どうも、作者です。
キョウノミヤコにのとある路地裏。人気の無い裏道を、さらに奥へと進んだ先にある空き家の一つの前で俺は立ち止まった。
軽くノックをすると、家の奥から軽い足音が聞こえてくる。扉の前で足音が止まったかと思えば、さして時間も掛からずゆっくりと扉が開き、中から一人の少年が顔を出した。
「にぃちゃん、おかえり!」
「あぁ…ただいま、ケンジ君。」
少年、ケンジ君はこちらの姿を見るなり、心の底から嬉しそうにその顔を綻ばせた。
「あ、透くん、おはよう。」
「おはよう、百鬼。」
ケンジ君に連れられて家の中に入れば、昨日からここに泊まっていた百鬼も出て来て軽く挨拶を交わす。朝食を取っていたのか、玄関にまで食欲を刺激するような良い香りが漂ってきていた。
「もしかして、食事中だったか?」
邪魔をしてしまったかと思い、来る時間をもう少しずらせば良かったかと若干の後悔が胸中に浮かぶ。
「ううん、さっき出来た所だからまだ。透くんの分もあるから一緒に食べよ!」
しかし、すぐに首を横に振る百鬼にほっと胸を撫で下ろした。
「なら良かった。じゃあ、遠慮なく。」
「ん、それじゃあ余は準備してくるね。」
そう言うと百鬼はパタパタと奥の方に引っ込んで行ってしまった。あちらの方にキッチンがあるのかと、未だ把握しきれていない家の構造に思考を巡らせていると、不意にケンジ君が小声で耳打ちをしてくる。
「ねぇちゃんさ、朝から張り切ってたんだ。もしかするとにぃちゃんも食べるから気合入れてたのかもな。」
「百鬼が…?…いや、ないない。」
突拍子も無いその言葉に一瞬本当にそうなのか、などと納得しかけて即座に自らその考えを切って捨てる。張り切っていたのは事実なのだろうが、多分俺よりはケンジ君の為だ。それに仮に俺の為に張り切っていたのだとすれば、それはただの対抗心のようなものだろう。少なくともケンジ君の想像しているものでは無いことは確かだ。
ふと先日の百鬼が料理を出来ることに驚いた記憶を思い返して手を横に振れば、ケンジ君は予想通り露骨につまらなそうにその口を尖らせる。
「ちぇー、お似合いだと思うんだけどな…。」
「残念だったな。まぁそう言われて悪い気はしないけど、俺と百鬼はそういう関係じゃないよ。」
事あるごとに恋愛方向に話を持っていこうとするケンジ君の頭をクシャリと撫でてつつ居間へと足を向ける。そう、あり得ないのだ。そんな事に割ける程の余裕は、俺にも百鬼にも無いのだから。
百鬼の用意してくれた朝食を前に、三人で手を合わせ箸を取る。彼女が料理が出来ると言っていたのは嘘では無かったようで、素人目でも分かる程どれもこれも綺麗に調理されていた。口に運んでみると見た目に違わぬその味に二度驚かされる。
「百鬼って本当に料理できたんだな…。」
関心から息を吐きつつ言えば、向かい合って座る百鬼は自慢げに胸を張った。
「言ったでしょ?余も料理できるって。もしかして透くん信じてなかった?」
「いや、信じてたけど…想像以上だったからつい。」
お世辞などではなく、純粋に美味しいと感じた。ここまで料理が出来るにしてもここまでとは思いもしなかったもので、驚愕が前面に出て来てしまったのだ。
「にぃちゃんは料理できないんだったっけ。」
「あぁ、レシピ通りに作ってるはずなんだが何故か失敗するんだよな…って、俺ケンジ君にこの事話してたか?」
「昨日ねぇちゃんに教えて貰った。」
隣に座るケンジ君からそう聞いて、無言のまま百鬼へと視線を向ければ彼女はふいと目を逸らした。まさかそんなピンポイントでそれだけ話したわけでも無い筈だ。一体ケンジ君に何を吹き込んだのか。
ちらほらと尊厳に関わりそうな話題が頭に浮かび、つい苦々しく口の端が引きつる。
「大丈夫、そんなに話して無いから。」
「うん、後聞いたのはにぃちゃんがフブキさんの獣耳と尻尾をじっと見てる時があるって事くらい。」
「百鬼?」
