どうも、作者です。
朝が終わり、太陽が空の頂上に上がる頃。
俺と百鬼、そしてケンジ君は例の如くキョウノミヤコへと繰り出していた。とはいえ、今回は別に遊びに出ている訳ではない。キョウノミヤコで当面生活するにあたり、足りない食料やその他諸々を調達するために俺達は街を回っているのであった。
「…って、言っても。基本的に百鬼に任せきりなんだけどな…。」
果物や野菜、肉、魚など、数多く立ち並ぶそれらを視界の端にとらえつつぽつりと呟いた。正直食料を調達すると言っても何が必要で何が要らないのか、その辺りは作る料理によって変わってくる。そのため料理の出来ない俺は荷物持ちくらいでしか貢献できないことに何処か申し訳なさを感じた。
しかし百鬼は特に気にしていない様子で、「気にしないで」と見た様子と同じく口に出して笑いながら言葉を続ける。
「荷物持ってくれるだけで十分だよ。余一人だと重たくて持てないから…。」
「嘘つけ、この数十倍でも百鬼は余裕だろ。」
両手の人差し指を突き合わせながら白々しい嘘をつく百鬼に先ほどまで感じていた申し訳なさは何処へやら、ジトリとした視線を送る。現在それなりに通りを回っていることもあり、俺の両手には多くの袋が下げられていた。
「にぃちゃん、それ重くないの?」
その量を目にして、ケンジ君は不思議そうに首を傾げつつ心配そうに聞いてくる。確かに普通ならもっと苦労しそうな重さだ。だが、生憎とこちらは普通とは言い難い。
「あぁ、一応鍛えてるし、それに身体強化もあるからこのくらい何ともない。ほら、前の看板より重くはないしな。」
「あ、そうだった。」
言われて思い出したのか、ケンジ君は納得したように声を上げる。道の幅程もある看板に比べればこの程度、今また同じことが出来るかと言われれば少し怪しい所ではあるが、如何に出力が落ちているとはいえまだまだ可愛いものだ。
しかし、こうして色々なものを見て回って気づいたが、今まで見たことの無い様な食材もちらほらと並んでいる。カクリヨ特有のモノなのだろう。未だ知らないものが多く存在する事に、あくまでもウツシヨとカクリヨは別の存在であることを認識させられる。ウツシヨの記憶も碌に無い中で何を言ってるのかと思わなくもないが、それでも別物だとは分かるものだ。
暫くそうして荷物を増やしつつ歩いていると後ろから聞き覚えのある声が響き渡って来る。
「おーい、兄ちゃん!」
振り返った先にはこちらへと大きく手を振る中年の男性の姿。丁度話に上がっていた看板の持ち主だ。少し話しても良いかと横に並ぶ二人をチラリとと見てみればすぐに首肯が返ってきたため、そのまま彼の元へと向かう。
「っとこりゃ大荷物だ。悪いな兄ちゃん、突然呼び止めたりして。」
「いえ、大丈夫ですよ。それより何かあったんですか?」
近づく俺達を迎える様に大きく手を広げる男性に返しつつ、軽く問いかける。前回と同様に手が必要なのかと思ったがどうやらそれは的中していたようで、彼は面目無さそうに笑いながら後頭部をかいた。
「実は前に運んでもらった看板なんだが…また位置を移動させなくちゃいけなくなってな。すまんが、もう一度お願いできるかい。勿論、十分な礼はさせて貰う。」
そう言うと、男性は両手を顔の前で合わせて拝む様に腰を曲げる。別段断るつもりは無いためそこまでしなくても良いのだが、ここは誠意だと受け取っておこう。それよりも前回の様に行くかとふとした懸念が頭をよぎるが、まぁまだ大丈夫だろう。
「分かりました。ケンジ君、百鬼、悪いがちょっと待ってて…。」
「余がやるから、透くんは無理しないで。」
荷物を置いて以前と同じように二人に断りを入れようと声を掛けるも、しかし百鬼はそれに被せる様にぴしゃりと言い放つ。驚き顔を上げる。すると百鬼は力強い瞳でこちらを射抜いていた。
「百鬼?」
普段とは異なる様子に疑問に思い呼びかければ、百鬼ははっとしたようにその目を見開いた。
