どうも、作者です。
目を覚ませば、窓の外は未だ夜の帳が降りている。昨日交わしたケンジ君との約束通り今日も街へと繰り出すため、鍛錬用ではなく外行の恰好へと着替える。
鍛錬の為にこの時間に起床していた筈だが、最近はめっきりとその機会も減ってしまった。その代わりに、朝からキョウノミヤコまで行くのがここ最近の習慣だ。
変化と言えば、もう一つ。
ケンジ君に会いに行くのは俺も楽しみにしているし、そこに不満は欠片も無い。しかし、昨日から一つだけ言いたい事があるとすれば。
そう考えている間にもバタバタと部屋の外から騒がしい足音が聞こえてきて、やがて足音が部屋の前で止まると勢いよく襖が開いた。
「透くん、おはよー!!」
予想通り満面の笑みで部屋に入ってくる百鬼に、思わず苦笑いが顔に浮かぶ。
早朝にも関わらず、彼女のテンションの高さが天元突破しているのはどうしてなのだろうか。
「なぁ、百鬼。朝に部屋まで来るのは良いんだけど、何であんなにテンションが高いんだ?」
今朝、寝起きに沸いたそんな疑問をキョウノミヤコへの道中に百鬼本人へと投げかけてみる。以前も鍛錬のため同じ時間帯に会うことはあったが、少なくとも最近に比べると落ち着いていたように思える。
それを聞いた百鬼は何を聞かれたのかと考え込むように一瞬ぽかんとしてから答えた。
「え?だって、今日もケンジ君と会うし…。それに、ケンジ君が楽しんでるのを見ると余もなんだか嬉しいから。」
「そんなもんか?まぁ、叩き起こされるわけでも無いから良いけど…。」
本心から笑顔を見せる百鬼に、つい頭をかいた。
昨日と今日。まだ二日ではあるが基本的に百鬼が来訪するときには起きて出発の準備まで済んでいる。だがその内寝ている間にも突撃してくるのではないか、そんな不安がどうにも拭えない。
ただ、彼女の事だから起きていることを部屋の外から察知した上で部屋に突撃してきている可能性も十分にある為、取り敢えずは様子見をする事にする。
「…百鬼、できれば次からは一回ノックを挟んでくれると助かる。」
そう決めたは良いが、それでも不安ではあるため一応釘を刺しておけば、百鬼は不服そうに唇を尖らせる。
「えー、どうして?」
「俺は前の膝枕の件を忘れていない。」
ジトリとした視線を向ければ、彼女も先日の件を思い出したのか少し気まずそうに視線を逸らした。
結局あの時はかなりの時間を拘束されて、同時に居たたまれなさを感じ続けた。仕返しには成功したものの、また同じことが起こらないとも限らない。
「余、何の事か分からないなー!」
「あ、逃げやがった。」
しらばっくれながら前を駆けていく百鬼の背を追いかけて、同じように走り出す。しかし、追いかけられれば逃げるのもまた同様でさらに逃げる様に百鬼は速度を上げた。
「なっ…。」
驚きに思わず声が漏れた。そして、遠ざかっていく彼女の背に置いて行かれまいと堪らず同じく速度を上げる。と、更に百鬼も速度を上げてのイタチごっこ。そんなことを続けていれば、そう間も無くキョウノミヤコが見えてくる。
セイヤ祭からいつの間にか見慣れた街を視界に収めつつ駆けていれば、不意に百鬼がぴたりと足を止めた。
「っと、百鬼?」
彼女にならって急停止し問いかけつつその顔を覗き込んでみれば、百鬼は目を大きく見開いて瞳を揺らしながら遠くにあるキョウノミヤコを見ていた。
何を見ているのかと視線を辿ってみるが、そこには変わらずにいつも通りのキョウノミヤコの姿があるのみで、特に変わったものは見受けられない。
「そんな…なんで…。」
「なんの事…、おい、百鬼!」
雰囲気を一転させた百鬼は何事かぽつりと呟くと、次の瞬間目にも止まらぬ、先ほどとは比べ物にならない速度でキョウノミヤコへと向かっていった。
「くそっ、何が見えたんだ…!」
少なくともその尋常ならざる百鬼の様子からキョウノミヤコに何かが見えたことは確かだが、こちらからしては何が何やらさっぱりだ。碌な説明もせずにどんどん遠ざかる百鬼に慌てて自らの身体に鬼纏いを施し、地を蹴った。
キョウノミヤコに入ってからも、百鬼は足を止めるどころか屋根を伝い一直線に突き進んでいく。滅多に見ることの無い百鬼の全力に、彼女の余裕の無さがありありと伝わってくる。