「だって本当の事なんだもん…。」
割とマズイ方の話が出てきて、たらりと一筋の冷や汗が頬を伝った。露骨に見ていたつもりなかったのだが、百鬼はバレていたらしい。というか、先ほどから料理が出来なかったり尻尾を見ていたりと中々ケンジ君の中での自分が心配になるものばかりだ。失望はされたくない…。
恐る恐るケンジ君の様子を伺うも、特に変わった様子は見受けられない。
「まぁ、にぃちゃんがそういう人なのは分かってたし。」
その視線に気づいたケンジ君は肩を竦めて口を開いた。しかし、その内容は完全に予想外で。
「分かってた!?え、けどケンジ君の前でそんな行動をした覚えは…。」
「セイヤ祭の時、ねぇちゃんとアヤカにデレデレしてた。」
「あー…、あれか…。」
一気に納得がいった。そうだった、おままごとでのあれを見られているのだったか。それなら尻尾を見るくらいどうという事は…いや、足し合わさり余計に酷いのではないか。
しかしそうなると…。
「俺、よく嫌われてないな…。良いとこなしだぞ今の所。」
幸い、ケンジ君からも百鬼からも軽蔑の眼差しは飛んできてはいない。一応、出会ってからまだ五日だがこの短期間で大きな欠点が三つだ。正直嫌われてもおかしくないとはつくづく思う。
「嫌わないって。だって欠点がにぃちゃんの全てじゃないだろ?それにねぇちゃんだって昨日…。…やっぱり何でもない。」
「ん?」
流暢に話していたケンジ君だったが、しかし百鬼の名前が出て彼女の方へと視線を向けた瞬間不自然にその言葉を途切れさせてしまう。
そのタイミングからして百鬼が関係していることは明らかだった。
「百鬼、本当に昨日は何してたんだ?」
「ケンジ君とちょっと話してただけ。それより早くご飯食べよ?」
疑問をぶつけてみるも、ほんのりと頬を赤く染めた百鬼は素っ気なくそれだけ言うと、話題を切り替えてしまう。
「ねぇちゃんの料理美味しいな、にぃちゃん。」
「…そうだな、どれも美味い。」
違和感はハッキリと感じるが、ケンジ君までこう言っているのだから変に突っ込まない方が良いのかもしれない。
二人が寛容な性格で良かった。そんなことを考えつつ、俺は浮かんだ疑問に蓋をして卵焼きを頬張った。
それからは普段と同様にケンジ君とキョウノミヤコの表通りへと繰り出した。昨日倒れたばかりな為体調が心配だったが、百鬼曰く既に確認済みで特に問題は無かったらしい。そうなると一度アヤカちゃんの様子も見ておきたいと道中気を配ってみるも流石に昨日の今日だ。
結局この日はアヤカちゃんに会うことも無く夕方になり、百鬼は一度シラカミ神社へと帰る事となった。
「じゃあ余は明日の朝にまた戻って来るから。ケンジくん、昨日の事は話しちゃだめだからね。」
「分かってるよ、ねぇちゃん。」
別れ際にそんな会話をする二人を前に、内容を聞き出してみたいという興味を抑える。こういった話は出来れば聞こえない所でして欲しいものだが、言っても詮の無いことだろう。
「またねー!」
そう言ってキョウノミヤコを後にする百鬼の背を手を振って見送れば、徐々に空は赤から黒へとその色を変化させていき、やがて辺りには夜の帳が降りた。
「…と、そうか。明かり付けないと流石に何も見えないな。」
今日は百鬼が居ないため鬼火は使えない、そうなると当然自前で用意する必要がある。幸い今日はまだ満月の後だ。窓のある部屋は月明かりで十分照らされているが、部屋中はランプに火をつけて明かりを確保する。
「あ、そっか。にぃちゃんは火使えないんだったっけ。」
と、その様子を見ていたケンジ君は驚いたように目を丸くして問いかけてきた。
「ん、まぁな。俺が使えるのはイワレを封じる結界と、後は身体強化だけだ。そもそもイワレ自体使える様になってから二か月も経ってないな。」
火の玉を作り出すことすら出来ない。仮に出来たとしても温度調節など出来やしないのだから家が燃える、確実に。
