【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

103 / 162

どうも、作者です。

大神ルート、最終回です。



個別:大神 Last

 

 ふわふわとした不思議な浮遊感を感じながら、ミオは昔の記憶を思い返していた。

 懐かしい様な、けれど、何処か寂しい様なそんな記憶。

 

 情景は今でもつい昨日の事のように思い出せる。

 その時抱いていた感情も同時に、胸の中へと浮かんでくる。

 

 あぁ、もう少しだけこの時を…。

 

 

 

 

 

 

 純白の雪が舞い降りてくるイヅモ神社。

 その門の前にある、向かい合う二つの人影は、片方は黒い狼の少女、もう片方は金色の狐の幼い少女であった。

 

 この日は、かつてミオがイヅモ神社を旅立った日。

 そんな彼女は今正に、結界を超える事の出来る麒麟の引く荷台へと乗り込もうとしていた。

 

 『ミオ、他に必要な物は無いかの?

  足りぬものがあっては大事じゃ。』

 

 『もう…大丈夫だよ。

  心配し過ぎ。』

 

 心配そうにその眉尻を下げるセツカを前に、ミオは困ったように笑みを浮かべながら,

らしくも無くおろおろとするセツカを緩く窘める。

 

 ちなみにこの質問は前日から続いており、これで聞かれた回数は既に十を超えてしまっていた。

 流石のミオもここまで動揺するセツカを見るのは初めてであり、新鮮さを覚えるとともに逆にここを離れる事へ不安を覚えてしまう。

 

 『ウチだってもう子供じゃないんだから。

  せっちゃん、そんなに心配性だったっけ。』

 

 『むぅ…それは分かっておるのじゃが…。

  こればかりは如何にものう…。』

 

 セツカ自身、自らの感情に振り回され気味であった。

 こうして誰かを見送るという事に経験が無いことは無いが、やはり自らの娘が相手ではさしものセツカも不安を隠しきれないらしい。

 他者との深い関わりを経てようやく感じることのできるそれは、多くの時を歩んできたセツカにとっても初めての感情であり、その事実が尚の事拍車をかけていた。

 

 『せっちゃん、戸惑い過ぎだよ。

  本当に珍しいよね。というか初めてじゃない?』

 

 そんなセツカを見たミオの顔には悪戯な笑みが浮かんでおり、如何にも揶揄っていますと言わんばかりだ。

 

 『ぐぬ…、不覚じゃ…。』

 

 揶揄うことは多くあっても、あまり揶揄われることの無いセツカ。

 ミオの揶揄うような笑みを受けて彼女は悔しそうに唸り声を上げていた。

 

 『それよりも…じゃ。

  ミオ、最初の行き先は決めてあるのかの?』

 

 少し強引に話題を変えるセツカ。

 ミオもこれ以上揶揄うつもりも無く、肯定するようにその首を縦に振った。

 

 『うん、まずはイヅモノオオヤシロに行ってみようと思ってる。 

  けど…そこから先はまだ決めてないかな。』

 

 『イヅモノオオヤシロ…のう。』

 

 ミオから聞いた目的地に思う所があるのか、何処か物憂げにセツカは復唱する。

 

 イヅモノオオヤシロ。

 名前こそ同じだが、今ではそこはかつてセツカが気づき上げた都市とは別のものとなっていた。

 

 だが、それは至極当然の流れともいえる。

 人の居なくなった都市は、時間が経つにつれて新たな住人の手によって新たな街へと生まれ変わるものだ。

 

 ふと昔を思い出し、セツカはミオの頭部にある髪飾りへと視線を向けた。

 

 『ミオ、もしかすると…。』

 

 そこまで言いかけたセツカの思考は、しかし言葉をそこで途切れさせる。

 昔の事に触れる内容はあまり吹き込まない方が良い、それはミオの封じられた記憶を呼び覚ますことは無いが、ミオに記憶の矛盾という疑問を抱かせることになる。

 それと同時に、ミオに真実を告げる勇気が今のセツカには無かった。

 

 『いや…何でもないのじゃ。』

 

 『…?