一体、何をそんなに焦って…。
疑問に思いながら走り続けていれば、やがて百鬼は目的地へとたどり着いたのか屋根から飛び降りていく。場所としては路地裏の通路の辺り、丁度この近くに噴水広場がある。
降りて行った百鬼を探すように屋根から見下ろせば、間も無く彼女の姿が見つかった。けれど何処か様子がおかしい。
すぐに百鬼の隣に降り立てば、彼女は呆然としたまま何かを見つめているようだった。
「ん?何だあれ…。」
その視線を辿って行けば、薄暗い通路に蹲る謎の黒い靄を見つける。そして、その傍らにバスケットを手に持ったまま倒れ込んでいるのは、今日ケンジ君と共に会う筈の少女。
「ケンジくんっ!」
「…は、ケンジ君…?」
我を取り戻した百鬼は、そう叫び黒い靄に向かって駆け出していく。そんな彼女とは対照的に俺は足を止め、再び黒い靄へと目を向ける。
ケンジくん、百鬼は今確かにそう言った。つまりあの靄の中にケンジ君が居ると言うのか、だが、どうして。アヤカちゃんが倒れていることにも関係が…。
(いや、それは後回しで良い。今はとにかく…!)
思考を中断して、黒い靄に包まれたケンジ君と倒れ込んでいるアヤカちゃんの元へと駆け寄る。見た所アヤカちゃんには外傷はない、けれどうなされる様にその息は荒かった。
「早くケガレを中和しないと…。」
百鬼は切羽詰まったように言うと黒い靄へと両手を当てた。その瞳が紅に光ると同時に黒い靄が減っていくが、けれどその変化は微々たるものであった。
「このケガレを取り除けば良いのか?」
「そうだけど、この量だと…。」
今にも泣きだしてしまいそうな表情で百鬼は一心不乱に黒い靄を減らして、中和していく。しかし、このペースでは全てを中和しきるのに、時間がかかり過ぎるのは見ていて分かる。
「百鬼、下がってくれ。」
「でもっ!」
「一刻も早くケガレを取り除くんだろ。なら、俺が適任だ。」
相性の問題、適材適所という奴だ。
彼女の瞳を見てはっきりと伝えれば百鬼はケンジ君をチラリと見てから迷うように視線を揺らし逡巡するも、最終的には意図を察してくれたのか頷き、一歩分後ろへと後退した。
それを確認してから、自らのイワレへと意識を集中させる。
『結』
一言、唱えると同時にケンジ君は黒い靄ごと結界に包まれる。イワレを封じることのできる結界。ケガレもイワレの一種だ、これなら…。
「おにい…ちゃん…。」
消えてしまいそうなほどに微かな声に振り返れば、苦しそうに呼吸をするアヤカちゃんが朧気な瞳をこちらに向けていた。
「ケンジ…助け…。」
「あぁ、勿論だ。悪いもの、すぐに取り払ってやるからな。」
安心させる様に力強く言って、視線を前に戻す。アヤカちゃんと同じようにケンジ君もきっと苦しんでいる。早く助け出さねばならない。
『封』
そう続けて唱えれば結界は収縮を始め、ケンジ君を覆い隠していた黒い靄のみを結界内部に残して、彼の身体を透過していく。やがて完全に靄は球体上に纏まった結界の中に集められてケンジ君の身体から離れた。
「よし…百鬼、これで問題ないか?」
確認を取るように問いかければ、けれど百鬼は晴れない瞳をこちらに向ける。
「うん、アヤカちゃんに取り付いてたケガレも払ったからもう大丈夫だと思う。…けど、透くんは…。」
「俺?いや、俺は別に…。」
心配されるような事は無い、そう続けようとした途端世界が大きく揺れたかのような眩暈に襲われた。立っていられずに思わず膝を突けば、どっと滝のように汗が噴き出してくる。全速力で限界まで走り切った後のような疲労感に、なるほどと納得がいった。
通りで先ほどから百鬼が心配そうにしているわけだ。先ほどのワザはいわゆる代償の後払い。封じた分に応じた体力を持っていかれる。それ故にブレーキが効かず、限界を超えれば当然命にすら関わってくる、これが百鬼を躊躇させていたのだろう。
しかし、驚くべきはそれほどの量のケガレに取りつかれたケンジ君だ。昨日までそんな傾向は無かった。ケガレとはここまで急激に集まらないものと聞いていたが、これではクラウンを遥かに超えている。