「へぇー、じゃあそれだけでねぇちゃんに勝ったんだな、やっぱにぃちゃんすげー!」
「え、俺が百鬼に?いつ…。」
記憶を遡ってみるも、そのどれもが百鬼に勝つどころか負けているモノばかりだ。というか日に日に百鬼には勝てる気がしなくなっている。そんな中で俺が百鬼に何か勝てたことがあっただろうか。
「初めて会った時に負けたって言ってたけど。」
「初めて…、あー、あの時か。」
健司君に言われてようやく思い出した。百鬼との初邂逅と言えばキョウノミヤコで骸骨霊の調査を行ったあの時だ。確かに彼女からしては苦々しい記憶だろうが、あれは…。
「んー、どちらとも言えない相打ちだったんだけどな。寧ろ内容としては完全に負けてた。」
とはいえ、当時の自分にしては頑張った方だと思う。それは彼女の事を知ってから尚更そう思うようになった。
「ねぇちゃんは詳しいことは教えてくれなかったんだけど…初めて会った時ってどんな感じだった?」
ケンジ君はそう言って期待の眼差しを向けてくる。百鬼が何処まで話したのか聞いてないが、この感じだとケンジ君は本当にあの時の事は聞いて無さそうだ。
「じゃあ…そうだな。ケンジ君、キョウノミヤコで幽霊が出るって噂は聞いたことあるか?丁度二か月くらい前なんだけど。」
あの件はキョウノミヤコではそれなりに話題になったと聞いていた。実際に骸骨霊が存在したため、目撃情報すらあったためだ。もしかするとケンジ君も聞いたことがあるかもしれない。
しかしそんな予想とは異なり、ケンジ君は少し考え込む様に顔を俯かせる。
「二か月前…、ううん、初めて聞いた。」
「そっか、なら最初から話すか。
当時キョウノミヤコでイワレを奪う幽霊が出るって噂になって、その調査に行ったことがあったんだ。それでなんだかんだあって霊の件は解決したんだが、その時に丁度同じ調査をしていた百鬼と鉢合わせてな、俺がその元凶だと思われたんだ。」
二か月経過した今でも鮮明に思い出せる。命の危機というのは、脳に強烈に刻み込まれるものだ。今俺がここに居るのは、一重に手加減をしてくれた百鬼の温情が故だろう。
「え、じゃあねぇちゃんとにぃちゃんが敵同士で戦ったって事?」
「いや、確かに敵同士ではあったんだが戦いにすらならずに俺が吹っ飛ばされた。で、その時にイワレが使える様になって、不意打ちで意識飛ぶくらいの閃光を目の前で発生させて相打ちになった。だから、実際には勝ってはいないな。」
話終えればケンジ君は感心したようにほぇーっと息を吐いた。個人的にはあまり誇れるようなものでは無いものの、彼から見ればそうでも無いのかもしれない。
「でもにぃちゃんはどうやって閃光を出したの?他にワザは使えないって言ってたけど。」
「あぁ、それはこの刀で…、って、そう言えば俺もこれ使えば明かり出せたな。」
普段はイワレを調節して光らないようにしていたが、元々素で日中に目を焼くほど光るはた迷惑な刀であることを完全に失念していた。
どうせなら実演して見せようと、取り合えず丁度良い光量に調整してから少しだけ刀身を覗かせる様に抜けば、部屋が日中の様に明るく照らされた。
「最初からこうしておけば良かった…。」
先ほどせっせと明かりを点けていたのは何だったのだろうというお手軽さに、ずんと肩を落とす。それとは対照的にケンジ君は刀の方に興味津々なようで、じっと刀を見つめている。
「にぃちゃん、これシンキってやつ?」
「あぁ、白上に貰って以来使ってるんだが…、改めて見ると結構ガタが来てるな。また百鬼と打ち合いでもしたら折れそうだ。」
手入れはしているものの流石に百鬼から無防備に食らった一撃に、刀は耐えこそしたがそれでもかなりのダメージが入ってしまっている。
「あ、本当だ。ちょっと傷っぽいのも見える。」
ケンジ君の指さした先にはあるのは横に一直線の傷は、恐らくもう一度同じだけの力が加われば簡単にその浸食を進めてしまう事だろう。
