どうも、作者です。
『見事じゃ、ミオ!
こんなにも早くカミに至るとは。』
『ありがとう、せっちゃん。』
イヅモ神社の広間にて、セツカの歓声が響き渡る。
心からの称賛であることを示すようにその顔には満面の笑みが浮かんでいた。しかし、そんなセツカとは対照的に、ミオの顔は晴れず、その表情には陰りが見えた。
『…ミオ、嬉しくないのかの?』
そんなミオの様子に違和感を覚えてセツカは問いかけるも、ミオはその首を横に振る。
『あ、ううん、嬉しいよ。
これもせっちゃんが色々と教えてくれおかげ。』
『なに、主の努力あってこそじゃ。』
元来ミオにはカミへと至る素質があった。例え何もせず普通に暮らしているだけでもやがては成長し、自然とカミへと至ったことだろう。
しかしその場合の現在は、もっと先の話である。
それをここまで早めたのは、一重にミオが能動的に能力を身に着けたためである。
ミオが占星術を会得し、自らの運命を知った日から彼女はセツカも驚くほどに多くの能力を、知識を求め身に着けてきた。
そして、遂に目標であったカミへと至った。けれど、浮かない顔をするのはそれでも問題が解決しなかったためだ。
カミとは平均的なアヤカシと比べて次元が違う程の能力を有している。
だが、それも比喩的なものであり、実際にはアヤカシの延長線でしかなかった。
勿論、アヤカシでは成し得なかったこともカミと至ったミオなら軽々とこなせるだろう。
だが出来ないことは出来ない。それが証明されてしまった。
『…。』
考え込むミオをセツカはじっと見つめる。
セツカもまた、これまでのミオの努力を見てきて何か原因があるとは考えていた。
そして残念なことに、その理由には心当たりがあった。
残り時間。
つまり、セツカとミオが共に居る事の出来る時間。
真実を知らないミオからしてみれば、これは彼女自身のものであると考えるのが自然だ。そう考えれば、現在のミオの言動も辻褄が合うというものだ。
(…そうじゃな、何時までもこのままという訳にもいかぬか。)
カミへと至り、一人前と呼ぶにふさわしい成長を遂げた娘を前にセツカもまた一つの覚悟を決める。
『ミオ、主、外の世界に興味は無いかの?』
『外って…結界の?』
唐突な問いかけにミオは首を傾げる。
彼女にとって、世界は幼い頃からイヅモ神社のみであった。加えて、以前の記憶は曖昧となり、ハッキリとは思い出せない現状。
それ故に、見たことも無い外に興味が無いかと言われれば嘘になる。
『ウチも興味はあるけど…いきなりどうして?』
それは当然の疑問とも呼べる。
理由を問えば、セツカは一瞬迷ったように視線を彷徨わせて口を開く。
『うむ、主には…、そうじゃな、外の世界を見てきてもらいたいのじゃ。
ほれ、妾はここを離れるわけにはいかぬが主は別じゃろう?』
『見てきてって、でも、それだとせっちゃんが一人に…。』
イヅモ神社に住む者はセツカとミオ、一応シキガミがいるとはいえミオから見れば自分が出ていけばこの神社にセツカが一人残される形になる。
『妾のことなら気にするでない。
それに、お願いしておるのはこちらの方じゃ。』
心配するミオに対して、セツカは即座に問題ないと否定する。
『ここにおるだけでは見えてこないこともある。
主にはそれを見てきてもらいたいのじゃよ。』
『せっちゃん…。』
そう諭してくるセツカに、ミオは困った様な表情を浮かべる。
ミオとて結界の外に行きたいかと言われれば勿論行きたいと思っている。それに、外にならミオの問題を解決する方法が見つかるかもしれない。
けれど、それ以上にセツカをここに一人残したくないという気持ちも大きかった。
そんな感情同士がぶつかり合い、ミオの中に葛藤が生まれる。
これがミオ自身からの話なら、彼女はここまで悩むことは無くイヅモ神社に残っただろう。
だがそれをセツカ本人から言われて、揺れてしまった。
その機微見逃すセツカでは無く、揶揄うような笑みをその顔に浮かべる。
『ほれ、主も行ってみたいのじゃろう?
