お昼代約束フランチェスカ   作:昼飯用

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5.二人の決意

「彼が遥か過去の霊体でありながら視認が出来る程の濃度を持っていたのは、どこかからエネルギーを調達しているからだね」

 

勿体つけて言った割には予想通りだった悟の言葉に、芳乃は溜息だけで返した。

嘗て幽霊が存在を維持する方法を彼女へ説明した芳乃にとっては言われるまでもない事だった。

対照的にフランチェスカは何とか理解しようと気合を入れている。それが、記憶の中の彼女とフランチェスカが違う証でもあった。

そのどこかとはどこだ。そう言いたげに芳乃が上桐をじとりと睨むと、分かっていると言わんばかりに続く。

 

「エネルギーの調達場所はこの学園の慰霊塔からだと、僕は思ってる」

「慰霊塔……」

 

フランチェスカは知らず呟く。

自らが眠りに就いていた場所がエネルギーの供給源になっているかもしれない可能性は、彼女を複雑な心境に陥らせた。

何しろ慰霊塔でエネルギーに使える存在と言えば、外套の男の正体の予測と同じ、百四十年前の霊達なのだ。

 

「あれが慰霊塔の連中だとして、外套の男が三つに分かれた理由はどう説明する」

「それも仮説が立っているよ。……そうだな、例えとすれば紙かな」

「紙……ですか?」

 

呟きに元魔術師は頷き、自らの事務机の上にある紙を一枚取ってそれを二人へ見せる。

 

「この紙を魂だとしよう。勿論魂は普通の人間には見えないけれど、そもそもこの薄さじゃあ、角度によっては見えないよね」

「はい……見えないかも、しれません」

 

何となく頷くフランチェスカの隣で、何となく話の概要を掴んだ芳乃が頬杖に掛ける体重を深くした。

その目は面倒そうに細められ、窓の外に向けられた。長い話になる。魔術師としての経験がそう予測させた。

 

「この紙が見えなくなる理由は、紙が薄過ぎるからだね。これが魂の摩耗が進んだ霊体の状態だ。元々の存在が薄過ぎるから、“反転”するも何もないよね」

「そうですね……幾らひっくり返しても、姿形は変わりません」

「でも一応はその紙の性質自体は“反転”される。『普通の人間には見えない』って性質が“反転”され、俺達にもその朧げな存在が視認出来るようになる。それが亡者の学園に通っていた緑色の輪郭達の絡繰りだ」

「そうだったんですね……あたし、直接見た事はありませんけど、見た記憶はあります」

 

フランチェスカの言葉に、芳乃は「そうだったな」とばつが悪そうに目を逸らした。

フランチェスカの中にあるランチの記憶。それを語るフランチェスカを見る度に、芳乃の心が乱れる。

寂しさを隠すように目を逸らす芳乃の服の袖をフランチェスカが強く握った事にも、芳乃は気付かない。

 

「なら、この紙が見えるようにするにはどうすればいいか。簡単さ。厚みを持たせればいい」

「厚みって……その紙って、厚くなるんですか?」

「紙自体をどうにかするんじゃない。その紙に別の紙を重ねていけば、一枚の厚い紙に見れなくもないだろ」

 

芳乃はフランチェスカの疑問に目を逸らしたまま答える。

何となく、だが。芳乃はフランチェスカの疑問を答える立場を奪われる事を嫌っていた。

 

「慰霊塔の霊達を束ね、自己の存在濃度を上げる。それがエネルギーを調達するっていう事。人間で言えば、食べ物を食べる事と一緒だよ」

「そのエネルギーを調達して存在の濃度を上げる行為が、三つに分かれた事とどういった関係が?」

「食べ物と一緒だって言ったろ。大方、影響を受けるんだろう」

 

芳乃の推測が当たっていたのか、芳乃の視線を受け取った上桐が「どうぞ」と続きを促す。

 

「身体に悪いものを食べ続けたら身体は不調を抱えるだろ」

「あたし、この時代で目覚めてから身体に悪いものを食べてないです。お野菜もお肉も、バランス良く食べるように芳乃君に言われましたから」

「……あぁ、そうだったな」

 

