく。始まりから連なる想念も。真に願っていた幸福も。

変わっていくのは、己の弱さ故なのか。

……それとも。始まりから全て醜い偽物で。美しい本物とは掛け離れていたからか。

 

 

          ◇

 

 

二月も終わりに近付いた深夜零時、隣を歩くフランチェスカ=フリジメリカが薄青の髪を揺らして訊いてきた。

 

「芳乃君、明日のお昼は何がいいですか?」

 

黒を基調としたゴシック染みた服装から放たれるには、随分と庶民的な問いだった。

外国人であるフランチェスカにはそういった服装がよく似合っている、というのが秋月さんの弁だ。

それにしても、明日の昼食か。まぁ、これは考えるまでもない事だ。

 

「鍋だな。寒いし丁度いいだろ」

 

訊かれたから答えただけなのに、「きっと芳乃君は一年中同じ事を言うんでしょうね……」と呆れが返ってくる。

気を休めるようにそんな慣れたやり取りをしながらも、フランチェスカは俺に身を隠すように寄せて、服の袖を掴んでいる。

彼女なりの甘えというわけではない。百四十年も前に受けた心の傷が、彼女に夜間の外出を困難にさせていた。

それは彼女が目覚めた九月の終わりから数ヶ月が経とうとしている今でも同じ事で、こうして俺が傍に居なければ、殆ど日課と化している散歩さえままならない。

周囲を警戒するように見回す仕草は珍しくない。安全だと頭では分かっていても、何か物音がする度に俺の服の袖を強く握ってくる。

夜に彼女が気を抜ける場所は、俺と共に住んでいる小さなアパートの一室。増やす事を拒まれ、未だに共に使っている一枚の布団。その中で俺の背中に寄り添って眠るまでの僅かな時間が、フランチェスカが安らげる瞬間だった。

 

「なぁ、気が休まらないなら散歩を止めたっていいんだぞ。運動機能はもう問題ないだろ」

 

先程までの会話の流れを無視してまで、口からそんな言葉が出てしまう。

こうして何かに怯えながら歩き続けるフランチェスカが心配で、問い掛けるのは何度目だろうか。

十月の半ばから、俺は放課後に秋月さんの仕事を手伝うようになった。フランチェスカの身柄を保護する際に出来た借りを返す為で、日中はフランチェスカが手伝っている。

しかしフランチェスカの手伝いの方は返済には含まれないようで、給金を渡されていた。フランチェスカは困惑していたが、俺はそれで構わなかった。彼女にも生きる術が必要だし、自分で金を稼ぐ事が何か彼女を変えるきっかけになるかもしれなかった。

まぁ、今彼女が纏っているゴシックの様に、偶に着せ替え人形になって帰ってくるのは困りものだが。『女の子なんだからお洒落させてあげてないと駄目ですよ!』とお叱りの念を脳内に直接送られたりもした。服代は秋月さん持ちらしいし、秋月さんへの借りがどんどん増えていく。

ともかく、秋月さんの仕事の手伝いがある日は、俺の帰りは当然遅くなる。家に帰る頃には補導時間を過ぎている事もざらだ。帰宅後に食事や入浴をしてそれから散歩をするとなれば、こんな時間になる事は避けられない。

これまでのリハビリのおかげで、日中活動する分には支障はない。身体的にも精神的にも負担が掛かる夜間の散歩をするメリットは無いに等しい。

……だが。この問いに彼女が頷いた事は無い。今回も彼女はゆっくりと、縋るように首を横に振る。

 

「いいんです。これはあたしがしたくてやっている事ですから」

 

そう言われる度。俺は口を噤んで彼女の言葉を聞き入れるしかない。

俺はフランチェスカが散歩をしたい理由を問う事が出来なかった。

 

「芳乃君の迷惑じゃなければ、これからも」

 

声にする事無く、俺は頷いた。

分かっている。フランチェスカが夜の散歩を止めない理由も、それを俺が問う事が出来ない理由も。

フランチェスカは自らの中にあるあいつを求めている。十月のあの日。起こる筈が無い、魂から肉体への記憶の逆流。記録としての情報の置換。

あの瞬間だけ。彼女は紛れも無くあいつだった。

九月の半ばから、約一週間。俺と共に亡者の学園を駆け抜けた、フランチェスカの魂。

もう二度と会う事が無いと分かっている、かけがえのない存在。

あれから、あいつの記憶がフランチェスカに流れ込む事は一度たりともない。

だからこそ、フランチェスカは夜の散歩を止めないのだ。自らの中にある自分のものではない記録。それに従って行動を模倣する事で、自らの中のあいつを呼び起こそうとしている。

