「後十日って…、ケンジ君の寿命は、後たったそれだけなのか。」
「うん、これでも透くんのおかげで伸びた方だと思うよ。余があのままやってたら、多分3日も持たなかったと思うから。」
静かに突きつけられた現実にどうしようもないやるせなさに襲われ、思わず額に手を当て宙を仰ぐ。
何故こんな時だけ予感が当たるんだ。まだ子供だ、十歳程度の、まだまだこれから先に希望があふれているただの子供が、どうしてこんな運命を背負わねばならない。
込み上がってくる感情を表すようにテーブルの上に浮かぶ鬼火が揺れ、薄暗い部屋の壁に描かれた影が震えた。
「…百鬼は、いつ知ったんだ。」
「セイヤ祭の日。お話を聞いたのは調査の後。」
「なら、その時に言ってくれれば俺がケガレを取り除いて、もっと長く…!」
余裕の無さから感情の籠った声で目の前の百鬼へと詰問してしまう。自分でもこれはただの八つ当たりだと理解できる。けれど、彼女はあくまで冷静にその首を横に振った。
「ケンジくんのケガレの量はセイヤ祭の時点でもすごく多かったの。
透くんの命まで危険にさらす頼み事なんて、余には出来なかった。」
「そんなことは無い、ほら、俺は実際ピンピンして…。」
「嘘。」
自らを指し示して無事を伝えるも、あっさりと百鬼はそう断言して見せる。こちらを射抜く彼女のその瞳は紅の光を発していた。
「透くんのイワレ、また濁り始めてるよ。今も椅子に座ってるだけで辛いんでしょ。」
「…。」
図星を突かれ、押し黙る。
疲れは取れるどころか時間が経つごとに増していくようで、本音を言ってしまえば今すぐにでも意識を落としてしまいたいと思う程には、全身を倦怠感と内側から刺すような痛みが絶え間なく襲っている。
命の危険があったかと言われれば、確実にあったと答える他ない代償の大きさなのは間違いない。
今なお、百鬼にはイワレを見られている。誤魔化しきれない、そう判断してため息を吐いて百鬼へと頭を下げる。
「あぁ、百鬼の言う通りだ。…当たって、悪かった。」
「ううん、気にしないで。余も話さなかったから。」
どうにも彼女の様に冷静ではいられない。自らの未熟さを恥じるばかりだ。
それきり二人して黙り込み、百鬼との間に気まずい沈黙が流れる。基本的に明るい彼女との間で、こんなことは初めてだった。
ケンジ君の残り時間がもう限られている。なら、それまでにあるとも知れないケンジ君を救う未知の手段を探るか?いや、百鬼は千年の時を生きていると言っていた。ここまでケンジ君の現状を知っている彼女が解決策を調べていないとは考えられない。
無いのだろう、ケンジ君を救う手段は。寿命とは病などでは無く、いわば命の限界点だ。そもそも、解決策などあるはずが無い。
「百鬼は…これからどうするんだ。」
思考が纏まらず、間を稼ぐように百鬼へと問いかける。
「変わらないよ。余はケンジくんと最後まで一緒に居る。」
「…そうか。」
即答だった、ここで再三思い知らされていた事実を突きつけられたような気がした。
「透くんは…どうする?」
問いかけられて、言葉に詰まる。
百鬼は本当に強い。腕っぷしだけではない、彼女は全てを知った上で全てを受け止めている。それに比べて…。
「俺は…。」
窓から差し込んでくる朝日が部屋の中を柔らかく照らす中、椅子に腰かけてベットの上で穏やかな寝息を立てている少年の姿をぼんやりと眺める。
どう見てもただの少年、まだ子供だ。とても彼に残された時間はたったの十日も無いとは思えなかった。しかし、それが事実であることもまた確かだ。
百鬼の問いかけに対して、俺は結局答えを出せていない。彼女と異なり、俺はまだ受け止めきれていない。そんな中で結論を出すことは避けたかった。
だから、百鬼には時間を貰っている。思考を纏めるだけの時間を。
「…でも、これはただの逃げだよな。」
誰も聞いていない部屋の中で背もたれに体重を預け、ぽつりと零す。体の疲労など、今は気にもならなかった。ケンジ君を助ける手立ては無く、延命する手段も無い。出来ることは最後まで一緒に居る事だけ。
「受け入れられるかよ…そんなこと…。」
いわゆる、ただの現実逃避に他ならない。
自分がここまで優柔不断だったとは、知りもしなかった。当事者になって初めて気が付いた。
ぐるぐると思考を巡らせて、どれ程の時間が経過しただろう。
「…にぃちゃん?」
「え…?