そういえばそんな事言った気がする、と芳乃は話の腰を折られながらも思い出した。

能天気な言葉に真面に受け答えをしてしまったのは、その表情が呆れてしまう程幸せそうだったからか。

 

「とにかく、慰霊塔の連中を束ねて足りない分のエネルギーを補っていたのなら、霊達の念の影響を直接受ける事になる。それだけの念を抱え続けていたのなら、実体のないあいつの存在は余程安定しないものになっていた筈だ」

「自分以外の魂を抱え続ける事で辛うじて保っていた存在が、何かのショックがきっかけで瓦解した。三つに分かれたのは、恐らくはそれぞれの霊が抱えていた念――感情が大まかに分けて三種類だったからじゃないかと、僕は思う」

「一体、どんな感情が……?」

 

フランチェスカの言葉に、『そこまでは分からない』と告げるように二人は目を逸らした。

だが、動きは同じでも二人の思惑は同じではない。

悟はそこまでフランチェスカの疑問に答える義理がなかったから。そして芳乃は、己の予想をフランチェスカに告げる事を憚ったから。

根本的にフランチェスカに抱く感情が、二人は違っていた。

 

「……まぁ、霊達の念の影響で俺達を襲った可能性だってあるけど。あいつは分裂したし、仮に復活したとしても校舎の中じゃなければ満足に活動出来ない筈だ」

「そうだね。君達をこの校舎で待っていたのなら、その推測は合っていると思うよ。態々会いに行かなければ、きっと二度と会う事もないんじゃないかな」

「そう……なんですか」

 

そう発した事が皮切りの様に、フランチェスカの身体が電池が切れたようにゆらりと揺れた。

自らの身体に掛けられていた体重の重心がずれた事を察した芳乃が反射的にそれを支える。

支えられたフランチェスカは、力を籠める事もなくそのままだらりと芳乃の腕の中に収まっていた。

芳乃を見上げるその瞳は朧気に潤み、口元は微かに端が開いている。その表情の意味を読み取る事が、普段から生活を共にしている芳乃には出来た。

 

「……体力切れだな」

「みたいです……」

 

力なく答えるフランチェスカに、芳乃は呆れ気味ながらも優しく頷いた。

フランチェスカが目覚めてからの一ヶ月程の間に何度もあった事だった。

まだ体力が戻りきっていない頃、夜間の散歩の途中でふらりと芳乃へ倒れ込む。それを芳乃が支え、自宅まで背負われる。

今では体力不足のレベルは脱した筈だが、丸一日以上起きている事は負担が大きかったらしい。

こうなれば芳乃の取れる手段は一つしかない。

 

「帰るぞ。敷地から目立たず脱出出来る場所を探ってくるから、少し待ってろ」

「敷地から出ようとするのに人目を気にする学生も中々居ないだろうね。僕も着いていくよ。その方がフォローも利くしね」

 

フランチェスカのゴシックよりは目立たないが、芳乃の格好も上着を着て誤魔化しているだけでよく見れば制服ではない事は分かってしまう。

暗示で多少以上は誤魔化せるとしても、そもそもの疑いは少ない方がいいのは明らかだ。

それを理解している芳乃は、『冗談じゃない』とは思いながらもフランチェスカをベッドに横たわらせてから立ち上がる。

フランチェスカと悟を一緒にするよりかはましだと思っている事も、許諾へと繋がったのだろう。

 

「直ぐ戻ってくる。背負って帰ってやるから、少し休んでろ」

「はい……待ってますね」

「……行くぞ、上桐」

 

 

上着のボタンを閉めて上半身の服装を隠した後、芳乃は保健室を後にする。

廊下に出た後に、後を追ってきた悟へ確認を取った。

 

「確か今の時間、グラウンドは体育で使われてたよな」

「そうだね。グラウンドの塀を乗り越えて帰るのは、人目に付き過ぎるかな」

「だとすれば、校門から堂々と帰った方が逆に怪しまれないか……」

「なら、僕が見送りに付き添うよ。具合が悪くなった事にすれば怪しまれる事もないだろうしね」

 