それは正しく擬態や模倣と呼ぶに相応しい。

 

「あたし、こうしてるのが幸せなんです。大好きな芳乃君と、二人で歩く事が」

 

それが誰の為であるのか。そんな事、考えるまでも無く察しが付く。

こうしてフランチェスカから好意を伝えられる事は珍しい事じゃない。フランチェスカは俺の事を好いてくれていた。

だからこそ、俺は彼女の擬態に何かを言う事は出来なかった。

ふとした瞬間。たとえば微かに違う俺への呆れ方とか、未知の出来事に対して興奮より怯えが先に来る事とか。

そんな何気ない瞬間に、俺は違和感を覚えて。無意識の内にフランチェスカの中にあいつを探してしまっている。

俺の心は欠けている。胸に空いた穴を埋める何かを探している。

逆もまた同じだった。疑問を俺に訊く時の楽しそうな表情とか、食べ物に関しては結構貪欲な所とか。

フランチェスカの根底にあるあいつの面影を見る度に、俺の胸の中のどこかが疼く。

俺とフランチェスカは、こうして歪に生きている。時間が解決する事だ。いつかは慣れる時が来る。そう頭では分かっていても、それだけじゃどうにも出来ない瞬間がある。

――――そんな風に思ってしまっていたからだろうか。

 

「ここは……」

 

適当に歩いていた筈なのに、ここに辿り着いてしまった。

私立穂叉(ほさ)学園。俺が二年以上通っている学園で、嘗ては一人の魔術師の手によって、夜になれば亡者の学園と化していた場所だ。

事件の解決後は魔術師が敷地内に張っていた“結界”も消え去り、残るは魔女の度重なる死が生み出した“反転”の“結界”のみ。その“結界”も魔女であるフランチェスカがこうして現代に生き、死への否定的な概念を捨て去れば、魂の摩耗を待つ事無く消えていく。

深花家に課せられた“結界”の監視も、俺の代で終わることだろう。

全てが終わった事だ。事件の顛末だけは記録に残り、その中にあった人の想いは記憶の中だけに残る。

それでいい。自分にそう言い聞かせ、学園の前を通り過ぎようとするが、それは叶わない。袖を掴まれている方の腕が引っ張られている感覚がして、俺は足を止めた。

 

「フランチェスカ?」

 

袖が引かれるという事はフランチェスカが着いてきていない事を意味する。振り返って彼女の様子を確認すると、フランチェスカはぼーっとした様子で校舎を眺めていた。

意識ははっきりしているようだ。俺が名前を呼んだ事をはっきりと認識しながら、未だに校舎へ視線を向けたまま口を開く。

 

「芳乃君。そろそろ、“反転”の“結界”が作用する時間ですよね」

「……あぁ」

 

自らの中にあるあいつの記憶から穂叉(ほさ)学園の“結界”の性質を読み取ったのか、そう確認を取ってくる。

漸く俺の方を見たが、意を決したのかどこか遠慮がちに訊いてきた。

 

「誰かが呼んでいる気がするんです。確認しに行っちゃ……駄目ですか」

 

フランチェスカの中には、どんな想いが巡っているのだろう。

自らの死への恐れが張った、対象の性質を“反転”させる“結界”。

一人の男が作り上げた少女の為の学園を根底から覆し、運命を狂わせた呪い。

俺とあいつが駆け抜けた、恋情が詰まった夜の舞台。

 

「気のせいだ。行っても、何もない」

 

それら全ては終わった事だ。さっき自分に言い聞かせた言葉をフランチェスカにも言い聞かせる。

フランチェスカがこうして現代に生きている事で慰霊塔と桜の監視に終わりを告げられても、変わらず“結界”の監視は続けている。“結界”の動きにおかしな様子はない。亡者の学園が作り上げられる前と同じく、静かな夜が過ぎていくだけだ。

夜の散歩でセンチメンタルになっているだけだ。今夜はもう帰って、一緒に眠ろう。

そう伝えてみても、フランチェスカは後ろ髪を引かれるように学園を気にしている。

 

「……仕方ない。少しだけだぞ」

 

