【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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どうも、作者です。

評価、誤字報告くれた人、ありがとうございます。

以上。


個別:百鬼 11

 

 朝日に照らされたキョウノミヤコの路地裏。そこのとある空き家の中のキッチンにて焦げた卵焼きを前に、俺とケンジ君は二人して呆然と立ち尽くしていた。

 「…にぃちゃん、本当に料理できなかったんだな。」

 「言わないでくれ、これでも気にしてるんだ。」

 昨日は朝食を百鬼が用意してくれていがその彼女は現在シラカミ神社でここに居ない。今朝の内にはこちらに戻って来る予定であるが、どうせならそれまでに朝食を用意しておこうと考えた結果が現状である。しかし、それにしても最近はそこまで失敗も少なく、卵焼き程度で失敗することなど…。

 「そうか、いつもは大神と一緒にやってるから…。」

 思えば基本的に大神の手伝いとして作業する事が殆どで、一人で料理をしたためしが無いことに遅れて気が付く。ただそれだけの違いでここまで差が出るものかと、現実逃避気味にぼんやりと考えていると隣でなんとも言えない表情でケンジ君が口を開いた。

 「でもどうするんだ?おれも料理できないから朝ごはんが焦げた卵焼きになるけど。」

 「そうだよな…これはもう素直に百鬼に泣きつくか…。というか、料理できないなら今まで朝はどうしてたんだ?果物とか?」

 「最初はそうだったけど、最近は…。」

 と、言いかけた所で言葉を遮るように玄関の方から扉がノックされる音が聞こえてきた。ここは路地裏のさらに奥側だ、人通りも少なく自ずとノックの主は限られる。

 「ん、百鬼か?思ってたより早かったな。」

 「いや、多分ねぇちゃんじゃないよ。おれちょっと出てくる!」

 それだけ言い残して、ケンジ君はたっとキッチンを出て玄関の方へと駆けて行ってしまう。百鬼じゃないのなら、こんな時間にここに来る者と言えば後は一人しか居ない。そう思い至ると遅れてケンジ君を追って玄関へ向かった。

 

 

 

 

 

 キッチンを出れば丁度ケンジ君が扉を開けた所で、その先には予想通り幼い少女、アヤカちゃんがバスケットを持ってそこに立っていた。

 「あ、良かった、おにいちゃんも居た。」

 アヤカちゃんはケンジ君の肩越しに俺の姿を見つけると、そう言ってにこりと笑って見せる。昨日は結局会えずじまいだったが、見た所問題は無さそうだ。 

 「アヤカ、体何ともない?」

 「大丈夫。アヤカよりもケンジが一番危なかったんだから。」

 「それは…うん、そうだった。」

 ジトリとした視線を向けられて、ケンジ君は気まずそうに目を逸らしながら言葉を濁す。結果を見れば無事ではなかった。多分、ケンジ君は伝えたく無いのだろう。いや、そもそも言いづらいだけか…。どちらにせよ、今話すのは早計だ。

 「もしかしてアヤカちゃんは毎日ここに?」

 話題を変えるついでに先ほどから気になっていたことを聞いてみる。先ほどケンジ君は相手が誰か分かった上で扉を開けていた。この事から、これが初めてでは無いことは確かだ。

 「うん、ケンジね、ずっとここに一人でいたから放っておけなくて。だからアヤカいつも朝ごはん持ってきてるの。」

 「アヤカが来るときだけ…って言っても殆ど毎日だけど。」

 アヤカちゃんの答えにケンジ君は照れ臭そうに頬をかいた。

 成程、良くケンジ君とアヤカちゃんが一緒に居た理由もこの関係が基となっていたのか。思えばセイヤ祭でも既に親しい様子だったし、その頃には既に面識があったのだろう。恐らく一昨日の件でアヤカちゃんが持っていたバスケットもこの為だ。

 「あ、それでね。今日はおにいちゃんとおねえちゃんも居ると思って三人分持ってきたの。おねえちゃんは…。」

 そう言ってアヤカちゃんは百鬼の姿を探すように家の中へと視線を巡らせた。しかし、当の百鬼は今頃平野を駆けている所だ。

 「あぁ、百鬼なら今はここに居ないんだ。けど、すぐにこっちに戻ってくると思うから。」

 「本当?良かった…今日のは自信作だからおねえちゃんにも食べてもらいたかったの。」

 快活な笑みを浮かべるアヤカちゃんだったが、しかし、その言葉の中に少しだけ引っ掛かりを覚えた。てっきり、俺はアヤカちゃんの親が作りアヤカちゃんが持ってきてくれたものと勝手に考えていた。だが、この言い方からして。