そうして昇降口から校門までの道のりの人目を確認しようとした芳乃は、保健室の直ぐ隣にある職員玄関から誰かの気配を感じた。

振り返って気配の主を視界に収めると、職員から来賓用のバッジを受け取り、胸に着けて校内の階段へ歩き出す男性の姿があった。

いや、男性と言うよりは男子と言った方がより正確だろう。何しろ身に纏っているのは別の学校の制服で、身長や恰幅等は芳乃よりもずっと幼く見えた。

芳乃の視線に気付いたのか、男子はぺこりと会釈をして、そそくさと階段を上がっていった。

 

「芳乃君、未来の後輩を怖がらせちゃいけないよ」

「後輩? あいつ、うちの制服着てなかったぞ……あぁ、未来ってそういう事か」

 

悟の言葉の意味を理解した芳乃は、「もう会わないから安心しろって伝えとけ」と面倒そうに前髪に手を通した。

つまり、あの男子は来年入学する新入生なのだろう。あと二週間程で卒業をする芳乃とは縁のない人間だ。

悟はそんなドライな反応をいつもの反応で柔和に笑って流す。

 

「彼は入学式で新入生代表のスピーチをするんだ。生徒会長を経験しているし、入試の結果も優秀だったからね」

「ふぅん。行儀も頭もいいんだな。お前の所に世話になったりはしなさそうでよかったじゃないか」

 

それは悟にとってか彼にとってか、どちらとも取れそうなニュアンスで言う芳乃に、悟は本心からの苦笑いを返した。

こういった皮肉さ加減は芳乃元来のものだった。当然悟にも経験はある。寧ろ他人よりずっと多く経験をしており、以前――染衣(そめい)(さくら)が存命だった頃には日常の一部にもなっていた。

そんな当たり前を今漸く感じ取ったと思ったのは、恐らく気のせいではないのだろう。

芳乃が数々の出来事の末に変わったから、だけではない。芳乃自身が無意識の内に、フランチェスカの前ではそういった面を抑制をしている。

 

「……何だよ」

 

分析するような悟の視線に気付いたのか、芳乃は鉄色の目で不機嫌そうに睨む。

 

「何でもないよ。君は大切な人には本当に不器用なんだなって、思っただけさ。恐れずにもっと素直になれば、話は簡単なのにね」

「は、流石は惚れた女一人の為に亡霊だらけの学園を創った男だ。桜が死んだ後で逆に良かったかもな、ストーカーに走ってもおかしくなかっただろ、お前の極端さじゃ」

 

芳乃は言い逃げるように歩調を早める。置き去りにされぬように同じく歩調を早めた悟は、決して隣に並ぶ事はなく一歩後ろから声を掛ける。

 

「それを言われると弱いな。そういえば、ここ暫くずっと誰かに見られている気がするんだ。もしかしたら、僕も生徒からストーカーされているのかな」

「知るか。そんな相手が居たとして、今度は大切にしてやったらいいじゃないか」

 

 

          ◇

 

 

「芳乃君。一つ……お願いがあるんです」

「どうせ、外套の男の真意を知りたいって言うんだろ」

 

人通りの少なかった校舎裏の塀を飛び越えて学園の敷地を脱出した帰り道。

背負っているフランチェスカの言葉を最後まで待たずして、俺はそう返した。

フランチェスカは驚いたように「分かってたんですか?」と問うてくる。

 

「分かってるに決まってる。今回の事は、お前にとって不可解な事が多過ぎるだろ。見覚えがある奴に呼ばれてる気がして、襲われ掛けて。それもそいつの意思なのかどうか怪しくて。知りたいって思うのは、おかしな事じゃない」

 

実際、あいつもそうだった。ゴールがどこかも分からない亡者の学園の真実から目を背ける事を良しとせず、足を踏み入れていった。

あぁ、違うな。俺はフランチェスカの事を分かっていたんじゃないんだ。どうしたって、俺とこいつの間にはあいつが付き纏う。

 

「……いいですか?」

 

縋るように微かに腕に力を籠めて訊いてくる。

フランチェスカは俺と一緒でなければ夜に出歩く事はままならない。外套の男の真意を探る為に学園に行くのならば、必然俺も付き合う事になる。

たとえそうでなくとも、フランチェスカを一人で夜の学園に向かわせる事なんて出来る筈もない。

目下外套の男はフランチェスカを狙っている。一人で行くのはあまりにも危険過ぎた。

止めるべきだ。そんな事、子供でも分かる。

――――なのに。

 