  何だかせっちゃん、そうやって隠し事する事多いよね。特に最近は。』

 

 そうして言葉を濁したセツカに対して、ミオは胡乱な視線を送る。

 隠し事が多いセツカ、それはミオとて理解しているが、最近は特にひどい。

 

 何かを言いかけて誤魔化したり、適当なことを言って煙に巻いたり。

 これもあり、ミオの中ではセツカは秘密主義だという認識が生まれていた。

 

 『ほほっ、気にするでない。

  良い女には秘密が付き物なのじゃ。』

 

 『良い女…?』

 

 胸を張るセツカだが、首を傾げて明らかな不信感を露わにするミオに『失礼な奴じゃな。』と不満げに頬を膨らませて抗議の視線を送る。

 

 とはいえ、何時ものじゃれ合いの範疇だ。

 二人にとっての楽しいコミュニケーションの時間だったが、それも長く続けることは出来ない。

 

 まだか、と催促するように一声鳴き声を上げる麒麟。

 

 ミオとセツカは目を合わせると、同時に噴き出した。

 

 『それじゃあ…もう行くね。』

 

 『…うむ。』

 

 これから先イヅモ神社を離れる以上、今のように話すこともとんと減ってしまうだろう。

 名残惜しさに後ろ髪を引かれながら、ミオは荷台へと足を向ける。

 

 『…ミオっ。』

 

 背を向けたミオに、セツカは再度声を掛けた。

 見送ると決めた以上引き留めるつもりは無い、けれどセツカにはどうしても聞いておかねばならない事があった。

 

 『一つだけ、聞いておきたいのじゃ。』

 

 振り返ったミオに対して、一瞬聞くことを躊躇するセツカだったが、しかし意を決してその問いを口にする。

 

 

 『主は…。』

 

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりとした意識の中、誰かが呼びかけている声が聞こえる。

 それと同時にミオは理解する、この夢が、この時間がじきに終わるのだと。居心地の良かった過去という夢は、けれど辛い現実に引き戻される。

 

 だが、一つだけ。

 どうしても、ミオは知りたいと思った。

 

 (最後に、せっちゃんは何を聞いてきたんだっけ。)

 

 思い出そうともがくも、既に夢は終わっている。

 その疑問は解消されることは無く、ミオはその意識を浮上させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ミオ…聞こえるか、ミオ!」

 

 もう二度とこの目を覚ましはしないのではないか、全てが、無駄になってしまったのではないか。

 底知れない不安を抱えたまま、何度も彼女を呼び続けた。

 

 そして幾度となく呼び続けた果て、それに答える様に、ようやくミオはその瞳を開いた。

 

 「透…君…?」

 

 横たわったままの彼女は、ぼんやりとした瞳のまま、けれど確かに視線を合わせている。

 その事実を確認して、胸の奥に詰まっていた不安が息と共に吐き出された。

 

 良かった…成功した。

 

 そんな言葉を胸中で何度も繰り返しながら、彼女の手を強く握る。

 

 まだ状況を理解できていないようで、ミオは不思議そうに辺りを見渡す。

 そして、その瞳は今のイヅモ神社の光景を映し出した。

 

 「綺麗…。」

 

 零れ落ちる様に、彼女が呟いたその言葉。

 綺麗、そうだ、確かにこれ以上ないほどに美しく、幻想的な光景だ。

 

 同じく辺りを見渡せば、視界に移るのは光の粒。

 空へと舞い上がるようにふわふわと優雅に立ち上るそれは、イヅモ神社を構成する建物から、そこら中の雪から無数に生み出されていた。

 

 いや、生み出されているのではない。

 それはまるでイヅモ神社全体が光の粒へと分解されていくように、絶え間なく空へと舞い上がり続けている。

 