 「もしかして、これ作ってくれたのって…。」

 「あ、アヤカが作ったよ!」

 明らかに美味そうな匂いを漂わせるバスケットを指差し恐る恐る聞けば、えっへんと可愛らしく胸を張る彼女とは対照的に俺はぴしりと石像の様にその動きを止めた。

 「アヤカってこう見えて料理が上手なんだよ。」

 「ケンジ、一言余計。このくらいキョウノミヤコに住んでたら普通だもん。」

 普通だもん…、普通だ…、普通…。追い打ちをかける様に放たれた無邪気なその言葉が脳内に響き渡り、ぐさりと胸に突き刺さった。そうか、キョウノミヤコは子供でも料理が出来るのか。そうか、それが普通なのか…。

 「へ、へぇー、それは凄いな。ありがとう、アヤカちゃん。ありがたく頂くよ。」

 しかしそんな心情を悟られる訳にはいかない。いや、悟られたく無くて全力で押し殺し、それは別として笑みを浮かべて素直に感じた感謝を伝える。

 「えへへ、どういたしまして!」

 表情に出やすいと言われる俺だが、今回は上手く隠せたようだ。というのも、やはり感謝しているのも本心であるからだろう。

 実際、焦げた卵焼きで朝をどう乗り切ろうかと悩んでいた所にこれは渡りに舟だ。ただ自分の欠点が浮き彫りにされて更に深度を増してしまい、尊厳の危機に瀕しているだけで。

 「じゃあ、アヤカはもう帰るね。」

 バスケットの中から紙袋をいくつかと紙に包まれたサンドイッチらしきものをケンジ君に手渡すと、アヤカちゃんはバスケットを持って扉を開けた。

 「あれ、アヤカちゃんは食べていかないのか?」

 「うん、もう食べてきたから。あとアヤカ家のお手伝いがあるの。」

 どうせなら一緒にと思ったが、そういう事なら仕方ないと諦める。しかし家の手伝いか。カクリヨで暮らしてきてまだ日が浅いために、カクリヨにおける普通の家庭についてはまだまだ知識が浅い。

 「…っ。そうだ、アヤカ。今日からにぃちゃんとねぇちゃんが一緒に暮らしてくれることになったんだ。だから、もう朝の心配はしなくて良いから。」

 「そうなの!?アヤカずっと心配だったから、おねえちゃんとおにいちゃんなら安心だね。」

 「うん、今までありがとう。」

 そう言うケンジ君の顔はどこか強張って見えた。それでも笑ってアヤカちゃんを見送った彼の頭を無言でくしゃりと撫でれば、彼もまた無言でそれを受け入れる。

 暫くの間、冷たい静寂がその場を包み込んだ。

 「…にしても、キョウノミヤコの子供って料理できるんだな…。」

 「そうらしいよ、にぃちゃんは出来ないのにな…。」

 ふと先ほどのアヤカちゃんとの話を思い出してケンジ君の持つ紙袋を横目にぽつりと零せば、にっと笑ったケンジ君の言葉が鋭利な刃物の様に飛んできて突き刺さる。アヤカちゃんの分も含めて二回目だ、流石にこれは堪えた。

 「子供でも出来ることを、俺は…!」

 「元気出せよにぃちゃん。」

 思わず両手を地に着ける。励ますようにぽんぽんと背中を叩かれるが、それで回復するほどこの傷は浅くはなかった。実際に卵焼きを焦がしているのだから尚逃げ場がない。

 「おはよー!余ね、さっきアヤカちゃんと…って、透くん何してるの?新しい遊び?」

 再び扉が開いて今度は百鬼が満面の笑みで家に入って来るも、目の前で打ちひしがれている俺の姿に困惑気味に声を上げた。

 「百鬼か。ちょっと色々とあってな…。聞いてくれる…。」

 「あ、ねぇちゃんだ。これアヤカが三人分持ってきてくれたんだ。」

 神妙な雰囲気を出しつつ今の心情を語ろうとするも、途中でケンジ君に割って入られて言葉が途切れる。最初こそ俺の話を聞こうとしていた百鬼だが、ケンジ君の持つ紙袋に目がいけばすぐにその瞳を輝かせた。