良かった、意識、戻ったんだな。」
唐突に自らを呼びかける声が聞こえて来て顔を上げれば、ケンジ君はうっすらとその目を見張ってこちらに視線を向けていた。そして、次に部屋の中を見回すと驚いたようにその目を丸くする。
「ここ、おれの家…。にぃちゃん、なんで場所が。」
「アヤカちゃんに案内して貰ったんだ。」
「アヤカが…、じゃあ無事だったんだ…。」
事のあらましを簡潔に伝えれば、ケンジ君は「良かった…。」と、安堵したように深く息を吐いた。自分の事よりも先に他人の心配をする彼に、何よりも先に悲しみを感じた。
「ケンジ君、さっきの事覚えてるのか?」
それを誤魔化すようにケンジ君へと確認すれば、彼は記憶を探るように宙を仰いで口を開く。
「うん、覚えてる。けど、にぃちゃん達が来てくれた所までしか覚えてない。だから、起きたらにぃちゃんが無言で目の前に居てびっくりした。」
「あぁ、それは悪い。
ちょっと考え事をしててな。」
とはいえ、他に誰も居ないのだから無言でいたのは割と普通の事ではないかと思わなくも無い。が、驚かせてしまったのも事実だ。
「…もしかして、ねぇちゃんからおれの寿命の事でも聞いた?」
そう問いかけられてドキリと心臓が鳴り、一瞬言葉に迷う。
「…どうして、そう思う?」
「にぃちゃんが分かり易いから。」
聞き返せば、単純明快な答えが返ってくる。即答で返ってきたそれに、我ながらここまで表情に出るとは呆れたものだと苦笑いが浮かんだ。
「そうだな、聞いたよ。
ケンジ君も知ってたんだな。」
「うん、ねぇちゃんが教えてくれた。」
「…怖くないのか?」
あまりにもあっさりとしたその態度に面食らって思わず瞠目する。
何がとは言わなかったがケンジ君には伝わったようで、すぐに彼は首肯して見せた。
「全然怖くないよ、むしろ今が楽しいくらい。」
そう答えてくるケンジ君だが、しかし、ほんの一瞬だけ彼の顔が歪んだことに気づく。
ただの強がりだ。怖くない訳などない、彼も来るべき死という恐怖と戦っているのだ。逃げられないから、目を逸らすことも出来ないから、必死に一人で。
それが想像をはるかに超えて辛いことであることは明白であった。
それを理解した瞬間、自分の中の迷いが決意へと切り替わっていくのを感じた。目の前で必死に戦っている子供を孤独にしてはならないという強い意志が芽生えていく。
ただこれだけの為にここまで時間をかけてしまった自分が恥ずかしい、けれどもう迷いは無い。
「…そうか、なら、もっと今を楽しくしないとな。」
ケンジ君の言葉に乗っかるようにそう続ける。救う手立てがないというのなら、助けることが出来ないというのなら、せめて最後の時間が幸せで無いと割に合わない。
「…と、そろそろ百鬼にもケンジ君が起きたことを伝えないとな。」
「…にぃちゃん。」
立ち上がり、部屋から出ようとした所で不意にケンジ君に呼び止められた。
「その、起きた時人がいてくれたこと今まで無かったからさ。さっきにぃちゃんが居てくれて、嬉しかった。」
その言葉に、思わずぽかんと口を開けてしまう。彼にとって当たり前ではない事だったのだろう、だからか、今のケンジ君は本当に嬉しそうにしていた。
「…あぁ、そのくらいいくらでも居てやる。」
笑顔でそれだけ言い残して、部屋を後にする。今の顔は、ケンジ君には見せれなそうだ。
居間の方へと向かえば百鬼はまだそこに居た。物音で気が付いていたのか、急に居間へと入っても驚いた様子も無く、こちらへと視線を向ける。
「透くん、答えは出た?」
気遣うような彼女の視線、けれどそれはもういらぬ心配だ。それを伝える様に真っ直ぐと百鬼の眼を捉えて口を開く。
「出せたよ。時間を取らせて悪かった。