妾の事がどうしても気になるのなら、偶にでも手紙で近況を知らせてくれればそれで良い。』
そんなセツカからの後押しを受けて、ミオも決心がついた。
顔を上げて、ミオは改めてセツカと向き合う。
『うん…分かった。
じゃあウチ、外に行く。』
『うむ、それで良い。』
ミオのその宣言に、セツカは安堵するように頷く。
彼女のその表情は何処までも、優しさに満ちていた。
(満月の日まで、残り3日。)
カンッ、コンッと宿の一階の広間へと小気味よい音が響き渡る。
一つの長方形の台を跨いで、俺とミオは向かい合っていた。
両者の手にはラケットが握られており、飛来する小さな白い球を打ち返し合う。
刀に比べれば面積の広いそれで空ぶるはずもなく、二人のラリーは絶え間なく続く。
「…主ら、良く続けるのう。」
そんな俺とミオを台の隣で眺めていた神狐が関心したように、或いは呆れたように声を上げる。
「いや、俺だって途切れさせれるならそうするんだが…。」
「ウチもそろそろ疲れてきた。」
言いながらも俺たちはラリーを止めない。
それを見た神狐は今度こそ呆れたように息を吐いた。
「ミオはともかくとして、透、主も意外と負けず嫌いじゃのう。」
「そりゃ、負けるよりは勝ちが良いだろ。」
神狐の傍に置いてある点数表。
とはいえそれがめくられることは無く。0対0のままで、早くも一時間が経過しようとしていた。
体力にはまだ余裕があるものの、やはりぶっ通しで続けてれば精神的に疲労は堪ってくる。
つまるところ、これは既に根競べへとその在り方を変質させていた。
「ね、透君もそろそろ疲れてきたんじゃない?」
「まぁ、流石にこんだけ続ければな。」
だが、ここで引くわけにはいかない。
そんな意地がぎりぎりの状況を支えていた。
なお、肉体的に疲れていない理由としては俺もミオもそれなりに体力はあるというのもあるが、全力でラケットを振っていないというのもある。
強く振りすぎてしまうと球がそれに耐えられないのだ。
というか耐えられなかったというべきか。
故に二代目が早々にダウンしてしまわないように加減して打ち返している。
まぁ、そのおかげでこんなにも続いてしまっているのだが。
「こうなったら…。」
業を煮やしたのか、ミオは何やら呟くとキッとこちらに鋭い視線を向ける。
「透君、尻尾触りたくない?」
「っ!?」
その言葉と共にゆらりと揺れた彼女の尻尾を視界にとらえて、一瞬体が固まった。
生じた隙を見逃さずに撃ち込まれた鋭いスマッシュをかろうじて打ち返す。
「そこまでして勝ちたいものかのう…。」
神狐の声が聞こえてくるが動揺して今はそれどころではない。
尻尾、そう言えば最近はあまり意識していなかった。
しかし、一度気になりだしてしまうとあの至高の触り心地が頭から離れない。
「なら…耳も!」
「ミオ…、流石に耳を加えた程度では…。」
「耳も?」
ヤケクソに叫ぶミオの言葉に、今度こそ完全に動作が停止した。
「そこ!」
放たれた二度目のスマッシュは見事に横を通り過ぎていく。
同時に長かったラリーが終わりを告げたことに気が付く。
「やった、勝った!」
「くそ…負けた…。」
勝利に喜ぶミオ。
それとは対照的に悔しさが俺の胸中に渦巻く。
見事にしてやられた、あそこで獣耳を持ち出してくるとは…。
ふと、横を見てみれば見たことも無い表情をその顔に浮かべる神狐と目が合った。
「…透、妾は今主を心底見下しておる。」
「いや、仕方ないだろ。
耳と尻尾のセットには抗えないって。」
一つでも十分すぎる威力なのに二つともなれば単純計算で威力は二乗だ。
その計り知れない魅力を前にして、動きが止まるのは自然の摂理ともいえる。
「妾の目も曇ったかのう…。」
それを説明するが、何やら神狐は遠い目をしだしてしまう。
しばらく動き出しそうにないため、とりあえずはそっとしておくことにする。
「はー、それにしても疲れたね。
この後どうする?早めの夕飯にする?」
「…え、尻尾と耳を触らせてくれるんじゃないのか?」
早速次の行動に移ろうとしているミオを思わずといった形で呼び止める。
先ほどの話は何処に行ったのか。
問いかければ、ミオはしたり顔でこちらへと振り返った。
「ふっふっふ、透君、忘れたのかね?