 そして、つられて空を見上げれば嫌でも目に入ってくる。

 

 「なんで…満月が…。」

 

 驚きにミオはその瞳を大きく見開いた。

 

 その視線の先では、ついぞイヅモ神社からは分厚い雲に隠れて見ることのできなかった夜空が、月がそこには目いっぱい広がっている。

 

 あの雪雲は、神狐の結界によるいわば人為的なものであった。

 それが無くなったという事は、つまり。

 

 「あ…。」

 

 そこまで分かれば、結論にたどり着くのは容易だ。それと同時に、ミオはこれまでの経緯を思い出したのだろう。

 わなわなとその体を震わせながら、彼女は誰かを探すように辺りへ視線を向ける。

 

 そして、すぐに求めていた姿を映し出したその瞳はけれど再び大きく見開かれた。

 

 「せっ…ちゃん…?」

 

 呆然と目の前の現実を理解できない、したくないようにミオは呟いた。

 

 だが、その呼びかけに答える声は無い。

 代わりに神狐はその顔に優しく、儚い笑顔を浮かべてこちらを見守っていた。

 

 その姿に今までのような力強さは無かった。

 まるで本当に幽霊にでもなったかの様に、彼女の姿は薄く、向こう側の景色すら見えてしまう程に薄くなっている。

 

 神狐は正真正銘、全てを使い切った。

 ミオを救うために、一度は投げ出した命。かつての失敗より保っていたそれを、今度こそ彼女は使い果たしたのだ。

 

 今の彼女は魂のみの存在。

 声を発することすら、今では叶わない。

 

 今とどまっていられているのも、力の残滓がそうさせているに過ぎない。 

 それを証明するように彼女の体からもまた、光の粒が舞い上がり始めていた。

 

 (お別れじゃ、ミオ。)

 

 口を開くも唇が動くのみで、声が発されることは無い。

 けれど、神狐が何を言っているのか、俺とミオは確かに理解した。

 

 その言葉の通り、神狐の体は光の粒と共に宙へと舞い上がっていく。それはあたかも月へと吸い込まれている様に、ゆっくり、ゆっくりと彼女は上昇を続ける。

 

 と、一瞬だけ神狐がこちらへと視線を送ってきていることに気が付く。言葉は無くとも、その意思は伝わってくる。

 

 大丈夫だ、分かっている。

 

 その意を示すように、強く、しっかりと頷いて見せれば神狐は少し悲しそうで、けれど安心したようにその表情を和らげた。

 

 「待って…!」

 

 神狐の姿を捉えてからこの方、硬直していたミオだったが、どんどんと離れて行く神狐を前にして遂には駆けだそうと体を起こす。

 しかし、まだ体に力が入らないようで、すぐにミオは崩れ落ちて地に付してしまう。だが、すぐに彼女はその体を起こし、その手を伸ばす。

 

 「まだ…行かないで…。」

 

 月を掴もうと手を伸ばすかのように、その手は何も掴むことは無い。

 ただ離れて行く神狐へと追いすがるように伸ばされたそれに、神狐の目元に涙が浮かぶ。

 

 「ずっと、ずっと、貰ってばっかりで。」

 

 初めて出会った日の事が、ミオの脳裏に浮かぶ。

 それだけではない、イヅモノオオヤシロでの日常、イヅモ神社での日常。今までの全てが、彼女の中にしかと残っている。

 

 何度も助けられた。

 何度も救ってもらった。

 

 そして今この瞬間まで、ミオはセツカに救われていた。

 

 「ウチはまだ…何も…。

  何も、返せてない!」

 

 声を上げるミオの顔は涙に歪んでいた。

 

 どれだけ恩を感じていても、どれだけ、感謝していても。

 相手が居なくなっては、何も返すことなどできはしない。

 

 「これからなのに…ようやく、思い出したのに!」

 

 してきてもらった事を全て、今のミオは理解している。覚えている。

 なのに、これでは何もかもが遅い。

 