だがまだ意識はある。疲労感は拭えないが、まだやることは残っている。大きく息を吐いて息を落ち着け、顔を上げて自分は無事だとアピールする。
「俺も、大丈夫だ。」
「…。」
精一杯強がって見せれば、百鬼はぽかんとしてジッとこちらへ視線を向けていた。
「それより百鬼、今のは…。」
「うっ…ん、おねぇちゃん…。」
関係があるのかは知らないが、少なくとももう彼女を気遣っているような場合ではなくなった。詳しく話を聞こうと口を開いたところで、うめき声を上げたアヤカちゃんが目を覚ました。
話は途切れたが当然こちらの方が優先だ。沸き上がってくる安堵からほっと胸の奥に詰まっていた空気を吐き出す。
「アヤカちゃん、余の事見える?痛い所は無い?」
「うん…。…ケンジは?」
アヤカちゃんは早くも起き上がるときょろきょろと辺りを見渡し、すぐ近くで穏やかな寝息を立てて眠っているケンジ君を見つける。
「怖いものは透くんが、おにいちゃんが捕まえてくれたから、もう心配しないで大丈夫だよ。」
ケンジ君の安否を知り優しく声を掛けられてようやく実感が湧いてきたのか、アヤカちゃんはぼろぼろと涙を零し、わっと泣き出してしまう。そんな彼女を百鬼は安心させる様に抱きしめた。
結局アヤカちゃんが落ち着くまでの間ケンジ君が目を覚ますことは無かった。アヤカちゃんにはそこまでケガレの影響はなかったようで、あの後すぐに自分の足で歩き回れるほど元気になっていた。
何時までもここに寝かせておくわけに行かないと、アヤカちゃんの案内でケンジ君の家にまで一旦彼を運ぶことにする。けれど、そうして向かった方向は通りの方ではなく、路地裏のさらに奥の方向であった。
「本当にこっちにケンジ君の家が?」
あまりの人通りの無さに不安を覚えて聞いてみると、アヤカちゃんは「そうだよ。」と歩きながら答える。キョウノミヤコの中ではあるのだから家があってもおかしくはないが、この辺りは広さゆえに放棄されているのか空き家が多く存在した。
この時点で嫌な予感はしていた。そして、その予感が正しいことを示すように、しばらく歩いてアヤカちゃんが立ち止まったのはそんな空き家の中の一つだった。
「…なぁ、一つ聞かせてくれ。
ケンジ君の両親って、どんな人なんだ。」
「…。」
恐らく、百鬼はその答えを知っている。それが分かるからこそ彼女が無言でいる事実が、自らの予感を裏付けてしまう。
そして真実は、幼い少女の口から告げられた。
「ケンジのぱぱとままは居ないの。だから、ケンジはここに一人で住んでるんだよ。」
アヤカちゃんは案内の後、今日の所は家へ帰った方が良いと送っていった。ケンジ君は家のベットで未だ寝ている。古い家具の残された居間を借りて、俺と百鬼はテーブルを挟んで向かい合っていた。
「…百鬼は、知ってたのか?さっきの。」
「…。」
分かり切ったことではあるが万が一があるため確認すれば、百鬼は無言のままこくりと頷いて肯定して見せ、俺は小さく息を吐いた。
思えばセイヤ祭の日のケンジ君のあの言動は、揶揄っていたのではなくただ誤魔化していただけなのだろう。真実を知った後でようやく気が付くとは、我ながら鈍いものだ。
「ごめん、隠すつもりは無かったんだけど、透くんにはケンジくんに出来るだけ自然に接してあげて欲しくて…。」
「あぁ、分かってる。別に百鬼を責めてるわけじゃないんだ。俺も聞かなかったしな。」
百鬼が何かを隠していることは分かっていた。その上で、俺は彼女には何も聞かなかった。これは紛れも無い俺自身の意思だ。
そして百鬼の隠し事にはまだ先がある事も何となく分かる。けれど…。
「これからは聞いて行こうと思う。だから、百鬼も話せることは話して欲しい。」
「うん、余も、ちゃんと話すから。」
しっかりと目を見合わせて互いに宣言する。そこに偽りは無いこともまた、互いに理解している。
これで、ようやく聞くことが出来る。
「百鬼、さっき、ケンジ君には何が起こってたんだ。」
単刀直入に本題に踏み入る。
あの黒い靄、百鬼はあれをケガレと言っていた。けれどそれはおかしい。そもそもケガレとはイワレが負の感情に染まった物で、性質こそ違えどそれ以外はイワレと大差はない。そして、イワレとは本来目に見えないものだ。