ウチは触りたいか聞いただけで、触らせるなんて一言も言ってないんだよ。」
「あ…あぁ…。」
上げて落とされた。
その落差は途轍もないほど大きく、俺の精神を揺さぶった。
もう駄目だ。立ち直る事なんて出来ない。
世界は、こんなにも残酷だった。
「…なんちゃって、冗談だよ。
ウチ、一回こういうのやってみたかったの。」
床に手をついて落ち込んでいれば、ミオは悪戯な笑みを浮かべて発言を翻す。
「なら…耳と尻尾は…。」
「うん、触って良いよ。」
ふわりと笑うミオに、思わず見とれる。
先ほどまで地獄だと思っていた世界が今では天国に見えた。
あぁ、世界はかくも美しい。
その後、汗をかいたという事でひとまずは温泉に入ることになった。
上がった時にはまだミオは出てきていないようで、ベンチに座って待つことにする。
「のう、透よ。」
ベンチに座っていれば、既に再起動していたようで神狐が声を掛けながら近づいてくる。
「主らがいちゃつくのは良いのじゃが…、些か歪に見えるのは妾だけかの。」
言いながら神狐は頭上に疑問符を浮かべて首を傾げている。
「…そうか?」
「というか、問題があるのは主の方じゃな。」
唐突に寄ってきたかと思えば、出合頭に問題があるとは失敬な。
俺はただ獣耳と尻尾が好きなだけなのに、この良い様はどうだろう。
「普段は良しとして、毛並みを前にした途端理性が飛ぶのはどうにかならぬか…。」
「理性は飛んでないぞ、ただ欲求の枷が外れるだけで。」
「それを飛んでおるというのじゃ。」
下手な言い訳をすればぴしゃりと言い返される。
いつもは神狐側ふざける事多いが、今日は立場が変わっているらしい。
「何というか…主、文字通り尻尾を振ればひょいひょいと付いて行ってしまいそうじゃな。」
「いやいや、それは馬鹿にし過ぎだって。
流石に俺も相手は選んでる。」
その言い方ではまるで俺が見境の無い尻尾狂いの様ではないか。
「本当かのう…。」
心外だとハッキリと否定するも、懐疑的な視線を向けてくる神狐に思わず苦笑いが浮かぶ。
「では、妾が尻尾を触らせてやると言えばどうなるかの?」
「良いの…いや、何でもない。」
「主、今。」
「何でもない。」
危なかった。
しかし俺は透、硬派な男だ。
決して尻尾程度に惑わされはしない。
「ほれ、尻尾じゃぞー。」
「くっ…卑怯な…。」
目の前でゆらゆらと揺らされる黄金色の尻尾に、思わず伸びそうになる手を咄嗟に抑えつける。
「…呪いでもかけられてはおらぬか?」
「自分でも偶に思うけど、そうじゃないことを祈ってる。」
徐々に神狐の瞳に浮かぶ感情が呆れから哀れみに変化してきているのを見て、流石に自分の中でも不安が生まれる。
というかよくよく考えてみれば神狐の尻尾は触ろうとしても物理的に触ることも出来ないのだ。
それすらも気が付かなくなるのだから、本当に呪いともいえるのかもしれない。
「ミオを裏切るような真似をすれば化けて出る故、気を付けるのじゃぞ。」
「…あぁ、勿論だ。
化けるって、狐のお前が言うと余計に説得力があるな。」
むしろ化けて出てくれれば、こちらも気は楽なのだが。
「ほほっ、そうじゃろう。
何せ、妾は万能のセツカ様じゃからな。」
相変わらずの様子で胸を張る神狐。
本当に、これでは下手なことは出来ないな。
「…にしても、触る触らないに関係なく見事な尻尾だよな。」
「まぁの、これでも昔はイヅモノオオヤシロで一番と呼ばれておった。」
改めて見てみれば、さらさらとした毛並みだ。
確かに、一番と言われても納得がいくというものだ。