 「せっちゃん…!せっちゃん…!!」

 

 縋りつくように、ミオは名を呼んだ。

 

 帰ってきて。行かないで。

 そんな願いは、けれど目の前の現実に叶わないと突きつけられてしまう。

 

 「せっちゃん…。」

 

 このまま、何も返せずに終わってしまうのか。

 そんな失意の果てに、ミオはついには泣き崩れる。

 

 ミオとて、理解している。

 これがただの我儘である事を、セツカがお返しなど望んでいないことも。

 

 けれどこれで最期など、ミオには到底受け入れられなかった。 

 

 『一つだけ聞いておきたいのじゃ。』

 

 「あ…。」

 

 そんな彼女の脳裏に浮かんだのは、たった一言のセツカの問いかけ。

 

 未来に囚われて、答えられなかった問い。

 けれど、今なら分かっている。今なら理解している。

 

 運命を打ち壊された今だから、はっきりと答えることが出来る。答えなければ、伝えなければならない。

 

 『主は今…幸せかのう。』

 

 

 

 「…幸せだよ!!」

 

 

 

 涙ながらにミオは自らの想いを言葉に乗せる。

 離れた神狐へとしっかりと届くように、絶対に届くように。

 

 それを受けた神狐はその瞳を大きく見開いた。

 

 「ウチね…、友達が出来たよ…!」

 

 嗚咽交じりで上手く言葉が発せない中、それでもミオは必死に言葉を紡ぐ。

 これまで自分が得てきたものを報告する子供の様に、彼女は自らの母へと、想いを告げる。

 

 「色んな場所に行けた、色んなことを学べた…!」

 

 セツカと別れてからも、彼女は成長することが出来た。

 

 ぼろぼろと零れ落ちる涙は、留まる事は無く。

 ミオの嗚咽はさらに増すばかりで。

 

 「恋だって、出来たよ…!」

 

 今まで、分からなかったけれど、今のミオなら分かる。ずっと、ずっと、気づけなかっただけで、彼女は幸せだったのだ。

 それも全て…。

 

 「全部…全部…、せっちゃんが、ウチの事を…助けてくれたから。  

  救って…くれたからっ!」

 

 セツカが居なければ今の自分はいないと、セツカのおかげで自分はここにいると。

 伝えきれない程に沸き上がり続ける思いの丈を、ミオは必死に言の葉に乗せる。

 

 「だから…だから…っ!」

 

 だから伝えなければならないのだ。

 擦り切れてしまう程に悲しくても、嗚咽でどれだけ言葉が出なくても。

 

 初めて会った時、自分を見つけてくれた。

 不器用ながらに自分を育ててくれた、抱えきれない程の愛をくれた。

 

 だから…。

 

 

 

 

 「今まで…、…ありがとう!!」

 

 

 

 万感の想いを胸に、ミオは叫んだ。 

 詰め込み切れない程の感謝を伝えるために。

 

 同時に、これは離別の言葉でもあった。

 

 幸せだ。

 だから、どうか安心して欲しい。

 

 意外と心配性な母が心残りを残さないように、自分はもう一人じゃないと、伝える様に。

 

 その言葉は、想いは、余すことなくセツカへと届いていた。

 それを受けたセツカは、これ以上無いほどに満足そうにその瞳を震わせる。

 

 (そうか…、そうか…!)