「あ…、ほら、また荷物を持ち直すの大変だから。」
次いで動揺からか視線を彷徨わせる彼女は、俺の持つ荷物を捉えると明らかにその場で思いついたような理由を口にする。
恐らく百鬼には見抜かれている。というか、元々気づかれていたことだ。イワレが淀んでいる状態であまり俺にワザを使わせたくは無いのだろう。
「…言われてみればそうだな。じゃあ、頼んだ。」
「うん、それじゃあ…『閻魔』」
百鬼がそう唱えるのと同時に、彼女のすぐ近くの空間が歪んだ。そこからのしのしと現れたのは、百鬼がシキガミ降霊のワザを使用した際によく見かける鎧武者だった。驚くべきはその大きさで、軽く二階建ての建物より上にその頭がある。
これには流石に度肝を抜かれて呆然と目の前のシキガミを眺める。
「…ねぇちゃんってこんな事も出来るんだ…。」
「あぁ、俺も初めて見た。」
恐らく、俺は現在遠い目をしていることだろう。考えてみればシキガミを降霊させるのだからそのシキガミが普通に扱えない訳が無い、そこはまだ分かる。とはいえ、ここまで大きいとは誰が予想出来ようか。確かに百鬼の背に現れる際にはそれなりの大きさがあった、だが実寸大で来なくても良いだろう。
彼女が強大な力を持つことを知っていてこれなのだ。唐突に直視させられた男性は顎が外れるのではないかと思う程にあんぐりと口を開けていた。
「こ…こりゃ、驚いた。角の嬢ちゃん、あんた一体…。」
「あはは…、この子を連れて行って指示を出せば指定の場所に運ぶので。」
大きく見開いた目を向けてくる男性に、けれど百鬼は笑みで誤魔化した。それを追求するようなことも無く、男性は「恩に着る!」とシキガミを連れて戸惑いつつ駆けて行った。
「取り合えず、帰って来るまでは休憩か。」
息を吐いて落ち着きを取り戻しつつ、一旦荷物を持ったまま地に着ける。
「ケンジくん疲れてない?」
「大丈夫、それよりねぇちゃんのシキガミの方にびっくりした!」
未だ驚きによる興奮が冷めやらないのか、ケンジ君は僅かに頬を紅潮させながら目を瞬かせている。幾ら事前に百鬼がこういう存在だと知っていてもやはり実際に目の当たりにするとやはりまた違った情感を覚えるものだ。
「ふふん、そうでしょ。余のシキガミの中でも一番おっきくて力持ちなんだよ。」
「流石にあれ以上は無いか。」
胸を張って答える百鬼の言葉に、安心を覚えれば良いのか、規格外さに驚けばよいのか。感情が迷子になりそうだ。
「すっげー!な、にぃちゃんのシキガミは?どんなシキガミなんだ?」
「俺のシキガミは…。」
キラキラと目を輝かせているケンジ君に、俺は何処か言いよどむ様に語彙を濁した。俺のシキガミ、ちゅん助を見せる事は良い。ただ、百鬼のシキガミを前にしてここまで期待されてしまうとどうも言い出しづらい。
ちゅん助も同じ思いなのか、出たくないという意思が伝わってくる。
「あー、…気持ちは分かるが出て来てくれちゅん助。」
しかし、ここで出なければそれはそれでケンジ君をがっかりとさせてしまう。そんな思いを乗せて名を呼べば、小鳥の姿をしたちゅん助が虚空から飛び出て肩に止まった。
「その鳥がにぃちゃんの?」
「あぁ、名前はちゅん助だ。」
スケールの違いこそあれ、ちゅん助も得意なことはある。そこは胸を張るべきだ。ケンジ君の反応はどうだろうと恐る恐る彼の様子を伺う。
しかしそんな心配とは裏腹に、ケンジ君の顔に落胆の色は無くむしろ興味を増しているのかジッとちゅん助を見つめていた。
「へぇー、可愛い。な、にぃちゃんちょっと触っても良い?」
「ん、あぁ、勿論。」
触りやすいようにしゃがもうとするが、それよりも早くちゅん助は飛び立ち、ケンジ君の肩へと止まった。
「うわ、ふかふかしてる。それに暖かい。」
肩の上のちゅん助をケンジ君は優しい手つきで撫でる。するとちゅん助も居心地が良いのかその体をケンジ君の頬へと摺り寄せた。