「完全に俺の練度不足だったな。まぁ、初めて刀握ったから当然と言えば当然なんだが。」
「でも、努力したって聞いた。ねぇちゃんも『透くんの頑張り屋さんな所、余は好き』って。」
その言葉を聞いて一瞬思考が停止した。そして同時に聞いてはいけないことを聞いたような妙な気まずさを感じる。
「…それ、百鬼が言ってたのか?」
「うん…あ…。」
確認に聞いてみると、肯定してしまってからケンジ君はしまったという風に口を押えた。その反応に意図せず昨日の出来事を察してしまう。なるほど、別に悪い所だけを話していたわけでも無かったようだ。
「に、にぃちゃん、今のねぇちゃんには内緒に…。」
「んー、そう言われてもな。俺考えてること分かり易いらしいし。」
慌てふためくケンジ君に無かったことにと打診されるも、それが出来るのであれば俺はこんなにも悩んではいないのだ。
「そうだった…!」
無慈悲な現実を前に打ちひしがれる彼に思わず苦笑いが浮かぶ。百鬼の事だからそこまで酷い報復は無いとは思う…思うが、けれど一応覚悟はしておいても良いかもしれない。
「…明日からお面被って生活してみない?」
「本格的に隠そうとしてるな。けど、それはそれで…。」
などと話している内に、自然と話はどうすれば考えを読まれにくくなれるかにシフトしていった。実のある話ではないが、それそのものを俺とケンジ君は楽しんでいたのだった。
「…そう言えばさ、にぃちゃん。」
「ん?」
その最中、不意にケンジ君が思い立ったようにそう呼びかけてきた。
「にぃちゃんから見てさ、ねぇちゃんってどんな人?」
「どんな人か…、改めて言われると難しいな。」
別に普段から百鬼はこういう奴だ、という事を考えている訳でも無い。
悪戯が好きで、天真爛漫で、どう伝えたものかと考えていれば、自らが持つ百鬼という存在に対する認識がふと浮かび上がった。
「そうだな、一言でいうなら『強い』だな。」
腕っぷしだけでなく、心も含めた全てが。
「へぇー…、…やっぱり、二人ともお似合いだな…。」
「ケンジ君、今小声でなんて?」
「何でもなーい。」
何事かをぼそりと呟いたケンジ君は、けれどその内容を明かすことは無かった。こうして、俺とケンジ君は他愛も無い話を続け、夜は更けていった。
シラカミ神社へと帰ったあやめは、一人玄関から室内へと入った。それと同時に聞こえてくる二人分の話し声は、フブキとミオのモノである。それを確認したあやめは迷うことなく居間へと向かった。
「おや、あやめちゃん。おかえりなさい。事情は透さんから聞いてますよ。」
「ウチはフブキから聞いたんだけど、キョウノミヤコに暫く滞在するんだよね。」
あやめに気が付いたフブキとミオは、そう言って彼女を迎える。その言葉に説明する必要が無くなったことを把握したあやめは彼女らに対して笑みを浮かべる。
「ケンジ君っていうんだけどね、余と透くんと一緒に暮らすの。」
朗らかに言って見せるあやめに対して、けれどフブキとミオの顔は晴れない。その顔は何処かあやめの事を気遣っている様にすら見えた。
「あやめ、大丈夫?」
「…うん、大丈夫。余はまだ、大丈夫。」
念押しするように二度繰り返せば、ミオもそれ以上追及するようなことは無かった。
「それじゃあ余は荷物を纏めて来るね。全然用意できてないから急がなくちゃ!」
それだけ言い残して、あやめは自室へと駆けて行く。しかし、自室へと近づくにつれてその顔の笑みは剥がれていき、部屋に辿り着くと同時に襖の前でへたりこんでしまう。
蹲るようにして服の裾を強く掴むその手は、彼女の心に渦巻く感情の膨大さの表れだった。
「やっぱり、透くんは『強い』よ…。」
ぽつりと零したその声は誰にも届くことは無い。故に彼女はただ独り、感情の濁流が過ぎ去るのを耐え忍ぶしかなかった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。