 「余も聞いた!アヤカちゃんの料理、楽しみだったから走ってきちゃった。」

 「じゃあ早速食べよ。ほら、にぃちゃんも。」

 「…あぁ。」

 和気あいあいと居間に入っていく二人の背を前に、俺の心は空虚に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 「それで、昨日大神は?」

 「居たよ。けどフブキちゃんが話してくれてたみたいだから余から伝えることはあんまりなかった。」

 アヤカちゃんの持ってきてくれた料理に舌鼓を打ちつつ、百鬼と情報を共有する。大神はイヅモ神社からは帰ってきていたようだ。

 「そっか。それなら白上が一人になるって事も無さそうだな。」

 そういう事ならあちらの事は気にしなくても良いだろう。白上一人を残すのも少し可哀そうに思っていたため安心だと胸を撫で下ろすが、しかし百鬼は言い淀むように唸り声を上げた。

 「んー…それがね、ミオちゃんまたイヅモ神社に行ってくるんだって。」

 「あー…、成程。」

 やはりと言うべきか、シラカミ神社には白上一人が残る形となるらしい。とはいえ別に会えない距離でもないのだ、彼女なら特に問題は無いだろうと楽観的に考えておく。気になると言えば大神も大神で調査やら何やらで立て込んでいるのかここ最近は忙しそうにしている。

 神狐に話を聞きに行ったと聞いていたが、まだ何か謎が残っているのだろうか。

 「クラウンが消えてなかったら、調査しなくても話を聞けたんだけどな…。」

 「…っ!」

 ぽつりと零したその言葉、特にクラウンの名を聞いた瞬間、隣に座るケンジ君が体を震わせた。唐突なその反応に思わず百鬼と二人でケンジ君へと視線を向ける。

 「ケンジくん、どうかした?」

 「…あ、いや、何でもない。このサンドイッチが美味しくてびっくりしただけ。」

 明らかに嘘である。しかしこの苦しい言い訳を前に更に踏み込むのもどうだろう。百鬼と顏を見合わせるも、彼女も首を横に振っている。

 この話題はまた後程にした方が良さそうだ。

 「あぁ、確かに美味いな。本当に。」

 手に持ったたまごサンドに目をやりつつ、しみじみと呟きながら今度は自分の作った卵焼きを口に放り込む。同じ卵料理の筈がどうしてここまで差がついてしまうのだろう。

 「透くん、何かあったの?」

 「にぃちゃんがさっき料理失敗しただけ。」

 そんな俺の様子を変に思ったのか首を傾げる百鬼にケンジ君がさらりと真相を答える。するとそれを聞いた百鬼の瞳に興味の色が映った。

 「もしかして透くんの手元にある卵焼き?余も一つ貰っていい?」

 「おれも、食べてみたい!」

 百鬼に触発されてケンジ君までも手元へと視線を向けてくる。失敗した料理を他人に食べさせるのには抵抗があるが、ここで一気に平らげたらそれはそれで反感を買いそうだ。

 「…まぁ、食べるのは良いが、本気でおすすめはしないぞ。」

 そう言って皿を差し出せば、百鬼とケンジ君はそれぞれ一切れずつ箸で取っていき、そのまま口へ運んだ。そうして咀嚼して呑み込んだ二人だったが、そこから暫く無言のまま宙を仰ぐ。