「……いいよ。一緒に行こう」

 

俺の心は、理性とは正反対の言葉を告げる。

 

「……本当ですか? 芳乃君、あんなに危ない目に遭ったのに」

「それはお前も一緒だろ。本音を言えば行かせたくなんてない。知ればお前が傷付く真実だってあるかもしれない。あんな奴放っておけばいい。……でも、出来ないんだろ」

「……はい」

 

フランチェスカはきっと外套の男の真意以上に、慰霊塔の連中を束ねてまで存在を維持しようとした外套の男の動機を気に掛けているのだろう。

外套の男はフランチェスカの事をずっと気に掛けていた。友達なんて居ない筈のフランチェスカを気に掛け、自らが歪む程の念を抱え込むリスクを冒してまで存在の濃度を上げ、彼女が目覚めてから待ち続けていた男の気持ちを、無視なんて出来ない。

そんなフランチェスカの律義さを、俺は否定出来なかった。

 

「……それに、あの時は黙ってたけど、俺もあの男を見た事がある気がするんだ」

「……芳乃君も、ですか?」

「唯、あの男と言うよりかはあの服装と言うか……。正直そこら辺ははっきりしてない」

 

だが、既視感を覚える程度には見た事があるのだろう。

そう多くはない回数。だけど記憶から消えていくには最近過ぎる情報。

それとフランチェスカが抱いた既視感。きっとそこに、外套の男の素性のヒントがある。

 

「あの野郎には撤回させてない事もあるし、言ってやりたい事もあるしな。会わなきゃ会わないでそれでいいし、一人よりは安全だろ」

「そもそもあたし、芳乃君と一緒じゃなきゃお外に出れませんから……」

 

苦笑いを浮かべながら告げるフランチェスカの口振りには力が無い。体力切れであるから当然なのだが、そろそろ言葉の輪郭も曖昧になり始めていた。

 

「家に帰ったら直ぐ寝ろ。これからは夜遅くなるんだから」

「……嫌です」

 

何気なく言った言葉だが、まさか否定されるとは思わなかった。

 

「どうした? 何かやる事あったか? 秋月さんに連絡入れといてやるから、手伝いの事は気にしなくて――――」

「お昼……食べます」

「昼?」

 

意外な要望に間抜けな声が出たが、フランチェスカとしては大真面目な問題のようだった。

そんなに腹が減っていたのか、と思ったがそうでもないらしい。

半分意識が無いような様子なのに、そこから先の言葉はやけにはっきり聞こえた。

 

「だって……これだけは、あたしじゃないと出来ない事ですから」

 

比べる相手が誰なのか。それは問うまでもなかった。

 

「きっと……これからコートの人を調べる中で、あたしはランチちゃんの事を思い出します。……これからする事は、ランチちゃんが芳乃君とした事とよく似ている気がしますから」

 

その可能性はないとは言い切れない。

確かに、これからやる外套の男の調査は亡者の学園の調査と似ている。

模倣を重ねれば、似たような状況から記憶が刺激されるかもしれなかった。

たとえそれが自分の脳にはない情報だったとしても、あいつを呼び起こす奇跡を実際にフランチェスカは起こしている。

 

「あたしがランになっていくとしても……芳乃君とご飯を食べるのは、あたしです」

「……分かった」

 

それがフランチェスカのやりたい事なら、俺に止める権利は無い。誰の為なのかを知っている身としては、尚更の事。

フランチェスカの選択を受け止めて、フランチェスカという一人の少女の存在を見つめていく事が、俺がしてやれる事だ。

だけどそれは言い訳でしかなく、外套の男が言っていた通り、調査を通じてあいつとの想い出をなぞろうとしているだけなのかもしれない。

……だとしても。

 

「変わっていくお前の事は、俺が憶えておく」

「……ありがとうございます」

 

嬉しそうに、そして切なそうに礼を言うフランチェスカの気持ちだけは、誰にも穢させない。

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