 

 月明かりに照らされたそんな彼女の顔には、満面の笑みが咲き誇っていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (数え切れぬ程の年月を過ごしてきた。)

 

 薄れゆく意識の中、セツカはこれまでの道のりを振り返っていた。

 それは途方も無く、長い旅路であった。

 

 多くのモノを得て、同時に多くのモノを失ってきた。

 

 (そんな妾が平凡な最後など、望めぬと考えていた。)

 

 過ぎた力は人を孤独にする。

 それを理解したうえで尚、セツカは求め、身に着けてきた。

 

 だが、その結末がこれだ。

 

 (愛する者に見送られて、こんな想いまで送られて。)

 

 眼下に映る二人は、その頬に涙を流しながら、けれどその瞳を逸らそうとはしない。 

 最後の最後まで見届ける、そんな意思がその瞳には宿っていた。

 

 (これ以上無い、幕引きじゃ。)

 

 そうに違いない。

 何故なら、自らの心がこんなにも、満たされているのだから。

 

 (主らも、ご苦労じゃったな。)

 

 周囲に漂う残留思念にセツカが語り掛ければ、それに呼応するように微かに光は揺らいだ。

 

 心配性なのは何も自分だけでは無かった。

 彼、彼女もまた、セツカと共にずっとミオを見守っていたのだ。

 

 (あの二人なら、もう心配はいらぬ。)

 

 折れそうになっても支えてくれる者がいる。

 なら、もう大丈夫。

 

 返せていないなど。

 

 救われていたのは、むしろセツカの方だった。感謝したいのは、セツカの方だった。

 おかげで、セツカは最後まで、一人では無かったのだから。

 

 

 (あぁ、本当に、良き最期じゃ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 月の光と同化するように光の粒は徐々に霧散していき、そして最後の一粒がついには消えていった。

 後に残されたのは何もない山の平地と、満月の浮かぶ夜空のみ。

 

 全てが夢の様に消え去ってしまったけれど、心の中には、記憶の中には確かに残っている。

 

 「せっちゃん…せっちゃん…!」

 

 溢れ出てくる涙は堰を切ったように、次から次に彼女の頬を濡らしていく。

 

 彼女は見届けた、最後の最後まで。

 だが、大切なものを失ったその悲しみは、推し量る事すら叶わない。

 

 だから、せめて彼女が感情の濁流に流されてしまわないように、必死に繋ぎとめる。

 腕を彼女の掴む手には、痛みを感じる程に力が込められている。

 

 狼は泣いた。

 その溢れんばかりの慟哭は、その痛々しいまでの嘆きは、静寂に満ちた山々へと響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ねぇ、透君。」

 

 シラカミ神社へと向かう麒麟の荷台の中で、先ほどまで黙り込んでいたミオは不意にそう話を切り出した。

 窓の外では既に朝日が昇っており、荷台の中を明るく照らしている。 

 

 「ウチね、これから幸せになろうと思う。」

 

 そんなミオの声は決意に満ちていた。

 泣きはらして少し赤くなった目元、だが、彼女なりに整理がついたのか今までにない輝きが瞳に浮かんでいる。

 

 「せっちゃんが羨ましがるくらいに幸せになって、胸を張って伝えられるように。」

 

 「あぁ、良いな、それ。」

 

 神狐の反応が脳裏に浮かぶようだ。

 悔しがって地団太を踏んで、けれど、すぐに心の底から嬉しそうに笑うのだ。

 

 易々と想像できてしまうあたり、神狐セツカという存在は俺にとっても大きいものだったのだろう。

 

 あれだけ見慣れたイヅモ神社も、今では跡形も無く消え去ってしまった。恐らく、神狐の力で維持されていたためだ。

 手元に残ったのは、神狐が使役していたこの麒麟といくつかの荷物だけだった。

 

 「それでね…。」

 

 言葉を続けるミオに、思考を引き戻しつつ彼女に視線を向ける。

 改まった様子の彼女は、何処か緊張したように表情が硬い。

 

 ミオはそんな緊張をほぐすように大きく息を吐くと、決意を固めたのかその瞳に光を宿らせる。

 

 「まずは、ここから始めようと思うの。

  今度はちゃんと、伝えたいから。」

 

 朝日に照らされたミオの顔は、微かに赤らんで見えた。

 真っ直ぐと見つめられて、自然と背筋が伸びる。

 

 「ウチは、透君の事が好き。」

 

