茶屋を後にし、次の目的地を探して再びキョウノミヤコの街道を歩く。
あの後、何とか百鬼の機嫌を取ろうと奮闘したためか若干気疲れのようなものを感じてきていた。茶屋と言えば休憩のような認識であったが、意外とそれは間違いであったのかもしれない。
とはいえ、一日は始まったばかりである。
気疲れはしたものの、体力的にはまだまだ余裕があった。
「それで、次は何処に行く?」
あても無く進んでいるが、一日中このままという訳にもいくまい。
希望があればと思い、隣で楽しそうに歩いている二人に問いかけてみる。
「んー、余は特に…。ケンジくんは?
行きたいところある?」
「行きたいところ?
おれもないよ。」
二人揃ってあっけらかんと答える姿に、思わず苦笑いが浮かぶ。
一応、今回は百鬼とケンジ君が事前に約束していたようなのだが、本当に何も決めずただ遊ぼうと約束していただけらしい。正に行き当たりばったりだ。
「そうか?…まぁ、その内何かしらが目につくか。
それまで歩いてるだけだけど、退屈に…は、ならなそうだな。」
「うん、これだけでも十分楽しいし。
な、ねぇちゃん!」
「ね、ケンジくん!」
ただ歩くだけでは面白みがないのではないか。
一瞬そう考えかけるが、何もしていないにも拘らず機嫌良さそうにしているケンジ君と百鬼を見て、それは杞憂だったと結論付ける。
広がる街並みには昨夜のセイヤ祭の名残がちらほらと見える。しかし、普段との差異と言えばその程度。何故二人がこんなにも上機嫌なのか理由には見当もつかないが、まぁ、それ自体悪いことでは無いだろう。
「そう言えば、白上から聞いたオススメで良さげな場所は無いのか?」
先ほどの茶屋の事を思い出して、百鬼へと視線を移しながら問いかける。
白上の事だからオススメがあの茶屋一つという事も無いだろう。何かしら例が出れば、自然と興味も湧いてくるというものだ。
「うーん、確かに他にも色々と聞いたけど…。」
しかし、想定外に百鬼は何処か煮え切らない様子で返事を返す。話したくないという様相でも無しに、何を悩んでいるのだろう。
不思議に思っていれば、百鬼は話しにくそうに躊躇いがちにその口を開いた。
「その…教えて貰ったの、全部食べ物関係で…。」
「「あー…。」」
その返答に、俺だけでなくケンジ君までも極めて納得がいったように声を上げる。
なるほど、そう来たか。
いや、確かに言われてみればむしろそちらの方がしっくりくる。
だが、生憎と団子を食べたのはつい先ほどだ。
団子と言えばその外見も相まって軽いデザートと思われがちだが、その実かなりの腹持ちの良さを誇る。昼には空腹になっているだろうが、ここまで間隔が短いと少し歩いた程度では次に行こうとは思えなかった。
「何というか、白上らしいな。」
彼女なら他にもキョウノミヤコの名所を知っているだろうに、チョイスするのが飲食のみという所が特に。
ふと、昨夜の両手いっぱいに袋を引っさげた白上を思い出して頬が緩んだ。
「その人、にぃちゃんも知り合いなの?」
「白上の事か。
そうだな、百鬼と同じ友達でシラカミ神社の神主をやってるんだ。」
キョトンとして聞いてくるケンジ君に、そう軽く説明する。
それを聞いたケンジ君は記憶を遡るように一瞬宙を見上げ、思い至ったのかその手を打った。
「あ、聞いたことあるかも。
キョウノミヤコをケガレから守ってくれてるカミだって。」
「ケガレから?」
思いもよらない情報が出てきて今度はこちらが首を傾げる。
俺の頭の中では、基本的にゲームしてるか菓子を食べているかの二択の狐なのだが、そんなことをしていたのか。
思わず百鬼の方へ視線を向けるが彼女も知らなかったようで目を丸くしている。
「あれ、にぃちゃん達知らなかったの?」
そんな様子を見たケンジ君に問いかけられて、俺と百鬼は揃って首肯する。
「あぁ、初耳だった。」
「余も、フブキちゃんそんなことしてたんだ…。」
というのも、俺も百鬼も白上と出会ったのはつい二、三か月ほど前の話だ。
その頃には既にカクリヨに異変が起こっていて、白上は大神と共に調査に追われていたらしいし、その異変が解決までは行かなくともひと段落ついたのは昨日の事。
この間に、白上がキョウノミヤコにケガレを祓いに行っているようには見えなかった。
「…。」
「いやいや、本当に友達だぞ?