カクリヨにはイワレを視覚で捉えることの出来る者もいるが、俺はそれに当てはまっていない。にもかかわらず先ほどははっきりと黒い靄として視覚で捉えることが出来ていた。
「…イワレとケガレ。この違いは正の感情か、負の感情かで別れてて表裏一体。透くん、イワレが一定以上になるとアヤカシになって、その先にカミになるって事は知ってるよね。
そのイワレを獲得する比率は先天性で、人によって違う。カミは大体この比率が凄く高くてね、昔、余も村で一番幼いのに一番イワレの総量が多かった。」
「じゃあ、白上や大神もそうだって事だよな。」
「聞いたわけじゃないけど、間違いないと思う。」
つまるところ、単純に一のイワレを獲得する際に比率が十であれば十を百であれば百を受け取ることになる。この差がアヤカシになる速度、カミに至れるかどうかを決めるという事なのだろう。
「それでね、その比率が元から負だったら、どうなると思う?」
「ケガレを…ため込みやすくなるのか。」
「それと比率が高かったら、ケガレによるカミに至る事も有るよ。」
ケガレによるカミ。ケガレによるアヤカシが、トウヤ君の時のような黒い化け物なのだとすると、その先にあるのが先ほどのケンジ君の黒い靄だという事か。
ケガレとは、イワレに比べて遥かにその効力が高い。十倍、百倍は違うのかもしれない。それだけに、イワレにおけるカミに比べ、そのハードルは低くなっているだろう。
「比率が負なんて滅多に無いし、それこそ百年に一度現れるかどうかのイレギュラーだけど、ケンジ君はその中でも比率が高くて、進行も早い。」
「もうカミに至ったって事だよな。
けどさっきケガレは回収したし、トウヤ君も化け物の姿に戻ってないみたいだから、ケンジ君ももう問題ないんじゃ…。」
けれど百鬼は否定するように首を横に振った。
「トウヤくんは元々比率が正だったから、ケガレによる変化じゃなくてイワレによる変化に体が対応しただけ。それに、あれはアヤカシに至ってから間もなかったから戻せたんだと思う。でも、ケンジ君は違う。」
「戻せないし、すぐまた再発するって事か。」
「ううん、もう再発はしないと思う。」
と、そこで首を傾げた。言っていることが矛盾しているのではないか。比率が高いのだからすぐに、それこそひと月後などには再発してもおかしくない筈だ。なのに、何を。
「一番、重要なことを話すね。」
そんな百鬼の言葉が栞の様に思考に挟み込む。彼女へと目を向ければ、百鬼は覚悟を決める様にぎゅっと強く目を瞑り、深呼吸をして口を開いた。
「アヤカシとカミってね。色々と普通のヒトに比べて違いが出てくるの。
特に問題なのは、寿命。アヤカシなら誤差程度なんだけどね、カミになるとそうも言ってられなくて。余の場合、もう千年以上生きてるんだよ。」
「千!?」
思わず声を上げて立ち上がる。
確かに、見た目通りではないかもしれないとは考えていた。けれど、そこまで長いとは思わなかった。ならば、白上や大神も同様に…。
「これは余が特例なんだけどね、今居るカミの中でも最古参だったりするよ?」
「でも、見た目通りの年齢ではない訳だ。」
驚きすぎて、スケールが大きすぎて、最早呆れすら覚えてしまう。
と、そんな休憩の様な会話の最中、とある気づきに息が詰まりそうになる。そんな訳がない、そんなことがあってたまるか。
聞きたくない、けれど俺は聞かなければならない。
「…待ってくれ、百鬼。
イワレとケガレは表裏一体だって言ったよな。裏と表、反対の性質。」
「うん。」
百鬼も俺の言いたいことに勘づいたのか、悲し気にその眉を顰める。
「イワレだと、寿命が延びるんだよな。」
「…うん。」
「なら…。」
ケガレなら…。それも、ケガレによるカミに至ってしまったケンジ君は。
そこで言葉に詰まってしまう、その言葉の続きは代わりに百鬼が継いだ。遠回しな言い方ではなく残酷なまでの真実として、何処までも実直に。
「ケンジ君ね、後十日も生きられないんだよ。」
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。