 それはいつか伝えられた想い。

 けれど前回とはその表情は明確に違っていて、柔らかく微笑んだ彼女に思わず心臓が跳ねた。

 

 「だから、ウチの恋人になって下さい。」

 

 その言葉に、自らの顔に熱があるまっていく感覚がある。

 ずっと押さえつけてきた想いが、熱を発している。

 

 「俺も、ミオの事が好きだ。」

 

 口から心臓が飛び出してしまいそうな緊張感の中、けれどはっきりと想いを返す。

 

 「恋人になろう、ミオ。」

 

 「…うん!」

 

 ハッキリと口にすれば、ミオは噛み締める様に強く頷いてくれる。

 こうして、俺とミオは晴れて恋人となったのだった。しかし、改めて目を合わせてみるとどうにも気恥ずかしさが勝ってしまい、つい二人揃って黙り込んでしまう。

 

 しばしの間、荷台の中を沈黙が漂った。

 

 すると、そんな空気を壊すかのように、そとから鋭い麒麟の鳴き声が聞こえてくる。

 それと同時に、荷台が大きく揺れる。

 

 「おっと!?」

 

 「わっ…!」

 

 意識が完全に互いに向いていたおかげで、無事二人して体制を崩す。

 何とか踏みとどまるも、体勢を崩した結果すぐ近くにきたミオの顔に思わず体が固まった。

 

 「「…。」」

 

 後数ミリ前に進むだけで唇が触れ合ってしまう程の至近距離で、互いに無言のまま見つめ合う。

 目の前にあるミオの瞳に吸い込まれるかのように、身動き一つとれない。

 

 煩いくらいに鳴る心臓の音。

 震えるミオの瞳を前にして、俺は…。

 

 「わ、悪い。」

 

 「う、ううん、こっちこそ。」

 

 羞恥のあまり、互いに顔を離した。

 

 確かに、俺とミオは恋人にはなった。

 けれど、こういうのはもっとこう、段階を踏んでいった方が良い気がする。

 

 (…むぅ、つまらぬのじゃ。)

 

 心臓を宥めていた所、不意にそんな声が空耳する。

 驚きのあまり、先ほどの羞恥すら忘れて辺りを見渡せば、ミオもまた同様にきょろきょろと視線を巡らせていた。

 

 「今の、聞こえたか?」

 

 「うん、確かにせっちゃんの…。」

 

 だが、いくら見て回っても当然の如く神狐の姿は無い。

 まさか最後の悪戯を麒麟にでも仕込んでいたのか、それとも単なる偶然なのか。

 

 どちらにしても、今の状況においては可笑しなものに変わりは無くて。

 

 「…変わらないな。」

 

 「ね、せっちゃんらしいけど。」

 

 くすくすと二人で笑い合う。

 これこそ神狐に見られれば彼女は憤慨しそうなものだが、今ばかりは許してもらいたい。

 

 「…あ、そう言えばさ。」

 

 ひとしきり笑った後で、ふとこれからの事を考えていた折に思い立ってミオに声を掛けてみる。

 

 「どうしたの?」

 

 首を傾げるミオに対して、口を開く。

 

 「白上とは最近連絡とってたっけ。」

 

 「…あ。」

 

 それは今から帰るシラカミ神社の神主、寂しがりやな白い狐の少女の事だ。

 だがミオの反応から、答えは明らかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「酷いですよ!

  半月も連絡なしって…、ずっと一人で寂しかったんですからね!」

 

 若干涙目で毛を逆立たせている白い狐は、麒麟の鳴き声が聞こえるなり神社の中から飛び出してきた。

 

 「ご、ごめんね、フブキ。

  色々と立て込んでて…。」

 

 「わ、悪かったよ。

  ほら、一応お土産あるから。」

 

 そんな彼女を前に、完全に連絡を忘れていた俺たち二人は平謝りするほかなかった。

 白上と最後に連絡を取ったのは、イヅモノオオヤシロに行く前の事。つまるところ、半月ほど前の事だ。

 