そりゃ知らない事も有るけど、それも普通の事だって。」
ふと隣を見ればこちらへと向けられる疑いの視線。
それを目にして慌てて訂正すると、ケンジ君はにやりとその相貌を歪める。
「にぃちゃん、おれ何も言ってないよ。」
そこで、ようやく揶揄われていた事に気が付いた。
百鬼は気づいていたのか特に慌てた様子は無い。
「ケンジくん、透くんが分かり易いからってあんまり揶揄わないようにね。」
「はーい。」
「あの、百鬼さん。
フォローになってないです。」
百鬼に注意されて元気に返事をするケンジ君だが、俺への精神的なダメージは増すばかりであった。
そうやって話しながらぶらぶらと辺りを三人で彷徨っていれば、ふと前の方向が騒がしくなってきた。
「駄目だ、ビクともしやがらねぇ!」
「おやっさん、やっぱりこれ無理ですよ。」
近づくごとに響いてくるそんな声に何事かと見に行ってみれば、大きな看板を前に疲れ切った様子でそれを眺めている数人の街の住人の姿があった。
「だがな、このまま此処に置いておくわけにもいかん。
アヤカシの連中は相変わらず他に行っちまってんだ、わしらでやるしかないだろう。」
おやっさんと呼ばれる中年の男性は、周りに喝を入れつつなおも奮闘している。
聞く限りあの看板を動かしたいようだが、人手が足りずに困っているらしい。
「悪い、ちょっと行ってくる。」
そこまで時間はかからないだろうと、二人にそれだけ伝えて荷物を置く。
「透くん、余も行こうか?」
「いや、問題ない。百鬼はケンジ君と一緒にいてくれ。」
あの看板なら持ち上げて運ぶくらい難は無い。
聞いてくる百鬼に対してそれだけ答えて、見覚えのある男性の元へと近づいていく。
「あの、良ければ手伝いますよ。」
「お、良いのかい?
…て、兄ちゃんか!いい所に来てくれた!」
声を掛ければあちらも覚えていたようで、男性は目を丸くすると豪快な笑顔を浮かべる。
セイヤ祭の準備に駆け回っていた際に、彼とは一度出会っていた。
その時もこの看板には苦しめられていたが、それは片付けでも同様の様だ。
「これを運ぶんですよね、何処まで持っていくんですか?」
「あぁ、ありがたい。
場所はわしが案内しよう。」
男性は、そう言うと恐らく目的地のある方向へと一歩離れた。
ここまで喜ばれると手伝いがいもあるというものだ。
「よし…。」
それ以外の人も離れたのを確認してから、前回の教訓を活かして最初から鬼纏いまで発動させ、看板へと手をかけて一気に持ち上げる。
大きさが道の幅ほどもあるため、周りの建物に当たらないように調節しながらそのままゆっくりと足を前へと踏み出せば、周りから歓声が上がった。それに何処か気恥ずかしさのようなものを感じつつ、前を歩く男性に付いて看板を運ぶ。
「兄ちゃん、ここだ!」
少しの間歩いたのち、男性が指さしたのは広めの空き地であった。そこには他にも看板や、その他備品など様々なものが置いてある。
そんな空き地の中に大きめに開けた場所が見える。
恐らくあそこが看板を置くためのスペースなのだろう。
周りに置いてある物を踏まないように中に進んで行き、その場所に看板を下ろした。
「いやー、助かった。
毎度ありがとうな、兄ちゃん!」
元居た場所へと向かいつつ、男性は肩を叩きながら豪快に笑う。
カクリヨでの中年は基本的に肝の太い人が多いように思えるのは気のせいなのだろうか、ミゾレさん然り少なくとも今まで出会った人はこの男性のように豪快だ。
「このくらい何ともないですよ。
それより、さっきちらりと聞こえたんですけど、前と一緒でアヤカシの人達が他に行ってるんですね。」
「あぁ、そうなんだよ。