そんな彼らの様子を見て百鬼は羨ましそうな声を上げる。
「えー、良いなー。余も触りたい。」
「別に許可取らなくても、二人ならちゅん助も触らせてくれるんじゃないか?」
チラリとこちらに許可を取る視線を向けてくるが、そこはどちらかというと俺よりもちゅん助の意思次第だ。ちゅん助はシキガミの中でも比較的明確な意思を持っているようで普通に嫌なら飛んで逃げる。しかし、現在ケンジ君と触れあっているが、ちゅん助はむしろ喜んでいるように見えた。
ケンジ君の事が気に入ったのだろう。「ちゅんっ。」とちゅん助は気分良さげな鳴き声を一つ上げた。
「いやー、助かった。時間を取らせて悪かったな、兄ちゃんに角の嬢ちゃん。それに僕も、待たせて悪かったな。これ、良かったら持って行ってくれ。」
少し経って百鬼のシキガミと共に帰ってきた男性はそう言うと、様々な果物の入った大きな袋を手渡してきた。その中には丁度気になっていた果物も入っており、今日の夜にでも皆で食べようという事になった。
それからも必要な物を調達して、それらを保管なり使える様に準備したりしていればあっという間に空は真っ赤に染まってしまった。
そして夜の帳が辺りにに降りると、閑散とした空き家の群の中に一つだけ温かな光が灯る。
「透くん、これ持って行って!」
「分かった。あとついでにこれも持ってくぞ。」
「うん、お願い!」
そんな家の中を湯気の立ち上る料理を持った俺は少し急ぎ足で居間まで運ぶ。テーブルの上にそれらを並べれば、すぐに居間は食欲のそそる香りに包まれた。
そうして料理を作る百鬼と、それを並べる俺の姿を肩にちゅん助を乗せたケンジ君は呆然と眺めていた。
「どうしたケンジ君、そんなにボーっとして。さては食欲を我慢できなくなったな?」
「これで最後だからもうちょっと待ってねー!」
にやりと笑って言えば、同時にキッチンの方からそんな百鬼の声が聞こえてくる。並べられた料理はどれも見るからに美味しそうで、
「え、あ、うん…。」
ケンジ君は何処か煮え切らない様な返事でをして、尚もぼんやりとした様子で座っていた。やがて百鬼が最後の料理を持って居間に入れば、ようやくテーブルの席に着き三人で食卓を囲む。
「…にしても、結構な量作ったな。百鬼、もしかして結構気合入ってたか?」
「勿論、腕によりをかけて作りました。でもちょっと作りすぎちゃったかも。」
目の前に並ぶ料理たちは、どう見ても三人前には見えない。百鬼自身作りすぎた自覚はあったらしく「余、反省」と少し照れたように笑った。とはいえ、若し余れば明日の朝にでも温めなおして食べれば良いため特に気にするような事でもない。
「…。」
そんな最中もケンジ君は変わらず心ここにあらずで、何処か上の空であった。
「ケンジ君、体調でも悪いのか?」
「嫌いな食べ物でもあった?」
心配に思い口々に声を掛ければ、しかしケンジ君はそれらを否定するように首を横に振る。
「ううん、そうじゃなくて…。」
そう言う割にはケンジ君の顔は晴れない。何か思う所があるのだろう、そして、その理由に俺と百鬼は何となく察しはついていた。
「…もしかして今この瞬間が、全部幻なんじゃないかって思って。」
一瞬言いよどんでから口を開くケンジ君は自虐的な笑みを浮かべて、その身体は小さく震えていた。俺と百鬼はただ黙って彼の話を聞く。
「ずっと、夜は寒かった。誰もいなくて、早く朝になれって心の中で唱えながら過ごしてた。でも、にぃちゃんとねぇちゃんが来てから、夜が温かくなった。寒くなくなった。」
ケンジ君はこれまでずっと一人だった。それ故に、彼にとっての夜はただ深い孤独に満ちたものだったのだろう。だからこそ困惑しているのだ、これまでの全てが覆った今という状況に。
「夢に見てたことが、どんどん叶って行って。ずっと幸せなんだ。今まで不幸だったのに、こんなに幸せになったら罰が当たる。だから、全部夢だとしか思えなくて。」