 「…おい、ケンジ君、百鬼?」

 あまりにも反応が無いため居たたまれなくなり思わず声を掛ければ、ようやく二人ははっと意識を取り戻した。

 「なんだか、苦い…?」

 「焦げてるからな。それは苦いだろ。」

 むしろ苦くないとでも思っていたのか。そちらの方が驚きである。

 「苦いし、ぱさぱさしてる。」

 「そうだな、多分水分も飛んでるな。焦げてるから。」

 淡々と答えながらも精神的ダメージにそろそろ涙が零れそうだ。これはいつまで続くのだろうかと、考え始めた折にけどとケンジ君が言葉を続ける。

 「あったかくて、おれはにぃちゃんの料理好きだな。」

 まさかそんなことを言ってくれるとは露程も思っておらず、つい一瞬呆けてしまう。

 「…そうか?ありがとうな、ケンジ君。」

 「余も、ちょっと苦いけど好きだからね!」

 「うん、ありがとう、百鬼。」

 恐らく二人なりの優しさなのだろうが、その優しさが今は何よりも痛く、辛かった。そうして涙ながらの朝食を終えれば百鬼がお茶を入れてくれて、三人で一息をつく。

 「そう言えば余の事は話したけど、透くんとケンジ君は昨日は何してたの?」

 そう問われて言葉に詰まる。それはケンジ君も同様で、百鬼はこてりと小首を傾げた。というのも、百鬼がケンジ君に言わないようにと念押ししていたことをケンジ君から聞いてしまったことに事は起因する。

 素早くケンジ君とアイコンタクトを取り、隠し通さねば、この一念を共有する。

 「そうだな、マスク被ってみたり色々してたな。」 

 「うん、にぃちゃん顔に出やすいからそれの隠し方を考えてたんだ。」

 二人して嘘ではない範囲で昨日の出来事を説明する。昨日で一つ学んだのは俺は隠し事の際に嘘をつこうとすると顔に出やすくなる傾向がある事だ。ならば嘘をつかなければ少しはマシになるのではという答えに行きついた。

 「へー…面白そう。余も参加したかったなー…。」

 その効果は覿面であったようで、百鬼は疑う様子も無く羨ましそうに声を上げた。成功したと、ケンジ君と目を合わせれば、自然と笑みが浮かぶ。

 「でも、急に隠そうとするって事は、もしかして余に何か隠し事があったりして。」

 が、その笑みは次の百鬼の言葉で凍り付いた。普段はそうでも無いのに、どうしてこういう時だけ核心を突いてくるのだ。そう嘘をつかなければどうにかなる。しかし二択となれば話は別だ。

 「あー…、そんな事は無いよな。ケンジ君。」

 「にぃちゃん…。」

 やってしまった、そんな風に額に手をやるケンジ君の姿に、自身でも失敗してしまったことを悟る。

 「…ケンジくん、もしかして…。」

 こういった時自らの隠したい過去というのは直近のモノから思い出す。そして今回の場合はその直近のモノが該当してしまっている。

 百鬼も勘づいたのか若干引きつった笑みでそう問いかけた。それに対して隠し通せないと悟ったケンジ君は頷いて肯定を示す。

 「ごめん、ねぇちゃん。にぃちゃんに話しちゃった。」

 申し訳なさそうに手を合わせるケンジ君。それを聞いた後の百鬼の変化は劇的であった。

 「え…っ…!?」

 言葉にならない声を上げながら、彼女の頬は羞恥に染まっていく。彼女の白い髪がまるでキャンパスであるかのようにその色を強調していた。

 百鬼の視線が俺とケンジ君を交互に移動する。見るからに動揺している彼女にどう声を掛けたものかと悩むも、結局答えは出なかった。

 「と、透くん。何を聞いて…。」

 「えっと…。」

 顔を真っ赤にした百鬼に聞いた内容を問われて、言葉に詰まった。ここは正念場だ、彼女へのダメージが一番少ない答えを出さねばならない。しかし、そんな都合よく思いつく筈も無かった。

 「褒めてくれて、ありがとうな。けど、俺は百鬼の方が強いと思うぞ。」

 「…!?…っ!?」

 恐らく、俺は尤も百鬼が聞いて欲しくなかったであろう話に、更に感想まで付けて返した。つまるところ、完璧に地雷を踏みぬいた訳だ。それを聞いた百鬼は今度は声にならない悲鳴を上げて、勢いよく立ち上がる。

 「うぅ、余、洗い物してくるっ!!」

 顔を真っ赤に染めたままの百鬼はそれだけ言い残すと引き留める間も無く脱兎のごとく居間を出て行ってしまった。あとに残されたのは湯気を立てる三つの湯呑と、呆然と彼女を見送る俺とケンジ君の姿。

 「…意味なかったな、にぃちゃん。」

 「すまん…。」

 ケンジ君のその言葉に、苦々しい笑みで返す言葉も無いとただ詫びだけを返す。こうして、何とも締まらない形で俺と百鬼とケンジ君の三人での生活がスタートしたのであった。

 





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