去年までは人数的に余裕があったんだが、今年は引っ張りだこさ。」
歩きがてら気になっていたことを聞いてみると、男性は困ったように頭をかきながら応えてくれる。
去年までは余裕があった。
この点に少し引っ掛かりを覚えた。
「今年はアヤカシの人達が少なくなっていたと。」
「そう、今までは一人くらいは回ってきてくれてたんだが、現状は御覧の通りよ。
街から出て行っちまったのなら、いつかは帰ってきて欲しいもんだ。」
このカクリヨはイワレが常識として浸透している世界だ。
それ故に、イワレによる強化を受けたアヤカシなど、普段の生活にも密接に関わっている。
先ほどの巨大な看板だって、アヤカシがいるからこそあのサイズにして今までも作ってきたのだろう。
そんな中でその前提が崩れれば、こうしてトラブルを招く結果となる。
「ま、だからこそ、兄ちゃんには感謝だな。
何かお返しがしたいんだが…今は手持ちが無くてな…。」
「良いですよ、お返しなんて。
俺も街の人には良くしてもらったんで。」
色々と話を聞かせて貰ったしお礼はいらないというも、男性は頑固として譲る気配は無かった。
「いいや、そういう訳にはいかん。
…そうだ、次の月にある奉納の時は油揚げ他いつもより多めに用意しよう。」
名案だとばかりに手を叩くのは、俺がシラカミ神社に住んでいることを知っている故だろう。
奉納については初耳だが、確かにそれが良い落としどころに思えた。
「ありがとうございます。
多分、神主も泣いて喜びますよ。」
比喩無しで。
大量の油揚げが送られてきたともなれば、神社の狐は狂喜乱舞してもおかしくはない。
ただ毎食きつねうどんは応えるため、そこは大神に祈ろう。
来た道を戻っていれば、すぐに百鬼とケンジ君の姿が見えてくる。
百鬼がこちらに手を振っているので、こちらも振り返していれば不意に男性は感心したように声を上げた。
「ほー、兄ちゃんもやるなぁ!」
「へ、何がです?」
何のことか分からず聞き返せば、さも面白そうに男性は二人を指し示す。
「美人な嫁さんに、大きな子供までこさえて。
いやー、流石アヤカシだ。見た目に寄らないねぇ。」
「嫁っ!?」
思わず素で突っ込んでしまう程度には驚いた。
これまた変な勘違いをされたものだ。
「あの二人は嫁でも子供でも無く、ただの友人ですよ。」
「ありゃ、そうだったか。
こいつは失敬。」
一つ咳ばらいを入れて訂正すれば、けれど男性はだっはっはと変わらず豪快に笑って見せた。
キョウノミヤコの住人は皆気の良い人ばかりだ。それは、この人を見ているとひしひしと感じ取れる。
「それじゃ、また何かあったら声でもかけて下さい。
力になりますんで。」
「おう、そん時はまた頼らせてもおうか。
ありがとうな、兄ちゃん!」
そう言うと男性は握り拳を突き出してくるので、それに拳を合わせてそこで男性とは別れる。
二人の元へと小走りで戻れば、百鬼は笑顔で迎えてくれた。
「透くん、おかえり。」
一瞬男性に言われた言葉が頭をよぎるが、気にするような事でもないと片隅へと追いやる。
「あぁ、ただいま。
待たせて悪かった。」
「ううん、全然。
人助けだもん。透くん偉い!」
褒め方はともかくとして、それ自体は嬉しいものだ。
素直に受け取りつつ、しかし、顔を俯けているケンジ君の姿が目に入る。
まぁ、途中で抜けてしまったから、そこですこし思う所があるのかもしれない。
「あの、ケンジ君…。」
「す…。」
そう思い声を掛けようとしたところで、ぽつりとそんなケンジ君の声が聞こえてきて言葉を区切る。
す?
何を言いかけたのかと疑問に思っていると、その答えは本人から告げられた。
「すっげー!