 白上の方からでは、結界や距離などの問題があり連絡を取る手段が無かったため、ただ待つことしかできなかったそうだ。

 

 「全くもう…、白上のストレスがマッハで抜け毛が増えるところでしたよ。」

 

 ぷくりとその頬を膨らませて、分かりやすく拗ねる白上を前にして思わずミオと二人苦笑いが浮かぶ。

 それと同時に、シラカミ神社に帰ってきたという実感が胸に湧き上がる。

 

 「…あれ?」

 

 すると、何かに気が付いたように声を上げて白上はミオをしげしげと眺める。

 

 「フブキ?」

 

 「いえ、何だか…。」

 

 どうやらミオの変化に気が付いたようだ。

 確認を取るようにこちらを見る白上に首肯で返せば、彼女はほっとしたように息を吐いた。

 

 「え、何?どういう事?」

 

 この場で一人、状況を飲み込めないで困惑するミオは俺と白上を交互に見ていた。

 まぁ、白上の事だし、話すかは本人に決めて貰うとして、今は他に気になる事がある。

 

 「いや、何でもない。

  それよりミオ、この麒麟だけどさ…。」

 

 「…ミオ!?」

 

 麒麟をこれからどうしておくかの相談をしようと声をかければ、一泊遅れて白上が驚いたように声を上げた。

 どうやら呼称が大神からミオに変わったことに驚いたようだ。

 

 「あの…お二人の関係についてお聞きしても…?」

 

 何となく白上自身勘づいているいるのだろうが、確認とばかりに恐る恐る聞いてくる。

 白上の劇的な反応に思わずミオと顏を見合わせる。

 

 ここまで勘づかれては流石に隠せはしないだろうし、ここで一度はっきりと言っておいた方が良いだろう。

 

 「「恋人。」」

 

 「…。」

 

 息をそろえて同時に応えれば、ぽかんと白上はその口を開ける。

 が、すぐに再起動してよろよろと後ろを向いた。

 

 「こ、こう、予想はしてたんですけど…。

  いざ対面すると衝撃的ですね。白上はちょっとお水を飲んできます…。」

 

 ぎこちない足取りで神社の中へ戻っていく白上の背を見送る。

 驚かれるだろうとは思っていたが、まさかここまで驚かれるとは、流石に予想外である。

 

 「フブキ、驚いてたね。」

 

 「あぁ、でも、これなら先に伝えてよかったな。」

 

 むしろ、こんなものまだまだ序の口である。

 それほどまでに、このひと月の内容は濃いものであった。

 

 「フブキにもいろいろ話さなきゃ。」

 

 「…そうだな、これから大変そうだ。」

 

 イヅモ神社での事、ミオの過去の事。

 そして、神狐の事。

 

 たったひと月の間だけで、話すことは山の様に増えていた。これを全て話すとなると、かなりの時間を要するだろう。

 

 「…そっか、これから先も続いてるんだよね。」

 

 ぽつりと零すように呟かれたその一言は、風に乗って空に消えていく。

 

 「…ね、透君。

  ちょっと目を瞑ってて?」

 

 「ん?

  あぁ、分かった。」

 

 思いついたように言ってくるミオに、何をするつもりなのだろうと疑問には思うが取り合えず言われるがままに目を瞑る。

 視界を暗闇が覆うと同時に、こちらに踏み出す足音が聞こえた。そして、唇に触れた柔らかい感触。

 

 驚きのあまり目を開けば、そこにはほんのりと頬を赤く染めたミオの姿。 

 その顔に浮かんだ笑みは、今まで見た中で一番に脳裏へと焼き付いた。

 

 

 

 

 

 「これからもよろしくね、透君!」

 

 

 

 

 

 

 

 二つ目の想いが色づいた。

 

 

 

 





大神ルート終了にございます
ここまで読んでくださった方に、深い感謝を。

次回から百鬼ルートに入ります。

気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。