そう話すケンジ君の頬に一筋の涙が伝う。一度零れてしまえば次から次にと涙は溢れて来て、ぽたぽたと彼の手の甲を濡らした。ちゅん助は弱々しく鳴き声を上げると、その涙を拭うようにケンジ君のの頬に身を寄せる。そんな彼を前にして百鬼と顏を見合わせて、彼へと視線を戻して口を開く。
「良いんだよ、幸せで。幸せになる理由が無いって思うなら、それこそ不幸でいなくちゃいけない理由も無いだろ。」
「それに、もし罰が当たるとしても余達が絶対に守ってあげるからね。余も透くんもこう見えてすごく強いんだよ。」
勇気づける様、安心させる様ケンジ君へと声を掛けた。これが幻だなんてあり得ない。何故なら…。
「俺と百鬼はずっとケンジ君の傍に居る。だから、心配するな。」
例え幻であったとしても、現実にして見せる。それだけの決意は既に胸の中にあった。絶対にケンジ君を一人にはさせない。今までが孤独だったというのなら、二度とその孤独を感じさせないために俺と百鬼はここに居る。
「うん…、うん…!」
その決意が伝わったのか、ケンジ君は涙を零しながら何度も頷く。まだ泣き止みはしないが、けれど何処かその表情は安堵に満ちている。これなら、もう大丈夫そうだ。
「ほら、もう泣くな。こんなことで泣いてたら、明日以降持たなくなるぞ。」
そう言ってわしゃわしゃと頭を撫でてやれば、ケンジ君も少しは落ち着いてきたようで、ごしごしと服の裾で涙を拭った。
「うん…ありがとう、にぃちゃん、ねぇちゃん。」
微かに涙の残るその瞳でにこりと笑うケンジ君のその表情は、初めて見る年相応のモノであった。
食後、風呂も済ませて後は寝るだけとなった折。腹も膨れて泣きつかれたのも有り、ケンジ君は既にうとうととしていた。ケンジ君の事は何故か戻ろうとしなくなったちゅん助に任せて、俺と百鬼は寝床の用意を進める。容易と言っても、昼間に調達した布団を三枚並べて敷くだけで、ものの数分と掛からなかった。
しかし、これから寝るぞっという時になってもちゅん助は未だにケンジ君の傍から離れようとしない。
「…なぁ、百鬼これってよくある事なのか?」
別に出しているからと言って特に問題はないが、今までこんなことは無かっただけにシキガミについて詳しいであろう百鬼に問いかける。
「んー、無くはないけど…。もしかするとケンジくんと波長が合うのかも。ちゅん助は小さくて燃費も良いからこのままで問題は無いと思うよ。」
「そんなもんか。なら、暫くはこのままで良いな。」
ちゅん助をケンジ君のお供に任命した所で準備も終わり、三人で布団に入った。
「…なぁ、にぃちゃん。これって川の字だよな。」
ケンジ君を中央にして俺と百鬼が両端に居る。形的にも、正真正銘の川の字と言えるだろう。
「あぁ、川の字だ。端の方が良かったか?」
「ううん、真ん中が良い。」
位置に不満があるかと思ったが、どうやらそういう訳でも無いらしい。
「また、夢が叶った。」
ぽつりと呟くと、ケンジ君は満足そうに息を吐く。出来る事なら、彼の夢を全部叶えてやりたい。けれどそれを為すには、どうしようもなく時間が足りなかった。それは理解している。だが今見るべきはあくまで現在だ。だから、その思考にはそっと蓋をする。
「…新鮮だな、こういうの。」
「なんだかドキドキするね。」
「おれ、こうやって誰かと寝るの初めて。」
薄暗い部屋の中、寝るというのに口々に会話が続く。やがて百鬼が鬼火を消して部屋が暗闇に包まれると、ようやく会話が途切れ、部屋に静寂が戻った。
「…なぁ、にぃちゃん、ねぇちゃん。寝るまで手、繋いでも良い?」
「あぁ。」
「良いよ。」
そんな静寂の中のケンジ君の要望に応えて、布団の下でまだ小さな手を握る。それから穏やかな寝息が横から聞こえてくるまで、さほど時間は掛からなかった。
気に入ってくれ人は、シーユーネクストタイム。