にぃちゃん、すげーよ!」
「え?
あ、あぁ、ありがとう。」
キラキラと目を輝かせながら興奮気味に飛び跳ねるケンジ君を前にして、思わず困惑してしまう。
百鬼へと視線を向けて見れば、彼女も笑顔で頷いているので取り合えず悪い結果にはならなかったことは確かだ。
「あんなおっきな看板を軽々持ち上げるとか!
にぃちゃん、すげー!」
尚も息も荒く続けるケンジ君だが、その声は辺りに響き渡っている。
つまるところ、周りの視線がかなり痛かった。
「ありがとうケンジ君。
それは分かったから、落ち着いて…。」
「落ち着けないって!
だって、にぃちゃん…!」
「頼む…。」
しかし懇願も虚しく、ケンジ君が止まることは無かった。
結局ケンジ君の興奮が収まるまで現状は続き、その間周りからの視線もまた途切れることは無かった。
その後も三人で色々な場所へと行き遊び倒すも、時間が流れるのは早いものですぐに日が暮れてしまった。
そして、集合場所であった噴水の前まで戻ってきて、ケンジ君とはそこでお別れすることとなる。
「じゃあな、にぃちゃん、ねぇちゃん!」
元気よく、疲れを感じさせない笑みで手を振るケンジ君に手を振り返す。
やがて人込みの中に入るにつれて姿が見えなくなるその瞬間まで、その手を振り続けた。
「ケンジくん、楽しそうだったね。」
「あぁ、俺からもそう見えた。」
今回はケンジ君と遊びにキョウノミヤコまでやってきた。
満面の笑みを浮かべるケンジ君の姿からも十分すぎる程に本願は達成できたし、俺達も楽しかった。
ただ一つ、気になる事はある。
「なぁ、百鬼。
今日はなんで俺も誘ってくれたんだ?」
帰り道を歩きながら、隣の百鬼へと問いかける。
顔なじみであった、確かに昨日出会っているし集団の中ではあったが一緒に遊んだが、しかしこれでは幾らか理由が弱いように思えた。それこそ百鬼と二人だけでも、ケンジ君は楽しめたはずだ。
そこでわざわざ俺まで誘った理由を知りたいと思った。
すると百鬼は少し考える様に顎に指をあてて、けれどすぐにその口を開いた。
「ケンジくんね、透くんに憧れてるんだって。」
「俺に?」
確認に自らに指さして聞けば、肯定するように百鬼は縦に首を振る。
「うん、ケンジくんにとっては馴染みの無いお兄ちゃんみたいな人が出来て嬉しいみたい。
だから透くんも来てくれたらケンジくんも喜ぶと思って。」
「へ、へー、そうだったのか。」
なるほど、そう言った経緯があって今朝に俺の事を誘ってくれたという訳だったようだ。
しかし、嬉しいか、喜んでくれるか。
そうか…。
「透くん、凄いにやけ顔。」
「言わないでくれ。
自分でも分かってる。」
そんなことを言われて、嬉しく思わない奴はいないだろう。
頬を触らずとも分かるほどに、自らの口角が上がっていることが分かる。
「…その顔、神社に到着するまでに直した方が良いと思うよ。」
「努力する。」
そう言う百鬼の顔もまた、面白いものを見る様に歪められ、その瞳はキラキラと輝いていた。
道中何とか顔を戻そうとしていたが、その努力が実ることは無かった。
神社に帰ってすぐに鉢合わせた白上と大神に気味悪がられてしまったのは、また別の話となる。
「今日、楽しかったな…。」
夕焼けが辺りを照らす中二人を見送った後、そうぽつりと呟いたケンジは噴水の広場を後にする。
そこら中はまだキョウノミヤコの住人で溢れており、活気が消えることは無い。
この辺りは夜になっても騒がしいことが多い。ここひと月でケンジはそれを学んでいた。
だからこそ、自分は人込みに紛れることが出来る、目を向けなくても済む様になる。
人気のない路地の裏。
その先にある自らの家へと向かい、ケンジは夕焼けの落とす影の中を歩く。
「にぃちゃんとねぇちゃん。
また、来てくれるかな…。」
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。