「主から見れば、ミオが一番かの?」
神狐はそう揶揄うように言ってくる。
「そりゃな。
けど、魅力的な尻尾だとは思うよ。」
「…。」
ノリに乗って答えてみた所、急に神狐は黙り込んでしまった。
不思議に思い彼女の方へ視線を向けて見ると、俺の背中側を見て明らかにやってしまった、という表情を浮かべている。
それを見て感づかない程鈍感ではないし、この展開には覚えがある。
「…透君?」
「…大神さん、何時からそこに…。」
後ろから聞こえてきた声。
冷や汗を滝の様に流しながら、かろうじてそれだけ返す。
「せっちゃんの事、魅力的って…。」
「あー…違うんだ、これは言葉の綾と言うか、会話の流れで。」
何ともピンポイントでその部分を聞いていたらしい。
錆付いたブリキ人形のように後ろへと振り返ってみれば、そこには頬をぷっくりと膨らませたミオの姿があった。
「…透君なんか知らない。」
「すみませんでした!」
ぷいとそっぽを向いてしまうミオに対して全力の土下座を披露しながら謝罪する。
(…透よ、化けて出るには気が早く無いかの?)
(言ってる場合か!)
小声で言ってくる神狐。
本当に今はそれどころではないのでまともに相手は出来ない。
「みょーん。」
その後、数時間の土下座の末、何とか許しを得ることに成功した。
そしてこれからは下手なことは口にしまいと心に決めたのであった。
「もう、透君本当に尻尾と獣耳好きだよね。」
「悪かったって、極力控えるから。」
部屋に戻り就寝の準備をしていると、不意に先ほどの事を思い出してかミオはしみじみといった風に言いながらこちらに視線を送ってくる。
今頃雲の上では月が輝いているだろうか、少し欠けているけれど丸に近い形の月が。
「フブキの尻尾も触るの?」
「誓って触らない。
ちゃんと反省してます。」
両手を上げて宣言すれば
「よろしい。」
と、ミオはくすりと微笑んで見せた。
そんな感じで、しばらくの間二人で雑談を交える。
「…さっきね。」
「ん。」
ベットの上で枕を抱いて、ミオはぽつりと零すように話し始める。
「一つ嘘をついたの。」
「…へぇ、どんな?」
聞き返しつつも、その嘘の内容には当たりが付いている。
そうか、まぁそうだよな。
あの距離で、都合よくそこだけ聞こえるなんてことは無いだろう。
「せっちゃん、本当に居なくなっちゃうんだね。」
「あぁ、そうだな。」
やはり、その前の会話から聞いていたらしい。
神狐もその辺り鈍感というか、感性がずれている部分もあるのだろう。さして気にすることでもないと思っていそうだが、迂闊にする話では無かったか。
「分かってはいたけど、近づいてるんだよね。」
「…あぁ。」
時間はゆっくりと、だが着実に進んでいる。
月は満ちていき、やがて大きな円を描くようになる。
「…嫌だな…。」
小さな声で呟かれたその言葉は、きっとミオの本心なのだろう。
ミオは思考を切り替える様に頬を叩くと、表情を戻す。
「じゃあ、ウチはそろそろ寝るね。
おやすみ、透君」
「おやすみ、ミオ。」
一つだけ救いがあるとするならば、このイヅモ神社にはずっと雲がかかっていることだろう。
満ちていく月を見なくて済むから、そうでなければきっと、ここまで自然に日常を送ることは出来なかった。
けれど、それもじきに終わりを告げる。
時間は常に平等に流れる。
残酷でも無ければ、慈悲深くも無い。
ただひたすらに、前に進むだけだ。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。