けど、もう大丈夫だ。俺もケンジ君と居るよ。」
「…うん、透くんはそう言うと思ってた。」
「やっぱり、俺って分かり易いのか…。そろそろ本格的にポーカーフェイスだったり身に着けないとな…。」
ケンジ君にも百鬼にもこれでは感情が筒抜けも同然である。別にバレたからと言ってどうということは無いが、やはり表に出さない必要のある場面もあるだろう。
と、今はそんな話をしているのでは無かった。ただ決意表明をしに来ただけではないと気付きすぐに思考を切り替える。
「そうだった、ケンジ君が目を覚ましたから百鬼も呼びに来たんだ。」
「本当?良かったー。じゃあ余も様子見に行こうかな。」
「あぁ、その前に。」
ケンジ君の部屋へと急ごうとする百鬼を呼び止める。まだ話しておきたい事がある。これからに繋がる大事な話を。
「相談なんだが…。」
ケンジ君が起き上がり、動き回れるようになる頃には既に夕日が空を赤く染め上げていた。時間も時間だという事で一度シラカミ神社へと帰ろうかとそんな話になる。しかし、ケンジ君がここで一人で暮らしていると知った以上、放っておくわけにもいかない。
「じゃあ、今日は余がここに残るね。透くんはフブキちゃんとミオちゃんに余は帰れない事だけ伝えて貰っても良い?」
「分かった、それじゃあ俺は一度シラカミ神社に帰るよ。」
「あ…。」
家から出ようとすれば、後ろから名残惜しそうなケンジ君の声が聞こえてくる。振り返ればケンジ君は居瞬こちらへと手を伸ばすように動かしかけて、けれどぴたりと考え直すように動きを止める。
「心配しなくても、明日になったらまた朝一番で来るから。」
「いや、そう…でもあるんだけどさ。さっきの話って本当なのか?」
確認するように問いかけてくるケンジ君に、百鬼と二人顔を見合わせる。一応これで同じことを聞かれたのは三度目であったりする。何度も念押ししてくるケンジ君に、思わず揃って笑みが浮かぶ。
「むしろこっちがお願いしてるんだけどな。」
「ケンジくんが良かったらだから、嫌だったら言ってね?」
「良い!絶対、約束だからな。」
ケンジ君も納得してくれた所で、今度こそ家を出て路地裏を後にする。
身体強化を施してシラカミ神社へと駆ける。イワレが濁ったと言えどもまだ許容範囲内だ、鬼纏いを使ったとしても出力こそ落ちているだろうが、それ以外は特に問題ない。
しかしイヅモ神社にて神狐によってイワレの流れを改善して貰ってから結界の燃費もかなり良くなったものだが、それでもこの有様とは、改めてケンジ君の成長率の高さを思い知る。これでケガレではなくイワレだったら、今頃こんな事には…。
(考えても詮の無いことか。)
そうならなかったから今がある。はき違えてはならない、現実を受け止める他ないのだ。そんな思考を振り払うように、俺は駆ける速度を上げた。
「ただいまー…って、あれ、誰もいないのか?」
シラカミ神社に到着して玄関の扉をがらりと開けるも室内はがらんとしており人の気配が無かった。誰かしら、少なくとも一人くらいは神社に居るのが常だが、珍しいこともあるものだ。
そう言えば大神は今日はイヅモ神社なのだったか。百鬼はケンジ君と一緒に居て、残るは白上のみだが…。
「…物音ひとつしないな。」
一応白上の部屋の襖をノックしてみるが、やはり帰っていない様だ。彼女については特に何も聞いていないため、これは本格的に居所が分からない。
必要な荷物を纏めたりと無駄足にはならないが…伝言でも残しておこうか、そう考えていた所で玄関の扉の開く音が聞こえてくる。
「ただいま戻りましたー。」
続いて響いてくるのは白上の声だ。やはりどこかへ出かけていたらしい。座って待っていれば、やがて間も無く白い獣耳がひょこりと現れる。
「あれ、透さん一人ですか?