当人がここまで気にしている事を、他人が否定をする事もない。行って納得するのなら、行かせた方が後腐れもないだろう。

そう自分とフランチェスカを納得させる為の言葉を浮かべ、彼女の方を見る。

フランチェスカは後ろめたそうに微笑んで、「ありがとうございます」と礼を言った。

――――こんな時、あいつだったら。そんな言葉が過った瞬間、無理矢理に思考を遮断する。

目の前に居るのはフランチェスカだ。そのつもりで助けたのだから、それだけは間違える事は許されない。

俺は会ってみたかったんだ。あいつが最期に語ってくれた、フランチェスカ=フリジメリカに。

 

「芳乃君?」

 

フランチェスカが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。顔には出さなかった筈なのに、やっぱり俺の微かな変化を読み取るのだけは上手いんだな。

……不味い。こんな場所に来たからか、いつもよりずっとこうした思考が強くなる。

早くフランチェスカの望みを叶えて、次の朝を迎えた方がいいだろう。

それは逃避と変わらないのだろうか。今の俺には分からない。

フランチェスカがあいつを見せたあの瞬間がなければ、こんな気持ちになる事もなかったのかもしれない。

フランチェスカはフランチェスカ。俺は彼女を一人の人間として見れて、それから新しい関係が続いていった筈なのに。

 

 

          ◇

 

 

あたしが現代に目覚めてから、数ヶ月の月日が過ぎた。

九月の終わりから年を跨いで二月の終わりになるまで生きてきたけれど、世の中はあたしの記憶とはまるで違っていて、文字通りタイムスリップをした気分。

それでも置いていかれる事無く早く馴染めたのは、あたしのものではない現代の記憶があったから。

ランチちゃん。あたしの魂が、芳乃君と契約をした存在。

元になったあたしの魂は今はきちんとあたしの肉体の中にあって、フランチェスカという人間を為しているけれど。魂だけが別の存在として生きている時期が確かにあった。

あたしの記憶ではない、ランチちゃんが生きた証。あの夜。少しだけ魂から肉体へ流れ込んだ出来事と感情は、あたしの芳乃君に対する気持ちの礎になった。

亡者の学園の最後の夜。芳乃君に殺される事を望んだランチちゃん。自らの恋心を告げて、お昼代の契約と共にその役目を終えた。

熱烈な恋情だった。死への恐怖を積み重ねて“結界”を張った過去を持ちながら、芳乃君になら殺されてもいいとさえ思っていた。

それはきっと、芳乃君が誰かの死を背負って生きていると知っていたから。残念ながらあたしにはそれが誰の死であるかの記憶は読めなかった。だけど、ランチちゃんは亡者の学園を駆けた一週間の間に、芳乃君がどれだけその人を想っていたかを知っていった。

――――そしてそれは、ランチちゃんに対しても同じ事。

彼女はもうあたしの魂に戻ってしまっていて、ランチちゃんという一つの存在に戻る事はきっともうない。

芳乃君はランチちゃんの死を背負って生きている。死を背負って生きながら、あたしの中にランチちゃんを探している。

あたしを見ながらあたしではない誰かを探している。その事実はあたしの胸を締め付けるけれど、それは芳乃君も同じ事。

ランチちゃんを探す寂しそうな目は、目覚めたあたしを見つめていた切なさと同じだった。

せめてあたしがランチちゃんの記憶を全て引き継げたら。ランになれたら、その寂しさを埋める事が出来ますか?

一縷の望みを掛けて、あたしはランチちゃんの真似を続ける。それが芳乃君を傷付けていると知りながら。

寂しさを埋めたい理由は、あたしが芳乃君に抱いている恋心。こうして夜の散歩に付き合ってくれる事とか、あたしの身を案じてくれる事とか、口下手ながらも伝わってくる優しさに触れる度に増していくこの想い。

でも、時々不安になる事がある。あたしは本当に芳乃君の事を好きなのか。ランチちゃんの気持ちに引っ張られただけで、同じ人を惹かれているんじゃないか。『好き』だと告げるあたしの言葉は、本当にあたしの言葉でもあるのだろうか。

あたしの中のランチちゃんが目覚めなければ、こんな気持ちになる事もなかったのかもしれない。

ランチちゃんはランチちゃん。あたしはランではなくフランチェスカとして、芳乃君を好きになれた筈なのに。

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