あやめちゃんと一緒に居ると思ってましたけど…どちらに?」
「キョウノミヤコだ。ちょっと…あー、事情があってな。今日は俺だけ帰ったんだ。
白上こそ、何処に行ってたんだ?」
シラカミ神社と名にあるように、白上はこの神社の神主である。その為、この神社に居るこのが多いのは白上であり、滅多に神社を空けるようなことは無いのだが、今日は別なようだ。
「それが、白上は普段の奉納品のお返しにキョウノミヤコのケガレを祓ってるんですよ。」
「あぁ、それは前キョウノミヤコで聞いたな。定期的にあるんだろ?」
ケガレに当てられてため込まないように白上が払っていると、奇しくも今日は彼女と同じような事をしていたらしい。
「はい、ミオの占いでは今日が発生する日の筈だったんですけど…、これが一つたりとも反応が無くて、て。おかげでただキョウノミヤコを回っただけになっちゃいましたよ。何処かに隠れでもしたんですかね。」
「へぇ、大神の占いが外れるって、占星術の方なんだろう?
失敗でもしたの…。」
と、そこまで言いかけてふと大神の占星術が外れた要因に思い至った。大神の占星術はカクリヨの未来を占うが、そこにウツシヨの異物が混じると未来が変わる事がある。そして、ケガレと言えば今朝の事を思い出す。
「…そういう事か。
白上、心配しなくてもケガレは多分払えてるから問題ない。」
「え?…もしかして透さん、何かしてたんですか?」
「そうなる。大神の占星術が外れる要因はそれ以外考えつかないしな。」
ケガレによるカミ、至った際の影響の一つが恐らくケガレの放出だ。あの時ケンジ君の身体から黒い靄が立ち上っていた、もしあれが体外に漏れ出たケガレだとするのならそれは何処へと向かうのか、当然大気中へ放たれる事となる。
つまり、今回のケガレの発生の原因はケンジ君になる予定だったという事になる。自然発生とは別に、こういった発生の仕方もあるようだ。とはいえ、数百年に一回あるかどうかのイレギュラーであることに変わりは無いのだろうが。
その辺りの事を含めて、軽く白上に説明する。今日知った事実、ケンジ君の事を。やはり白上もカミという事も有り、すんなりと事のあらましを理解した。
「そうですか…寿命が…。」
「まぁ、その関係で百鬼はキョウノミヤコに残ってる。
俺は自分の荷物を取りに返ってきたんだ。明日は百鬼が帰ってくるけど、俺と百鬼はそれ以降しばらく帰らないと思う。」
これからの予定を離せば、白上はぱちくりと目を瞬かせる。
「え、また唐突ですね。いえ、時間が無いのなら妥当なんですけど。
ですがキョウノミヤコに当てはあるんですか?」
というのもカクリヨに来てから日数の浅い俺は人脈があるとはとても言えない状況だ。それを心配しての質問だろうが、そこは既に話はついている。
自らの覚悟を確認するように一呼吸置いてから、言葉を発する。
「しばらく、ケンジ君と生活することにしたんだ。」
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。